
「どう在りたいか」を考える。
この記事を開いてくださり、
ありがとうございます。
月燈の記事は、
「読んだら人生が変わる」
「これを知ればうまくいく」
そんな答えを渡す場所ではありません。
以前の私は、
元教員として
教える側にいた時間も長かったからか、
正解を見つけることや、
誰かの役に立てること
それが大切だと思っていました。
そして気づけば、
自分にも誰かにも、
答えを探し続けていました。
でも今は少し違います。
立ち止まった時。
誰かの言葉に苦しくなった時。
本当は違う気がするのに、
うまく言葉にできない時。
そんな時に、
自分の中にある感情や問いを、
少しだけ見つけやすくするための場所。
そんな思いで、
今日も問いを置いていきます。
もしよろしければ、
最後までお付き合いください。
最近、ふと気づいたことがあります。
私はずっと「自己理解」をしているつもりでした。
自分は何が好きなんだろう。
何が得意なんだろう。
どんな働き方が向いているんだろう。
そんなことを何度も考えてきました。
でも、ある日ふと違和感が生まれたんです。
「あれ、自分を知りたいわけじゃないのかもしれない。」
そんな感覚でした。
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私はカフェが好きです。
でも、「なぜカフェが好きなんだろう」と考えてみると、単にコーヒーが飲みたいからではありませんでした。
静かな空間が好きだから?
それもある。
作業が捗るから?
それもある。
でも、もっと奥に理由がありました。
大学生の頃、卒業論文を書くためにスターバックスへよく通っていました。
ある日、向かいに座っていた女性に声をかけられたんです。
「何度か目が合って、なんとなく気になって。」
そこから話が始まり…
気づいたら彼女の悩み相談に。
ファイターズガールを続けるか。
バレエの先生になるか。
私は答えを持っていたわけではありません。
「バレエ先生の仕事も素敵ですよね。」
→子どもの未来に携わることができる!
「でも、ファイターズガールは今だからこそできるっていうのはありますよね。」
→10年後の自分が続けている?若い子たちに譲っている?
そんな話をしていただけです。
気づけばその方は涙を流していました。
おそらく、悩みが言語化できて
気分が晴れたんだと思います。
結局、その後どちらを選んだのかは知りません。
でも、今でもその時間をよく覚えています。
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家で仕事をしていたら、きっと出会えなかった人。
あの日の出来事は、私の中に一つの「点」として残っています。
そして十年経った今、その点がようやく別の点とつながりました。
ああ、私はカフェで仕事がしたいんじゃない。
偶然の出会いが生まれる場所にいたかったんだ。
そう思えたんです。
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最近、「学びたい」そんな気持ちが溢れています。
でも、本を読んで知識を増やしたいだけではありません。
AIに答えを教えてもらいたいわけでもありません。
私が欲しいのは、新しい知識ではなく、新しい「点」なんだと思います。
その点が、何年後かに別の点と結びついたとき、
「あの経験には、こんな意味があったんだ。」
そんな伏線回収のような瞬間が訪れる。
その瞬間に、心が動くんです。
その心の動きを味わいたい。
だから私は、人に会いたい。
新しいことをやってみたい。
キッチンカーで働いてみたい。
毎日文章を書いてみたい。
それは効率のためではなく、自分の人生に点を増やすためなのかもしれません。
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私はずっと「自己理解」をしていると思っていました。
でも本当は違いました。
知りたかったのは、「私は何者なのか」ではありません。
考えたかったのは、
「私はどう在りたいのか。」
でした。
誰かに答えを渡す人ではなく、
隣で一緒に考えられる人でいたい。
人を変える人ではなく、
その人が自分で歩き出せるような時間をつくる人でいたい。
そんな在り方を選びたい。
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自己理解は、とても大切です。
でも、それはゴールではないのかもしれません。
自分を知ることは、地図を手に入れること。
その地図を持って、どんな景色を見に行くのか。
どんな人で在りたいのか。
そこから先は、自分で選び続けるものなんだと思います。
だから最近の私は、自分を探そうとは思わなくなりました。
代わりに、
「今日は、どんな自分で在ろうか。」
そんな問いを、自分に投げかけています。
もしかすると、自己理解とは、自分を見つけるためではなく、
自分の在り方を、自分で選び続けるためにある。
私は今、そんなふうに思っています。
最近、過去の出来事と繋がった!という経験はありますか?
ぜひコメントで教えてください!