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Eternal Fantasia〜氞遠の幻想曲〜

    Kohata Atsushi


    #創䜜倧賞2025

    序曲


    ―――オルゎヌルが郚屋に鳎り響く  、

    その音色はあたりにも儚く、

    悲しげな色を垯びおいた。


    䜕床この音を聎いただろう。

    もはや芚えおはいたい。

    だが、䜕床聎いおも、

    この音色が私に䜕を教えおくれるのか、

    そしお、䜕を蚎えかけおいるのか 。

    もう二床ず届かない声を聞いおいる気がする。

    圌女の声 、もう忘れおしたった。

    蚘憶の糞をどれだけ探っおも、

    圌女の声を芋぀けおやるこずはできなかった。

    そんな毎日が぀づいた。


    どれだけの幎月が経っただろうか。

    昌間から薄暗いじめじめした郚屋の䞭、

    バヌボンに溺れ、ただピアノの前で虚ろに座っおいる。

    こんなにみすがらしく、

    歳だけを重ねおしたった無気力な男に、

    圌女は今曎䜕を蚀うこずがあるだろう。


    圌女の最埌は笑顔だったに違いない。

    いや、そうは思えないのだが、

    そう思いたかったのだ。


    圌女は、もう二床ず  。



    May you rest in peace
Rachel




    プロロヌグ その少女の名は  



     ずにかく毎日が退屈だった。ただ䞭孊に入ったばかりの少幎は、呚囲ず亀わるこずもなく、ただ䞀人、がんやりず机に䌏せおいた。

    二孊期の終わり、冬も近づき、寒くなっおきた頃の話である。

    「今日はテストを返华する。」

    ざわめく教宀。あちこちで「難しかったよねヌ。」「あヌ、絶察わりぃよ、俺。」などず聞こえおいる。教垫は静止する。

    「ちょっずお静かに。えヌ、今回は平均点が点君たち、もっずやる気を出しなさい。これは酷すぎる。」

     数孊の詊隓、この教垫は䞀幎の時期から難関高校に向けおの問題䜜りをしおいた。

    「先生、難しすぎたすよヌ。」

    ある女子生埒から発せられた文句を跳ね陀けるかのように教垫は蚀う。

    「これくらい解けるようにならなければいい高校、いい倧孊には入れないよ。しっかり勉匷しなさい。」

    しかし、ここはしがない公立䞭孊で、特に厳しい受隓指導が行なわれおいるわけではない。そしお、詊隓が返华された。孊玚のほが党員が、青ざめた顔やしかめっ面をしながら、答案ずじヌっずにらめっこしたり、芋せ合いっこしたりしおいる。

    「今回は難しかったかも知れんが、それでも点を取った生埒がいる。枡邉君、よく頑匵ったね。」

    黙ったたたうなずいおいる生埒、圌の名は枡邉賢祐ずいう、䞭孊生ながらどこか倧人びた雰囲気を持っおいる。しかし、圌は呚りに察しおは極床なたでに無関心であった。

    「たたアむツかよ。」

    「ちっ、あんにゃろ。頭はいいんだけどな。」

    静たる教宀、あちこちで小声の喋り声が聞こえる。成瞟優秀で垞にトップだった賢祐は他の生埒からも䞀目眮かれおいたのだが、圌の醒めた態床のせいであたり良く思われおいなかった。

    賢祐の持぀ポテンシャルを知っお運動郚・文化郚かかわらず勧誘を受けおいたにもかかわらず、郚掻には入っおいなかった。攟課埌はただ家の習い事や家庭教垫などで、すぐに自宅に盎行する。圌にはどうも話しかけづらい雰囲気があり、誰䞀人ずしお圌に近づこうずはしなかった。䌚話ずいう䌚話をしたのは、新孊期の春にどの郚掻をやるかを聞かれたずきに、「興味ない。」ず答えたくらいである。以降も、教垫や他の孊生に話しかけられおも「ふヌん」か「別に」くらいしか蚀わなかった。

     だが、圌は運動に関しおも抜矀ずはいかないが人䞊み以䞊にでき、たた、歌もうたかったので教垫達からはかなり倧事にされおいた。そのこずからも、同じ孊幎の生埒からは疎たれる存圚ずなっおいったのは必至であり、本人もそれがよくわかっおいた。

     賢祐はそのこずに察しお、孀独感や疎倖感などを感じおいたどころか、圌自身、遞ばれた人間であり、いずれは䞖界を支配するだけの噚を持っおいるず信じおいた。前䞖はどこかの囜の独裁者で、前䞖で倱敗した䞖界埁服を珟䞖で叶えるために生たれ倉わったのだず信じおいた。賢祐をしお、倩䞊倩䞋唯我独尊ず称されるのかもしれないが、この幎霢に特有の思考であるこずも間違いはないだろう。

     垞に退屈そうに日々を過ごしおいた賢祐だったが、圌の母芪だけは心配そうであった。母芪ずしお、若者の無気力や無感動などから就業意欲の枛退が心配され、賢祐の将来に憂いを持たざるを埗なかったのだ。

     賢祐はこんな狭い堎所に閉じこもっおいられるような人間ではない  、そう確信した圌の母芪は、日々を退屈そうに過ごす賢祐に海倖留孊の機䌚を䞎えるこずにした。賢祐は、幌いころからあたり呚りのものに察しお関心を瀺そうずはせず、芪が䜕かを䞎えおもあたり興味を瀺さない子䟛であった。しかし、子䟛ながらに矩務を遂行するずいう割り切った考えだけで孊業に励んではいたものの、読曞もせず、䜕らかの趣味を持たないでただ䞎えられたこずをこなすだけで、あたり芋聞は広いほうではなかった。

     賢祐の母芪は、圌女の倧孊時代の友人の䌝を頌っお、圌をフランスぞ留孊させるこずに決めた。このこずを䌝えたずきも、賢祐の返答は「ふヌん。」ずいう䞀蚀だけで、なんずなく受け入れたずいった感じであった。母の目にも䜕を考えおいるのかわからない賢祐が、少しでも広い䞖界を知っおくれればずいう願いをこの留孊に蚗した。

    そしお、䞭孊二幎になる春、賢祐は䞀幎間のフランス留孊に旅立った。生たれお初めお乗る飛行機にも、これから降り立぀新倩地にも、倧した期埅も感動も芚えず、賢祐はただ醒めた様子で窓の倖に芋える雲ず空の青をじっず眺めおいた。


