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包丁のない台所で

    初めてひとりでその部屋のドアを開けたのは確か夕方だった。

    西日が差し込んでいた記憶がある。ただでさえひとりで住むには広すぎる家なのに、何もないからか、天井が高く感じた。
    ベランダの外では時々貨物列車が通る。するとかすかに建物も揺れる。線路が近いのだ。そして築年数が浅くない、木造アパートだからだ。
    わびしさで息が止まりそうになった。

    こんなところまで来てしまった。
    本当に今日からひとりなんだな。
    覚悟はしていたけど、実感が伴ってきた。

    ここはいつ自分にとって居心地のいい場所になるんだろう。正直、いつまでもそうならないような気がした。いや、と心のなかで大きくかぶりをふった。私はここでひとりで生き直していくしかないんだ。身勝手なことをした自分が辛い思いをするのは当然なんだ。幸せな日々を享受し続ける資格は私にはもうない。自分に罰を与える気持ちでの引越しだった。「私は犯した罪をなかったことにはしない」そうやって強がることで、心細さを隠していた。
    だから新天地であっても、新鮮さにウキウキする気持ちはまったくなかった。むしろ無意識に歯を食いしばっていた日々だった。当時はそんなことに気づかないほど必死だったが。

    窓を開けて風を通すと少し気分が良くなった。ガス台のところにはコンロが、部屋の角には冷蔵庫が正しく設置されている。コンロと冷蔵庫は新しく買って、引越荷物に先立って運び込んでおいたのだ。数日前ガスを開栓し電気も通しておいたから、コンロのスイッチをひねるとちゃんと火がつき、冷蔵庫も冷えていた。
    少しゆっくり呼吸をしてみた。
    そうだよ、みじめなことばかりじゃないじゃないか。冷蔵庫もガスコンロも中古だけど、ちゃんと清潔なものだ。築30年ではあるけど内装はやり直したばかりだから、家の中にいる限り新築の気分を味わえる。
    私はここで、新しい生活を始めていくのだ。やっていくしかない。大丈夫、やっていける。

    引越荷物が届くまで、2,3日あった。数日間しのぐための着替えは持ってきていた。布団はその日の夕方、新品が届く手はずになっていた。
    18時からミーティングが控えていた。その前に軽く夕食を済ませるつもりで材料も買ってきた。あとは作るだけ——そう思った瞬間、気づいた。包丁がない。
     えー!どうしよう。小鍋や箸、お皿など、最低限の調理器具や食器を一所懸命持ってきたのに。肝腎の包丁がないんじゃ料理できない・・・

    自炊する気満々でいたので、かなり落胆した。
    諦めそうになったが、悪あがきを思いついた。
    そうだ、大家さんに貸してもらおう。大家さんは二軒隣に住んでいて、とても感じの良い人だ。年は50代後半くらい?ご家庭もある方だし、きっと貸してくれる。
    挨拶のための菓子折りをぶら下げ、インターホンを押す。「これからよろしくお願いいたします」と言いつつ「あの~、実は・・・」

    「あら~、そうなの?いやー、うーん、困ったわね 。私料理が嫌いで、包丁はちょっと・・・」
    「そ、そうなんですか?いや、どんなのでもいいんですが」

    売っているお店も近所にはないとのこと。

    一瞬「どうにかなるかも」と期待してしまった分、さみしさが余計に押し寄せてきた 。
    大したものは作れなくても、自分で食事を作って、自分の新しい門出を祝ってあげたかった。
    自分のおっちょこちょいぶりが恨めしかった。初めての一人暮らし・・・やむを得ない理由でそうなったとは言え、自分で選択したことには間違いない。そんな自分を元気づけ、景気づけるためにも、自分で作った食事を食べたかった。
    あの日の私にとって、自炊はなによりの自分への応援になるはずだったから。 

    結局その日はとぼとぼと駅前に向かい、地元のチェーンと思われる、初めて聞いた名前のファミレスに入ってひとりで食事した。

    ひとりで外食するのは好きじゃない。それでもとびきりおいしい素敵なものなら「お一人様の外食も悪くない」と思えるときもある。でも間に合わせで食べるひとりの外食ってとてもやりきれなさを感じてしまう。食事は楽しいもの、嬉しいもの、そういった概念からは完全に外れ、ただ栄養補給をしているだけ、という気持ちになるからだ。
    店員の女性が親切だったこと、思ったよりも美味しかったことが救いだった。住宅街のファミリー向けのお店に、ひとりで夕食を食べに来た50代女性。しかも17時すぎという早い時間。彼女の目にはどう映ったのだろう。でもとにかく丁寧に気にかけてくれた記憶がある。

