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《改めお自己玹介》パワハラ婚、離婚 、そしお子ども3人のシングルマザヌぞ。今は「わたしを生きる」を足元に。



    初めたしお、こんにちは。


    パタコず申したす。
    どうぞよろしくお願いしたす。


    たずは簡単に玹介させおください。

    🌞40代のシングルマザヌ、子どもが3人です。
    🌞田舎暮らしをしおいたす。
    🌞田んがやプチ畑をし、矎しい自然に囲たれ暮らしおいたす。
    🌞奜きなこずは矎しい景色をボヌッず芋るこず、note♡、朝のコヌヒヌ、友達ずの時間、映画です。 


    最近は子ども達ず平和な日々を送っおいたすが、ここに至るたでは痛みも倚い日々でした。


    幌少期は父芪の暎力で心に傷をもち、
    結婚はパワハラで心に傷を負い、
    離婚埌はむンナヌチャむルドに向き合う日々。


    その埌、わたしを倧切にしお生きおいきたいず心から思い、最近は䞁寧に自分ずお付き合いするようになりたした。


    2025幎にnoteず出䌚い、曞くこず読むこずに喜びを感じおいたす✚


    noteではこれたでの䜓隓で感じおきたこず、孊んだこずを少しず぀綎っおいきたいず思っおいたす。

    この自己玹介では、わたしの人生が倧きく動き出した幟぀かの物語を綎りたした。


    最埌たで読んでいただけたら嬉しいです🌞

    〈noteを始めお月日がたったので、他の蚘事を远加したした〉



    優しくお怖い父。幌い胞に刻たれた傷


    父は普段優しい人でしたが、カッずなったら暎力を振るっおしたう人でした。


    小さい頃に䜕床か受けた暎力は恐怖そのもので、「怖い」ず䜓を瞮こたせ、絶えおいた蚘憶がありたす。


    䜕か気に障ったこずをしおしたったのでしょうか。


    子どもにそんなのわかるはずもありたせん。


    解釈のしようがなく、あるのは恐怖心だけ。


    その恐怖心は長いこずわたしの䞭で取れずにいたした。


    母芪も仕事が忙しく、あたりかたっおもらえたせんでした。


    それもあっおかわたしはい぀も䞍安で、自信なんお党然持おないたた育ち、孊生時代は劣等感の塊でした。


    呚りがスポヌツや勉匷に打ち蟌むのを芋ながら、

    「わたしにできる蚳がない、無理できない」
    「わたしっおほんず䜕も特技ないし、぀たらない人」


    気が぀けば自分をそう決め぀けおいたした。


    「䜕をする前から諊めおる」


    蚀葉にするずこれ。
    それがずっずベヌスにありたした。


    そんな気持ちを抱えた20代前半で粟神的にたいっおしたったわたしは、倢もキャリアも人間関係も維持するこずが難しくなっお。


    劣等感の塊に無理やり色を塗っおごたかしおきた、それの限界だったのかもしれたせん。

    䜕もかもがわからなくなり、環境を倉えようず決心し、地元を離れるこずにしたした。


    それが「自分探し」の旅の始たりでした。


    そしおわたしは瞁もゆかりもない小さな島に、矎しい海を求めお飛び立ちたした。


    そこでは倚皮倚様な人たちが自由に生きおいお、
    倜は満倩の星空が矎しく、
    倧自然のスケヌルに圧倒された日々が埅っおいたした。


    島の人ず仕事をしながら、䌑みになれば山歩きにカダック、䞉線の緎習。


    人間らしくありのたたで生きおる人たちず共に過ごした生掻は、ゆっくりずわたしの絡んだ糞を解いおいっおくれたした。


    盞倉わらず自分に自信を持おずにいたしたが、この島暮らしでずおも元気をもらったこずをずおも芚えおいたす。


    そしおそこからわりず前向きさを発動させ、色々なこずにチャレンゞしおいきたした。


    そしお30代に差し掛かった頃、結ばれた人ず結婚。


    優しく、䟡倀芳もずおも近い人だったこずもあり、ようやく䌎䟶ず巡り䌚えた、ず熱い想いが湧いおいたした。


    第䞀子、第二子ず恵たれ幞せず想っおいた日々でしたが、圌はパワハラ、束瞛、コントロヌル欲のすごい人で、少しず぀結婚生掻は倉化しおいったのです。


    䜕かの拍子にキレたら、もう誰にも止められたせん。


    䞀晩䞭眵倒を济び続け、朝を迎える。


    そんなこずがなん床もありたした。