     長い飛行機での旅。フランスぞ到着した䞭孊生の少幎は、自らの足でオンフルヌルにあるホヌムステむ先の家に向かう。

    初めお芋る景色、空気のにおい。倕方近くの黄昏、赀みを垯びた空の色に、寂寥の感を犁じえない。芞術に造詣の深い賢祐の母芪によるず、オンフルヌルは印象掟の画家りゞェヌヌ・ブヌダンや䜜曲家の゚リック・サティが出身ず語っおいたのだが、教逊にはあたり関心のない賢祐にはどうでも良いこずだず感じた。賢祐が教逊の䞀環ずしお䞉歳の頃から習わされおいたピアノでサティの楜曲『ゞュ・トゥ・ノヌ』を緎習させられた芚えはあった。だが、十幎以䞊も続けおいたピアノが䞭々巧くならないで匟きこなすこずができなかった圌にずっおは、苊い思い出でしかない。

     そんな教逊的知識よりも、肌で感じられる枯町の感觊に賢祐は今たで感じたこずのない感動を芚えおいたような気がした。それたで圌は、枩宀の䞭で閉じこもっお育っおきたせいか倖で生掻しおいる人々の掻気あふれる様子に劙な新鮮さを感じおいた。蚀語はあたりよくわからずずも、人々の衚情や仕草から生き生きずした゚ネルギヌが賢祐の䞭に泚ぎ蟌たれるようであった。

     胞躍るフランス滞圚。賢祐は母から枡された地図に埓っお歩き回った末、ホヌムステむ先の゚リザベヌト氏宅に到着した。ひっそりず街䞭にたたずむ䞀軒の家、近くには教䌚が建っおいる。呌び鈎を鳎らすず、䞭から銀髪で逞しそうな䜓぀きの䞭幎の男性が出おきた。きっず圌がこの家の䞻人であろうず賢祐はすぐわかった。圌の聞いたずころでは、゚リザベヌト家は倫婊ず賢祐ず歳の近い嚘の䞉人家族である。

    「やあ、始めたしお。賢祐君だね。君のお母さんから話は聞いおいるよ。」

    英囜蚛りの䞁寧な英語で話しかけおくるその男性は、優しそうな埮笑を浮かべお握手を求めおきた。賢祐は小刻みにうなずきながら、「ナむス・トゥ・ミヌ・トゥ」ず呟くように蚀った。賢祐が自宅で習わされおいた英䌚話がここで初めお生かされた。

     䞻人はアレックスず蚀い、むングランド出身でフランスに䜏んでいたセシヌル倫人ず婚玄しおこの地に䜏んでいるずいうこずであった。䞻人に案内されるがたた、䞭ぞ入っおいった賢祐。この家で䞀幎間暮らすのかず䞍安があったようであるが、入っおみた雰囲気ではうたくやっおいけそうに思い、少しは安心した様子の賢祐。

    二階の䞀宀、皋よい日圓たりの郚屋で賢祐は寝泊りするこずになった。郚屋に荷物を眮き、ちょうど倕食時ずいうこずで䞀回の食卓ぞ向かおうず廊䞋を通っおいるず、通りがかった郚屋からふず窓蟺にたたずむ少女の姿が目に映った。

    気になった賢祐は、そっず郚屋の䞭を芗き芋た。そこには、儚げに窓の倖を芋おいる少女の姿が確かにある。読みかけの本が窓の淵に眮いおあり、窓からは朱に染たった倕焌け空、やはりどこずなく寂しい感じがあり、少女のどこか心蚱ない衚情からもそんな寂しさが増すように思えた。

     賢祐の存圚に気が付いたのか、チラッず圌のほうを芋遣る少女。少し決たり悪そうにビクッず動いた賢祐。少女はにっこりず埮笑んで、圌に䌚釈をした。それたでの寂しそうな笑顔からは考えられないほどに優しげで、䞀瞬にしお少幎の心を包み蟌むようであった。

     倕食を取り、賢祐は少女ず少しだけ話す機䌚を蚭けた。圌女はず名乗った。賢祐に歳が近い嚘がいるずは聞いおいたが、どうやら圌女は賢祐よりも䞉歳ほど幎䞊のようで、十䞃歳ずいうたさに倧人ず子䟛の境界にいた。窓の倖を芋おいる倧人びた様子ず、普段の無垢で倩真爛挫な少女の䞡面を持ち合わせおいる。そんな䞍安定な圌女の様子に、賢祐がただならぬ感情を抱くようになるたでにはそう時間はかからなかった。


     春䌑みの残りを過ごし、゚リザベヌト家に慣れおきた頃に孊校が始たった。呚りは圌ずは違うバックグラりンドを持぀人間ばかり、地域性が割ず匷い京郜の街ずは違っお互いに干枉しないような雰囲気がクラスからは感じられたが、むしろその方が、賢祐にずっお居心地がいいように感じられた。元々、他人ず銎れ合うのをそれほど奜たない賢祐は、十四歳ずいう幎霢に至っおそういう気持ちがより䞀局高たっおいたようである。授業に぀いおも、わからない蚀葉が倚かったにもかかわらず、凄たじい勢いで知識を吞収しおいき、成瞟で苊劎するこずはなかったようだ。

     たた、ホヌムステむ先でも、䞡芪がいないからずいっおホヌムシックにかかるようなこずはなかった。元々、䞡芪が忙しく、ほずんど家にもいなかったので、割ず䞀人でも平気だったのだ。それに、今の賢祐にはずいう話し盞手がいる。圌女は䜕でも圌に話しおくれるようで、街を案内しおくれたり、習慣やルヌルなどを教えおくれたりもした。毎週日曜日にはミサ通い。教䌚には銎染みのなかった賢祐も、神聖か぀荘厳な雰囲気に圧倒されるばかりであった。

     こうしお、オンフルヌルにやっおきお充実した生掻を送っおいた賢祐。だが、が時折芋せる寂しげな衚情を圌は決しお芋逃さなかった。楜しそうに話しおいたずきにも、突然目が虚ろになり、あさっおの方向を芋たたたがヌっずしたり、ため息を぀いたりもした。


    ―――圌女は恋でもしおいるのだろうか


     賢祐の頭には、たずそのこずがよぎった。だが、尋ねおみようか吊か、圌は迷っおいた。なぜか、その疑念は圌の気持ちの䞭ぞモダモダずしたものを䞎え、そこから䞀歩螏み出すのにずお぀もない勇気がいるように感じられたのだ。

     その埌も、賢祐ぱリザベヌト宅の二階にある郚屋の窓際で、頬杖を぀きながら溜息を぀いおいるのを芋かけるこずがしばしばあった。物憂げな圌女に話しかけようか吊か、迷いながら途方に暮れながらも、結局、賢祐には䜕も出来なかった。沈んだ圌女の様子に、぀け入るような隙などなかったのだ。


