
米の値段が高くなったからこそ、未来のために私が考えていること
最近、米の価格高騰がニュースになっています。
「去年より高い」「パンを食べるしかない」といった声も聞こえてきますが、私は少し違う視点からこの話を考えています。
昔、ほんとか嘘か分からないけれど、スイス人についてこんな話を聞いたことがあります。
スーパーの棚に国産チーズと外国産チーズが並んでいたとき、たとえ外国産の方が安くても、多くのスイス人は国産チーズを選ぶ。
なぜなら、スイスは観光立国で、その雄大なアルプスの風景や美しい牧草地を守ってくれているのは、酪農家の人たちだと知っているから。つまり、国産チーズを買うことは、景観や文化を守ることに直結していると理解しているのだ。

この話を日本に敷衍して考えてみます。
外国人旅行客が、日本で感動するものは何でしょうか。
桜や紅葉、温泉や古い街並み、もちろんたくさんありますが、意外と多いのが「ご飯のおいしさ」と「田園風景の美しさ」です。
水をたたえた初夏の水田や、収穫後の黄金色の風景。それらを守ってきたのは、間違いなく米農家の方々です。

しかし現実には、長年にわたり米の価格は低迷し、農家の収入は厳しいまま。その結果、離農する人が増え、耕作放棄地が増加しています。美しい田園風景が失われようとしています。
そんな中での価格上昇は、農家にとってはようやく来た好ましい変化かもしれません。

私たち消費者にとっては、確かに出費は増えます。
でも、国産米を買うことは、単なる食料の購入ではなく、景色や文化、そして未来を守る行為でもある——そう考えたら、「ちょっと高いけど、買おう」とならないでしょうか。
未来のためにできること

米の値段の話から少し広げて考えると、「国産のものを選ぶ」という行動は、私たちができる身近な未来への投資でもあります。
国産品を買うことは、単に生産者の暮らしを支えるだけではなく、その地域の文化や伝統、景観を守ることにつながり、さらに輸送距離が短い分だけCO₂排出削減にも貢献できます。
「SDGs」、「持続可能な社会」というと大きく構えてしまいがちですが、私たちが日々の買い物で何を選ぶかは、案外ダイレクトに未来を変える力を持っています。
少し高くても国産を選ぶ。その積み重ねが、生産者の生活を支え、地域を守り、環境負荷を減らし、子どもたちが同じ景色を見られる未来を残すことに繋がるのだと信じています。