
診察室での雑談の話
私は、高齢者の方を中心に外来で診療しています。
外来では、病気のこと、薬のこと、検査結果のことなど、もちろん医学的に大切な話をします。
でも、それと同じくらい、患者さんとの雑談を大切にしています。
「医師が診察室で雑談をしている」と書くと、なんだか余計な話をしているように聞こえるかもしれません。
けれど、私にとって外来での雑談は、決して単なる世間話ではありません。
その方が普段どのように暮らしているのか。
何を楽しみにしているのか。
どこへ出かけているのか。
ご家族とはどのような関係なのか。
最近、どんな変化があったのか。
そうしたことは、検査値や画像だけでは見えにくいことがあります。
たとえば、ピアノが趣味の方や、昔ピアノの先生をされていた方がいらっしゃると、ピアノの話を振ります。
「今も弾かれるんですか」
「どんな曲がお好きですか」
「ショパンいいですよね」
「最近は何を弾いていますか」
患者さんが生き生きとした表情になります。
私もピアノが好きなので、つい楽しくなってしまいます。
昔弾いていた曲の話。
家にあるピアノの話。
好きな作曲家の話。
最近も弾いているという話。
そうした話の中に、その方の生活や楽しみが見えてくることがあります。
また、買い物が好きという患者さんであれば、
「どの辺に買い物に行かれるんですか」
「そこへは交通手段はどうやって行かれますか」
「いつも何を買われますか」
「帰りは荷物が重くなりませんか」
といった話をします。
これは、単に私がショッピングセンター情報を収集しているわけではありません。
もちろん、少しは収集しています。
気になるお店の情報は、医師としてではなく、一人の女性として、心の中にそっとメモしていることもあります。
でも、それだけではありません。
どこに買い物に行くのか。
買い物への興味が失われていないか。
そこへは一人で行けるのか。道に迷うことはないのか。
交通手段はバスか、電車か。
お会計は自分でできているのか。
最近、外出の頻度が減っていないか。
こうした日常の会話の中に、診療上大切な情報が含まれていることが多いのです。
以前、患者さんがよく行かれるショッピングセンターの話をされたとき、そこは私のお気に入りの場所でもあったので、
「あそこ楽しいですよね!」と話が盛り上がりました。
しかし、付き添われているご家族からは、
「今、そんな話をしている場合じゃないでしょう」
という空気を感じました。
もちろん、そのお気持ちも痛いほどよくわかります。
ご家族は心配して外来に来られています。
病状はどうなのか。
薬は必要なのか。
今後の生活はどうなるのか。
家でどのように支えていけばよいのか。
そうした不安を抱えて来られている中で、医師が患者さんとショッピングセンターの話で盛り上がっていたら、
「先生、余計な話をしていないで、大事な話をしてください」
と思われても不思議ではありません。
でも、実はその雑談が、大事な話であることがあります。
その方がどのように暮らしているのかを知りたいのです。
外来では、患者さんは緊張していることがあります。
病院に来るだけで疲れてしまう方もいます。
検査結果を聞くのが不安な方もいます。
ご家族も、これからの生活のことを心配されています。
そんな中で、日常の話をすることで、患者さんの表情が劇的にやわらぐことがあります。
「あそこ、いいですよね」
「私もそのお店、好きです」
「その曲、素敵ですよね」
そんな一言から、会話が自然に広がることがあります。
また、私は画像診断クリニックでスポットの仕事をすることもあります。
そこでは、いろいろな病院やクリニックから紹介された患者さんが来られます。
自分が通院したことがある整形外科からの紹介だったりすると、
「ああ、あそこのクリニックですね」
「いつも混んでますよね。」
「あそこの先生、優しいですよね」
などと話が広がることがあります。
すると、患者さんが笑顔になり、緊張がほぐれることがあります。
検査や診察の場面では、患者さんはどうしても受け身になりがちです。
でも、知っている場所の話や、趣味の話、買い物の話になると、その方自身の言葉が出てきます。
その人の暮らしが見えてきます。
もちろん、診察時間には限りがあります。
でも、ほんの少しの雑談が、その人を理解するきっかけになることがあります。
よく買い物に行っている方が、最近は一人で行くのが難しくなっていた。
ピアノを弾いていた方が、最近は楽譜を読むのが大変になっていた。
毎週同じお店に行く方が、その道順や楽しみをいきいきと話してくださった。
家ではあまり話さない方が、好きなものの話になると表情を明るくされた。
こうしたことは、検査だけでは見えにくいこともあります。
診察室での雑談は、診療の外にあるようで、実は診療のすぐそばにあります。
だから、もし診察室で医師が患者さんと買い物の話や音楽の話で盛り上がっていても、
「余計な話をしている」
とは思わないでいただけたらうれしいです。
もしかすると、その雑談の中で、医師はいろいろな情報を得ています。
そして、患者さんの緊張が少しでもほぐれていたら、それだけでも意味があると思っています。
(終わり。)