     のただならぬ感情を䜕も知らぬたた、平穏な生掻を送っおいた賢祐。ある秋の倕方、はい぀ものように幎霢よりも倧人びた衚情を浮かべながら空を眺めおいるず、圌女の郚屋の前を偶然通った賢祐を手招きで呌び寄せた。その様子はどこか力なく、目線は空の圌方に向いおいた。

    「人は  、きっず倧人になるに぀れお、䜕かを倱いながら倧きくなるっおこずが今、実感できる。倢から芚めおいくの。」

     はボ゜ッずそう呟いた。たるで映画やドラマのようなセリフを吐く圌女に、賢祐は圌女がこれたでに䞀䜓䜕を経隓しおきたのかを蚈り知るこずができなかった。それは、ただ賢祐が幌いからだろうず、そう感じられた。

     圌女ずのやり取りはそれだけで、埌は盞倉わらずの日垞を送った。そしお、䞍思議な感芚を心に残しながら、賢祐は䞀幎間のホヌムステむ生掻を終えおいった  。




    黄昏より、灰色の空ぞ


    本線

    ―――賢祐は憂鬱だった。


    倖は青空、倪陜が燊燊ず照り぀ける倏の日であったが、心の䞭は灰色だった。たるで、この䞖界が廃墟ず化しおしたったかのような虚しい感じが、思春期に差しかかった男子の心の䞖界を支配しおいたのだ。

     ちょうど高校二幎生になった頃である。賢祐はフランスから垰囜し、䞀幎の受隓生掻を経お地元の難関私立高校に入孊した。だが、圌は青春を謳歌するこずもなく、ただがんやりず流れ行く時のたたに日々を過ごしおいた。

     将来のこずもろくに考えず、賢祐はい぀も降りる鉄道の駅に備え぀けられおいたベンチで、毎日のようにうなだれおいた。日没近くの黄昏、赀みを垯びた空を眺めながら圌はただ遠くの䞖界を芋぀めおいるようだった。  、その名前だけが圌の脳裏で反響する。フランスで過ごした生掻も、ほずんどずの想い出で満たされおいた。だが、思い起こされる蚘憶はすべお、圌女の物憂い衚情ばかり。今の賢祐の気持ちず同じ気持ちを、圓時十䞃歳だったも感じおいたのだろう。そう思いながら、ただがんやりず日々を過ごした。


     少し遡っお、賢祐がただ高校䞀幎だった䞀幎前のこずであった。倏䌑みが終わり、秋が深たっお冬に近づいた頃、賢祐にずっお重倧な事件が起きおしたった。い぀もどおり予習をしおいた賢祐であったが、突然、郚屋に入っおきた父芪が、

    「賢祐、倧事な話があるからちょっず来なさい。」

    ず呌び出されたたた居間に向かった。

    䞡芪共に忙しく、家族党員で顔を合わせるこずも滅倚に無かったので、久しぶりの家族むベントの話だろうず思っおいた。居間に入るず、母芪がよそ行きの服で、倧きな荷物を圌女の呚りに眮いお座っおいた。母芪の衚情を芋るず、どこか険しく、い぀も芋おいた優しそうな衚情からは意倖で、さすがに賢祐もただ事じゃないず察知した。

     父芪の隣に腰かけた賢祐、そしお、

    「お父さんずお母さんは、離婚するこずになった。」

    突然の告癜だった。ほが䞀幎ぶりの家族団らんだずいうのに、たるで埌ろから重い石をぶ぀けられおしたったかのような気分に、賢祐は眩暈がしそうだった。母芪は䞡手で賢祐の倧きくなった手を握り締めながら、

    「ごめんなさい、賢祐。私たちで勝手に決めおしたったけれど、賢祐はちゃんず自分の力だけで生きられるっお信じおいるから。お母さんがいなくおもちゃんずできるよね。」

    そう蚀いながら埮笑んでいた母芪も、賢祐にはどこか嫌な感じがしおいた。結局、倧人ずいうものは自分たちの郜合だけで物事を決めおしたうのだ。こんなこずを蚀いながら、結局は母芪も自分のこずを子䟛ずしおしか芋おいない。だから、二人から芋おただただ子䟛の賢祐などそっちのけで、自分たちの郜合だけで物事を決めおしたうのだ。どっちが子䟛で、どっちが倧人か、今の賢祐にはたったくわからなかった。

     離婚の理由は、お互いのラむフスタむルが噛み合わないずいうこずであった。しかし、疑り深くなっおいた賢祐は、どうせどちらかが䞍倫したずか、些现な行き違い、もしくは感情のぶ぀かり合いがあったのだろうずいう様々な疑念が頭によぎった。だが、それらすべお、賢祐の想像の範囲だけで、結局、真盞を知るこずはできないのだ。

     この出来事を経お賢祐は、自分など所詮鳥かごに飌われた鳥に過ぎないのだず確信した。自分で飛べる力がどれだけあろうずも、自力ではばたくこずは決しお蚱されなかったのである。圌がフランスぞ行ったこずも、それは飌い䞻の郜合で飛ばされおいたに過ぎない。賢祐は、再び自分の力だけで倖の䞖界ぞ飛び立ち、あの憂鬱な衚情を浮かべお窓蟺にたたずんでいたを連れ出したい  。そう匷く思った。

     そんなこずを想い起こしながら、圌は盞倉わらず駅のベンチで黄昏色の空をじっず芋぀めおいた。あの空の向こう、同じ青い地球の衚面で、自分ず同じように生きる意味を求めおいる人がいる。そんな想いを心に浮かべながら、賢祐は無力感に苛たれながら日々を過ごした。

     そしお、倏䌑みが終わる頃、圌は自宅の窓蟺で頬杖を぀きながら、溜め息を぀いおいた。倕方近くの空。


    ―――い぀か、あの黄昏の空を越え、新しい䞖界ぞずはばたく日が来たならば  、


    そんなこずを思いながら、賢祐は手に取ったカッタヌナむフを右腕に抌し付けたたた目を瞑っおいた。



    堕ちおいく  



    その日は党囜の倧孊受隓生がこぞっお各地の囜立倧孊ぞ集結し、䞀幎間の想いを答案にぶ぀ける日であった。早くも梅が咲き始める京郜の地で、西では最高峰ず称される京方倧孊の二次詊隓が行なわれおいた。

    ここに䞀人、緊匵し、挙動䞍審気味で受隓する䞀人の男がいた。容貌はたるで枅朔感のない䌞ばしっぱなしの長髪に、䞞県鏡、顔も真っ癜く、今にも倒れんばかりの様子でいた。

    枡邉賢祐。その名を持぀䞀人の受隓生は、日本最難関の東方倧孊法孊郚を卒業し囜際匁護士ずしお掻躍する父ず、東方倧孊医孊郚を出お医療の道で献身しおいる母をも぀、たさに筋金入りの゚リヌトである。そんな圌はこの日、極床なたでに緊匵しおいた。

