
『与野くんは寝ずの番』 #13 最終回
コンビニ勤務はやめていない。
週に五日、働いている。
我妻さんか、店長と一緒のことがほとんどだ。
残りの二日、尋は人に会いに行く。
夜十時を回ったところだった。
ボストンバッグを持って降り立ったのは都内有数のビジネス街で、仕事で訪れるのは初めてだった。
駅前の居酒屋や食堂にはスーツ姿の男たちが流れ込み、同時に数名が吐き出されてくる。
「あれ!」
尋の近くにいたスーツ姿の集団の中にいた女性が、声を挙げる。
気に留めず、待ち合わせ場所のロータリーの噴水前に向かおうとした。
「あれあれ? ねえ!」
集団から、女性が飛び出てきた。
「与野くんでしょ?」
尋は、女性を見下ろした。そしてすぐにわかった。記憶よりも色白だけど、明日実だ。
「岡崎……」
「そうそう岡崎! 久しぶりだね! 元気だった?」
スーツ姿とミスマッチのその幼い声に、最近寝る前に見たアニメに出てきた主人公の幼馴染を重ねた。
「うん、まあ」
「どうしてるかなって思ってたけど」
そういえば、明日実は尋が学校をやめてからしばらく、定期的に連絡をくれていた。
「元気?」とか、「バスケ部引退したよ」とか、そういう短いものだったのを覚えている。
でも、尋は一度も返事を返さなかった。
明日実に対して、急に申し訳なくなった。
「元気そうでよかった。今帰り?」
「あ、いや、今から仕事」
「へっ、今から? そうなんだ、飲食とか?」
明日実の視線が、ボストンバッグに移って、また顔に戻ってきた。
「いや、うーん」
尋はどこから説明していいかわからず、黙った。
「あ、ごめん、言いづらかったら大丈夫」
明日実はそう言って、小さく一歩下がった。
「いや、説明が難しくて。まあ、一緒だよ」
「一緒?」
「うん、一緒っていうか似たようなもん。あのときと」
明日実の顔から笑顔が消えた。
「ああ……」と小さく声が漏れる。
「あ、寝かせるんじゃなくて、一緒に寝ないっていう」
尋はそう説明すると妙に照れてしまって、それがおかしくて笑った。
「すごいね」
明日実はそう言った。
「いや、バカの一つ覚えっていうか」
「すごいよ、与野くん」
尋は黙った。
恥ずかしいような、本当に馬鹿な自分に腹が立つような、複雑な気分だった。
「寝ずの番ってことか。私もお願いしたいな」
明日実が満面の笑みを見せた。
「寝ないとだめだろ。仕事に響くよ」
尋も笑った。
「でも、まあ、もし必要なら連絡して」
「ちゃんと返してよね」
明日実が笑い、尋も「ごめんごめん」と言って笑った。
スーツの集団の一人が、明日実を呼んだ。
「またね」
明日実はそう言って、小走りで集団に戻った。
「あの、尋さんですか?」
さっきから遠巻きに誰か見ているという、気配は感じていた。
「すみません、渡嘉敷さんですよね、お待たせしました」
そこには、紺色のスーツを着た、ひょろっと長い渡嘉敷勉が立っていた。
肩が、疲れていて、小さい。
尋は、にっこりと笑顔を作った。
「いっぱい持ってきましたよ。見ます?」
肩からボストンバッグをおろし、開ける。
ピンクの小さなボトルと緑のストロー、細長いボトル、ピストルのような形のもの、魔法のステッキのようなもの。
全てシャボン玉だった。
ざっと十五種類はある。
「わあ、すごい」
渡嘉敷さんの表情が緩んだ。
「どれからやります? 変わり種で、レンコンなんてもんもありますよ」
「なんですか、それ」
渡嘉敷さんが笑った。
「母さんに怒られそうっす」
尋がそう言うそばで、渡嘉敷さんがボストンバッグに手を伸ばし、シャボン玉をあれこれと手に取っている。
「遊んじゃいましょう」
寝るのはいつでもいいんだから。
そう心の中で呟いた。
尋の仕事が始まった。