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Photo bytender_cosmos574

100歳の尊厳と 人が長生きすることで与えられる恩恵

    雲丹(うに)

    死の意味を軽く考える若者たち


      最近 子どもたちから 「死んだらどうなるの?」という疑問をほとんど聞くことがなくなりました。

     核家族が多くなったこともひとつの理由だと思いますが 生まれることが全ての生命と繋がっているということに気づかされる環境がなくなったことも一つの原因だと思います
     
    また 核家族化が進んだことで、昔のように親戚一同が集まって、人生の節目や死について語り合うまでなくても 心で受け止める機会は無くなってしまいましたから無理もありません 

    その上、情報過多の時代。子どもから大人まで、インターネットやテレビを通して、様々な情報を簡単に手に入れることが可能になり、その膨大な情報と交換に人との繋がりが軽薄なものとなってしまったことも時代の流れです。 
     その結果 血が通わない生や死の感覚を持ち合わせてしまいましたよね

     生きることと死ぬことをどのように受け止めて
    いるかは、その人の生き方や考え方に大きな影響を与えていることに間違いないことだと思います。

     

    もしあなたが100年生きるとしたら。。
        そしてその意味


    100歳まで生きていると 家族や周りの若者たちは祝福し お祝いしてくれるのだけど 本人は本当にしんどいのです。元気ならともかく、ほとんどの人は
    体が自由になり動けません。寝起きも、食事もトイレも介護が必要になり 歩行さえも困難です
     身体は節々に痛みもあり 飲み込むことも大変です
     若い頃、頑張った功績は もうありません。
     社会的に立派な地位にあった人でさえ 最後にはお世話になりながら 生きるという意味を噛み締めることになるのです

     

    価値観の方向転換時


    人は「できること」に目を向けたがり 本人も一人の人間として 「役に立たなければ」 「迷惑をかけたくない」などの社会的価値観に心を向けます
     
     しかし、最も大切なことはその人がそこに「いる」
    「一緒に生きている」☺️ということの 尊さなのです。
     言葉で伝えきれなくても 目の奥に見える光や影、わずかな表情の変化に、その人ご自身の今を生きているという響きを受け取ることができるのです。
     その中に 100年、あるいは90年など その人の生きてきた時間の証が刻まれているのですよね
     
     

    それは 介護をする側にとって 決して楽なことではありません。日々 介護をしながら、疲れ、焦り、無力感でいっぱいになることもあります。しかし その人と向き合う中で気づくこともたくさんあります。
     生きることの意味、時間の流れや命の重さ、今を大切にすることなど たくさんのことを教えられます。

    そして 今の時代の 自立や自己責任を押し付けて 人と人に間に壁を建てる社会的信仰は介護者と被介護者の間にはありません。
     その壁を破り 「誰かの力を借りながら支え合って生きていく」という 人間同士の繋がりがそこに生まれます。その繋がりを心に刻みながら、これまでの自分を見つめ直し その価値観を入れ替えてゆく時期なのですね

     

    迷惑かけるし また 迷惑をかけられる 
      その相互関係が社会の絆


     迷惑をかけたり 助けられながらやっと生きている。誰かにお世話になりながら 生きるという真髄を経験しなければ生きる価値がわからないのです
     社会的に立派な地位にあった人でさえ 最後にはお世話になって 尊い時間が与えられ天に旅立つのです 
     誰かに助けてもらったり、誰かに頼ることは弱さでもなく、申し訳ないことでもないということに気づいてゆくことも大切です。それは人と人との繋がりです。その気持ちを自然で暖かなものとして 私たち自身の心にも静かに刻んでゆくことができたら良いなと思います
     

    そして 最期を迎える時は心は一番豊かな時なんです

    なぜかと言ったら 生命を与えてくれた目に見えない偉大な力はがその準備を整えてくれているからです
    送り出す家族も暖かく送り出した周りの人たちも その豊かな恩恵に与り 生きる力を受け継ぎ、子孫に伝えられてゆくのです

    本当のお話

     実は両親さえも 子が与えられるかどうか 生まれるまではわからないということ
     好みで 子を選別して産むこともできません
     お互いに 出会う意味があるからです
     親だからと言って 子の死ぬ時期も決められません。
     もし その人の両親の間に生まれた子供が粘土で作るように作られたのなら 死ぬ時も両親の好きにできるでしょう。
     でもそれはできませんよね
      生まれて死ぬことは大きな力の中で働く自然の流れの一環です。全ての生命が同じエネルギーにより 創られて生まれてくるのですから
     本当の両親は宇宙のエネルギーということになるのかしら❓
     はっきりわからないけど エネルギーは膨大です
     その流れに逆らうことは難しいことで 生まれてきたことは喜ばしいことだらけ 大宇宙の恩恵なんです

    素晴らしい力が与えられていることは 確かなことです💓何よりも命の無駄遣いはもったいないよ

    一度死んだら 生まれたい時に生まれてくることは不可能です。  自由に生まれることができないのです。。💦  


     
    それだけは 心に止めておきましょう

    寄り添えば
    言葉の先に
    命の糧

    ここまで読んでくれて ありがとうございます🙇😊
    皆さんに良いことがありますように よりよく 楽に生きるための方法をお伝えしたいと思います

    次回 迷惑上手に生きてみよう
    と思ったこと
    について 書きたいと思います

    読んでね🌻

    では 良い日々をお過ごしください🐈🐈



     


     

     
     
     
    しばらくお休みしていましたが 少しずつ再開してゆきますのでよろしくお願いします。 2026年は色々重なって大変な一年でし たが、あと数ヶ月無事に過ごしたいです。限界を超えて頑張らなければいけないのは辛いな〜😓

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