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屋根が飛んだ夜、100年前のわが家が現れた

    私は言葉を失った。
    目の前にあるわが家が、一夜にして茅葺(かやぶ)き屋根の家になっていた。
     
     
    築100年以上。風呂なし、キッチンなし、トイレなしの“ないない古民家”に住みながら、私は仲間と少しずつ改修を進めていた。
     
    里山に佇むこの家には、便利なものは何もなかった。けれど、この場所にしかない景色があった。屋根と壁さえあれば、暮らしは何とかなる。あとは楽しみながら、少しずつ育てていけばいい。

    関西から上京し、東京の生活にすっかり疲れ果てていた。房総半島へ移住して5年、ようやく出会ったこの家の不便さは、今の私にとって、ある意味魅力的だった。
     
    「正気か」と呆れる周囲をよそに、ワクワクが止まらない私の心は、もうこの家に決めていた。

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    仲間は言った。
     
    「いくら中をきれいにしても、屋根がダメになったらアウトだよ」
     
    たしかに、この屋根はいつまで持つか分からない。けれど、傾斜のある高所作業は、素人が行うには危険すぎる。私は通帳を引っ張り出し、使えるお金がいくらあるのか確認した。
     
    100万円で何とかできないか工務店に相談すると、錆びたトタンの上から新しいトタンを重ね張りする方法を提案してくれた。その方法で工事をお願いし、一番人手が必要な日には、仲間にも集まってもらうことにした。
     
    これで、屋根は直せる。そう思っていた矢先、超大型の台風が房総半島を襲った。最大瞬間風速は、秒速37.3メートル。家じゅうの戸がガタガタと鳴り、家まで揺れているようだった。私は布団の中で息をひそめた。
     
    そのとき、ヤギのひじきがいる小屋の方から、今まで聞いたこともない大音響がとどろいた。
     
    風の音でもなく、剥がれかけたトタンが鳴っている音でもない。家全体がビリッと震えるような、凄まじい衝撃を感じた。身をすくめながら、ごう音の正体を必死に考える。けれど何が起きているのか、全く想像がつかないまま朝を迎えた。
     
     
    不安を抱えながら外へ出ると、納屋は壁一面が吹き飛び、一本の柱が宙に浮いていた。中にあった棚や荷物は、あたり一面に散乱している。
      
    ひじき小屋へ向かうと、見たこともない大きな塊が被さっていた。
     
    「ひじき!」
     
    思わず声にしながら、小屋へ駆け寄った。
    ひじきは私を見るなり、「なんやねん、これ」とでも言いたげな顔で、「メェ~」と鳴いた。
     

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    よかった──
    いやほんまに、なんなん、これ?
     
     
    家の裏手へ回った私は唖然とした。表から見ればいつも通りだったわが家が、裏から見ると茅葺き屋根の古民家になっていた。

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    あの凄まじい音は、剥がれ飛んだ屋根が、ひじき小屋へ叩きつけられた衝撃音だったのだ。隣の敷地には、再利用する予定だった下地材が、トタンと一緒に散乱していた。
     
    屋根が飛ぶって……
    そんなこと、あるんや。
     
    茅葺きを眺めながら、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
     
     
     
     
    家に入り、土間から見上げると空が見えた。
     
    工務店に連絡すると、飛ばされた屋根の残骸を撤去してくれた。廃材となった下地材も、薪として使える長さに切り揃えてくれた。
     
    屋根は失った。
    けれど、大量の薪が手に入った。
    今年の冬は、寒さをしのげそうだ。


    30人の手が、古民家を蘇らせる

    いよいよ屋根の全面改修が始まった。集まってくれたのは、30人の助っ人たち。予算は100万円。
     
    屋根へトタンを運ぶ人。下から道具を手渡す人。
     
    「そっち行くよ」
    「ありがとう」
     
    初対面同士の声が自然と飛び交い、いつの間にか一つのチームのようになっていた。

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    ついに、屋根が新しくなった。
    「これで安心や」と思ったのも束の間、仲間は言った。
     
