
席替えは、世界を広げる「最短の旅」である。
先生をしていると、避けては通れない、けれど切実な悩みがあります。
それが「席替え」です。
「〇〇くんの隣がいい!」
「仲良しの子と離れたくない」
発表の瞬間、教室に広がるあの独特なざわめき。子どもたちにとって、席替えは単なる座席の移動ではなく、数ヶ月の日常を左右する“運命のイベント”なのかもしれません。
くじ引き、自薦、あるいは先生による指名。
方法はさまざまですが、私がかつて尊敬した先生は、迷いなくこう告げる人でした。
「席は、先生が決めます」と。
視力、集中力、そしてクラス全体のバランス。
個人の希望を超えて、一歩引いた視点で「クラスというひとつのチーム」を編み上げていく。その姿に、私はプロとしての矜持(きょうじ)を感じたものです。
ただ、どの方法が正解かということ以上に、私が大切にしたいことがあります。
それは、席替えという小さなアクションを通じて、子どもたちにどんな「景色」を手渡せるか、ということです。
以前、『移動する人はうまくいく』という本を読みました。
住む場所を変え、境界を越えて移動し続ける筆者の言葉の中に、深く腑に落ちた一節があります。
「移動するからこそ、見える景色がある」
この言葉に触れたとき、私の心に浮かんだのは、中学2年生の冬のことでした。
親がホームステイに行ってこいと私をカナダに放り込んだのです。
初めて訪れたウィスラーの雪山。人生初のスノーボードは海外でした🏂
滑り方もろくに知らないまま登った山頂。目の前に広がっていたのは、日本の山とはスケールが違う、圧倒的な銀世界でした。
「バスに置いていかれる!」と必死になりながら、転んで、起き上がって、3時間以上かけて滑り降りたあの道。
もし、あのとき勇気を出して(あるいは無理やりにでも)移動していなければ、あの雄大な空も、肌を刺すような清冽な空気も、私は一生知らずに過ごしていたでしょう。
知らない場所へ行くのは、怖い。英語が通じない不安や文化の壁もある。
けれど、「そこへ行った」からこそ得られた糧が、今の私を形作っています。
実は席替えも、この「移動」に似ている気がするのです。
仲の良い友達とずっと一緒にいたい。その気持ちは、大人になっても変わりません。
けれど、いつも同じ場所に留まり、決まった顔ぶれの中だけで過ごしていると、見える世界は少しずつ固定され、色褪せていってしまいます。
小学生の世界はシンプルです。
「足が速いから」「面白いから」。
そんな理由で誰かを好きになるけれど、偶然隣り合わせになった子の意外な優しさや、ひたむきに頑張る横顔を知ることで、その子の「本当の輝き」に気づくことがあります。
それは、自分一人では決して見ることのできない、新しい景色との出会いです。
もし子どもたちに伝えるなら、私は「色鉛筆」の話を添えたいと思います。
最近よく耳にする「パーソナルカラー」のように、人にはそれぞれ似合う色、持っている色があります。
情熱的な赤、冷静な青、朗らかな黄色。
どの色が優れているなんてことはありません。
けれど、絵を描くとき、一色だけでは描けない景色があります。
深い海も、吸い込まれそうな夕焼けも、たくさんの色が混ざり合い、隣り合うからこそ、この世界は美しく表現できるのです。
自分とは違う色。違う考え。違う得意。
そんな「新しい色」と出会い、隣り合うことは、自分の世界を広げるチャンス。
そう思うと、席替えは単なる教室運営のルーティンではなく、「自分の世界を彩るための練習」に変わるのではないでしょうか。
もちろん、誰もがすぐに仲良くなれるわけではありません。
相性が合わないこともあるでしょう。
けれど、「いろんな人と関わるのは、案外面白いかもしれない」という小さな成功体験を少しずつでも積み重ねていけたなら。
彼らが大人になり、新しい環境へ放り出されたとき、そこにある景色を、きっと自分の力で楽しむことができるはずです。
席替え。
それは、教室という小さな宇宙の中で、子どもたちが踏み出す「最初の冒険」なのかもしれません。
皆さんは席替えにどんな記憶がありますか?
コメントでぜひ教えてください!
これからも月燈をよろしくお願いします!