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頼れる人がいる人と、いない人では、危機感の形が違う。

    親を頼れる人と、頼れない人は仕事観が違う


    私はずっと、夫とは価値観が違うのだと思っていました。

    お金の使い方。
    働き方。
    将来への考え方。

    何もかも噛み合わない。

    でも最近になって思うのです。
    これは価値観の違いというより、
    親との距離感の違いだったのかもしれない、と。


    私は親と絶縁しています。
    だから、困った時に実家へ帰るという選択肢はありません。

    お金がなくなったから助けてもらう。
    子どもを預かってもらう。
    しばらく世話になる。

    そういう発想そのものがありません。
    最初から選択肢に存在しないのです。

    だから何か問題が起きると、
    まず考えるのは、自分でどうにかする方法でした。

    収入を増やせないか。
    支出を減らせないか。
    別の仕事はないか。
    今ある収入が止まったらどうするか。

    気づけばいつも、最悪のケースを先に考えていました。


    一方で、夫や義実家を見ていると、
    私とは少し違う感覚を持っているように見えました。

    夫は国庫や社会福祉協議会からお金を借りることに、
    抵抗がありませんでした。

    もちろん、
    制度を利用すること自体が悪いとは思いません。
    困った時のためにある制度です。

    ただ私が驚いたのは、
    「返し終わる前に、また借りたらいい」という発想でした。
    その発想は私にはありませんでした。

    私は
    借りられるかどうかではなく、
    借りなくて済む方法を先に考えたい。
    そう思っていたからです。

    義実家もそうでした。
    お金を持っている人への関心が強く、
    私が実家と絶縁していると伝えても、
    何度も実家のことを聞かれました。

    最初は意味が分かりませんでした。
    もう関係のない話だからです。

    でも今なら少し分かる気がします。

    私にとって実家は、もう頼れない場所でした。
    けれど相手からすると、
    まだ何か得られる可能性のある場所だったのかもしれません。


    ここで言いたいのは、
    どちらが正しいかではありません。

    実際、親を頼れることは悪いことではありません。
    助けてくれる家族がいるのは、とても幸せなことです。

    ただ、その前提が違うと、危機感の形も変わるのです。

    私は、
    「誰も助けてくれない」を前提に生きてきました。

    だから
    収入が一つしかないと不安になる。
    支払いが近づくと焦る。
    そのために先回りして備えようとする。

    でも、親を頼れる感覚を持っている人は、
    そこまで切迫感を持たないことがあります。

    崖の端に立っている距離感が違うのです。


    同じ出来事が起きても、見えている景色が違う。

    私は長い間、
    夫は危機感がない人なのだと思っていました。

    でも今は少し考えが変わりました。

    危機感がないのではなく、
    立っている場所が違っただけなのかもしれません。

    私は最初から、
    落ちても誰も助けてくれない場所に立っていた。

    だから、
    保険をかける。
    先回りする。
    最悪を想定する。

    そうしないと怖かったのです。

    一方、困った時に頼れる場所がある人は、
    同じ景色を見ていても、
    少し違う判断をするのかもしれません。

    どちらが正しいという話ではありません。


    ただ、人は自分が立っている場所からしか世界を見られない。

    だから夫婦というのは、
    同じ家に住んでいても、
    時々まったく違う景色を見ているのだと思います。

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