    「足場があるうちに、外壁をやるぞ」
     
    私たちはまず、東面のトタンを剥がすことから始めた。

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    下地を張り終えると、ピカピカの屋根に似合う、すっきりとした外壁の土台ができ上がった。屋根が吹き飛んで途方に暮れたけれど、外から見ると、まるで新築のように生まれ変わった。(……と言っても東面だけで、家の改修はまだまだこれからだ)

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    トイレができて、星空が遠くなった

    雨が降っても、風が吹いても、安心して過ごせる家がある。まだまだ未完成の隙間だらけで、冬は花瓶の水が凍るほど寒いけれど、雨風をしのげるだけでありがたい。
     
    初夏を迎えたころ、家の中にコンポストトイレが完成した。
    それまでは、ひじき小屋に設置したバケツ式のトイレを使う日々。外に出るきっかけになっていたので、雨の日以外は不便を感じることもなかった。けれど、いざ完成してみると……

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    夜中に外へ出なくていい。
    雨の日も濡れなくていい。
      
    家の中で暮らしが完結するようになると、想像以上に快適だった。けれど、外へ出る理由が一つ減り、夜との距離が少し遠くなった。

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    フクロウの鳴き声。
    大きな満月。
    満天の星。
     
    景色が遠のいたわけじゃない。
    私が外へ出なくなっただけだった。


    実りの秋、そして「ヤツ」は再び牙を剥く

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    誰に教わるわけでもなく、彼岸花は今年も咲いていた。その姿には、毎年ハッとさせられる。
     
    わが家の手抜き田んぼでも、稲穂がちゃんと実った。収穫した稲は天日に干すため、稲架(はさ)掛けにして脱穀の日を待っていた。
      
    そんな実りの秋を迎えるころ、またしてもヤツがやってきた。大型台風が、再び房総半島を襲ったのだ。観測された最大瞬間風速は、秒速36.3メートル。一年前の記憶が一気によみがえった。
     
     
     
    朝、避難先から家へ向かった。カーブを曲がると、わが家が見えた。
     
    「嘘や……」
     

    目に入るものを一つ確認するたび、「嘘や」が頭の中で繰り返された。田んぼの稲架掛けはなぎ倒され、散乱する稲の束。そして、茅葺きが、再び姿を現していた。
      
    去年同様、飛ばされていたのは北面の屋根だった。屋根の塊は隣の庭を飛び越え、その先にあるハス田に浮いていた。

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    1年前の台風のときは、「ここから良くしていくんだ」という冒険心があった。でも、今回は違う。貯金を切り崩し、たくさんの仲間に助けてもらって、やっとの思いで手に入れた「安心」だった。それが、たった一夜でゼロに戻った。いや、マイナスになってしまった。
     
     
    周りの家は、瓦一つ落ちていない。
     
    それやのに、なんで。
    なんで、うちだけなん。
     
     私の100万円と、みんなの労力が一瞬でハス田に浮いていた。
    この家を選んだことは、間違いだったのだろうか。

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    せめてもの救いは、今回も前回も、人やほかの家に被害を出さなかったことだ。屋根の塊が落ちたハス田も、たまたま収穫を終えたばかりの場所だった。それだけでも運がよかった。けど……
     
     
    地区の人が重機を出して、ハス田に浮かぶ塊を引き上げてくれた。泥まみれになった屋根の残骸が、庭に積み上げられていった。
     
    一体どうせぇっちゅうねん。
     
     
    100年前の姿を隠していた茅葺きは、台風によって二度も露(あらわ)になった。トタンを被せても飛ばされるのなら、いっそのこと茅葺きのままの方がいいのでは? 
     