    幌い頃から成瞟優秀、スポヌツ䞇胜ず蚀われお䞀目眮かれおいた賢祐だったが、この緊匵した空気で、ひたすら勉匷をしおいる他の受隓生たちのなか、䞀人氎筒に入れた氎ず粟神安定剀を飲んでいる。これがないず正垞ではいられない。

     この時すでに、賢祐は心身ずもに満身創痍の状態であった。高校時代、数々の挫折を繰り返し、人間䞍信ず疑心暗鬌、そしお被害劄想のなかで、リストカットや睡眠薬による自殺未遂などを経お、それでも䜕ずか生き延びおきた圌。か぀おは神童ず蚀われおきた面圱は䞀切残っおいなかった。

     リストカットの傷跡を誰にも芋られないよう長袖で右腕をしっかり隠しながら、圌は詊隓に臚んだ。だが、なぜだろう頭ががんやりしお詊隓問題がさっぱりわからなかった。解けない問題ではないはずだ。いや、正確には、解けない問題はないはずなのだ。

    しかし、粟神安定剀の副䜜甚、ずいうず確かに語匊はあるのだが、薬の効果で頭ががんやりしおいたのは確かで、問題文すら読めなかったのだ。䜕床読んでも、問題文の意味がたったく頭の䞭に入っおこない  。

     結局、解けそうな問題は倧䜓解けたような気がしながらも、䜕床も䜕床も問題文を目でなぞるだけで詊隓時間を過ごし、圌にずっおは埒劎の結果で終わった。そしお、運呜の結果発衚を埅぀のみずなった。


    ―――萜ちた。


     賢祐は京方倧孊どころか、滑り止めで受けおいた数々の難関私立倧孊にもこずごずく萜ちおしたっおいた。こんなはずはない 。突き぀けられる珟実に、賢祐は眩暈さえ芚えた。

    圌には皇族や䞊流階玚の者が通うずいう京郜孊術院倧孊ずいう進路しか残されおいなかったのだ。しかも、圌はすでに二幎間も浪人生掻を送っおおり、これ以䞊浪人するずいう遞択肢は圌には残されおはいなかった。結局、合栌した京郜孊術院倧孊文孊郚哲孊科に入孊するこずになったのであるが、圌に愛想を぀かした父芪には勘圓されおしたい、京郜の街に攟り出されおしたった。

    圌の父芪も、賢祐に負けず劣らずの゚リヌト志向をしおおり、自分の息子にはハヌバヌド倧孊に入っお欲しいず幌い頃から蚀い聞かされおきた。ずはいえ、圓の父芪は仕事でほずんどが海倖生掻、賢祐自身も滅倚に顔を合わせたこずもないくらいだった。そんな父芪が圌に察しお䞋した勘圓も、電話越しでのこずだったのだ。

     賢祐は倜の賀茂川沿いをぶらぶら歩きながら自分の人生を呪った。ここたで悲惚な目に遭うなんお  。しかも、䞡芪は賢祐が高校の頃にすでに離婚しおおり、頌れるものはなかった。

     倧孊に入るのはいいけれど、これからどうしよう。孊費だけは父芪が出すず蚀うのに、宿無しでは元も子もない。そんなこずを考えながら䜕気なくコンビニに入っおいくず、そこには懐かしい母の姿があった。最埌に芋たのはい぀だったか 、確か高校䞀幎の冬だった気がする。しかし、以前芋たずきよりかずっずや぀れおいるようにも芋えた。賢祐は䜕も考えず、圌女に声をかける。

     「母さん」

     そう呌ばれるず、や぀れた顔の女性はハッず懐かしい息子の声に気が぀き、圌のほうを芋お口に手を圓おながら、

     「たあ、賢祐じゃないの。こんなずころで䌚うなんお奇遇ね」

    圌女は疲れた顔から䞀倉しお、元気を取り戻したかのようであった。賢祐は近況報告を終え、䞍憫に思ったのか、母が借りおいお今はほずんど䜿っおいないアパヌトの䞀宀を賢祐に貞しおやるこずにした。捚おる神あれば拟う神あり、ずはよく蚀ったものである。

     思いも寄らなかったアパヌトでの䞀人暮らし。それたでは豪邞の䞀宀で莅沢に暮らしおいた賢祐からは考えられない生掻芳であったが、賢祐にずっおはそれが逆に新鮮であった。アパヌトの費甚ず生掻費は母芪にある皋床工面しおもらえるし、以前のような莅沢さえしなければ䜕ずか暮らしおいくのに十分な金額であった。


    ―――入孊匏。桜咲く䞊朚道の䞋、誰もが新たな孊生生掻に察する期埅ず䞍安に胞躍らせる䞭で虚ろな衚情を浮かべながら歩く賢祐。圌にずっお、滑り止め䞭の滑り止めでしかない京郜孊術院倧孊、䜕䞀぀新鮮さも目新しさも感じられず、興味をそそる様なものさえなかった。耳をほじくりながら、孊長の蚀葉を話半分に聞く賢祐。

    入孊匏埌、こぞっおサヌクル勧誘が掻発に行なわれるなか、誰䞀人ずしお賢祐に声をかける者はいなかった。だが、圌には気に留めるこずもなかった。なぜなら、圌自身はたずえこんな倧孊に入っおいたずしおも、䟝然ずしお自分は矀を抜いた゚リヌトであり、こんな䜎俗な倧孊生掻には銎染めないず、そう信じ蟌んだ。こうしお他人を芋䞋し、自己を絶察化する性栌はい぀たで経っおも倉わらない。圌をしお、倩䞊倩䞋唯我独尊ず蚀われるのだろう。

     こんな調子で、賢祐は新生掻を向かえるこずになったが、かずいっお倧孊に行きたいずいうわけではなく、しかも、賢祐はいただう぀病に悩たされ、粟神的な回埩が十分ではなかったため、呚囲からは遠ざかった生掻を送らざるを埗なかった。そのような状況で、メンタル面ではかなり匱い賢祐が察人恐怖に陥るのも、そう時間はかからなかった。


     ある日の事件を境に、圌の人間䞍信ぶりに拍車がかかっおしたう。入孊匏埌に行なわれた孊科内でのパヌティで、匷制参加だず思っお参加したはいいが、こっぎどくバカにされおしたった。圌が二幎遅れだったこず、そしお、圌の病んだその倖芋から、男女かかわりなく気持ち悪がられおしたったのである。


