元国家公務員が本気で『映画ちいかわ』をレビューしてみた
※この記事は『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』について、終盤・結末を含めて、ネタバレありです。
まだ観ていない方、何も知らずに映画を楽しみたい方は、鑑賞後に読んでください。
映画を観終わってから1日。ずっとちいかわのことを考えています。
最初は、
「かわいかった」
「うさぎ大活躍だった」
「想像以上に深かった」
くらいの感想でした。
でも、時間が経つほど、
「あれって組織そのものじゃないか?」
と思うようになりました。
僕は国家公務員として働き、その後は経営に近い世界や、副業に挑戦する方々のサポートにも関わってきました。
そんな視点から改めて考えると、この映画には「人はどうやって支え合うのか」「組織に必要な強さとは何なのか」「なぜ争いは終わらないのか」という、現実社会にもつながるテーマが詰まっているように感じました。
そして僕が最終的にたどり着いたのは、
この映画で一番強かったのは、ちいかわの「優しさ」だったんじゃないか。
ということです。
ここからは完全に僕の独断ですが、それぞれのキャラを「組織の一員」として考えてみます。

うさぎ|組織を一気に前進させる「突破力」
まず、僕の推しであるうさぎ。
映画を観て改めて思いました。
うさぎのカリスマ性、異常です。笑
危険な状況でも躊躇しない。
普通なら怖くて止まってしまうところでも、とにかく行く。
そして、いざというときの度胸と突破力がすごい。
一見すると、
「何を考えてるの!?」
という、ちょっとサイコパス味すら感じる😂
でも、こういう人って実際にいます。
国家公務員時代にも、その後の経営の世界でも、僕は似たタイプの人に会ってきました。
特に、ものすごい勢いで成長していく組織には、常識では測れないほどの行動力を持った人がいることがあります。
みんなが、
「本当に大丈夫?」
と考えている間に、もう動いている。
そして周囲を巻き込みながら、気づけば組織そのものを前進させている。
うさぎは、まさに「突破する人」なんだと思います。
ただし、全員がうさぎだったら組織は大変です。笑
圧倒的な突破力は強みだけど、周囲を置いていってしまう危うさもある。
強みと弱みは表裏一体。
これは他のキャラクターにも共通しています。
ハチワレ|人と人をつなぐ「ファシリテーター」
そこで必要になるのが、ハチワレです。
ハチワレは、人と人をつなぐ存在だと思いました。
状況を理解する。
言葉にする。
相手の気持ちを考える。
そして、個性の強いメンバーたちの間をつないでいく。
会社でいうなら、優秀なファシリテーター。
圧倒的なリーダーではなくても、
「この人がいるからチームが回る」
という人っていますよね。
一方で、人の気持ちが分かるからこそ、迷ったり、恐怖を感じたり、抱え込んだりもする。
でも、それもハチワレの弱さであると同時に、強さなんだと思います。
ラッコ先生|強さだけではない「背負うリーダー」
そして、組織論として見るならラッコ先生も外せません。
単純に戦闘能力が高いだけじゃない。
男気がある。
危険なときには前に出る。
経験の浅い仲間を守る。
必要なときには決断する。
自分が強いから偉いのではなく、強いからこそ仲間の分まで背負う。
そんなリーダーに見えました。
うさぎが、
「突破するリーダー」
なら、
ラッコ先生は、
「背負うリーダー」
なのかもしれません。
組織って、優秀な人を集めれば強くなるわけじゃない。
突破する人がいて、
人をつなぐ人がいて、
仲間を守る人がいる。
それぞれの強みと弱みを補い合う。
だからチームになる意味がある。
モモンガ|欲望に忠実だからこそ、組織を客観視できる存在
そしてモモンガ。
ある意味、ものすごく人間らしいキャラクターだと思います。
自分の欲望に正直。
楽したい。
愛されたい。
自分が一番かわいい。
みんなが深刻な状況になっていても、モモンガだけ少し違う方向を見ていることがあります。
組織にいたら、
「今それ言う?」
と思われるタイプかもしれません。笑
でも僕は、その「欲望に忠実なところ」こそ、モモンガの強さなんじゃないかと思いました。
なぜなら、組織の中にいると、知らないうちにその組織の常識に染まっていくからです。
「みんながそう言っているから」
「今までこうしてきたから」
「この空気なら、これが正解だろう」
そんな思い込みで判断してしまうこともある。
その点、モモンガはあまり空気に流されない。
仲間のため。
組織のため。
正義のため。
そういう大きな言葉より、
