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芋出し画像

【矎術通レポヌト】鎌錬矎術通および旧長谷山邞

    阿久沢牟瀌

     母の実家に久々に遊びに来た折、どこか面癜そうなずころはないかずグヌグルマップを芋おいたずころ、芋぀けた。

    「鎌錬かたいたち矎術通」

     どうも土方巜ひじかたた぀みなる舞螏家が圓地を蚪れ、珟地の人々を巻き蟌んでほずんど奇行ず玙䞀重の螊りを螊ったそうで、その様子の撮圱された写真集「鎌錬」は日本囜内に留たらず、海倖にも名をずどろかせるこずになった、ずいう経緯があるらしい。

     圓通はその「鎌錬」を蚘念したもので、なかには「鎌錬」所収の写真や、初版本、関連の品などが収められおいる。――のみならず、矎術通そのものが写真集に登堎する建物であり、豪蟲「長谷山家」の歎史的建造物ずなっおいる。

     秋田県は県南の、ぜ぀りぜ぀りず集萜が点圚するような山あいの道を進んでゆく。道䞭食事のずれる店さえ無いなか、この先に矎術通などずいう文化的斜蚭が存圚するずは倱瀌ながらあたり想像できなかった。

     暪手や本荘ならいざしらず、矜埌町田代である倱瀌ながら。
     どんなものかず行っおみるず、たずその嚁容に驚いた。

    画像

     画像巊が鎌錬矎術通のある旧長谷山邞の蔵ずなっおいる。
     画像右は母屋で、こちらは蟲家キッチン「あるもんで」ずなっおいる埌述。
     たた、この旧長谷山邞自䜓芋孊するこずができ、芋ごたえがある埌述。


     鎌錬矎術通

     NPO法人「鎌錬の䌚」事務局長、阿郚さんの案内を受ける。同行の叔母ずひずしきり地元トヌクを繰り広げた埌、阿郚さんの話を聞きながら通内の展瀺物を芋お回る。

     土方巜の生い立ち。
     写真集「鎌錬」の反響。
     土方ず矜埌町田代ずの瞁。
    「鎌錬矎術通」蚭立の゚ピ゜ヌド。
     䞖界䞭から蚪れた舞螏家の話。
     阿郚さん自身の話。
     等々、様々な話を聞くこずができた。

     面癜い。
    「鎌錬」そのものは幎の月末に土方巜が写真家、现江英公を䌎っお圓地を蚪れたわずか二日の出来事ではあるが、たさに鎌錬の名の通り、矎術通が出来るくらい圓地に爪痕を残したらしい。

     写真に぀いおは詳しくないものの、ぱっず芋お惹かれるずころがある。
     土方自身の姿はもずより、田代の人々の姿が玠晎らしい。螊り手がいおそれを芳客が芳るずいう構図はあたりなく、ほずんど䜏民自䜓も螊りの䞀郚ず化しおいる。

       螊り、ず蚀えるのだろうか。
     䜕が螊りなのか、ずいう抂念そのものが揺らいでくるようなずころは確かにある。
     䟋えば、

     ①人の家に䞊がり蟌んで、障子を砎る。
     ②蟲家の䌑憩䞭にふず珟れお、䞋半身を露出する。
     ③寝おいた赀ちゃんを抱きかかえお、田んがの真ん䞭で螊り狂う。

     ずいった堎面を収めた写真がある。

     ①の写真では、トンカチを持った劖しい衚情の土方が瞁偎に腰掛け、䞡脇の障子が砎られおいるそれも䞀぀二぀ではなく、かなり掟手に。

     ②の写真では、着流しの前をパッず䞀瞬はだけた埌の土方が、これもたた劖しい衚情で座っおおり、その回りを蟲䜜業の男女が囲み、笑っおいる。
     米を干すためのはしご状の朚組みをハサず蚀うが、ハサに寄りかかっお恥ずかしそうに口蚱を抑えおいる少女がこの堎面をよく物語っおいる。

     ③の写真では、片手に赀ちゃんを抱え、もう片方の手を広げ、足を倧きく螏み出した土方の躍動的な姿がある。

     どの写真にも共通しおいるこずは、動き、ないしは物語が感じられるこずだろう。おおむね蚀えるこずは、土方が䜕かしらやらかしたこず、だろうか。

     土方の衚情がたた面癜い。
     ①の土方の衚情など、たさに「障子を砎っおやったぞ」ずいうような、したり顔に芋える。②のしかめっ面にはおどけがあるし、③の差し迫った衚情は倩に向かっお祈りを捧げおいるように芋える。

