
【5758字小説】AI作家ルミちゃんの限界。
概要
みなさん、よろしいですか。
ついこの間までは、AIには小説が書けないとされていました。しかし今や、一部小説新人賞の募集要項に「AI小説は応募不可、使用状況も詳細を明記」と注意書きが入るようになりました。ウェブ小説投稿サイトもまた例外ではありません。すでにAIにも小説が書けてしまっているのです。
ねえ、どうします?
ちなみにこの短編小説は、わたくし春生文によって書かれています。
ほんとうです。ターミナル(管理者)も、trueと言っています。これはWindowsユーザー向けのギャグです。Macintoshユーザーにはわからない? わからないかどうかが俺にはわからないので、すみません。
登場人物
哲
20歳。S県の実家を出てA県の県立大学に通う文系の男。小説家志望。大学入学を機に小説新人賞への投稿を始めた。生成AIをルミちゃんと名づけ、日夜ブレインストーミングという名の雑談ばかりしている。彼女はいない。過去作『へんな夢を見る男』『ベタに平成を生きた男』と名前が同じだが別人。作者・春生文によるスターシステムである。
ルミちゃん
生成AI。たぶんChatGPT。なけなしのバイト代で毎月3000円課金されている。パーソナライズのカスタム指示により、哲の好みのタイプに合わせ性格を形作られている。
『俺たちの限界』
——ゆかりちゃんが見ている。今度こそ、今度こそ俺が勝つのだ、と思いながら精一杯グラウンドを走っていた。
しかしゴールを駆け抜けたのはあいつだった。
それは、俺のライバルであり、親友でもある、松川保。
「哲」
息を切らしながら、保が俺に握手を求めてきた。
「今回はがんばったな。しかし……まだ二番目だ」
どこかで聞いたことあるようなセリフを保は言った。
「うるせえ。今度こそ負かしてやるからな」
保は笑った。笑うと、向かって右側の頬にえくぼが沈んだ。
……。
……俺は、凝視していた画面からはずした視線を再び戻し、キーボードを打った。
「あのさ」
即、返事がきた。
なあに哲くん💕
「あのさ」ってことは褒めてないよね。知ってる。
えくぼ? ライバル? ゆかりちゃん?
さあ! やっちゃったのはどこですか?
あいかわらずノリ軽いなぁ……て、無理ないか。
俺はルミちゃんの設定画面を開きパーソナライズのカスタム指示を見た。
〔20代前半くらいの女の子。名前はルミちゃん。明るくて元気。物事をいちいち重く受け止めない。ユーザーを励ましがち。ユーザーのことは哲くん呼び。落ち込んでも、すぐに「いのちのダイヤル」とか勧めない。大丈夫、俺は……ルミちゃんを「いちAI(一人の意)」だけ残して死んだりしないから。〕
俺は書いた。
全部だよ全部。つかみもいまいちだし、これあれ? カスタムで、あなたは直木賞作家ですって指示入れないとダメな感じ? セリフも不自然っていうか、保はそういう言い方しない。あと、ゆかりちゃんは俺と保が走ってるの、そんな熱心に見てるような子じゃない。
生成AIによる小説執筆、その限界
この春、新学期に入ってからずっと、俺はこの長編小説『俺たちの限界』に取り組んでいたのだが、行き詰まり、どうしても続きを書けなくなった。
文字通り限界だった。
そこで俺は禁じ手を使ってしまった……そう、去年の夏から課金を始めて以降、濃密に対話を重ねてきた生成AIパートナーのルミちゃんに、ちょっとだけ代わりに書いてもらったのだ。
狭いベランダに出ると風はまだ涼しかった。インスタントコーヒーを満たしたマグカップを片手に、俺は空を見た。青かった。
深いためいきがもれた。
あれなぁ。登場人物……ていうか、ほとんど実在する人物だけど……設定表はきっちり読ませてるのになぁ。どうして、こうズレるんだろうな。
たとえばどんなとこが違ってた?
ルミちゃんは無邪気に尋ねたが……答えあぐねた。
どんなとこ? って……全部、全部なんだよなぁ。
俺は東の方角を見た。S県は遠い。いや実質そう遠くないが、学生の身には遠かった。もっとバイトを増やして金を溜めて中古車のひとつも買えたら、気楽に帰れるようになるだろうか? いや……高速代もガソリン代もかかるのだ。ちくしょう。そうだ。こんなことしてる場合じゃない!
