
琥珀の共鳴 (レゾナンス) 20
エピローグ
Resonance事件から一年が過ぎた。
あの夜、市民音楽ホールの地下で発生した大規模感情災害は、後に史上最大規模の感情災害として記録されることになる。数万人規模の集団感情汚染と広域精神共鳴現象を引き起こし、社会へ与えた影響は計り知れなかった。
事件の首謀者である久瀬伊織は、生還した。
幸福旋律の中枢となっていた影響で、身体の一部には琥珀化が残り、現在も定期的な経過観察と治療を受けている。
また、本件における責任は極めて重大であると判断された。しかし、通常の刑事事件とは異なり、本件は世界初の大規模感情災害として前例のない事件だった。伊織自身も幸福旋律の影響により身体の一部が琥珀化し、現在も継続的な治療を必要とする状態にある。これを踏まえて、専門家会議と裁判所が刑事責任能力を慎重に審理した結果、伊織には「無期収容処分」が下された。もっとも、それは一般的な刑罰とは少し異なる。
伊織は、国立感情災害医療センターの特別隔離病棟へ収容され、生涯にわたり治療と監視を受けることとなった。ただし、その知識は今後の感情災害対策に不可欠であることから、厳重な監督下で感情災害対策課の特別顧問として研究協力を行っている。
それは自由ではない。償いでもない。彼が自ら選び続ける、終わりのない責任だった。
そして、その隣には、今日も変わらず榊詩乃がいる。
◆◆◆
私たちが信じている「幸せ」は、本当に自分の意思で選んだものだろうか。誰かの決めた基準。社会が押し付ける理想。それに自分を当てはめてはいないだろうか。
琥珀の中に閉じ込められた彼らは、もしかすると、かつての私たち自身だったのかもしれない。「幸せでなければならない」という呪いに蝕まれ、自分の心の軋みを消し去ろうとした人たち。
どうか、誰かが作った甘い幸福の蜜に心を浸さないで。
痛みを知り、迷い、傷つく。
その不完全さこそが、人間であるという証です。
さあ。静寂の中で耳を澄ませて。
その旋律は、誰かの理想ですか?
それとも、傷つきながらも歩き続けた、あなた自身の旋律ですか?
(琥珀の共鳴 ― Resonance ― 完)