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平安部 古典診断札 なぜか河童のいる風景

まだお彼岸中、そして今日は十五夜

皆さまの記事を読んでいて、
私も『平安部 古典診断札』をさせていただきました。


いくつかの候補を比較した結果、出てきた答えは、

『大鏡』

でした。

私は思わず笑ってしまいました。

なぜなら、『大鏡』は私の愛読書だからです。

もちろんAIは、
私が『大鏡』を愛読書にしていることを理由に
選んだわけではありません。


私のnoteの記事をいくつも読み、

「歴史を出来事の羅列としてではなく、
その奥にいる人間を見る」

というところから、『大鏡』を選んだらしい。

そして札には、こんな言葉が書かれていました。

「語られた歴史の向こうに、まだ映っていない人がいる。」

カードを眺めながら、私は少し考えました。

なるほど。

今書いている物語には、藤原不比等が出てくる。

まだ物語の中では、彼も活動の前半にいる。

けれど私にとって、不比等はもう、
ただの歴史上の人物ではない。

私は密かに、

「構造の師匠」

と呼んでいます。

なぜなら不比等を見ると、

人はどうやって大きな仕組みを作るのか。

その仕組みは、
作った本人がいなくなったあと、
どれほど長く人間を動かし続けるのか。

そんなことを考えずにはいられないからです。

実を言えば、
私は最初、不比等をもっと冷たい人物として
書くつもりでした。

けれど、ある時、
私は彼に一つ訊いてみたのです。

あなたは、
自分が作った構造を、
現代からもう一度見たらどう思うのですか?

私はそれを、オーラを通して訊きました。

オーラはどんどん変わっていきました。

私には、
不比等が自分の時代から現代までを、
ずっと辿って見ているように感じられたのです。

自分が作ったものが、
その後どうなったのか。

どんなふうに続き、
どんなふうに変わり、
どんなものを残したのか。

それを見ているようでした。

そして最後に、彼が言ったのが、

「今度創る時は、もっと人間を入れよう」

だった。

私は、構造を作れる人をすごいと思います。

自分一人の人生だけではなく、
自分がいなくなったあとまで働く仕組みを考える。


けれど、
私が不比等を本当に尊敬したのは、
そこではなかった。

自分の作ったものを、
自分でもう一度見ることができた。

そして、

「これでよかった」

だけで終わらなかった。

足りなかったものを見た。
しかも彼が口にしたのは、

「もっと人間を入れよう」

だった。

私は、そこに驚いた。

構造を作った本人ほど、
自分の構造を疑うことは難しいのではないでしょうか。

なぜなら、その人にとっては、
それこそが一番合理的で、
一番必要で、
一番よいと思ったから作ったはずだからです。

それを後から、

「ここは足りなかった」

と見る。

これは、
構造を作ることとは別の力なのではないかと思う。

自分が作った世界を、
いつか外から見ることができるのだろうか。

自分が正しいと思って積み上げたものを前にして、

「これは本当に、
人間が生きられる形だったのだろうか
」

と問い直すことができるのだろうか。

ただ、
不比等はそれができたのです。


そして何より私がうれしかったのは、

案内役キャラクターとして

小さな河童の書記がいることです。

そして、

見た目:
淡い青緑。通常のコミカルな河童より少し水彩画的で小さい。
頭の皿には何も積まない――ここは大事です(笑)。

と書いてありました。
Gの字、言われているよ!


画像生成:Chat GPT

※今回はChat GPTの大人の対応を見た気がいたします。
Gの字のお茶目さも好きなんですよ。


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