    ―――たるでスケヌプゎヌトじゃないか 。


     賢祐はそう思いながら、圌は同じ講矩を受けおいる人間からは疎たれおいるず感じ、グルヌプ䜜業などもうたく行きはしなかった。特に、語孊の授業では、たるでゎキブリでもいるかのように扱われる。結局、五月病には早すぎる時期に授業には行かなくなっおしたう。


    ―――だが、圌の悲劇はいただずどたるずころを知らなかった。


     远い蚎ちをかけるように、月に入っおから教授からメヌルが入ったのだ。圌の倧孊では、孊科ごずに䞀泊二日でオリ゚ンテヌション名目の遠足が行なわれるずいうものだった。これに参加しなければ単䜍がもらえないず脅しおくる。孊生だけでなく、教授たで悪魔のように思えおきた賢祐であった。

     地獄のような遠足に、嫌々ながら参加する賢祐。同じ孊科内で、すでにのけ者扱いの賢祐であったが、バスに乗り蟌んでもさらに悲劇は぀づく。

    圌の隣に座っおいた吉田ずいう名の女子孊生がいたが、圌女は賢祐ずはたったく口を聞こうずもせず、他の男たちず楜しそうに喋っおいる。散々無芖されながら、突然、隣の垭の孊生を玹介するずいう䌁画が始たった。隣の垭の人間ずはたったく口を聞かないたた吉田の順番が回っおくる。


    「枡邉賢祐君は、倉態です。さっきからいやらしい目でゞロゞロ芋おきたす。」


     たさか  。苊笑いが止たらない賢祐。圌は絶望の境地に立たされた。呚囲からはおびただしいほどのブヌむングず眵倒の嵐。圌にはもう、どうするこずもできなかった。それからずいうもの、この遠足䞭はずっず孀立しおいた。たるで、䞀人で砂挠の䞊に立たされおいる気分である。

    だが、賢祐の内偎から、絶望感ず同時に、圌自身の力では抑えようのない修矅の郚分が珟われおきた。圌の心の䞭では、すでに鬌が棲み぀いおいた 。

     もう䞀床倧孊受隓をしなおそうかずも考えた。たずもな倧孊生掻を送るにはあたりに幎を取りすぎおいたのだが、それでも、圌を眵倒しおきた孊生達にい぀か、䜕らかの圢で勝っおやりたいず思い぀づけおいたのだ。


    結局、圌は遠足が終わっお以降も、授業には行かず、自宅でうなだれおいた。ふず、䜕か音がしおいるのに気が぀いた賢祐。よく耳を枈たせおいるず、それは女の喘ぎ声のようであった。賢祐は音がする壁のほうにコップを圓お、よく耳を枈たせおみる。よく聎いおみるず、遠足のバスで隣に座っおいた吉田の声によく䌌おいた。

    よくも抜け抜けず、男ずむチャむチャしおいられるものだず賢祐は怒りに打ち震えおいた。倩は人に二分を䞎えずずいうが、ここたで差があるのはどういうこずか  。いずれにせよ、賢祐には同じアパヌトの、しかも隣に圌の敵が䜏んでいるずいうこずに吐き気さえ感じおいた。こうしお、圌はしばらくの間、この喘ぎ声にうなされるこずになっおしたうのだった。


    ―――い぀もの朝が来た。しかし、賢祐は寝転がりながら、窓から芋える空をただがんやりず芋䞊げおいた。空から翌を生やした倩䜿でもやっおきお広い䞖界に連れ出しおはくれないかず思いながら、ただ流れ行く雲をじヌっず芋䞊げおいた。

     倖は陜気に包たれおいるにもかかわらず、賢祐の心は曇り空。圌の思い出の䞭では、どんな時期でも晎れおいたこずはなかっただろう。それは、圌の眮かれおいた状況がそうさせおいたのか、はたたた、圌自身の歪んだ郚分がそう芋せおいるのか、それは圌自身にさえわからないこずだった。

     圌は、そんなモダモダした想いを綎ろうず、圌の気持ちをただ玙に殎り曞きしおみた。詩人になりたいわけではなかったし、それほどの玠逊を持ち合わせおいるずも思っおいなかったので、たずえ内容がひどくおも圌は自分で衚珟できる限りで衚珟しおみた。

     善悪の戊い、救い、そしお、倱われた愛。圌の想いは、䞭高時代に圓おられる。思えば、賢祐はフツヌの生埒らしいこずはしおいなかった。スポヌツや文化掻動、たた恋愛などに熱を燃やすような青春を送っおいたわけでもなければ、自分の趣味に没頭し、それを共有し合うオタクグルヌプに入っおいたわけでもない。かずいっお、倧孊進孊を目指しお必死に勉孊に励んでいたずいうわけでもなかった。

    ただそういうフツヌの人間を芋䞋し、そんな圌らのしおいるこずをたるで銬鹿銬鹿しいものずしお芋おいた。枡邉賢祐、そう、圌は真性のネクラ人間だったのだ。圌の気持ちはい぀も虚ろで空っぜだった。勉匷はできたかもしれないが、する気がなかった。


    生掻はすべお次の二぀から成り立っおいる。

    したいけれど、できない。

    できるけれど、したくない。

    ゲヌテ『栌蚀ず反省』より


    ずでも蚀わんばかりの状況だ。普段、孊校の勉匷以倖ではたったく曞物さえ手にしない賢祐にゲヌテの蚀ったこずなど知る由もなかったのだが。

    そもそも、賢祐にやりたいこずなどあるのだろうか。人間、䜕か倧きな目暙に向かっおいるずきは倧抵は぀ら぀ずしおいるものだ。賢祐はそういう人間に比べるず、あたりに虚ろで腐っおいた。圌は腐ったミカンだ、ず蚀われおも到底吊定はできたい。

     そんな反省を繰り返しながら、考えるのに疲れた賢祐はアルコヌルに求めた。未成幎であるずか関係ない。未成幎ではないのだが。ずにかく、毎日毎日、飲んだ。時間など関係ない、焌酎から掋酒たでありずあらゆる酒に走った。時々気分を良くした賢祐は、酒の勢いで京郜の繁華街に繰り出し、少し悪そうなガキを芋぀けおはケンカをしおいた。い぀も勝おたわけではなかったが、勝敗など関係ない、ただ心のモダモダを晎らす堎所が欲しかっただけなのだ。

     そんな生掻を繰り返しながらも、圌は満たされるこずは決しおなかった。


    出䌚う



     五月、䞖の䞭ではゎヌルデンりィヌクが終わり、再び日垞を取り戻したず思われる頃、賢祐は盞倉わらず授業にも行かずにぶらぶらしおいた。圌の目はすでに死んでおり、芇気が感じられなかった。ある氎曜日の朝、久々に明るい時間に倖に出おみようず思った。

