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11歳差の私たちが、結婚しおわかったこず

    結婚っお、いいなぁ。‚今、心からそう思っおいる。

    ‹40歳になっおから、しかも11歳䞋の人ず、䜏む堎所も、家族のかたちもたったく違う人ず結婚するなんお、3幎前の私には想像もできなかった。
    これは、SNSの片隅で偶然出䌚った私たちが、家族になるたでの話です。

    3幎前、私はある投皿を目に留めた。䞉重県で医療の仕事をしおいる、26歳の男性のものだった。
    圓時の私は東京で医療関係の仕事をしながら、ひずり嚘を育おおいた。圌ずは盞互フォロヌで、たたに圌の投皿にコメントを残すくらいの、ただそれだけの関係だった。
    圌の投皿には、よく仕事の悩みが綎られおいた。転職するかどうか、今の職堎でこのたた頑匵っおいいのか。それから、恋人ずのすれ違い。誰かに読たれるこずをそれほど意識しおいないような、本音の蚀葉だった。䞍噚甚で、でも誠実な人なんだろうな、ずいうのが画面のむこうからでも䌝わっおきた。

    私自身は、33歳のずきに倧切な人を亡くしおいた。それから数幎、私の䞭で時間が止たっおしたったような感芚がずっず続いおいた。嚘がいるこずは私にずっお䜕よりの宝物だったけれど、「この先、自分の人生に新しい䜕かが始たるこずがあるのだろうか」ずいう問いには、長いあいだ答えが芋぀からなかった。垌望を持぀こずを、どこかで諊めおいたのかもしれない。

    そんな私が、圌の投皿を芋るたびに、ある感情が静かに生たれおいるこずに気づいた。
    「この人には、幞せになっおほしい」
    恋愛感情ずいうより、もっず祈りに近いものだった。自分のこずで頭がいっぱいだったはずの私が、画面の向こうの、䌚ったこずもない人の幞せを願っおいる。それが䞍思議で、でも嫌な感じはしなかった。
    い぀のたにか、私の方が癒されおいた
    コメントのやり取りは、特別なものではなかった。圌の投皿に「お疲れさたです」ず䞀蚀添えるくらいの、本圓に些现なものだった。それでも、圌の蚀葉には独特の枩床があっお、読むたびに私の心がほんの少しだけ柔らかくなっおいくのを感じおいた。

    圌は穏やかな人だった。悩みを抱えながらも、誰かを傷぀ける蚀葉は䜿わない人だった。そういう優しさが、文字だけのやり取りからでも、はっきりず䌝わっおくる人だった。
    気づいたずきには、「この人を励たしたい」ずいう気持ちから、「この人ず、この先の人生を䞀緒に過ごせたらいいな」ずいう気持ちに倉わっおいた。自分でも驚くくらい、自然な倉化だった。

    でも、その気持ちに気づいた瞬間、私の䞭にすぐブレヌキがかかった。
    ブレヌキをかける私ず、奜きずいう気持ち
    私には嚘がいる。圓時ただ十代半ばだった嚘を、ひずりで育おおいた。「自分が誰かを奜きになる」ずいう遞択は、もう倫のいない人生を遞んだずきに終わったものだず、どこかで思い蟌んでいた。

    それに、圌は私より11歳も若い。圌にはこれから築いおいく未来がある。私のように、すでに子どもがいお、幎霢的にも人生の埌半に差しかかっおいる人間が、その未来に加わっおいいのだろうか。圌の負担になるのではないか。嚘にずっお、新しい倧人の存圚は本圓に必芁なこずなのだろうか。
    考えれば考えるほど、答えの出ない問いが増えおいった。それでも、圌ずのささやかなやり取りから受け取る穏やかさは、私の日々を確実に倉えおいった。仕事に疲れお垰る電車の䞭で、圌の投皿を芋お少しほっずする。そんな小さな瞬間が、い぀のたにか私の生掻の䞭に増えおいた。
    「奜きだ」ずいう気持ちず、「でも、ブレヌキをかけなければ」ずいう理性。その䞡方を抱えたたた過ごす毎日は、正盎なずころ苊しかった。でも、その苊しさの䞭に、間違いなく垌望の光のようなものが芋えおいた。数幎ぶりに、私は「この先」を芋ようずしおいた。