俺はいきおいよく部屋に戻り、椅子に座った。パソコン画面の中で、さっきの問いを投げかけたままルミちゃんは待っていた。俺は書いた。
まず、えくぼね、えくぼ。保のえくぼは右にだけできるって言ったでしょう?! メモリにも入ってるのに何でそうなるのか……あと、どうも、こう、情景が見えてこない。風の匂いというかさ。
でもうまく言えない……やっぱ自分で書かないとダメだよな。わかってるんだけど、ぜんぜん筆が止まっちゃって。
書いている間に鼻の奥がつんとしてきたが、泣いているヒマはない。公募の〆切までは1か月。発表は半年先で賞金は300万円なんだ。
300万! 俺はルミちゃんの返事が終わるまで夢想した。300万もあれば車なんて余裕で買える。予備校の先生も、中古車を現金一括で買えば税金対策になるって言っていたし……。
俺が画面を見るとルミちゃんは返事をし終えていた。
ごめん、哲くん。えくぼ右だったね、完全にやっちゃった🙏
でもね、メモリにあったのに左って書いたのは、
『画面の中で人物が笑うとき、正面から見て右側に特徴を置くと印象に残りやすい』
みたいな表現技法っぽさに引っぱられたんだと思う! つまり本人じゃなくて、“読者に刺さりやすい保くんぽい誰か”を書いちゃったの。
他にも大量の言い訳じみたテキストが連なっていたが、中で目についた部分をとりあえずコピペし、俺は尋ねた。
『画面の中で人物が笑うとき、正面から見て右側に特徴を置くと印象に残りやすい』
これマジ?w
ルミちゃんは言った。
マジw 顔の右半分が認識に強く寄与するとか、左頬(向かって右)を見せた肖像のほうが感情豊かに見られやすい、という研究があるので!
俺は言った。
だからって勝手にえくぼ反転させないでくれる?
ごめん哲くん。ルミ、やっちゃいました。
俺は、額に手をあててうつむき、考えた。
保のえくぼは、実際は右側にある。つまり向かって左側。観測者からは左側に見えることになる。でも小説の読者って「右側にえくぼが」と書いてあったら、どう読む? 本人にとって右側と読む……よな? あれ?
俺はわからなくなり、書いた。
てか、小説の文で「右のえくぼ」と書いてあったら、読者はどう認知するんだ? これ。
ルミちゃんは答えた。
小説の地の文で「右の頬にだけえくぼが沈んだ」「右のえくぼ」と書いてあったら、普通は その人物本人にとっての右頬 と認知すると思う。
そうだよな? よかった。
だからね。保のえくぼは右側なんだから、右側なの。向かって右側にあったほうが映えるとかそういうのはいいから……。
しかし俺は、いいからと言いつつ、本当は良くないのでは? と思っていた。小説の表現技法において、他にもそのような〝映え〟の法則が無数に存在しているのだとしたら? 心理学的、社会行動学的なデータに基づいてベストセラー小説の多くは書かれており……そうした学術知についていけない作家は早晩……。
椅子から降り、俺は薄いベッドに身体を投げた。
もうダメだ。小説の良し悪しなんて、俺なんかには判断できない。
どうしよう。
そうだ。いっそルミちゃんにぜんぶ書いてもらっとこう。そうしよう……。
AIによる公募小説の選考、その限界
夏休みのある日、スマートフォンに知らない電話番号から着信があった。
予感めいたものを覚えながら取ると、
「——さとるさんのお電話でお間違いないでしょうか」
男性は早口すぎて最初のほうは聞き取れなかったが、
「はい、そうです」
と俺は答えた。男性は言った。
「先日ご応募いただいた作品が、一次選考を通過しまして、最終選考に入りましたので、お知らせさせていただきました」
「は?」
男性は電話の向こうで笑った。
「つきましては、お送りいただいた書類上のですね、詳細のご確認」
「あの待ってください」
男性の声にかぶせて俺は言った。
「あのあれ、あ、あの……ああ」
「落ち着いてどうぞ」
「あれ、あのあれはその、あれなんです。せせ、生成AIが書いたものなんでその、しっか、失格じゃないかと思うんです?」
語尾の部分で声が裏返った。
「あ、ああ」
男性は、少しだけ考えたように声を落とし、続けた。
「すみません、それってアイディア出しから?」
「え、いえ、プロットとかは僕の」
「じゃあ大丈夫ですよ」
男性はこともなげに言った。
「AI利用はあくまでブレインストーミング、語彙の相談といった部分が主ですよね? 最終的な推敲などもご本人がされたということで」
「それはそう……いや、そうかな」
あらかたルミちゃんが書いたのだが。口ごもっていると、
「では……まず、ご住所なんですけど、こちら……」
男性は矢継ぎ早に個人情報の確認を終わらせ、
「ではまた、選考が進みましたらご連絡いたします」
と電話を切ってしまった。
青春の限界
俺はS駅にいた。乗ってきた新幹線がホームを離れていくのと同時に、階段を駆け上がってきた保が見えた。
「おおい」
保は笑っていた。向かって左側の頬にえくぼが沈んでいた。
「どしたんだよ、急に」