     圓時動画撮圱の技術がないわけではなかっただろうに、なぜ写真ずいう媒䜓を遞んだのか、ずいう点が個人的な疑問だった。考えおみるず、スタティックなメディアであればこそ、そこにダむナミズムを蟌めるこずができた、ずは蚀えるのかもしれない。
     ぀たり、動画ずなるず䜕をどう撮っおも動的にならざるをえず、むしろ螊りずしおの動性や物語性を象城的に衚珟しづらい、ずいう事情があるのかもしれない、ず。

     そうした写真に蟌められたダむナミズムが、阿郚さんの詳しい説明ずずもに有機的に立ち䞊がっおくるのもたた面癜い。

    「写真のこの人はどこそこの人で  」
    「この人は北海道の血筋だから顔が濃くお  」
    「土方がサルのようにするするずハサを登っおいっお  」
    「この子は埌にむンタビュヌを受けたのだけど話したがらなくお  」

     ずいった゚ピ゜ヌドトヌクから、圓時の空気感や土地の繋がりが感じられおくる。

     通内鑑賞食事の埌、圓地に移り䜏んだ若い螊り手の螊りを実際に芳る幞運にも恵たれたのだが、これは「螊りの抂念」に関する考察ずずもに埌述する。


     蟲家キッチン「あるもんで」

     ご飯である。
     旧長谷山邞の母屋の方に、蟲家キッチン「あるもんで」がある。
     圓初からそこで食事をずる぀もりでいたのだが、埌に䌺ったずころ「予玄掚奚」ずのこず。
     今回は阿郚さんからレストラン偎ぞ融通しおもらったのでスムヌズに事が運んだなので、急な来蚪の際はいったん食事の旚を䌝えたのち、ゆっくり矎術鑑賞するのもアリだろう。もちろん、食事だけの利甚も可胜。

    画像

     玠朎にしお絢爛。
    「うわヌ」ず、思わず感嘆。
     土地から生たれた食事ずいう感がありずおも良く、それを土地の歎史的な建物で頂くのはたた栌別の味わいがある。

     裏山で鳎き亀わすヒグラシの音がある。

     しばらくするず、雚が降りしきる。

     瞁偎の倖延郚、軒先の少し手前に䜕枚も匕き戞が蚭けられおいる䜜りずなっおおり、呚囲の音響を皋よく取り蟌み、耳に心地が良いこれは雪囜特有のものなのだろうか。

    画像


     旧長谷山邞

     食事の埌は旧長谷山邞を芋お回った。

     朚材フェチにずっおはよだれが出るような空間が広がっおいる。
     ケダキの倧朚が莅沢に䜿われた梁。
     幅広の無垢材が惜しげもなく敷かれた床。
     極め぀けは黒柿の床框で、朚目が非垞に良い。

     たた、家の䜜りが蟌み入っおいる。
    「この蔵には䞉階がある」ず、矎術通で阿郚さんに聞かされたのだが、その時点では䜕のこずなのかわからなかった。
     母屋の二階から枡り廊䞋を䌝っおいくず、ようやく事情が飲み蟌めた。

     蔵たるごずを、建物が芆っおいる――ずいうこずらしい。
     宀内に宀倖があり、宀倖が宀内にある。
     ずんでもない奇想建築である。
    これに関しおは実際に目の圓たりにしたほうが感動が倧きいので、画像は敢えお茉せず

     䞉階は切れ目のない長い畳が敷かれた倧広間になっおおり、今埌結婚匏など挙げる予定があるらしい。


     若い螊り手の螊り

     前蚘したように、田代ぞ移り䜏んだ若い螊り手が矎術通二階で螊るずのこずで、そちらぞ向かった。

     向かったずきには、われわれを埅぀でもなくすでに螊りが始たっおおり、ほどよく狭く、薄暗い蔵の二階の空間は独特の空気に包たれおいた。
     Fly me to the moonから始たり、党䜓的にはアンニュむな印象の楜曲が倚かった。

     螊りに決められた型はなく、螊り手は楜曲に没入するように思い思いの仕方で身䜓を動かしおゆく。

     人が螊っおいるずころをこれほど間近で芳たのは初めおだが、「倉だ」、ず玠朎に思った。

    「異様」ず蚀っおもいい。

     人が日垞しない動きをするずいう点でも圓然「倉」なのではある。
     それに加えお、バレ゚ずかブレむクダンスずか瀟亀ダンスずか、あるいはアむドルなどが螊っおいる螊りずか、その皮の「䞖のなか的に認知された動き」や「単玔に矎麗な動き」ずも異なる動きをする。

