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⑦22歳の論文「自我の喪失」ー 今の私が読み返す時ー (『エロティシズム』ジョルジュ・バタイユ)

前回⑥はこちら👇

ようやく終わりに辿り着けた。
とはいえ、前半の原稿用紙16ページ分は
3分の1くらいしか進んでいない。

前半部分は、自分でも読みづらい💦くどい💦
今の自分が読んでいて本当に恥ずかしい。
そのため手直し中。

何度も書いているけれど、
こんなものを論文として読んでくださり、
評価までしてくださった2人の先生に
申し訳ない気持ちが、今さら溢れてくる。
「今さら」で、さらに申し訳なくなるー。




永遠に続く個の苦しみというものがある。それは絶望的な苦しみだろうか。果てしなく続き、永遠に繰り返すものなのだろうか、明かし得ぬものを、死物狂いに解き明かし続けようとするように。

常に人間は「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死物狂いの願望が激しく鳴り響いていて、この両者がともに相対峙したままである状態」(アルベール・カミュ 清水徹 訳 『不条理な論証』新潮文庫シーシュポスの神話 P9)に在る。カミュ(Albert Camus 1913-1960)は、それを不条理と呼んだ。

何について考えようとも、結論は出てこないだろう。個であることの苦しみに結論などないからだ。つまり、結論が出るか、出ないかは問題ではないのだ。大切なことは、個人的な体験から引き出されるもの、そこからより大きなものへと移行することだ。

「個人的な体験のうちにも、ひとりでその体験の洞穴をどんどん進んでゆくと、やがては、人間一般にかかわる真実の展望のひらける抜け道にでることのできる、そういう体験はある筈だろう?その場合、とにかく苦しむ個人には苦しみのあとの果実があたえられるわけだ。」(大江健三郎『個人的な体験』新潮文庫P184)

             ー完ー

※前半の原稿用紙16ページ分は、手直しが終わり次第Upする予定。
 




~今日の曲~
"Epilogue (Nothing 'Bout Me)"  Sting



~最後まで読んでくださった方へ~
心よりありがとうございました😊


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