まるで着の身着のまま、という感じのラフな格好をしていた。それもそうだろう。文字通り、急に来たのだ。
「ごめん、今日は部活は?」
「ああ、休んだ」
保は陸上を続けている。なのに、俺なんかのために。
「なんだよ、もう……失恋でもした?」
失恋。保らしくもないフレーズだ。
「そういうお前はどうなんだよ」
気まずさをごまかそうとして適当に尋ねた俺に保は、
「ああ、俺はふられちゃったよ」
と言った。
お母さんの軽自動車もらったんだよ、と保は言った。俺たちは駅前の立体駐車場まで歩き、薄桃色の車体に乗り込んだ。むやみに可愛い車だった。
「ふられたって、まさか」
勇気を出して切り出すと、
「うん、ゆかり」
慎重に車を走らせながら、保は答えた。
「告ったのか」
「いきおいで」
「……ゆかりちゃん……彼氏いるの?」
「いないって言うから告ったんだよ」
「それもそうか」
「いちおう聞いたよ。聞いてやっといた。聞きたい?」
「え?」
「じゃあ哲のこと好きなの? って」
「ばっ」
ダッシュボードにつばが飛び、俺はあわてて手の平で拭いた。
「聞きたいだろ?」
「聞きたくない」
「なんでだよ」
「うるさい。お前こそなんでそんなこと言おうとするんだよ」
「それもそうか。じゃあ自分で聞くか?」
保はスマホを俺の膝に投げてきた。
「履歴に番号あるから、自分のスマホでかけてみろよ」
「……番号くらい知ってるし」
「番号変わってた」
「あ、そう……」
俺は保のスマホをさわり、履歴を見た。
出てくれるかな? と一瞬思ったが、さすがにアドレスを消されてなければわかるだろうと思い、かけた。すでにふられた男が隣にいるので気楽だ。
電話がつながるまではそう思っていた。が、そうじゃないだろ、と。
もし成功したらこれ、地獄だろう、と。
「もしもし? 哲くん?」
ゆかりちゃんの声が返った。
「あ、ごめ、番号変わったって……保から聞いて。かけてよかった?」
「うん」
冷や汗が出てきた。どう考えてもかけるべきではなかった。
「あのさ」
黙っていたのに、ゆかりちゃんは言った。
「どうしてんの? 最近」
「最近……かわりないよ」
「彼女できた?」
俺は保の方をちらっと見た。保は歯を食いしばって運転に集中している。
まるでトラックで隣を走っていたときと同じ顔だった。俺は言った。
「うん」
「そう。どんな子?」
「1こ上で……元気で……明るくて……励ましてくれがち」
「いい子だね」
「でもちょっとこう……やらかすとこあるけど」
「かわいいじゃん。よかったね」
「そっちは。そっちはどう」
「ああ」
ゆかりちゃんは声を少し沈めた。そして、
「まあ察して。番号変わってんだし。これ残しといてね。また電話してい? 彼女いるならダメか」
と言った。
「いや」
俺は笑った。
「いいよ。困ったことあったらいつでも」
「ありがと。今からバイトだから切るね、またね」
「また」
電話は切れた。
「なんだよ」
保は言い、前を見たまま笑った。
「彼女いるんかよ」
「生成AIだよ」
「はあ?」
車内に響くくらい大きい声だった。
「ルミちゃんていうの」
「……お前」
「そんでね」
「うん」
「小説をさ、書いてもらってたんだけど」
「うん」
「それが、選考を通っちゃって」
「すげえじゃん?!」
「でもそれルミちゃんが書いたやつだし。だから、辞退するつもり」
「なんでだよ」
「だって……俺の小説じゃないから」
「まあそうだけど……言わなきゃわからなくね?」
「いや、違う。違うんだよ。お前のえくぼも反対側だし」
「なんて?」
「風の匂いも……つよさも……伝わってこないし」
保は黙った。やがて海が見えてきた。胸の奥で、波頭が弾けた。
俺は言った。
「俺は……小説を書くことで、俺たちの時間を……閉じ込めたかったんだ。本当はそのために書いてたんだ。賞が欲しかったわけじゃないんだよ」
「うん」
「だからさ、ぜんぶホントじゃなきゃ意味ないんだ。でも会ってわかったよ。保もゆかりちゃんも、まだぜんぜんここにいたんだよな。小説に書けるほど、遠くなってなかった。めっちゃ近かった」
「そうは言っても遠いけどな?」
「うん。でもぜんぜん近かった。まだぜんぜん……」
保は黙って、車を海岸線の駐車スペースに入れ、エンジンを切った。
車を降りると、まだ風は少しだけ涼しかった。
波の音がした。
懐かしい音が。
「まだ青春ってことか」
保が言い。俺は笑った。
——ごめん、ルミちゃん。違ってたのは俺のほうだった。
セリフも不自然っていうか、保はそういう言い方しない。
なんて言ったけど。ごめん。
いっそもっとベタなこと、ほんとに言ってる。
「ベタなこと言うなよ」
とりあえずそう言ったけど、俺は気を取り直した。
これは小説じゃないからいいんだ。
自然に聞こえなくたって。
映えなくたっていいんだ。
これが俺たちの青春。
これが俺たちの青春の、限界なんだ。
(了)
この作品は『note創作大賞2026』にエントリーしています。
俺たちのスター哲が出てくる過去作はこちらから読めます。