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羽をしまっていたのは、私だった

    第一章 パタパタ王国

    娘は言う。

    「虹の向こうにはね、
    パタパタ王国があるんだよ。」

    羽の生えた人たちが住んでいて、

    好きなところへ飛んでいける国。

    「ママも行く?」

    そう聞かれて、

    「うん。」

    と笑って答えた。

    でも、本当は少し困っていた。

    私はもう、

    「行きたい場所」

    を思いつけなくなっていたからだ。

    子どもの頃は、

    世界はもっと広かった。

    木の枝は秘密基地になったし、

    布団は海になった。

    空き箱は宇宙船だった。

    でもいつからだろう。

    「ちゃんとしなきゃ。」

    「迷惑をかけちゃいけない。」

    「失敗したら恥ずかしい。」

    そんな言葉が、

    私の羽を少しずつ折りたたんでいった。

    だから娘が、

    見えない王国を信じていることが、

    少しまぶしかった。

    その翌朝。


    起きない。

    やっと起きたと思ったら、
    また始まった。


    第二章 朝七時四十五分

    娘は布団を抱きしめたまま動かない。

    時計を見る。

    七時三十二分。

    今日は十時から打ち合わせ。

    その前に資料も見直したい。

    洗濯も回したい。

    朝ごはんも食べさせたい。

    頭の中で、

    今日やることが、

    次々に並び始める。

    「着替えよう。」

    娘は返事をしない。

    少し待つ。

    「ほら、遅れちゃうよ。」

    その瞬間だった。

    「いやーーーー!」

    部屋いっぱいに響く声。

    靴下が飛ぶ。

    パジャマを脱がない。

    床に寝転ぶ。

    私は深呼吸する。

    怒っちゃだめ。

    落ち着いて。

    優しく。


    「どうしたの?」

    「何が嫌だった?」

    「ママに教えて?」

    返事はない。

    泣き声だけが大きくなる。

    私はもう一度、

    時計を見る。

    七時四十五分。

    十五分後にはもう朝ごはんを
    食べないと。

    娘を見て、

    時計を見て、

    また娘を見る。

    その繰り返し。

    「なんで毎日こうなるの。」

    その言葉だけは、

    飲み込んだ。

    ⸻

    夕方。

    「今日もとってもいい子でした。」

    先生は笑う。

    「お友達のお手伝いもしてくれて。」

    私は笑う。

    「ありがとうございます。」

    でも心の中では叫んでいた。

    違うんです。

    朝は、

    玄関で泣き叫んでいました。

    靴も履けませんでした。

    私の足にしがみついていました。

    同じ子の話をしているとは、

    思えないくらいなんです。

    ⸻

    私は、
    娘を連れて保育園へ向かっていた。

    でも本当は、

    毎朝、
    自信を落としながら歩いていたのは、
    私の方だった。


    第三章 変わったと思ったのに

    「最近、大変そうですよね。」

    そう言われることが増えた。

    私自身もそう感じていた。

    朝の癇癪は少し減った。

    保育園へ向かう足取りも、
    ほんの少し軽くなった。

    「このまま良くなっていくのかもしれない。」

    そんな期待を持ち始めていた。

    だから、その日の帰り道の出来事は、
    余計に苦しかった。

    たったひとつのことだった。

    何がきっかけだったのか、
    今ではもう思い出せない。

    でも娘は、
    今まで見たことがないくらい
    自転車に乗ったまま激しく泣いた。

    叫んだ。

    身体を反らせた。

    何を言っても届かない。

    抱きしめても、

    名前を呼んでも、

    泣き声だけが暗くなった
    商店街通りいっぱいに響いていた。

    「どうして……。」

    思わず涙が出た。

    こんなに頑張ってきたのに。

    やっと光が見えたと思ったのに。

    また振り出しなんだ。

    娘が泣いている横で、

    私もこっそり泣いていた。

    その夜、

    娘が眠ったあとも、

    私は動けなかった。

    「結局、何も変わってない。」

    そう思った。

    でも翌日、
    ふと自分の姿を鏡で見た。

    肩に力が入っている。

    歯を食いしばっている。

    息が浅い。

    私は娘が泣き始める前から、

    ずっと緊張していた。

    「今日は癇癪になりませんように。」

    「うまくいきますように。」

    「失敗しませんように。」

    そんな願いを抱えながら、

    娘を見ていた。

    私は安心してほしいと願いながら、

    自分自身は、

    まったく安心していなかった。

    そのとき初めて思った。

    娘は、

    私の言葉よりも、

