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Photo byjn224

娘への向き合い方は、私がしてもらいたかった向き合い方だった

    娘にしてあげることが、本当は自分がしてもらいたいことだった。


    子供が帰ってくる。学校での出来事を話す瞬間に、私のスイッチが入る。娘が話してくれる内容に寄り添い、共感するために。

    友達に心が傷つけられたまま帰ってくることもある。話を聞いてそれに気づくと、視界が狭まって、私の目の中には娘しか映らなくなる。でも、頭の中はフル回転。

    「それは、嫌な思いをしたね」
    「ムカつく気持ちになるよね」
    「そんなこと言われたら、ママだって嫌な気持ちになるよ」

    言葉かけをする時は、どんな言葉が今の彼女に最善手か考える。傷ついたことを受け止め、感情を拾ってあげる。

    いまどんな気持ちか確認してみたり、相手に対してどんな想いがあるかを聞いてみたりする。

    心のうちを吐露してもらうなかで、彼女が言語化してくれるようになる。

    話を続ける中で、だんだんと彼女が落ち着いてきたタイミングを見計らって、
    「貴女はどうしたい?」と意向を聞く。


    先生に話を繋いだ方が良いのか、様子を見た方が良いのか、いまは嫌な思いをした子と向き合いたくないのか。
    それによって、親としての出方がわかる。

    時に親としての意見も言う。
    「傷ついたことを相手に知ってもらうためにも、話を先生としたほうがいいんじゃない?」

    「貴女がこれだけ悲しんだってこと黙っていたら、きっと気づいてもらえないよ」

    やっぱり先生に聞いてもらう、ということになることもあれば、やっぱりいい。ってことにもなる。

    つまりは、一緒に考えているのかもしれない。

    こう言うやりとりは、30分から長ければ1時間近くかかる。労力は半端ない。
    「嫌な奴はout of 眼中」と一蹴にしていた実母とは訳が違う。

    *****

    この一連のやり取りや、最善手を取ろうともがく姿を知った人からは、
    「丁寧な向き合い方だね」と言われた。


    それと同時に、「疲れない?」とも言われる。


    疲れる。
    疲れない訳がない。

    でも、私は「これをしてもらいたかった」から、やっているのかもしれない。

    一緒に感じて、
    一緒に悩んで、
    一緒に考えて欲しかった。

    だから、娘に私はしてもらってないことを、してあげたい。

    別に良い母親にならたい訳じゃない。でも、娘に「ママなら話ができる」と思ってもらいたい。その一心なのかもしれない。

     
     
    30代、一児の母。東京都生まれ。 不妊治療、ハンドメイド販売の手伝い、娘との日々。 重いテーマも、軽い日常も、正直に書いています。 誰かの心に小さな光がともるような文章を目指しています。

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