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掌編私小説『追儺の骨想』 1777字

掌編私小説『追儺の骨想ついなのこっそう』 1777字
タイトル変更 10/2 18:35

 鬼遣らひの浅い昼。その男はきた。お世辞にも小奇麗とは言えず寧ろ汚かった。昼から2000円のランチを食べる人間には思えなかった。それも一人で。コートも着ずオーバーも引っ掛けず店の玄関に立ちては
「予約してないんですけど、食事できますか」と。
歳の頃なら七十がらみという按配。髪の毛は長いこと風呂に入っていないであろうことが見て取れた。所どころ習字筆を想わせるように「束ね」られている。櫛は通るまい。コート代わりの作業着もあちらこちらほつれが目立つ。
 現れる場所が場所であったなら、道往く者はみな道をあけただろう。
「ご予約専用となっておりますので、畏れ入りますが……」
断ろうと思えば断れた。ただ、俺の口を衝いて出たのは「いらっしゃいませ~どうぞどうぞ」というものだった。
夜の予約が入っていたから飛び込みでも受けられた。
夜の予約が無ければ流石に出すものには窮しただろう。
 深い白髪を纏った頭をぺこりと下げると、男は上がり框に腰を据え紐靴をほどきはじめた。泥だらけの安全ブーツだった。

 築70年の平屋の一軒家をそれらしく手を加えた料理屋。北海道の食材に拘り、お客様の顔や目を正面から見ることだけに拘っていた。店の入り口には「完全予約制」と看板を掲げ、ランチは2000円と3000円のみと掲げられ、夜は基本「お任せ」コースが5000円からと、差乍ら店主の性格を顕すように太々しく書かれている。
 一見さんにとってはけして敷居が低い店ではなかった。まして「親父」が俺だ。お客様と口論になったことは一度や二度ではない。
下を向きたくない。お客様にお出しするもので絶対に下を向きたくない。それだけが「俺の店」だった。

 和室の席に案内をするとお客様は設えられたテーブルに腰を下ろす。いわゆる臭いはなかった。例のあの鼻を衝く特有のアンモニア臭の腐った臭いである。
 南側の二間はあるベランダから柔らかな日差しが刺し込む。白髪に生え抜かれた髪の毛。中には黒い毛も見えた。ただ、その黒い髪の毛さえ、半ばほどから下は白かった。
【あんた、染めてたんだね……少し前まで】

「2000円のランチを下さい」お客様はそう告げた。
「畏まりました。今、お茶をお持ちしますね」そう言うと俺は席を外した。

【飯が食いたいのだろう……こんな店に来るようなタイプの客筋ではない。うまい飯が食いたいのだろうさ。帰り際に金を持っていなかったらどうするよ……まぁ、それもいいさ。グダグダやる方が時間の無駄。今度持って来なで終わらせる方が利は小さくなかろうよ。大体においてだ、食い逃げかますならこんな店は選ばんだろうよ。だとすると……なぜ、こんな店に来た?こんな田舎の住宅街の中途半端に偉ッそうな店に……誰かに聞いてきたのか】
 焼き台に「牡蠣の柚香西京焼き」と「鰊の塩焼き」をくべると味噌汁をあたる。冷蔵庫から夜の予約用のお通し「カスベの煮つけの煮凝り」を出すと器に盛り込み山椒の実を添える。
 香のものは「紅鮭の挟み漬け」、味噌汁は厚岸産の「大あさり」の生姜落とし。
 味噌の焼ける芳ばしくも馥郁とした香りが漂い始める。
箸やらそれらしいランチョンマットやらを席に届けるとお客様は気持ちよさそうに庭を眺めていた。

 上がったものをお盆に載せ、炊き立ての米をよそうとお客様の元に届ける。お客様の顔は薄っすらと綻んでいた。来店した時に見せていた緊張感はなかった。机に並べられた鰊の塩焼きは白子を抱えた雄の一本焼き、カスベの煮つけの煮凝りは道民、北東北の在住者であれば当たり前の冬の風物詩、牡蠣の柚香西京みそ焼き、昆布を一度日本酒で洗い、そのまま素焼き。その後に西京味噌に付け込んだ牡蠣を載せて焼き上げ、柚子の皮を梳り振ったものだった。厚岸産の大あさりの味噌汁と米の飯。
俺は直ぐに席を外した。

デザートで用意した北海道は旭川の旭豆を席まで届ける。
お客様は涙をながし鼻を啜って泣いておられた。泣きながら飯を食っていた。
料理を供して初めて目にするお客様の涙だった。

ここまで出かかった「お代は結構です」を飲み込むと、調理場までの高々数歩の間に俺も鼻を啜っていた。

そんなことを想い出した糖尿症状に悩まされる男が作った晩飯のオカズがゴマサバの煮つけだった。プチリと指に刺さったゴマサバの棘が俺の記憶を刺し貫いた。
「どっちに居るんだ……お前は」と。

キュッとだ。強火で濃いめの味付けを一気に焚き上げる。
長いことコトコトやると身が煮締まって固くなる。
これで4日は食える。
水 ? 使うかよ。最初の煮零しはお湯でやるが、俺は日本酒を飛ばして煮あげる。 

了

やらしいことを書くようだが、この数日の異端の技巧の創作論を読んで頂けた方には、世一が何をやりたかった。やったのかはご理解いただけると思うのです。主客の脱色は「一行」でもやれますよね♬

※すこしタイトルが柔らかかった。何やら小説というより、エセーを感じさせた。挙句が、結構かぶっており、使い古された感が否めなかったのでタイトルを変更した。本人としては「硬筆感」が増したと思っている。


#おいしいは元気のはじまり


確かに「おいしい」には人を元気にする力があります。
その時々に元気にする力があります。
子供の頃を思い出したり、お付き合いしていたパートナーを思い出したり。
家族や友人知人を思い出したり。

そして『故郷』を思い出す。
それが生きる糧になる。
その生きる糧に触れたお客様の姿に触れさせて頂くことほど「食」を供する者にとっての歓びは無いでしょう。
わたしは、今から15年前にそれに触れることが出来ました。
そこからわたしが得たものは何だったのか。
書けば「揮発する」
だからこそ書かぬ。それが小説の役割でもいいと思うのですが。

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