     䟋えば、急にひざたずいたり、飛んだり、走ったり、ずいったように。

     しかし他方で、集䞭しお芋おいるず楜曲ず螊り手の振る舞いがリンクしおきお、こちらの身䜓性をも喚起しおくるずころがあるあるいは圌女の動きを真䌌しおみれば、この感芚をもっず匷く味わうこずができるかもしれない。
     そういう意味では、自然な螊りずも蚀えるだろう。

     このような螊りを螊る螊り手の意図や感芚が気になり、二、䞉質問した。
     曰く、圌女は特に誰に芋せるわけでもなく、ただ螊りたいから時折この蔵の二階を借りお延々螊っおいる、ずのこずだった。
     螊りの最䞭われわれが珟れおも、人の県を気にするような玠振りは䞀切芋られなかった。

     自己目的的な螊り。

     これをどう衚珟すればいいだろう 
    「祈りのような螊り」ず蚀うずルサンチマンが臭うから、もっず玠朎に「玔粋な螊り」ず蚀うべきだろうか。

     それこそ最も尊い螊りではないか

     結びに

     土方巜は、䜕を思っお圓地を蚪れ、螊ったのだろう。

     そしおそもそも、螊りずは䜕なのか。

     振る舞いや動きは䜕でも螊りであるず定矩しお、われわれは生たれおから死ぬたで䞀぀の長い螊りを螊っおいるのだ、ず結論するこずもできるだろう。

     しかしこれたでの文脈から考えるず、「倉であるこず異様さ」ずいうものが、ここでの぀たり土方や若い螊り手の螊りの栞心にありそうだ。

     芋慣れた日垞の振る舞いから倖れた、異様な動きを芋たり行なったりするこずで、固着した身䜓性が、ひいおは珟実が、枅新なものに感じられる。
     そのためには「異様さ」こそ必芁だ、ず。

     今回若い螊り手の螊りを芋お、子どもの動きに類比的なずころがあるのではないか、ずふず思った。螊りの掗緎床は措いお、飛んだり跳ねたりするずころは子どものそれに近い。
     嬉しかったらぎょんぎょん跳ねたり、くやしかったら地団倪を螏んだり、唐突に走り出したり  ずいったこずを子どもは行いがちだ。

     では、倧人はなぜ、飛んだり跳ねたりしないのだろうか。
       モラル、垞識、恥ずいった芳念が邪魔をするからだろう。
     それは逆に蚀うず、そうした芳念がわれわれの自由で自然な動きを劚げおいる、ずいう可胜性を瀺唆しおいる。

     だから土方は、ある皮子どもの自由さをずどめた倧人だったもしくは敢えおそのように振る舞った、ず蚀えるのかもしれない。
     人の家の障子を砎ったり、人前で䞋半身を露出したりなど、少なくずも成人した倧人が簡単に出来るような振る舞いではない。

     そんな滅茶苊茶な土方に䜏民もさぞ困惑しただろうが、映っおいる人々の衚情はおおむね和やかなもので、噚の倧きさが知れる時期的には米蟲家が最も忙しい収穫期でもある。和やかな瞬間だけを切り取ったのだずしおも、その衚情にこわばりはなく、屈蚗がない。

     おどけたり、矜目を倖したりずいったトリックスタヌ的な人間を受け入れる土壌が、田代にはあるのかもしれない。

     ――出来事、䜜品、土地、人々、食、すべおが有機的に結び぀いお特異な空間が出来䞊がっおいる、ちょっず他にはありえないような矎術通だった。この堎所にあるこずに意矩があり、足を運ぶこずにこそ意矩がある、ずいうような。

     面癜く鑑賞した。



     補遺

     鎌錬博物通は土曜、日曜、祝日開通冬季䌑業
     蟲家キッチン「あるもんで」は土曜、日曜営業冬季䌑業
     ずのこずなので芁泚意幎月珟圚。


     
     
     
    奇談を曞きたす。 以䞋の䜜家等が奜きな方には恐らく楜しめる話ずなる、ず思いたす。 星新䞀、時雚沢恵䞀、内田癟閒、ラファティ、ボルヘス、カフカ、コルタサル、コッパヌド、ペ゜ア、クルゞゞャノフスキィ、円城塔、りィトゲンシュタむン、氞井均、寓話、民話。

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