「で、自分にとってどうなの?」
という視点を手放さない。
自分の欲望に忠実だからこそ、組織の内側にいながら、少し外側から見ることができる。
これは、組織にとって意外と大事な役割なんじゃないかと思います。
みんなが同じ方向を向いているときに、
「本当にそれでいいの?」
と疑う。
当たり前になっている前提にツッコミを入れる。
つまりモモンガは、組織にクリティカルシンキングを持ち込む存在にも見えました。
もちろん、欲望だけで動いたら組織は大変です。笑
批判するだけでも前には進まない。
でも、うさぎのように勢いよく突破する人がいるなら、その勢いに対して、
「ちょっと待って。それ本当に大丈夫?」
と立ち止まらせる人も必要です。
アクセルだけでは危ない。
ブレーキだけでも進まない。
その両方がいるから、判断の精度が上がっていく。
そしてもう一つ。
モモンガは、この「ゆるふわでかわいい世界」を見ている僕たちの、一部の本音を代弁する存在でもある気がします。
ちいかわたちが純粋に仲間を思って動いている横で、
「いや、そんな綺麗な話だけじゃないでしょ」
とツッコミを入れる。
人間だって、いつも誰かのためだけに動けるわけじゃない。
自分が得したい日もあるし、
楽したい日もあるし、
正しさより、自分の気持ちを優先したい日もある。
だからモモンガを見ていると、
「こいつ自由だな……笑」
と思いながら、どこか共感してしまう。
組織の中では批判的な存在。
物語の中では、読者のツッコミ役。
そして根っこにあるのは、徹底して自分の欲望に忠実なこと。
そう考えるとモモンガも、
ただ自分勝手なキャラクターではなく、組織の思い込みや「当たり前」を疑ってくれる存在なのかもしれません。
そして、ちいかわ|「弱い」からこそ持てる強さ
ここまで見ていくと、ちいかわはかなり特殊です。
怖がる。
泣く。
迷う。
戦闘能力や突破力で見れば、うさぎやラッコ先生ほど強くない。
でも、だからこそ僕は思いました。
強い人が戦うだけが、勇気なんじゃない。
怖いのに、それでも一歩踏み出すから勇気なんだ。
ちいかわは臆病です。
でも、大切な人のためなら勇気を振り絞る。
そして何より、
相手の痛みまで考えてしまう。
そこが、ちいかわの最大の強さなんじゃないかと思います。
僕は今、副業に挑戦する方々のサポートにも関わっています。
そこで感じるのも同じです。
最初から何でもできて、自信満々で挑戦できる人なんてほとんどいない。
怖い。
失敗したくない。
自分にできるか分からない。
それでも一歩踏み出す。
そして、そういう等身大の姿を見て、
「この人を応援したい」
と思う人が現れる。
ちいかわが周囲から愛される理由も、そこにあるように感じました。
島民とセイレーン|なぜ争いは終わらないのか
そして、ここからがこの映画で僕が最も考えさせられたところです。
島民とセイレーン。
どちらか一方を単純な「悪」と言い切ることができない。
双方に事情がある。
双方に失ったものがある。
双方に守りたい存在がいる。
だから、
「自分たちこそ正しい」
と思う。
これを見ていて、僕は国家公務員時代のことを思い出しました。
国の政策を作るときも、全員が100点になる答えなんて、ほとんどありません。
社会全体を大局的に見れば必要な政策だったとしても、その政策によって不利益を受ける人が出ることがある。
どちらかを選べば、もう一方が我慢しなければならない。
それでも、決断しなければならない。
これは組織でも同じです。
会社同士でも、家族でも同じ。
そして、もっと大きくなれば国家間の対立や戦争にもつながる構造だと思います。
自分たちから見れば「正義」でも、
相手から見れば「理不尽」かもしれない。
そして、我慢を強いられた側にも当然、感情があります。
大切な人を奪われた。
許せない。
だから報復する。
すると今度は、報復された側にも新しい憎しみが生まれる。
傷つけられたから、傷つける。
傷つけられた相手が、また傷つけ返す。
そうして憎しみが連鎖していく。
だから争いは簡単には終わらない。
島民とセイレーンの対立は、そんな現実社会の縮図にも見えました。
戦略でも、力でも終わらなかった
ここが面白い。
この映画には、いろいろな「強さ」があります。
うさぎの突破する強さ。
ハチワレの人をつなぐ強さ。
ラッコ先生の仲間を背負う強さ。
それぞれ必要です。
組織を動かすうえでも、どれも重要な能力だと思います。
でも。
最後にこの映画で最後に描かれたのは、それらとは少し違う強さでした。
ちいかわの優しさです。
秘密を知ってしまったちいかわは葛藤する。