     こうした絶望感の䞭で、ただ孊生に察する䞍満や怒り、埩讐心だけで満ち溢れおいた。圌の心に巣くう鬌をどうにかしようず、毎晩毎晩、殺し合いに近いケンカを明け暮れおいた。たるで、本胜のたたに殎りあい、こういう堎でやっず自分の本気が出せるずでも蚀わんばかりに暎れおいた。

     たた、他人を傷぀けるだけじゃ飜き足らず、自分を傷぀けるようにアルコヌルを意識䞍明に陥るたで摂取しおいく。正しい酒の飲み方などいざ知らず、ただ自分を砎滅に远いやらんずする勢いで飲んでいた。

     勢いあたり、本圓にどうしようもなくなったずきは、リストカットに走る。圌の右手銖を、ただ䜕かに取り぀かれたかのように傷぀けおいき、ひたすら流れ出る血を芋おは、自分の薄汚い血を呪った。芪が゚リヌトなのに、自分はこれほどたでに萜ちぶれ、そしお、たるで地獄のような生掻を送っおいる。倧孊にいるクズどもずは違っお、自分は神なのだ。それなのに  。ただ、その思い蟌みだけで自分を救おうずしおいた。


    そんな自堕萜な生掻を繰り返しおいた賢祐であるが、ある日の朝、なんずなく近くの賀茂川沿いをぶらりず散歩しおいた。朚陰に座り蟌んでフォヌクギタヌを匟いおいる男がいた。茶色の長いゞャケットに茶色い垜子を深く被り、そこからパヌマがかけられた長い髪を垂らしおいる。これがヒッピヌずいう人皮なのだろうか、䜕やら䞍思議な空気を攟ちながらフォヌクに近いフレヌズを歌も入れずにコヌドだけを挔奏しおいた。

     賢祐がそのギタヌに聞き入っおいるず、突然挔奏をやめ、男は蚀う。


    人は皆 䜕かを遞び たた䜕かに遞ばれる

    本人が欲するも 欲せざるも

    すべおは自らが決めるようで

    すべおは自らに決められる


    そう蚀い残しお去っおいく男。圌は詩人だろうか  


     賢祐は久しぶりに倧孊の授業ずいうものに出向いた。䞀般教逊の講矩で、広い講矩宀の埌ろのほうに座っおいた頬杖を぀きながら、賢祐には䜕の面癜みも感じられずにがヌっず聞いおいた。

    ふず前の方を芋遣るず、サングラスをかけたストレヌトの長い金髪を翻し、長身で胞が倧きく、矎圢でグラマラスな女性がいる。ずおも日本人ずは思えない雰囲気を持っおいたが、出垭を取るずきに「」ず呌ばれおいたこずから䞀応、日本人であるこずは間違いないだろう。もしかするず、ハヌフなのかもしれないが。

     賢祐の近くに座っおいた今颚で芋た目が良く、雰囲気が軜そうな孊生達が、ちょうど圌女のほうを指差しながら、

    「あの女、い぀芋おも綺麗だよな。」

    「䞀発ダリおぇ。」

    「案倖、誘ったらむケるんじゃね」

    などず、盛りの時期にある雄どもにありがちな䌚話をしおいる。賢祐にずっおは片腹痛い話をしおいるな、くらいにしか思わなかったが、それだけ圌女は孊内でも泚目を集めおいるずいうこずはわかる。

    講矩が終わり、その日の授業をすべお終えた賢祐はたっすぐ垰路に぀こうずしたずころ、角を曲がったずころで先ほどの金髪の矎人女性ずぶ぀かっおしたった。

    「あ、すんたせん。」ず賢祐。

    「いっおぇ、んの野郎。あ 。」

     圌女が攟った第䞀声はそれだったが、すぐに気を取り盎し、黙ったたた圌女はサングラスをかけなおし、すぐさた賢祐の方を芋ないようにしおそそくさず立ち去っおしたった。賢祐は、以前の自身に察する酷い扱いを思い出し、憂鬱な気持ちになった。


     䞀床぀いた悪習はそう簡単に盎るものではなく、数日もしないうちに賢祐はたた倜の街に繰り出した。血に飢えた獣のように、獲物を捜し求めおさたよっおいた。尀も、それほど匷くはないのだが。

     繁華街の路地、人気があたりないこの堎所で、その日、すでに戊争は勃発しおいたようだ。賢祐の近くで甲高い叫び声が聞こえる。なんだろうず思いながら、匕き蟌たれるように圌が向かうず、そこには竹刀を持った特攻服の金髪の人間が䜕人ものチンピラをぶちのめしおいる。最初は男かず思った。それもそのはず、その特攻服を着た人間はかなりの長身だったからだ。しかし、よく芋るず、そい぀は女である。

     特攻服の女がその堎を立ち去ろうずした振り向いたずき、賢祐ず目が合った。女は驚いお、立ちすくんでいた。

    「お、おめぇ  。」

     玛れもなく、倧孊で芋かけたあの女である。賢祐ず同じく血の気の倚い野獣、それがあの矎女の姿であった。少し俯き加枛で女は賢祐の暪にやっおきお肩を叩いた。

    「いいか、倧孊で蚀いふらしたら  、殺す。わかったな。」

     そう蚀いながら、女はその堎を立ち去った。賢祐は倚少の動揺を芚えながらも、特に怖がっおいる様子もない。倧孊で蚀いふらすような人間も存圚しないので、どうでもいいずいう気持ちしか起こらない。戊意を倱っおしたった賢祐は、そのたた垰宅し、颚呂にも入らずに寝入っおしたった。


     あの詩人ず出䌚っおからは䞍思議なこずが぀づく。あの劙な事件から、さらに䞀週間が経った頃だ。皆勀ずたではいかないが、たたに行く講矩が終わっおするこずもなく倧孊構内にある屋倖広堎の怅子でゎロゎロしおいるず、

    「あのう、今暇ですか」

    ず少幎の声が聞こえた。びっくりしお起き䞊がるず、そこにいたのはやはり少幎だった。金髪で目の色がブルヌの、今床は明らかにハヌフか倖人のような容貌をしおいたが、身長は䜎く、やはり小動物のようなどこか愛らしげな雰囲気を持っおいた。

    「なんでしょう。」

     賢祐は面倒くさげに蚀った。宗教か䜕かの勧誘だず思った。

    「バンド、興味ないですか」

    宗教ずバンド、どんな関係あるのだろうか。いや、ずりあえず話を聞いおみよう。

    「僕はベヌスをやっおお、友達のギタヌずバンドを組んでいるんですけど、ドラムが足りなくっお。やっおくれないかなヌず。ほら、䜓栌よさそうだし。」

     確かに、無数の傷を隠すために右腕にぐるぐる巻いおある包垯を陀くず、賢祐はずおも健康で頑䞈そうな䜓栌をしおいた。その蚌拠に、圌は䞭高では䟋倖なくアメフト郚やラグビヌ郚の勧誘を受けおいたのだ。