    私の空気を感じていたんじゃないだろうか。

    優しい言葉をかけても、

    笑顔をつくっても、

    身体はずっと、

    「大丈夫かな。」

    と緊張していた。

    それなら、

    娘に届いていたのは、

    言葉じゃなくて、

    私の緊張だったのかもしれない。

    その瞬間、

    私は初めて気づいた。

    変わる必要があったのは、

    娘だけじゃなかった。

    私も、

    安心することを知らなかったんだ。


    その日から、

    娘を見るたび、

    小さな頃の私を思い出すようになった。

    泣きたかった日。

    我慢した日。

    「いい子だね。」

    と言われるたび、

    本当は少し苦しかったこと。

    私は、

    娘を育てながら、

    もう一度、

    子どもの頃の自分にも会いに行っていた。


    第四章 「大丈夫」が増えていく

    変化は、
    ある朝突然やってきたわけじゃない。

    気づけば、

    「あれ?」

    と思うことが増えていた。

    最初は本当に小さなことだった。
    保育園の帰り道。

    以前なら、週3回
    「ガスト行く!」

    と言って、今日は行けないと伝えると、
    道路に座り込んでいた娘が、

    その日は、
    少しすると立ち上がって、
    ゆっきりだけど家の方向へ動き出した。

    胸の奥がじんわり温かくなった。

    以前の私は、
    何かが起きないように、
    いつも先回りしていた。

    どう言えば怒らないだろう。
    どう説明すれば納得するだろう。
    そんなことばかり考えていた。

    でも最近は、
    娘の顔を見る時間が増えた。
    目が合う。
    笑う。
    また歩く。

    そんな当たり前の時間が、
    少しずつ戻ってきた。


    夏祭りでも、
    私は去年のことを覚えていた。

    「あれ欲しい!」
    「やっぱりこっちも!」
    「帰らない!」

    最後は泣き疲れて、
    座り込んだ娘。

    だから今年も、
    少し身構えていた。

    でも娘は、
    宝石すくいで見つけた鍵を握りしめながら、

    「あと一個だね。」

    と言う私を見て、
    少し考えて、

    「うん。」

    と言った。

    たった一言だった。

    でも私には、

    その「うん」が、
    去年とはまるで違う言葉に聞こえた。

    何かを我慢したんじゃない。
    自分で決めたんだ。

    そう思えた。


    お寺で法要の日も、
    同じだった。

    初めての場所は苦手だった。
    お寺特有の暗さや雰囲気も。

    長い時間座ることも難しかった。
    「次は入らない」と言っていた。

    でもその日は、

    緊張しながらも、
    自分で立って、
    一緒にお焼香をした。

    終わって席に戻ると
    ぎゅっと抱きついた。

    私は背中に手を添えた。

    ほんの数秒。

    それだけで、

    娘はまた座っていられた。

    その姿を見ながら、

    私は思った。

    この子は、

    泣かなくなったんじゃない。
    困らなくなったんでもない。

    ちゃんと戻ってきている。

    戻って、

    また進めるようになっている。

    その変化が、
    何よりうれしかった。

    そしてある週末。
    保育園の友達と遊ぶ集まりがあった。

    子どもたちは、
    思い思いに走り回っている。

    娘も楽しそうだった。

    でも途中で、
    友達とうまくいかないことがあった。

    以前なら、
    そこから泣き続けて、
    もう帰る!のパターン。

    娘は、

    私のところへ来た。

    「ママ。」

    それだけ言って、しがみついた。

    私は、
    いつものように、
    そっと背中に手を当てた。

    ほんの五秒くらいだったと思う。

    娘は顔を上げると、

    「いってくる。」

    と言って、
    また友達の輪へ走っていった。

    その後ろ姿を見ながら、
    私は涙が出そうになった。

    あぁ。
    この子、
    もう大丈夫かもしれない。

    違う。
    “何があっても困らない子”になったんじゃない。

    困っても、
    戻れる子になっていたんだ。

    その瞬間、
    気づいた。

    変わったのは、
    娘だけじゃない。

    私も、
    もう以前みたいに、
    未来を怖がっていなかった。

    第五章 小さな私に会いにいく

    娘を見ていると、

    時々、
    自分の小さな頃を思い出す。

    「もうお姉ちゃんなんだから。」

    「女の子なんだから。」

    「ちゃんとしなさい。」

    悪気のない言葉だったと思う。
    期待されていたのだとも思う。

    だから私は、

    ちゃんとしようと思った。

    泣かないように。
    迷惑をかけないように。
    空気を読める子でいよう。

