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Photo byishi99

“効率化”に逃げるな。“売上”で戦え

     DX がもてはやされはじめてから数年、私は大小さまざまな現場を回りながら、胸に残る違和感を飲み込んできた。「変革せよ」「デジタルで生まれ変われ」と繰り返す掛け声は華やかだが、その下で汗をかく人々の呼吸はどんどん浅くなっている。売上を生むより非効率を潰すことに血道を上げ、削った経費の数字に安心し、いつの間にか外ではなく内を向きはじめた企業――そんな風景を、私は幾度となく目撃した。

     なぜこうなったのか。第一に、経営者が「わからないまま分かったふり」をしたからだ。DX とは何か、どこまでを指すのか、本気で自分の言葉で説明できるトップは実は少ない。それでも流行語に乗り遅れるわけにはいかないと、現場に丸ごと押しつける。現場は「立ち止まることを許されない日常」を抱えたまま、空中戦のような理想論に付き合わされ、従来業務と新しいツールの二重負担で疲弊する。

     第二に、コンサル業界が DX をビジネスにしたからだ。パワポの美しいカーブで ROI を描き、横文字と事例で彩った提案書を差し出す。だが紙の上では変わっても、工場の機械は 0.01 秒たりとも止められないし、商談の席で顧客が見るのは資料ではなく納期だ。伴走の覚悟を示さない提案は、導入した瞬間から「使われないシステム」へ変わっていく。

     第三に、メディアと政策が“DX 神話”を作り上げた。成功事例だけを切り取って「これが未来だ」と祭り上げる一方、失敗や混乱は絵にならないから語られない。気がつけば「やらなきゃ時代遅れ」という空気だけが企業を包み、疑問を口にした瞬間に旧態依然のレッテルを貼られる。

     だが最も重い代償を払っているのは社員だ。IT に詳しくないベテランが「今さら聞きづらい」まま置き去りにされ、新卒はシステム研修でつまずいて戦力化が遅れ、中堅は旧システムと新ツールの橋渡し役として疲れ切る。しかも評価制度は変わらないから、挑戦して転ぶより、無難に現状維持したほうが得だというメッセージさえ社内に漂う。

     ここでひとつ、冷たい現実を置いてみる。利益は帳簿で作れるが、売上は市場でしか作れない。人件費を削り、広告費を絞り、在庫を極小化すれば、確かに数字は黒く見えるだろう。しかしそれは“縮んで黒字”であって“攻めて黒字”ではない。ひたすら内側を切り詰める企業は、やがて売上の土台が痩せ細り、最後には削る肉すら残らなくなる。

     対照的に、本当に強い企業は売上を伸ばす力を手放さない。誤摩化しのきかない市場で選ばれ続ける商品やサービスを持ち、顧客と対話し続け、稼いだキャッシュを再投資してさらに価値を拡張する。そこでは DX も効率化も「売上を拡大するための補助線」として機能する。順序が違うのだ。

     では誰が悪いのか。私は「責任を曖昧にしたまま DX を煽った全員」と答える。わかったふりで丸投げした経営者、売り逃げたコンサル、魔法の杖として広めたメディアと政策――それぞれが少しずつ罪を分け合っている。その結果、現場の声は黙殺され、数字でしか語れない閉じた世界が出来上がった。

     しかし本当の問題は、犯人を指さすことではなく、この空気を変えることだ。売上をつくる力を取り戻し、社員の体温が感じられる組織へ戻ることだ。その第一歩は、耳障りのいい「DX」の四文字をいったん脇へ置き、自社の商品・顧客・現場を見つめ直すところから始まる。効率化が必要なら、まず売上で得た余裕を使って現場を支援し、失敗の余地と学習の時間を保障する。非効率が許せないなら、削る前に売上を伸ばす方法を死ぬ気で探す。

     私は確信している。多少の非効率は、稼ぐ力があれば吸収できる。逆に、稼ぐ力を失った企業は、どれだけ効率化しても立ち行かない。だからこそ、声高に DX を叫ぶより先に、売上を生む根源的な価値は何かを問い直すこと、その問いを現場と共有し、顧客と磨き合うこと――そこにしか未来はない。

     薄っぺらな DX のスローガンに振り回される時代は終わった。今こそ、数字より先に市場を、ツールより先に顧客を、効率より先に売上を見据えよう。経費ゼロの幻想に逃げ込むのではなく、外へ向けて攻めながら、余白で内を整える。それが、本当に強い企業が歩む道だと私は信じている。

     
     
    湘南の海風とともに、日常と非日常の狭間を旅する58歳。静かに熱く、未来のヒントを探す日々をそっと綴ります。

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