
小説『ガット船が哭く朝に』
マリア……君は教えてくれたよね。この町の名前の由来をさ。オデッセウスから来ているのよと。大いなる苦しみや困難に耐え抜く強さ、不屈の精神、彷徨う者なのよと。この海が私たちにそれを与えてくれるの_____と。
君は自ら進んで困難と苦しみを受け取りに行ったんだね……。
「Гей, Кенто, ти знову забув засукати рукави.」
マリアの子供じみたクセだと思っていた。マリアはいつも僕の腕を手首を掴みたがった。手をつなぐことはスキではないと言っていた。僕は「どうしてさ……」と尋ねてみることはしなかった。
僕もそれが好きだったから。手首を直に掴まれることが好きだった。マリアの手の温もりが僕の手首をPampushkyのように優しく包んだから。
夢が窓辺を通り過ぎ、眠気が柵のそばを通り過ぎたとしてもマリアは僕の手首を離さなかった。
ほらマリア、僕は今もこうして袖をまくっているよ。掴まってくれる君がいないのに、僕はこうして袖をまくっているのさ。
冷たいよ。痛いんだ。あるはずの君の手が無いんだよ。いつも掴んでいた君の手が無いのさ……phantom limb……
若い朝は絹衣をまとい境界を曖昧にしているよ。君は何処にいるのだろう。
『Oi Khodyt Son Kolo Vikon』《夢は窓辺を通り過ぎ》
Ой ходить сон、коло вікон. 夢は窓辺を通り過ぎ
А дрімота коло плота. 眠気は柵のそばを通り過ぎる
Питається сон дрімоти: 夢は眠りに尋ねる
"Де ж ми будем ночувати?"「今夜はどこで寝ようか?」と。
君が紡いだ子守歌
今は僕が歌ってる
静かな朝の衣擦れが
「海砂採取船(ガット船)」を伴奏代わりに響かせて
岸壁叩く波の音
伴いリズムを刻んでる
「Кенто, не сумуй. Я обов'язково повернуся. До тебе. А коли повернуся, будь ласка, візьми мене з собою до своєї країни.」
ああ……もちろんさマリア、きっと連れて行くさ。だからお願いだ。僕の手首をもう一度握ってくれよ。
マリア、僕はわかったよ。
君が僕のロールアップした手首をつかむわけが。
あぁ……わかったさ。
今、僕の手はパルスを感じることが出来ないんだ。ただの冷たい鉄の塊。潮風に錆び付いた鉄の塊。命剞むパルスを感じることが出来ないのさ。
君は今も何処かの空の下で兵たちのパルスを執っているのだね。若い朝の絹衣の下ではなく、硝煙にけぶったあの空の下で。
何が出来るというのさ僕に。
君に握ってもらうことを待つことしかできない僕に。
Де хатонька теплесенька、暖かい小屋のあるところ、
Де дитина малесенька、小さな子供がいるところ、
Туди підем ночувати、そこへ行って一晩過ごし
І дитинку колисати。小さな子供を揺らしてあげよう。
Там ми будем спочивати, そこで私たちは眠り
Ідитинку присипляти: 子供に歌を歌います。
Спати, спати, соколятко, 眠れ、眠れ、私の小さなハヤブサよ
Спати, спати, голуб'ятко. 眠れ、眠れ、私の小さなハトよ。
こんな優しい子守歌が息づく国の民に幸多からんことを。
了
さてAIの力を借りました。ご当地の子守歌を何件か引き出してもらい、その中から自ら選別。対訳はwikiから引用です。AIからは原詞だけでした。わたしの勘違いです。まぁ、wikiもAIが翻訳しているからAIも満更間違ってはいないのだけどね(笑)
あとの文章、構成はすべて世一の手です。これは勘違いではありません。