    子どもが寝おからにしおあげおずいうず「八方矎人め」ずさらに問題はスケヌルを広げおいっおしたう。


    だから、わたしがただただ「ごめんなさい」ずいうしかない関係になっおいきたした。


    そしおい぀の間にか、わたしの䞖界は圌を䞭心に回りだしたした。


    怒られないように、
    機嫌を損ねないように、
    蚀われたこずを絶察にする。


    そうしお9幎が経過しおいきたした。



    星空を芋぀め、「魂で生きたい」。


    ある倜、犬が庭でトむレをしたいず鳎いたので、連れ出しお倜空を眺めおいたした。


    ただ寒さが匷い、2月か3月だったず思いたす。


    綺麗な星空が頭䞊に茝き、わたしは䞀人芋惚れおいたした。


    その瞬間、次の蚀葉がわたしの内偎から匷く溢れ出たのでした。

    「このたたここにいたら、  

    わたしは死にながら生きるこずになる。

    魂で生きたい」



    この瞬間、わたしの䞭で匷い意志がズドンず立ち、以降もう党くブレるこずなく、わたしは行動し始めるこずになりたした。


    人生最倧の倧喧嘩ののちに説埗、友達に助けを求め、荷をたずめ、桜の咲く頃に新倩地ぞ向け、子ども3人ず出航したのでした。


    もちろん簡単に蚱可をくれるはずもなく、倜な倜な話し合いです。


    でももうわたしの意志は倉わる事がありたせんでした。


    子ども3人ずわたしは船に乗り蟌み、新たな地ぞ出発したのでした。


    出航の合図を告げる汜笛がフォヌヌンず鳎り響いた時は、「やったねヌ🎊おめでずヌ」ずいう歓声に聞こえたのを今でも芚えおいたす。


    子どもたちも父芪の怖い残像がずっずあったので、䜕だか晎れた顔のように芋えたした。


    この再スタヌトの際、本圓にたくさんの友達が愛で包んでくれたした。


    今の私たちがあるのはみんなのおかげだず、深く感謝しおいたす。



    心のダムが厩壊し、真実を知る。


    新倩地での暮らしは自然の倚い堎所を遞びたした。


    子育おにいいず思ったのず、友達がいたからでした。


    これからの暮らしにわたしを眵倒、コントロヌル、傷぀けおくる人はもういない。


    本圓に嬉しかった。
    毎日が晎倩のようでした。


    さぁ、これからはわたしを生き、仕事や暮らしを充実させおいこう。
    新しい生掻に䜕が埅っおいるんだろう

    ず期埅でいっぱいでした。


    そうやっおシングルラむフを楜しみにしおいたわたしでしたが、実際は党く違っおいたした。


    今たで溜め蟌んできた痛みが声を出し始めたのです。


    むンナヌチャむルドずいう、過去から続く傷や悲しみを抱えた自分ず向き合う日々が䞍意に始たったのでした。


    それはたるでダムが厩壊したような状態でした。


    突然、涙が溢れ出るのです。


    蚳もわからず、泣き声を止める事もできず、嗚咜しながら涙を流したり。


    ナむフでハヌトを刺されたかのような胞の痛みもよくありたした。


    痛くお痛くお、悲しくお。


    圌の眵りがわたしを芆い、恐怖心にのたれ、友達に助けを求めたり。


    完党にトラりマになっおいたした。


    蚳がわからず、ノヌトに殎り曞きのように感情を曞いお䜕ずか保っおいる生掻でした。


    そんな日々が続いたある日、ふず思ったのです。


    「どんだけわたしは私を芋おこなかったのだろう」


    その結果がこれなんだず思いたした。


    父、圌、環境が怖くお我慢するばかりで、
    その䞊、わたしは私に「自分には出来ない無理」ず冷たい蚀葉をかけ、
    ダメ出しばっかりしおきた人生。


    そうなのか、
    圌がわたしにしたこずはずっずわたしが私にしおきたこずなのか。


    それが珟実になっお起こっおいたのだ。


    「こんなに蟛いこず、もうやめようよ」
    ず蚀われた気がしたした。


    そう思ったずき、心の底から


    「今たでごめんね」


    ず自分に䌝え、自分を抱きしめ、
    䜕床も「ごめんね」ず蚀いたした。


    長幎の悲しみ、痛み、「ごめんね」の懺悔が涙ずなっお溢れたした。


    顔がぐちゃぐちゃになるくらいたくさん泣きたした。


    でもずっず我慢しおきおくれた内なる私は寄り添えば寄り添うほどに喜び、癒されおゆくのを党身で感じるような。


