
働く人の違和感採集録 #41 畳欠乏症発症
畳がほしい。
そう思った瞬間、 実家の茶の間を思い出した。
どうやら私は、 故郷の匂いに飢えていたらしい。

2016. 6. 22
いやしがほしい。何故、うちには畳がないのだ。そんなことを思ったある日。実家の茶の間を思いだした。
実家は祖父が私が生まれた年に建て替えた。もうすぐ築40年。
古民家とまではいかないが、年季の入った家である。その真ん中には、茶の間があって、そこには畳があった。ねころんだり、ぼーっとしたり、テレビ
をみたり、こたつに入ったり。家の中心が畳だった。
私の出身地は熊本県八代郡。周りの田んぼにはい草が青々としげっていた。時期になると、道路の隅にござが干してあるのが日常だった。大人になって気づいたが、米が裏側になる二毛作はめずらしいのではないか?もちろん表はい草である。
夏を前に青々としたい草の香りをかぎ、登校していた。中学校はい草の田んぼに四方を囲われていた。それがあたり前だった。
しかし、就職してしばらくした頃、ふと思った。
「い草減ったね」その言葉を母がつかまえる。
「たばことか他のば、さす人も増えたね。家に畳をひかっさん家も多かしね」
「そうかあ」
確かに、その頃住んでいたワンルームは、もちろん畳ではなかった。
建築業を営む父も言っていた。
「本物の畳は入れよる家はほとんどなか。ユニット畳ばっかりたい」
い草の一大産地に住んでいてもそうなのか。
たしかに、畳は手間がかかる。
メンテナンスが必要だ。表がえといってゴザの部分をやりなおす。お金もかかるし手間もかかる。だが実家ではきちんとやっていた。家にたずさわる仕事をもつがゆえなのだろうか。表がえした畳は新品のように青々としていい香りがする。
私にとって、い草、ござ、畳は故郷なのだ。
家をでて20年。
そろそろ畳なしの生活がまずくなってきた。畳欠ぼう症発症である。
フローリングはたしかに便利だし掃除しやすい。でも、床にころがる。座るという生活は日本人ならではだし、それに畳は欠かせない。そんなことに今更気づいてしまった。
昨日からずっと畳を検索している。賃貸のうちには置き畳だ。どうせなら八代産を。そして、インスタでい草農家の方の投稿を見かける。いいねを連打する。畳がほしい。
やっぱり明日、父に連絡してみよう。知り合いの畳屋さんに置き畳を作ってもらおう。
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📚️このエッセイは「働く人の違和感採集録」の一編です。
日常の小さな違和感から、自分を育てるヒントを探しています。
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