
心を育むこととは何か、果たして教育はそれを可能にしているか
✩.*˚今日の記事は、1分程度で読めます✩.*˚
学校における「心」の教育、
恐らくこれを皆「情操教育」と呼ぶのですが、「情操」は、「感情」とは異なるようです。
そして、3つに分けられるのだとか。
1.真理を追究する科学的(論理的)情操、
2.善に共鳴しそれを追究する道徳的(倫理的)情操、
3.美的(芸術的)情操、宗教的情操
の3つ。
わかりやすくセリフで言うと、
1.えっそれってどうしてそうなるの?そもそもそれってどういうこと?あ、なるほど、その説明聞いたらしっくり来たわ、なるほどねー!と思えるような心(知的好奇心、に近いな、恐らく)
2.これってやっちゃいけない事じゃない?でも、何でやっちゃいけないんだろう…あぁそうか、これこれこうだから、みんな困るからだよね、と思える心(倫理感、に近いね。これは)
3.(それぞれ価値観の違いはあれど)美しいな、とか、神秘的、とか、神々しいな、とか、儚い、とか、素直に思い感動できる心(自分の力の範疇を超えたもの(芸術や宗教)にもポジティブな感情を持てる力、とでもいいますかね。)
です。
この3つが、「情操」であり、
「学校」で「先生」が育むべきものとされているものです。
しかし。
いま学校の先生たちは日々積み重なる業務内容の肥大化で、子供と向き合う時間がありません。
本当に大切な仕事が出来ない、本末転倒な現状が日本の学校教育の実情なのです。
その苦痛がどれほどのものか。
そして、子供が向き合ってもらう機会を失うことが、どれほど恐ろしいことか。
いつになったら先生と子供は救われるのだろう。
昨日の記事でももっと詳しく書いています。
きっと、日本教育の崩壊ぶりがより一層分かって頂けるはず。
今日も遅いのでこの辺で。
本日もお読みいただきありがとうございました。
カウンセラー&占い師 アイサ