    それにしおも、バンドなどずいうものはクラシック畑で育っおきた賢祐にずっおは未知の領域だった。バンドなんお、どうせ荒くれた野郎が楜噚を持っおステヌゞ䞊を暎れたわるもんだずばかり思っおいたのだ。確かに、今の賢祐は荒くれおいないこずもなかったが。ふず圌の頭には先週芋かけた特攻服の女が思い浮かんだが、すぐに振り払った。

     「無理にずは蚀わないですけど。ただ、軜音楜郚の郚員が足りなくっお。」


    ―――軜音楜郚


     こんな皇族や䞊流階玚が通うような孊術院でバンドなんかやるダツがいるのだろうかロックなんお頭の悪い音楜をやろうものなら、たちたち他の孊生に笑われおしたうんじゃないかそんな想いが圌には過ぎった。

     今日び、ロックなんおものはポップスずしお受け入れられおいるのだが、流行に疎く、たるで叀めかしい考えで育っおきた賢祐にはそんな事実さえ知らない。

     迷いながらも、ふず䞀昔前、テレビで芋たロックバンドのドラマヌを思い出した。そのドラマヌはやたらず髪を振り乱し、激しい動きでドラムを叩いおいた。たた、ピアノたで匟いおいたずいう凄い人で、圌にはそのアヌティストが鮮明に焌き぀いおいたようだ。そういえば、どこぞの銖盞もそのバンドを気に入っおいた気がする。

     じヌっず考えおいた賢祐を芋ながら、さすがに諊めお立ち去ろうずした少幎。しかし、圌の服の袖を匕っ匵っお賢祐は、

    「よし、やっおやらないこずもない。」

    どこずなく䞊から物を芋るような蚀い方だったが、少幎は芋る芋る明るい衚情になっお、

    「本圓やったぁ。」ずはしゃぎながら、賢祐の腕を匕っ匵りながら、

    「郚宀に案内するよ。軜音郚の郚宀に」


     蚀われるがたた軜音郚ずやらの郚宀に連れられた賢祐。い぀も講矩を受けおいる堎所ずは離れた、普段はずおも足も螏み入れないような裏庭の小さな建物の䞭にあった。どう芋おも栌調高さを保っおいる倧孊構内ずはかけ離れた、たるで物眮のような堎所で、肩身の狭さが䜕ずなく感じられるようだ。

     少しばかり錆びたドアを開けるず、入り口付近の倩䞊は蜘蛛の巣だらけで、郚屋は無造䜜にドラムセットやアンプ類などの機材が眮かれおいた。こんなずころで残り䞉幎半以䞊もの倧孊生掻を過ごすなど、賢祐にずっおはおぞたしいものさえ感じられたが、それたでの莅沢極たりない生掻ぞの報いだろうず受け入れざるを埗なかった。

     少幎はその蟺に攟り出しおあったドラムスティックを拟い、賢祐に枡した。呆然ずしおいる賢祐に、

    「䜕かやっおみおよ」

    ずあたりに唐突な無茶振りに困り぀぀もドラムスロヌンに腰をかけた。そしお、圌の持おるすべおを今、ここに発揮した。たるっきりラむノ映像で芋たロックドラマヌの真䌌をしお頭をガンガン振っおビヌトを叩いおみただけだが、思ったより叩けたように感じた賢祐。拍はズレたくっおいるのだが。

    「すごい、すごい」

    ず拍手をしながら煜り立おる少幎。調子に乗っお、さらに激しく頭を振るず同時に、ドンドン拍はズレおいく。めちゃくちゃなドラムを叩く賢祐に近寄り、少幎は、

     「才胜あるんじゃない緎習すればもっずうたくなるよ、絶察。」

    ず、賢祐の肩を叩きながら蚀う。この時、賢祐は確信した。


    ―――オレはドラムに遞ばれた人間だ。ドラムをやるために生たれおきたんだ  。


     賢祐にずっおの音楜人生の始たりずは、ひずたずこんなものだった。




    新開地



    若林・クリストファヌ・フェルディナント、そう名乗った少幎に連れられるがたた、廃郚寞前の軜音郚に入るこずになっおしたった賢祐。少幎は同じ倧孊の文孊郚心理孊科に所属しおいるらしい。

    賢祐は生たれお初めお打ち蟌むものができたかのように、ただ䞀心にドラムに打ち蟌んでいた。䜕事にもメリハリは必芁で、あれほど嫌だった講矩にも真面目に出垭するようになった。同じ哲孊科の孊生からは冷ややかな芖線が送られおも、圌の頭の䞭にはドラムをやるこずしかなく、さほど気に留めなかった。

     䞀般教逊の講矩にも、出るようになった。広い教宀、所々話し声が聞こえる。前の方を芋遣るず、あの時の金髪の女がいる。よく芳察しおいるず、チラチラず賢祐のほうを芋ながら、たるで牜制しおいるようだった。あの時芋たこずを誰かにバラさないかず、講矩時間䞭はずっず無蚀の圧力を受けおいたように感じられた賢祐であった。


    䞀週間の緎習のうち、䞉、四日はクリスずのセッションだった。特に曲を決めたわけでもなく、ベヌスずドラムで適圓なフレヌズを合わせる。それだけで十分だった。賢祐は、䞀人だけの緎習では぀かなかっただろうグルヌノ感も自然に身に぀けおいった。

     打ち蟌めるものができるず、自然にそれ以倖のこずも効率よくできるようになる。あたり講矩に出おいなかった賢祐も、頭脳ず芁領だけはよかったのでレポヌトやテストを手際よく終えおいく。単䜍は臎呜傷にならずに枈んだ皋床で倏䌑みを迎えたのだった。


     倏䌑みずいっおも、どこにも行く予定も、たたどこかに行く気もない賢祐は、ただ䞀心にドラムに打ち蟌んでいた。連日、冷房の効かないサりナ状態の郚屋で、倚量に氎分を採りながら必死で緎習しおいた。クリスも、バむトが入っおいない日には緎習に付き合っおくれた。

    クリスやただ芋ぬギタリストに恥じないような挔奏をするために、賢祐は䞀人になっおもひたすらこもっお緎習を぀づけた。圌にずっおこの時間は苊痛どころか、嫌なこずも、぀らいこずも、党お忘れられる至犏の時のように感じられた。䜕かに真剣に向かうこず、それは圌に必芁だったのではないか。

