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Photo byuminamishokora

とうさん代わり

    「俺がとうさんの代わりもするからな」
    父のお通夜のあと兄は
    泣き腫らした目でわたしを見てそう言った。
    「えー。わたしたち一歳しか違わないのに?」
    と思った。
    でも黙っていた。

    父は変な人だった。

    親戚の集まりで姿が見当たらないと、
    だいたい子どもたちの部屋で寝転んで漫画を読んでいた。

    自分の実家なのに、
    一人だけ先に帰ることもしょっちゅうだった。

    わたしたちは、
    そんな父が大好きだった。


    兄が24歳、わたしが23歳の春。

    父は50歳で突然、
    脳出血で亡くなった。


    父がいなくなって以来、
    兄はいつもわたしを気に掛けるようになった。

    帰省すると、おこづかいをくれた。

    地デジになるから、と
    テレビまで買って送ってくれた。

    超無口だった父とは違い、
    兄はしゃべる、しゃべる。

    「こんなに帰ってこなかったらな、
    かあさんが平均寿命まで生きたとしても、あと60回くらいしか会えないんだぞ」

    わたしはいつも生返事だった。
    もちろん、
    たまーにしか帰省しなかった。

    その間に兄は結婚し、
    実家を建て替え、
    子どもたちが生まれた。
    母とも同居を始めた。

    わたしは、
    なるべく迷惑をかけずに生きようと思った。
    やがて、
    「とうさんの代わりになる」という兄の言葉も、
    思い出さなくなっていた。


    そして兄が39歳の夏。
    久しぶりに帰省すると、
    改札の外で兄が一人で待っていた。

    「俺、胃がんで胃を全摘したんだよ。
    でももう大丈夫なんだ」

    わたしには、
    手術が成功してから自分の口で話す、と決めていたらしい。

    まだ39歳なのに。

    助手席で、
    血管の浮き出た兄の手ばかり見つめていた。


    そしてすぐ、
    わたしにも39歳の夏がやって来た。

    わたしも、
    がんと宣告された。
    子宮頸がん腺がんだった。

    全然驚かなかった。
    兄もがんだ。
    わたしに来ても、
    不思議じゃない。

    兄よりずっと早く見つかった。
    それだけで、ありがたいと思った。

    10時間に及んだ手術も、
    術後の痛みや後遺症も、
    すんなりと受け入れた。

    兄も乗り越えたから。


    そして秋。

    ようやく帰省した私を待っていたのは、
    兄からの再発の報せだった。

    スキルス胃がん。
    ステージ4。

    手術の後、わたしがしっかり目覚める前に帰って行ったのは、
    抗がん剤治療のためだった。

    わたしだけ知らなかった。

    帰りの新幹線が駅をでた途端、
    涙が止まらなくなった。

    イヤホンを両耳に突っ込んで、
    音量をマックスにした。

    通路の向こうの人が、
    音が漏れているとわたしの肩を叩いた。

    それがなんなんだ、と思った。

    兄が、
    死ぬかもしれない、

    初めてそう思った。

    絶対あきらめないという兄は、新しい治療を模索していた。
    関西の病院にもやってきて、
    わたしの家に泊まった。

    「麻酔で寝かされて、起きたら臓器が何個かなくなってる、ってよく考えたらすごくね?」
    ふたりで笑った。

    街はクリスマスシーズン。

    買物に出掛けたわたしたちは
    兄の提案でお互いの欲しい物をプレゼントし合うことにした。

    ラッピングまでしてもらい、18時に入口で待ち合わせ。

    「もう買ってやれなくなるかもしれないからな」

    いつものふざけた調子で兄はわたしにリュックをプレゼントしてくれた。

    わたしは、キャッ プを渡した。

    兄は何度も、うれしそうにキャップをかぶったり、眺めたりした。
    それが、うれしかった。

    それから4年。
    新しい薬や治療は功を奏した。
    兄は元気に仕事をしたくさん家族旅行もしていた。

    しかしついに打ち勝つことはできず自宅で最期を迎えることになった。

    「ありがとう」は、
    兄の命をあきらめるようでずっと言いたくなかった。

    でも、
    言わないまま別れるわけにはいかない。

    「兄ちゃん今までありがとね、わたしさ他所の兄妹の何百倍もよくし てもらったよ、ありがとね」

    兄は天井を見たまま少し笑い
    「楽しかったか。俺とうさんの代わりだったのにごめんな」

    と言った。

    そして、その3日後、息を引き取った。

    遺影の写真も会葬者へのお礼の言葉も子どもへのメッセージも
    全て用意してあった。

    わたしの兄は、
    最期まで立派だった。

    父のお通夜の日。

    兄は、
    わたしだけでなく父とも約束したんだ。

    兄がいなくなって
    気づいた。

    #創作大賞2026


     
     
    引くほどドジな40代派遣社員。 仕事のモヤモヤ、 彼との暮らし。 自分のこと。 そして、 摂食障害だった頃のこと。 どうやってここまで来られたのか、 自分でも知りたくて。 過去と現在を行ったり来たりしながら書いています。

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