真実を明らかにすることが、本当に正しいのか。
自分には、それを明らかにする権利があるのか。
誰かにとっての正義が、また誰かを傷つけることにならないのか。
簡単な答えなんてない。
だから、ちいかわは悩む。
僕は、あの決断がすべて正しかったのかは分かりません。
むしろ、今でもモヤモヤしています。
でも、そこにこそちいかわの優しさがあったんじゃないかと思います。
「優しさ」は、弱さじゃない
優しい人って、ときに「弱い人」に見られます。
決断できない。
考えすぎる。
相手のことを気にしすぎる。
でも、本当にそうでしょうか。
相手の立場まで考える。
自分の正義を押し付けない。
自分がモヤモヤを抱えることになっても、これ以上誰かが傷つかない道を考える。
そして、
「憎しみを次に渡さない」
という選択をする。
それって、ものすごく勇気がいる。
だからこの映画を観て、僕は思いました。
優しさって、もしかしたら一番強い力なんじゃないか。
圧倒的な力を持つことだけが強さじゃない。
突破できることだけが強さじゃない。
誰かを論破することでもない。
相手の痛みまで考えたうえで、
「ここで終わらせよう」
と選べること。
それも、一つの強さなんだと思います。
それでも、完全なハッピーエンドではない
そして、この映画がずっと頭から離れない最大の理由。
全部が綺麗に解決していない。
誰もが何かを抱えたまま終わる。
失ったものは戻らない。
犯してしまった罪も消えない。
そして、その罪を抱えながら生きていかなければならない。
「永遠に生きる」ということさえ、見方を変えれば救いではなく、
永遠に罪悪感を抱え続けるという、とても残酷な罰
にも見えました。
だから、観終わってもスッキリしない。
「本当にこれでよかったのか?」
という感情が残る。
でも、それって現実も同じなのかもしれません。
人生には、完全に解決できないことがある。
正解を選んだつもりでも、誰かが傷つくことがある。
過去をなかったことにはできない。
それでも、生きていかなければならない。
そして、本当に争いは終わったのか?
さらに僕がゾッとしたのが、最後の余韻です。
フタバ・ヒトハとセイレーン。
あの描写を、
「また争いが始まるかもしれない」
という示唆として見ることもできるんじゃないか。
そう考えると、かなり怖い。
一度争いを止めても、人間の欲望や憎しみそのものが世界から消えたわけではない。
平和って、
一度実現したら終わりではない。
守り続けなければ、また崩れるかもしれない。
国家間の争いも、組織同士の対立も、人間関係も同じなのかもしれません。
だからこそ、
優しさも一度選べば終わりじゃない。
何度でも選び続ける必要がある。
結局、この映画で一番強かったのは誰だったのか
うさぎには、突破する強さがある。
ハチワレには、人をつなぐ強さがある。
ラッコ先生には、仲間を背負う強さがある。
モモンガには、自分の欲望に正直で、周囲の前提を疑える強さがある。
そして、ちいかわには、
怖くても一歩踏み出し、相手の痛みまで考えられる強さがある。
誰にでも強みがある。
そして、誰にでも弱さがある。
だから、人は一人ではなく、支え合って生きていく。
でも最後に、力でも戦略でも終わらなかった争いを止めたのは、
一番臆病だった、ちいかわの優しさでした。
僕はこの映画を観て、
「優しさは弱さじゃない。もしかしたら、一番強い力なのかもしれない」
と思いました。
ちいかわは、哲学であり、文学。
かわいいキャラクターを見ていたはずなのに、気づけば、
組織とは何か。
正義とは何か。
優しさとは何か。
人はなぜ争うのか。
そして、どう生きるのか。
そんなことまで考えさせられていました。
だから、ちいかわはただの「かわいい作品」じゃない。
僕にとっては、
哲学であり、文学です。
ここまで考えさせられるとは思いませんでした。
だから鑑賞から1日経っても、ずっとちいかわのことを考えていたんだと思います。笑
『映画ちいかわ』、想像以上に深かったです。
そして最後に一つだけ。
これだけ真面目に語ってきましたが……
やっぱり、うさぎが一番好きです🐰笑

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!!
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最後まで読んでくれてありがとうございます!
副業で悩んでいる方に「昨日より少し前に進めた」と感じてもらえたら嬉しいです。
チップは副業で悩んでいる方への還元に使わせてもらいます!🙇♂️
