
【#創作大賞2025#ミステリー小説部門】ネツゾウ・第16話
好意
母がいなくなってからあっという間に1年が過ぎた。母の失踪を聞きつけた秋月は、時折正義のもと訪れては様子を見ていった。
「何か連絡はあったか?」
「ありません」
にべもなく答える正義に、秋月は苦笑した。
秋月は、心のどこかでまだ、享司の死因に不信感を持っていた。美津江の過去を調べた秋月は、美津江が両親も火事で失っていることを知った。日ごろ虐待されていた美津江が、締め出されている間に、煙草の火の不始末で火事になり、アパートが全焼し、逃げ遅れた両親は焼死したのだった。
享司の死も火事が原因だ。
偶然だろうか。しかし、確証がなかった。
秋月が心のどこかで疑っているからこそ、美津江も正義も、何かと便宜を図ってくれた秋月に感謝こそすれ、本当に心を許してはいなかった。お世辞にも愛想がいいとは言えない秋月の姿が現れるだけで、美津江も正義もあからさまに憂鬱な顔をした。
そんな親子の様子を思い出すと、改めて嫌な職業だな、と秋月はひとりごちた。
今回の失踪は享司の死に何か関係があるのではないか、と思っていたのは確かだ。だが当時から、幼い息子を抱え、これから先の人生を送る美津江の事情にも、同情していたし、何かの役に立ちたいとも思っていたのも事実だった。
しかしながら、母の突然の失踪で途方に暮れていた正義をなんとか支えたいと思っていた秋月だが、生来の口下手もあってなかなか正義に心を許してもらうことができずにいた。
だから、香織の存在はありがたく、正義の面倒は彼女に任せて、自分は自分にできることをやるしかないと、管轄外にもかかわらず、個人的に捜査を進めていた。
やもめの秋月が、時折香織の店に行き食事をするのも、秋月なりの礼儀でもあり、周辺の治安を守るための牽制のつもりでもあった。
「秋月さんがうちに来るってことは暇なんだねえ」
香織が揶揄すると、秋月は芋の煮っころがしをほおばりながら、苦笑いをした。
「俺たちが暇なら、世の中平和ってことじゃねえか。悪くない話だぞ」
「まあ、そりゃあそうね。でも、その仏頂面が年がら年中、デーンと座ってると、うちの商売あがったりになっちまうからね。ほどほどにしてもらいたいもんだわあ」
「おいおい、ひでえな。一応常連に向かって、なんだよ、その口の利き方は」
秋月が笑いながら抗議すると、香織は小さく笑った。が、すぐに真顔になって、秋月の耳元に顔を近づけると小声で聞いた。
「美津江さん、まだ見つからないんです?」
急に香織が近づいてきたものだから、びっくりして、秋月はつまんでいた芋を落としてしまった。
「脅かすんじゃねえよ。芋を落としちまっただろ」
「あらあら、ごめんなさい。全く鬼瓦みたいな見た目に寄らず、小心者なんだから。新しいの出しますね」
小鉢に芋をよそって、秋月の前に出した香織だが、声は笑っているのに、その目は笑っていなかった。
「残念ながら、さっぱりだ。それらしい目撃情報もいくつかあったんだが、途中から足取りがぱったり途絶えてる」
「美津江さんの身に何かなければいいんだけど…」
不安げに言う香織に、秋月は左の眉毛を上げ、鋭い目つきになった。

「なんか、心当たりでもあるのか」
「そんなもん、ありゃしませんよ。ただ、美津江さんは、息子を置いていきなり失踪するような人じゃないし、何かおかしい気がするってだけで」
「それはそうだが。なんか心当たりがあるなら包み隠さず教えてくれよ」
「心当たり、ね…」
香織が何か言いかけたとき、奥の部屋から夏生が出てきた。
「あ、秋月のおじさん、こんばんは」
夏生はニコニコとあいさつをする。
「よう、夏生ちゃん、相変わらず元気そうだな」
「おじさん、女の子に会ったら、可愛くなったね、とかそういう風に言うもんよ。元気そうだなんて言われても嬉しくもなんともないわ」
夏生に小言を言われて、苦笑いをする。
「ほらほら、秋月さんを困らせるんじゃないの。秋月さんに女心なんてわかるわけないんだから」
夏生をたしなめるのかと思ったら、一緒になってからかってくる香織にたじたじとなった秋月は、なんとも居心地が悪いようなムズムズする感じがした。
「そんなんじゃ、うちのお母さん口説けないよ」
ウインクしながら言う夏生の言葉に、思わずむせる秋月の顔は真っ赤だった。
「大人をからかうもんじゃない!まったく、このませガキが!お勘定!」
慌てる秋月を見て、香織と夏生は顔を見合わせて笑った。
「毎度ありがとうございます」
にっこり微笑みながら見送る香織を見て、秋月は自分がここに来ている本当の意味は、別のところにあると自覚せざるを得なかった。