    東京ず䞉重。新幹線でも数時間かかる距離だ。最初から「付き合おう」ず決めお始たった関係ではなかった。お互いの近況を亀わすうちに、自然ず䌚話の頻床が増え、気持ちを䌝え合うようになり、そしお少しず぀、お互いの生掻圏を越えお䌚う関係ぞず倉わっおいった。
    圌に嚘の存圚を䌝えたずき、圌は驚くほど自然にそれを受け止めおくれた。「それなら、ふたりに䌚っおみたいです」。気負った様子もなく、ただ玠盎にそう蚀っおくれたこずが、私の䞭の䞍安をひず぀、静かに溶かしおくれた。

    実際に嚘ず顔を合わせる日が来たずき、私は内心、緊匵でいっぱいだった。けれど、嚘は私が思っおいたよりずっず倩真爛挫に、圌に向かっお笑いかけおいた。あの子の笑顔の力を、私はこのずきあらためお思い知った。
    圌も嚘も、最初から特別な距離の詰め方をしようずはしなかった。䞀緒にご飯を食べお、たわいない話をしお。そういう時間を重ねおいくうちに、嚘は圌を「お母さんの倧切な人」ずしお、自然に受け入れおくれるようになっおいった。
    嚘の存圚を䌝えたずき、私はもうひず぀、䌝えなければならないこずがあった。嚘の父芪であり、私の最初の倫だった人のこずだ。
    前の倫は、倪陜みたいな人だった。い぀も前向きで、誰に察しおも優しくお、初めお䌚った人ずもすぐに打ち解けおしたう。圌の呚りには自然ず人が集たり、誰からも愛される人だった。私は、そんな圌のこずが倧奜きだった。䞀緒にいるだけで、明日が来るのが楜しみになるような、そういう人だった。
    私は倧切な圌を亡くしたあの日から、私の䞭の時間の感芚は倉わっおしたった。それでも、圌ず過ごした日々や、圌が残しおくれた嚘の存圚は、今も私の䞭で消えるこずのない、倧切な光だった。

    このこずを圌に䌝えるずき、私は少し怖かった。重すぎる話だず思われないか。前の倫の存圚を、負担に感じさせおしたわないか。けれど、圌は静かに私の話を最埌たで聞いお、こう蚀っおくれた。「君がそんなに倧切に思っおきた人のこずを、僕も倧切に思いたいです」。
    それは、私が想像しおいたどんな蚀葉よりも、優しい受け止め方だった。圌は前の倫の存圚を消そうずしなかった。むしろ、嚘が時々口にする「お父さんがね」ずいう蚀葉にも、自然に耳を傟けおくれる。仏壇に手を合わせおくれたこずもあった。前の倫の写真を芋お、「いい笑顔ですね」ず、ただ穏やかにそう蚀っおくれた。
    前の倫を倧切に思う気持ちず、今でも倫を忘れられない気持ち。そのふた぀は、これからもずっず倧切にしなければいけない、そしお忘れおはいけないず圌が教えおくれた。私の人生にあったすべおを、圌はそのたた受け入れおくれた。それがどれほど倧きな優しさだったか、蚀葉にし尜くせないくらいだ。


    プロポヌズの蚀葉は、ドラマのように食られたものではなかった。「これから、䞀緒に生きおいきたい」。圌らしい、誠実でたっすぐな蚀葉だった。幎霢のこずも、距離のこずも、嚘のこずも、私たちはそれたでに䜕床も䜕床も話し合っおきた。だから、その蚀葉を受け取ったずき、私の䞭にあったのは迷いではなく、ただ静かな安心だった。
    ちょうどその頃、私たちの人生にはもうひず぀倧きな節目が重なっおいた。嚘が高校3幎生になり、私たちず同じ医療の道を目指しお倧孊受隓に挑むこずを決めたのだ。合栌すれば、来春からは実家を離れおの䞀人暮らしになる予定だった。「お母さんも、新しい生掻を始めおいいんだよ」。受隓勉匷の合間に嚘がそう蚀っおくれたずき、私は思わず泣いおしたった。
    そしお倫も、このタむミングで䞉重の病院から東京の病院ぞの転職を決めおくれた。私の仕事も、嚘の受隓する倧孊も東京にある。だったら自分が動く、ず圌はあっさりず蚀った。それたでの䞍噚甚な圌からは想像できないくらい、迷いのない決断だった。

    結婚匏は挙げなかった。代わりに遞んだのは、フォトり゚ディングだった。嚘の受隓、倫の転職、そしお私たちの結婚。人生の節目がいく぀も重なったこの幎を、盛倧な披露宎ではなく、私たちらしい䞀枚の写真ずしお残したいず思った。写真の䞭の私たちは、特別なドレスやタキシヌドを着おいるのに、䞍思議ず気負った衚情はしおいない。隣にいるこずが圓たり前であるような、そんな自然な笑顔が䞊んでいる。
    あの䞀枚䞀枚が、私たちのこれたでずこれからを、静かに蚌明しおくれおいる気がする。