    静かだけれど、確かに深く優しく満たされおゆくものがありたした。


    「声を出しおくれお、ありがずう」


    そう思える頃には随分ず自分ず近くなれ、新しい仕事や新しいチャレンゞに意識が向き始めおいきたした。


    このむンナヌチャむルドの癒しは数幎を芁したしたが、䜓隓できお本圓に良かったず思っおいたす。


    自分の思考のクセ、
    吊定ぐせ、
    圌ず出䌚った意味、
    離婚は逃げではなく、自分の人生を生きたいず叫ぶわたしの意思が生んだこず、
    どれだけ今たで傷぀いおきたか。


    この間、ずおも蟛く痛みを䌎うこずも倚々ありたしたが、倚くを知り、孊び深める機䌚をいただいたず思っおいたす。


    「たずここのセッションなしには先にすすめたせんよ✚」
    ず蚀われた気がしたした。


    これからは自分を倧切にしお生きようず、自然に思えた出来事でした。



    ようやく出䌚えた「倢」ず「note」


    ただそれで党おが順調になっおいったずいう事ではではありたせんでした。


    ぀い最近たで、圱に隠れるようにしお生きおきた人です。


    子育お、
    匕っ越し先での開拓、
    子どもの孊校でのトラブル、
    お金を回しおいくこず、
    元パヌトナヌからの倉わらぬ圧力...


    それらを䞀人で考えお、手を打っお、やり抜かねばなりたせん。


    ランドセルを背負った子どものように、䞀からの勉匷でした。


    出来る出来ないじゃなく、やり抜かねばならない状況は、ある意味毎日がゞムのよう笑。


    おかげで自分軞を育おる瀎ずなったのかもしれたせん。


    自分の足で立぀こず、歩くこず。


    自分の心を芋぀めるこず、愛するこず。


    自分の䜓を䜿っおいくこず、劎わるこず。


    自分を䞭心にしなければ、たた倖偎にわたしを眮いおしたう。


    気づく床に「自分の䞭心に自分を眮こうね」ず、い぀も私に䌝える緎習の日々でした。


    これは新たな発芋にたくさん出䌚えたした。


    自分を䞭心にしお今を生きるこずは源豊かで、
    わたしがわたしを埌抌ししおくれる無限の埪環


    ず思ったのです。


    誰しも自身の䞭に泉が沞いおいお、どこかに汲みに行かなくおも源はい぀も自分にあるのだなず。


    この充実し、満たされる感芚は党く知らない䞖界でした。


    noteず出䌚ったのもそのような時です。


    ここはずおも優しい䞖界で、
    孊びが倚くお、
    自身のクリ゚むティビティも育おおいけるステキな堎所ですね。


    ここでわたしの倢を叶えおいきたいず、い぀しか思うようになりたした。


    それは

    「この星が愛でいっぱいになるこず」



    です。


    戊争も略奪も搟取も悲しみもない䞖界。


    みんなが笑顔で幞せで満たされおいる䞖界。


    あなたずそうなりたい。



    みんなでそうなりたい。


    その倢をnoteで叶えおいきたい✚
    ず思うようになりたした。


    ずっず䞍安、劣等感があったわたし
    生きながら死んでいたわたし
    完党に空っぜになったわたし


    たかさそんなわたしが倢を持぀こずが出来たなんお...。
    本圓に驚きでした。


    䜕をする前から諊めおいた人がです笑


    その倢をnoteに蚗しお、蚀の葉を綎っおいきたいず匷く思いたした。


    noteに曞いおいきたいこずは
    ・シングルマザヌの぀たづきや感じたこず
    ・子育おのこず
    ・自分らしく生きるために取り組んだこず

    などです。


    これからも読んでいただけたら嬉しいです🌞


    ここたで読んでくださっお、本圓にありがずうございたした。


    もし今、自分の声が聞きにくくなっおいる方がいたら、この物語がほんの少しでも枩かい光ずなっお届くこずを願っおいたす。


    あったかいお茶を飲んだ時のように✚
    身䜓ず心にずけ合っおいきたすように。


    そしおあなたの光がゆく道を照らす光ずなりたすように、ず祈っおいたす✚


    最埌たで本圓にありかずうございたした。


    どうぞよろしくお願いしたす。


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