
源氏物語の『幻』以前は『モルダウ』で、『匂宮』以降は『ラプソディ・イン・ブルー』
『源氏物語』を原文で音読していると、呼吸のテンポがガラリと変わる境界線があるように感じます。
『みだれ髪』を上梓し、生涯をかけて『源氏物語』の現代語訳に取り組んだ与謝野晶子さんは、『藤裏葉』以前と『若菜』以降では別人の筆である(別筆説)と主張しています。
わたし自身はまだ源氏物語に対する知識も少なく、触れている絶対時間も少ないので、断定することは避けますが……。
原文の音読をしていて、桐壺から身体に馴染んだリズムが乱され、スムーズに読めなくなった明確な境界線があります。
それが、第41帖『幻』以前と、第42帖『匂宮』以降です。
原文音読で掴んだ物語の転調を、音楽に精通しているわけではない私が、おこがましくもクラシック音楽に例えてみると、
第41帖『幻』までの呼吸のテンポは、スメタナの『モルダウ』。
第42帖『匂宮』以降のテンポは、ガーシュウィンの『ラプソディ・イン・ブルー』といった感じ。
(※音読は、現在は『桐壺』から『宿木』までの1巡目の途中です)
和歌の詠み手によって、登場人物の歌の得手不得手さえ書き分けてみせた紫式部。
源氏がこの世を去り、新しい時代の訪れを告げるために、あえて呼吸のテンポと言葉遣いの変化で描き切ったのか。
それとも、娘の大弐三位(だいにのさんみ)など、別の人の手によるものなのか。
紫式部「らしさ」の原点を探して、いま中宮彰子が出産で里邸に移っている間に記された『紫式部日記』の原文も読み進めているところです。
体感では、紫式部日記の鷹揚とした流れるテンポと、
『幻』までのテンポは似ている印象。
いまのところ…
紫式部のしたり顔を想像しながら、
あーでもない、
こーでもないと妄想にふけっている様子を
つらつらとお話しています。
家事や仕事の合間の
こころ休めに
耳を傾けていただけるとうれしいです。
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