     
    「一体どうしたらええんやろう」
    その問いが、頭の中をぐるぐると回り続けていた。
     
     
    一生に一度と思って改修したのに。
    まだ一年も経ってへんのに。
    なんで、また飛ぶねん。
     
     
     
    嘆く私をよそに、愛犬のあわはいつものように尻尾をブンブン振っている。ヤギのひじきは、何事もなかったようにムシャムシャと草を食べている。そんな彼らの姿を見ていたら、「まだ失っていないもの」が少しずつ見えてきた。
     
    あわもひじきも元気だし、私も健康だ。屋根の一面が飛ばされただけで、家も寝床もある。自然災害に見舞われても、前を向いて生きている人はたくさんいる。
     
    「私もやるしかないやん」
     
    そう自分に言い聞かせた。
     

    ここを、私の一番に

    わが家の茅葺きを見た職人は、「しっかり茅が残っている」と言った。それなら、この屋根を生かせないだろうか。地域で刈った茅が屋根になり、役目を終えれば土へ還る。
     
    けれど、茅場がなくなりつつある今、茅を集めるのは至難の業だ。職人や費用のことを考えると、とても私の手に負えるものではない。

    この場所で暮らし続けるために、私はもう一度トタン屋根を選んだ。
     

    屋根が飛ばされた北面は、谷を抜けた風が下から吹き上げる場所だった。軒を短くし、風を受け流せる形に改修することに決めた。

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    今回も、足場があるうちに外壁作業を進める。みんなで「焼き杉」の外壁をつくり、鎧(よろい)張りにするのだ。杉板を筒状に組み合わせて、下から着火。煙突効果でゴーッと勢いよく炎が燃え上がる。

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    思わず炎に見とれてしまうが、丸焦げになる前に水をかけて鎮火。せっせと焼いては消し、1枚ずつ壁に張っていく。再び集まってくれた14人の仲間たちと、額に汗しながら繰り広げた人海戦術だ。
     
    丸2日かけてようやく、黒くてかっこいい外壁が完成した。屋根も外壁も新しくなった北面からのわが家は、以前とはまるで別の家のようだった。

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    二度も屋根が飛んだわが家。
    それでも私は、この場所で暮らし続けることを選んだ。
     
    「世界中でここが一番だ」と、旅先で出会った人たちは自分の故郷を誇らしげに語っていた。いつか私も、「ここが一番だ」と胸を張って言える場所にしたい。


    想像もしなかった、今の暮らし

    “ないない古民家”に出会ったとき、「今が底辺だから、あとは良くなる一方だ」と思った。少しずつ快適になっていくものだと信じていた。
     
    まさか、スタート地点よりもマイナスになることが二度もあるなんて、誰が想像しただろう。
     

    房総半島に移住して家を買うなんて、昔の私は1ミリも考えたことがなかった。犬との暮らしには憧れていた。けれど、まさかヤギと暮らす日が来るなんて思ってもいなかった。

    さらに、二度目の台風から半年ほど経ったころ、古民家のネズミ問題に頭を悩ませていた私の前に、猫のワラワラが現れた。近所のカフェに住み着いた野良猫だったが、驚くほど人懐っこくて愛くるしい。子どものころから猫が苦手だったのに、気づけば私はメロメロになっていた。

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    今日もわが家では、あわが元気に走り回っている。ひじきはいつものように草を食べている。立派なハンターとして活躍しながら、あわやひじきとくつろぐワラワラは、すっかりわが家の一員だ。
     
    あの頃の私は、屋根が二度も飛ぶ人生なんて想像もしなかった。
    でも、その先に今の暮らしがある。
     
    人生は、想像の上をいく。
    だから面白い。

     
     
    元バックパッカーのフリーライター鍋田ゆかり 古民家をDIYしながら、犬猫ヤギと暮らすレイジー(lazy)おばちゃん 「安房暮らし」等のエッセイや音声を発信中 古民家改修しながら犬猫ヤギとの暮らし→https://awaawalife.com/ ポッドキャスト→「庭先ラジオ」🔎

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