
相手が人間か人間じゃないか自分で判断してるタイプは、すでに自分が人間じゃない。
サムネは娘っちがくれた母の日のお花ちゃん。
息子二人からは何かあったかって?
なにもない^^
人間じゃねえ! とは。
とある時代劇に、てめえら人間じゃねえ! たたっきってやる! という決めセリフがあったけども。
ネットニュースとかでいじめ問題やハラスメント、性犯罪など見ていると、すごく思う。
自分が悪いことをしてる、という自覚なしに行ったことを、人って本当には謝れないんですよ。それって本人には悪気がなかったので。
悪気がないと、人は「ええー? あれがそんなに?」と思い続けるだけで謝れないの。だからそれを無理やり突破して、お前が謝れないとか知るか、謝ったことにしてもらうで、とするために法律って存在するので。
結局のところ、広義においては戦争も同じ仕組みなんだろうなと俺は思ってる。
悪いと思ってやってない。
簡単にいうと「われらに正義があると思ってる」てことなんだけど、もっと言うとこれなんだね。
相手を人間だと思ってない
いじめも戦争も性犯罪も根っこは同じだよ。
相手を自分と同じ「痛みを伴う生身の存在」だと思っていないんだよ。
だから、できる。
だから、やめない。
そして、反省もしない。
いじめや戦争や性犯罪をなくしたかったら「この世に存在する人間はお前自身がどう考えてようと全員お前と同じ人間です」てことを骨の髄まで理解してもらうほかないんですよ。
できると思う?
俺は、誰かが人間であるかどうかなんて、俺自身には決める資格ないとナチュラルに思ってるけどね。
そして、人間同士だからこそ、言葉で意思疎通ができると信じたい。
ただ、たまに言葉が通じないことがあるから、そういうときは原因があると考える。
少なくとも「あ、人間じゃなかったんだネ」とは思わない。が。
いじめや戦争や性犯罪をするような人間は、そこをあっさり、「人間じゃないならいいか」と結論づけてしまえるんだと思う。
自分にとっての人間とは?
自分にとっての「尊重すべき相手とは?」とか。
それを自分で勝手に決められると思ってるなら、かなり危ないよ。
決められません。
申し訳ないけど人間は全員人間です。
たまたまその土地のことわりを守らされて暮らしてきたにすぎない。そのことわりをどんなにこちらが理解できなくても、人間として生まれて生きてきてるんだよ、全ての人たちは。
なので、どんなに大変でも、お互いの言葉を通じさせる努力をするしかないんだよ。
そのために法律がある。
文系最高峰の技術があるんだよ。
いじめるんじゃなくて。
爆弾落とすんじゃなくて。
無理やり何かしようとしないで。
そんなことされたら自分が嫌だ、と思うことは誰にもしない。
かんたんなことですわな。
出来ない人が多いけど、でも。
出来てはじめて世の中は良くなる。
もうそろそろ良くしよう。
いじめも戦争もダサいし性犯罪は他者の尊厳への侵犯でしかありません。
そんなことをすると自らを「人間じゃねえ!」の側に置くことになるので。
それならいいんだけどね。
自分から、人間じゃねえ!の側に行きたいってなら…。
せっかく人間なのにね。
せっかく人間なのに。