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ひのひかりをはこぶ

    ふたりで
    ひたすら石をはこぶ

    ひのひかりをはらんだ石を抱くと、いきものを抱いているかのような熱さにはっとする。太古の人たちもこんなふうにして、お腹に太陽の熱を感じながら石を運んだに違いない。


    たくさんたくさんはこびながら、石をたてる、祀る、据える、ということ、かんがえてる。


    太陽がのぼれば体温があがり、日が沈めば冷たくなる。石は日ごとに生と死を繰り返す。


    また日がのぼれば生きかえすその体温に、太古の人々は大切な人の冷たくなった身体を重ね見て、生まれなおすよう石をたててきたのかもしれない。だから縄文のストーンサークルもストーンヘンジも、そして現代の墓石もどうしても石だったんじゃないかな。


    たぶんふつうはワーカーに頼んで、トラックでドーンと運んでもらうんだとおもうけど、ふたりで、無数にある石から選んで、ひとつひとつ抱いてはこんでくる。


    こうやって身体をつかって体験したことそのものが、形になっていく。


    わたしは調子に乗ってやりすぎては、エネルギー切れをおこしてやるせない気持ちになったり、疲れ過ぎて泣いたりする。


    「無理をしなくていいんだよ」とはじめから釘を刺されているのに、いいなとおもう石があったら自分には重すぎたとしても、どうしても見つけたその時にそれが運びたい気持ちを抑えられないし、1日のはじまりは大概今日はなんかイケル感じする!と張り切って大きい石をルンルン運んじゃう。


    「やめておきなさい」という正論にプイッとしておいて、夕暮れをむかえる前にはいつも動けなくてしょんぼりしてる。


    石の仕事をしていると、淡々と毎日働くことのできる男の人の身体って凄いなとおもう。汗を滴らせながら、集中して向き合っているうつくしい姿に惚れ惚れする。女の身体が恨めしい。


    「わたしなんかより、もっと屈強な男と一緒に仕事をするべきだよ、わたしの身体には合ってないし、泣いたり八つ当たりをしたり、あなたにとって面倒が増えるだけだと思う」


    それでも「無理をしなくていいんだよ」と声をかけてもらいながら、身体の声を聞きながら、ふたりで石を運ぶ。


    波の音と鳥の囀り、石の音


    もううごけない夕暮れは 
    どうしようもなく
    ただうつくしい音に聞き惚れてる


    きっとここの音は身体の中にずっと残る


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    帽子作家/美術家 原始感覚美術祭コーディネーター 1982年生 沖縄出身長野在住 元農家 生活と手仕事の結びあう農民美術の息づく家に育ち制作をはじめる。木崎湖畔に拠点をおき、旅をして出逢う土地の文化から学び、帽子、面、土器、テキスタイルなど自然と共にある生活と結びあう表現を行う

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