    そうやって、

    少しずつ、

    「本当は嫌だ。」

    「本当は悲しい。」

    「本当はやってみたい。」

    そんな気持ちを、
    心の奥へしまっていった。

    大人になってからも、
    その癖は変わらなかった。

    失敗しないように。
    ちゃんとできるように。
    迷惑をかけないように。

    だから私は、

    「挑戦すること」より、
    「失敗しないこと」
    を選ぶ大人になっていた。

    娘が癇癪を起こすたび、

    私は、
    そんな自分の姿まで否定されているような気がしていた。

    「ちゃんと育てられていない。」

    「もっと頑張らなきゃ。」

    そうやって、

    また自分を追い込む。

    でもある日、

    娘の背中にそっと手を当てながら、
    ふと思った。

    本当は、
    この子だけじゃない。

    私も、
    「そのままでいいんだよ。」

    と言ってほしかったんだ。

    頑張らなくても。

    泣いても。

    失敗しても。

    そのままでいいよ、と。

    娘を育てながら、

    私は、
    子どもの頃の私にも、
    少しずつ触れ直していた。

    だから、

    娘が笑う日が増えるたび、
    私も少しずつ、
    笑えるようになっていった。

    娘は、
    未来を変えてくれたんじゃない。

    過去まで、
    優しく変えてくれた。


    第五章 娘が連れて行ってくれた場所

    娘は今でも、
    「パタパタ国ではね、」
    と話すことがある。

    少し前の私なら、

    「そんなものないよ。」

    とは言わなくても、

    心のどこかでは思っていたかもしれない。

    でも今は違う。

    あるのかもしれない、
    と思える。

    子どもは、
    安心すると挑戦する。

    それは娘を見ていて、
    何度も教えられた。

    でも本当は、

    挑戦できるのは、
    子どもだけじゃなかった。

    私もだった。

    仕事を増やすこと。

    人前で話すこと。

    「やってみたい。」

    と言うこと。

    失敗するかもしれない未来へ、
    もう一度歩き出すこと。

    以前の私は、

    失敗しないことばかり考えていた。

    だから、
    いつも羽をたたんでいた。

    でも娘は違った。

    転んでも、

    泣いても、

    私のところへ戻ってきて、

    少し休んで、

    また走っていく。

    その姿を何度も見ているうちに、

    私は気づいた。

    強い子になったんじゃない。

    戻れる場所があるから、
    また行けるんだ。

    それは、

    子どもも、

    大人も、

    きっと同じなんだと思う。

    私は娘に、
    「安心」を教えようとしていた。

    でも本当は、
    教えてもらっていた。

    安心とは、
    泣かないことじゃない。

    困らないことでもない。

    戻れること。

    何度でも、

    「大丈夫。」

    と思える場所が、
    身体のどこかにあること。

    娘は今日も、

    見えない国の話をする。

    信号も右左も
    この国と逆さまらしい。

    私は今日も、
    その話を聞きながら
    質問もしながら歩く。

    いつか娘は、

    パタパタ国なんてないよ、
    と言う日が来るのかもしれない。

    でも私は、

    その日が来ても大丈夫だと思っている。

    だって、

    あの国は、
    空の向こうにある場所じゃなかった。

    転んでも、

    迷っても、

    泣いても、

    「また行ってみよう。」

    と思える人の中にある場所だったから。

    娘は私に、

    一つの才能を教えてくれた。

    それは、

    何でもできる才能じゃない。

    泣かない才能でもない。

    戻れる才能。

    その才能があれば、

    人は何歳になっても、

    もう一度、

    世界を広げていける。

    娘が信じるパタパタ国は、

    きっと今も、

    虹の向こうのどこかにある。

    娘は時々そこへ帰りたくなる。
    だけど時々もう行かなくていいと
    いうこともある。

    そして私とケンカになった時には
    「ママはパタパタ国に行けなくていいの?」
    と言う。


    今日も娘と手をつなぎながら、

    少しだけ羽を広げて歩いている。

    「いつかママも行ってみたいな〜。

    一緒に行けると嬉しいな。」

     
     
    株式会社蒔いて・MAITE代表/emc®・EAPメンタルヘルスカウンセラー/メモライズタッチナビゲーター 身体感覚・非言語コミュニケーションから、繊細な子どもの「自分で戻り、また挑戦できる力」を育てる親子コミュニケーションを伝えています。スペイン出身の夫、4歳年中の娘と3人暮らし

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