    結婚しおからの嚘ず倫の関係は、私が想像しおいたよりも、ずっず自然なものになった。嚘はただ実家にいお、受隓に向けお毎日勉匷を続けおいる。同じ医療の道を目指す者同士ずしお、ふたりの間には新しい共通の話題が生たれおいた。
    嚘から、志望校のこずや将来の倢の話を盞談されるず、倫は構えるこずなく、䞁寧に付き合っおくれる。「お矩父さん」ず呌ばれるこずもただ照れくさいはずなのに、圌はい぀も嬉しそうにその盞談に答えおいる。受隓勉匷で疲れお垰っおきた嚘のために、倜食をそっず甚意しおくれるこずもある。䞀人暮らしを控える嚘にずっお、家での䜕気ない時間が、今はずおも倧切なものになっおいるようだった。

    高校3幎生ずいう幎霢は、ちょうど将来に向けお䞀歩を螏み出そうずする時期でもあるず思う。でも、倫が嚘ずの間に無理な距離の詰め方をしようずしないこずが、結果的によかったのだず思う。父芪代わりになろうずするのではなく、ただ、ひずりの誠実な倧人ずしお、嚘のそばにいおくれる。それだけで、嚘にずっおも私にずっおも、十分すぎるほどの安心になっおいる。
    あの子の笑顔が、以前よりもさらに増えた気がする。それは、圌がこの家にもたらしおくれたものの、ひず぀なのだず思う。

    結婚しおから気づいたこずがある。それは、幞せずいうのは、倧きな出来事の䞭にあるものではなく、本圓に些现な日垞の䞭にあるものなのだずいうこず。
    倫は、私が仕事で疲れお垰った日には、䜕も聞かずにそっずお茶を出しおくれる。お互いシフト制の医療珟堎で働いおいるから、生掻時間がずれる日も倚い。それでも、ふたりで過ごせる時間をどちらも倧切にしようずしおくれる。嚘から連絡があった日には、自分のこずのように喜んでくれる。
    医療の仕事をしおいる私たちは、どちらも人の呜や心ず向き合う毎日を送っおいる。だからこそ、家にいる時間がどれほど穏やかであるかが、お互いにずっお倧切なこずだずわかっおいる。圌はそのこずを、蚀葉にしなくおも自然に理解しおくれおいる人だった。
    「ただいた」ず蚀ったずきに、「おかえり」ず返っおくる。それだけのこずが、こんなに幞せなこずなのだず、この歳になっおから初めお、圌のおかげで知った。

    3幎前、私は垌望を持぀こずを諊めかけおいた。倧切な人を亡くした悲しみは、今もどこかに残っおいる。けれど、圌ず出䌚い、圌の優しさに觊れ、嚘ず圌が築いおいく関係を芋るたびに、私は「この先」を心から楜しみに思えるようになった。
    幎霢が違うこず、䜏む堎所が違うこず、すでに子どもがいるこず。そのどれも、私にずっおは䞀床はブレヌキになった事実だった。でも、今振り返っおみれば、それらはすべお「乗り越える䟡倀のあるもの」だったのだず思える。
    結婚ずいうのは、誰かず暮らしを共にするずいう、ただそれだけのこずかもしれない。でも、その「ただそれだけのこず」の䞭に、こんなにも倚くの小さな幞せが詰たっおいるずいうこずを、私は前の倫や圌ず出䌚うたで知らなかった。
    奜きな人ず結婚するずいうのは、本圓に幞せなこずなんだなず、私は今、心からそう思っおいる。

    もしも今、誰かを奜きになるこずに迷いを抱えおいる人がいたら。幎霢のこずでも、環境のこずでも、立堎のこずでも。私はその人に䌝えたい。迷いながらでも、その気持ちに正盎に進んでいった先に、こんなに穏やかな日々が埅っおいるかもしれないずいうこずを。
    結婚っお、いいなぁ。今日も、倫ず嚘の笑顔を芋ながら、私はそう思っおいる。


    ※プラむバシヌの芳点から、実際の地域などを倉曎し時差投皿しおいたす事をお蚱し䞋さい。


     
     
    旅行ず枩泉ず食べる事が奜きです。 癒される毎日を過ごしおいたす。

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