
もう戻れはしない——正論を言い続けた僕が職場で潰されかけている
止めどない悪意は、個人の意志では防げはしない。
どうしてこんなにも苛々しているのだろうか。
気にしなければ良いことに振り回される自分が嫌になる。
僕を疎外しようとする力が職場で働きつつある。今までしていたものを全て剥ぎ取り、誰かに引き継がせようという力がひしひしと伝わってくる。
「今後は貴方の仕事はAさんに引き継いでいきたい」
そう一言告げればいいことを言わず、回りくどく他人伝いや文脈から伝えようとしてくる。
僕が知る限り、自分の今後の配置が変わるという話は誰からも聞いていない。それは上層部に聞いてもそうだった。(嘘か誠かはさておき少なくとも嘘をついたような素振りはなかった)
だとするなら、方針を示さず、重要な仕事を一つ一つ奪っていき、雑用ばかりをさせようとする現状は、部署の管理者の個人的な行動に他ならないと考える。
僕の彼女もそうだった。元々は会社の一事業を興した立役者だったが、今は単純作業ばかりを低賃金でさせられている。全うな理由なんてものはない、正論を言い続ける彼女を疎ましがったというそれだけの話だ。
以前のように、他人に媚び諂い、喜んでくれそうなことをし続けていれば、きっと僕は今よりも心身共に穏やかに過ごすことが出来たのだと思う。
ただこうして何が間違いで何が正しいのかが、より以前よりも鮮明になった今、可笑しなことに目を背けることはもう出来ない。
他人に合わせ続ける中で、自分とは何なのかが分からなくなってしまっていた。全員に好かれることこそが、必要であり、生きる術だと思っていた。
ただそれは間違っていた。
自分が間違いだと思う違和感を誤魔化さない、それが他人が見ても可笑しいことがどうかを検討する。そして、誰のためにもなることであるならば、権力に屈さずに物申す。
これこそが生きるということだ。
僕は今、大きな力によって潰されかけている。
どれだけ瞑想や運動、多くの睡眠をとったとしても、止めどない波状攻撃を全ていなすことは出来やしない。
時間が経つにつれ、摩耗してゆく未来は目に見えている。
ならこれから先どうすべきか。
「毎日もやし鍋でもいいよ」
ふいに笑顔が脳裏をよぎった。
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