メインコンテンツへスキップ

小説:『妹喰屍鬼』 第2話 獣の潜む森

    Asa

     夜な夜な行方不明者を出し続けるその街は、四方を森に囲まれていた。その生い茂る霊樹の森は咎を負う獣にとって人の目を遠ざける恰好の狩場であった。

     法の届かぬ獣の森で人間は脆弱であり、その街に於ける犯罪件数は年々増加の一途を辿っていた。地元警察も頭を悩ませ、昨夜も一人の男性が行方不明となり、帰らぬ人となった。

     名前は長谷川武(49)男性、仕事終わりに不倫相手と逢瀬を交わした後の帰り道に彼は背後から通り魔に襲われた。妻子ある彼に死ぬほどの罪は無い筈だ。

     欠けた月が獣達を闇から浮かび上がらせる夜、人通りの少ない大荷物を抱え、路地裏を歩くエプロン姿の女性、茂住綾香(もずみあやか)は、やっとの思いで自宅のアパートに帰宅すると一息着つく間も無く、台所へと向かう。

     板張りの廊下をスリッパの音をたてながら、走る途中で風呂場がある通路に向けて同居する妹に声をかけた。

    「ただいま、仄果(ほのか)。ご飯用意するね」

     その振る舞いは、数時間前に目の前で人が死んだにも関わらず極めて日常的だった。いや、そう努めているだけなのかも知れない。両親が失踪し、夜な夜な罪を犯しながら五歳下の妹と二人で暮らすこの歪な生活が破錠させない為にも。

     両親が行方不明になった半年前から風呂場から出て来なくなった妹に姉が声をかけても返事は無い。

     それを姉である綾香(あやか)は妹から無視されるのはいつもの事だと気にする素振りも無い。全ては妹の為の行動だとしても。

     姉は黒いエプロンを外し、血生臭いそれを浴槽前に置いた洗濯カゴへと投げ捨てる。板張りの廊下と、台所への至る通り道にのみ透明な分厚い防水シートが敷かれていて、所々に姉が見逃している黒いシミがこびりついたままだった。

    時計は深夜一時をとうに過ぎ、姉は更に焦りを覚えた。

    「私がモタついたせいで仄果(ほのか)機嫌悪いだろうな」

     ふと姉は何かを確認する様に玄関へと振り返り、その首を傾げた。

    「……誰かそこにいるの?」

     その疲れ切った目が鋭くなり、玄関をじっと見つめている。その沈黙の中、茂住綾香は腰に提げている黒い鉈に手を添えていた。

    「居るなら返事して下さい、何もしませんから」

    暫くの後、姉は首を振り、疑心暗鬼になり気味な自分を戒めた。

    「こんな時間に居る訳無いか。最近、あまり寝てないせいね」

     ついでに黒いバッグの中身が動かない事を確認した後、室内スリッパに履き替え、台所へと消えていった。去り際に何かを呟いて。

    「見られたら……知られたら……全てが終わっちゃう。でもこれは続けなきゃいけないの。妹は死なせない、誰にも殺させない」

     疲労が浮かぶ姉の目元に出来た隈は日毎に酷くなっている気がした。暫くしてガスコンロがチチチと音をたて、室温が徐々に上がり、室内はビーフシチューの香りと湯気に満たされていく。

     コトコトと鍋の蓋が音をたてる中、何かを思い出した様に姉が玄関へと舞い戻ると、目の前の大きな鞄を台所へと引き摺る。

    「重い……腕がもう限界かも。でも、痛んだ肉を妹に食べさせる訳にはいかないわね」

     暫くすると台所からは何か硬い物をゴリゴリと削る音が聞こえ始める。それが何かは考えない方が良い。そして、台所から出てきた姉が手に持つトレイの上には出来立てのビーフシチューと蜜柑入りのキャベツサラダが添えられていた。

     その額には汗が滲んでいる。空腹状態である彼女は皿の上に置かれたシチューをじっと眺めた後、正気を取り戻した様に首を横に振る。その首の動作につられて後ろに纏めた黒髪が一緒に揺れた。元は艶やかだった髪も癖がついてパサついている様に見えた。

    「妹は……どうしてこんなものを食べられるんだろ」

     家族四人で暮らしていた広めのアパートの廊下を進み、奥にある浴場へと向かう姉。彼女はそっと脱衣場の中へ入ると閉めきられた浴室の扉をノックする。

    「仄果(ほのか)、ご飯の時間よ? 遅くなってごめんね?」

     『ほのか』その名を僕は知っている。半年前から不登校になった高校のクラスメイト、茂住(もずみ)仄果(ほのか)、僕が思いを寄せる女の子の名前だ。どういう訳か彼女は狂った殺人鬼と化した姉に監禁されていた。

     
     
     

    Asa

     
     
    40歳になったばかりの工場勤務の創作人。 最近はデッサン教室に通いつつ、アナログで漫画描く為に色々準備中です。 漫画の話作りの為に小説(ラノベ系)や、童話作りをユーキャンで履修、話作りメインにし過ぎていて、画力が疎かになってしまって、今は画力上げを模索してます。さて、どうしよう

    あなたへのおすすめ