    傷心状態で夕食を食べセミナーを終えた後、考えた。
    包丁は荷物が届くまで手元に来ない。このまま外食を続ければ心身が消耗するなと。
    自炊を諦めたくなかった。多少の質の低下や規模縮小は仕方ないとしても。

    キッチンばさみを持ってきていた。そうだ、包丁がなくてもキッチンばさみである程度の調理はできるはず。料理教室を主宰していて、生徒さんの苦手なことの圧倒的一位が包丁作業だとわかっていた。だから私はよく、包丁なしでできる自炊を勧めていたではないか。 
    こうして翌朝から私の「サバイバル自炊」は始まった。
    幸いにも買っていた食材に、包丁を使わなくても調理できるものが数点あった。きのこ類、小松菜、そして油揚げなど。できる。お味噌汁を作れる。
    しめじを手で小房にわけ、小松菜を洗って根元からはさみで切る。両方を小鍋に入れ、ひたひたになる程度の水をいれ、蓋をして火にかける。ふつふつしてくるまで待って少量塩を入れる。グラグラしてきたら更にお水を入れて沸騰させる。その間にはさみで油揚げを縦半分に切り、さらに1センチ幅に切る。小ザルに入れて鍋のお湯をかけて油抜きする。鍋に味噌を溶き入れ、油揚げを加えたら出来上がり!

    一口飲んで「ああおいしい」としみじみ思った。心からほっとした。
    初めての慣れない台所に「ありがとう。なんとか最初の食事が作れたよ。これからよろしくね」というよい挨拶ができた。
    顔を上げて、新居から初出勤ができた。

    実はこの程度の「包丁なし」自炊は以前からしていた。だから特別なお味噌汁ではなかったのだけど、あの日のあの味は格別に感じた。

    あの「ほっと」感はなんだったのだろう。

    サバイバルな状況でもいつも通りの味を作れた安堵。
    「自炊するぞ」という自分との約束をちゃんと果たせたこと。
    慣れない部屋で苦心して味噌汁を作り上げた達成感。
    前途洋々ではないけれど、それでもなんとか乗り越えていけるだろうと思えたこと。

    もちろんお味噌汁が美味しかったからでもある。一口飲んだ瞬間に緊張がほぐれ、いつも通りの自分を少し取り戻していた。
    いつも作っている、いつも食べている、いつもの味で体の状態も整った。健康的な食欲が胃腸の底から湧いてきたと感じた。
    ばたばたと急に決めた引越し。初めての土地。久しぶりの一人暮らし。緊張していたから感じていなかったけど、精神的にも肉体的にもほんとは疲れていたのだ。
    そんな自分を労ってくれたのがあの日の味噌汁だった。

    でもそれは単に取得できた栄養素の問題ではない。
    同じ材料で同じ作り方で自分以外の誰かが作った味噌汁だとしたら、あのような安堵は得られなかった。自分で自分を元気づけたい、幸せにしたい。その気持があったからこそ、味噌汁を飲んだ時の安堵感につながったのだ。

    あとからこのことを人に話した時「引っ越しした日に自炊しようと思う人なんていないよ」と言われ、そうなのかと思った。私にとっては何の不思議もない計画だったけど、人にはこの自炊への思いのほうが不思議だったようだ。引越しで体は疲れているし、調理器具も食器も不備だらけ。今になって考えてみると自分でもちょっとこの執着は面白く感じる。
    でも当時は?なんの疑問も持っていなかった。自炊するのは当たり前に思っていたし、なんとか自炊を成功させることに必死だった。
    なぜだろう。
    早く新しい場所でのルーティンを作りたかった。そのためには、食事をいつも通りに続けることが一番だと感じていた 。
    経験上、自分で作った食べ物が一番自分を元気にしてくれることがわかっていた。だから私は自炊にこだわった。包丁がないと知った時の落胆も、やり遂げた時の達成感も、その執着の表現だった。 

    あの時自分は本当に頑張ったなと思う。大家さんとはいえ1度しか会ったことがない隣人に包丁を借りてまで自炊しようと思った自分の必死さが、愛おしく思える。がんばっていたね、えらかったよ——そう言ってあげたい。あの必死さが、自分を助け、自分を強くしたのだから。
    引越し後6年が経つ。何度もあった心細く孤独で辛かった時、自炊すればいつも元気になれた。自分で作った食事は生活を送るための活力であるだけでなく、自分を励まし、肯定するものだからだ。
    だから今も、疲れているときほど、辛いときほど、自分のために食事を作る。
    あの日、包丁のない台所で自分を励ましたように。 


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