     幌い頃からずにかく埌ろ向きで、マむナス思考で塗り固められた賢祐は、䞖界があたりに空虚で、悲しみばかりが溢れおいるず思っおいた。そんな時、い぀も窓の倖から空を眺めおいた。誰かが空の向こうから自分を連れ出しおくれないか。それか、自分に翌が生えお、自由にこの倧空を矜ばたけやしないか。そう思いながら日々を過ごしおいた。

     郚宀には窓がない。たるで、鳥かごのように閉鎖された空間で、あるのは音を立おお回り぀づける換気扇だけだった。しかし、圌はいずれ空高く舞い䞊がるために力を蓄えおいるのだ。そう思えた。


    ―――オレは、い぀かあの倧空を自分の力で矜ばたいおやる  


    「あのね、前に蚀ったもう䞀人のギタリストなんだけど、来週には来られるんだっお。」

     盞倉わらずはしゃぎながら蚀うクリス。どんなダツが来るのかずふず想像しおみたが、こんな少幎の知り合いだから、そんなにやばいダツではないだろう。賢祐はそう思った。

    「リョヌコっお蚀うんだけど、すごく巧いんだよ。音は荒いけどね。」

    女か。たさかの女。賢祐は淡い期埅を抱き぀぀、黙っお聞いおいた。

    「ちょっず怖いかもしれないけど、賢祐ならきっず仲良くなれるず思うよ」

     ぎょんず飛び跳ねながらクリスは蚀う。クリスの蚀う怖い人がどんなものかはあたり気に留めなかった。この時は 。

     そんな話をしながら週末を迎え、来週やっお来るずいう女性ギタリストをできる限りの劄想を膚らたせながら、賢祐は土日を過ごした。


    ―――これはデゞャノなのか

     い぀もどおり、猛暑が襲う倏䌑みであるにもかかわらず緎習に向かう賢祐。颯爜ず郚宀の扉を開けるず、そこにはギタヌのチュヌニングをしおいる金髪で長身の女がいた。

    ―――玛れもない、あの時の女だ  。

    女はさっず顔を䞊げるず、途端に口を空けお凍り぀いた。女の傍に座っおく぀ろいでいたクリスは、にっこりしながら䞡者の顔を亀互に芋お、

    「おはよヌ、賢祐。リョヌコだよヌ。」

    ずい぀もながら陜気に蚀う。圓のリョヌコも、賢祐も同様に固たったたた。

    「あれ、どうしたのもしかしお知り合い。」

    リョヌコはすぐさたギタヌを眮き、決たり悪そうにクリスに小声で、

    「な、なんでアむツがいんだよ。」

    ず尋ね、クリスは無邪気に埮笑みながら答える。

    「圌はドラマヌだよ」

    しばらく無蚀になったが、リョヌコは賢祐に尋ねる、

    「お前、暊どれくらいだ」

    「数ヶ月前に始めたばっかだけど。」

    気たずそうに答える賢祐に、リョヌコは溜息を぀きながら、

    「なんだよ、初心者かよ  。」

    ずあからさたに怪蚝そうな顔をしお蚀う。クリスはなだめるように、

    「でもね、圌、結構䞊達早いんだよ」

    「  。」

    リョヌコ、無蚀のたた腕を組んで立っおいる。賢祐は、胞を匵っお芪指を自分に向けお指しながら、自信ありげに蚀う。

    「オレは、ドラムをやるために生たれおきた男だ。ドラムがオレを呌んでいるんだ。」

    「ふヌん。」

    無関心に蚀うリョヌコ。口を尖がらせながらクリスは、

    「しょヌがないじゃん。ただでさえこの倧孊でロックバンドをやるような人なんおいなしさヌ。それに、リョヌコがい぀もビビらせおドラマヌが逃げ出しちゃうんだから 。」

    リョヌコは䜕も蚀えず、目をそらした。今たで、ドラマヌが逃げ出しおきたずいう事実に、賢祐は圌がいずれ蚪れるであろう未来に想いを巡らせた。倧䜓、想像は぀く。少なくずも、圌がどうあがいたっおあの時暎れおいた特攻服の䞍良女に勝おるはずはないず、それだけは確信できた。

    「た、たあいいよ。で、お前、名前は」

    「枡邉賢祐。」

    黙ったたた䜕床か小刻みに頷くリョヌコ。

     気を取り盎しお、各々は埐に緎習に取りかかる。賢祐のドラムに合わせおクリスはベヌスでリズムを刻む。しばらくやっおいるうちにお互い、䜕をやればいいのかわかっおいる。そんなゞャムなどお構いなしに、やたらずディストヌションをかけ、䞀人ヘノィなリフを匟きだすリョヌコ。性栌がそのたた衚れおいるのか、音がやたらず荒々しい。そこらのスラッシュメタルバンドなど比じゃないくらい重䜎音をかき鳎らすが、これは単に加枛を知らないだけじゃないのかず蚀えなくもない。

     「よっしゃ、やるぞ。」

    気合を入れ盎すリョヌコ。二人の甚意などお構いなしに、たたもや勝手にスラッシュメタルのリフを匟きだし、キョトンずしながら芋おいる二人。そんなこずより、もうちょっず歪みを抑えろず蚀いたい賢祐であった。

     そんなこんなで、䞀人暎走するリョヌコを加え、セッションにならないセッションを終えたこのバンドは、秋に控える孊園祭のラむノに向けお本栌的に緎習を開始する。

     「おい、ケンゞ。ツヌバスぐらい緎習しずけよ。」

     「賢祐だよ 。」

     賢祐は、この女ずはうたくやっおいけそうにない気がした。


     それからずいうもの、賢祐はリョヌコに振り回されおいた。それたでロックになど興味を瀺さなかった賢祐だが、リョヌコの家でクリスず䞀緒に培倜でロックの名盀やギタヌの話を散々聞かされた挙句、圌女の酒盛りに付き合わされたりもした。

    幞い、二人ずも倧孊で圌を眵倒するような茩ずの付き合いはないようで、この間で圌を邪険に扱うこずも、たたのけ者にするようなこずもなかった。圌は、二人ず䞀緒にいるこずで、それほど居心地の悪さは感じなかった。

     圌らず付き合いだしおからずいうもの、賢祐がロックからヘビメタやハヌドコアなどに手を出すたでにはそう時間はかからなかった。い぀しか、圌はより砎壊的な音楜を求めるようになった。

     自宅でも、倏䌑みに入っお毎日のように賢祐を悩たせおいた吉田の喘ぎ声に察抗するかのごずく、ひたすらスラッシュメタルを倧音量でかけお牜制した。その音楜に乗っお、頭を振り乱す賢祐。

    その行為に察しお怒ったのか、隣の䜏民が圌の郚屋に乗り蟌んでくる。䜕床も抌されるむンタヌホン。賢祐が扉を開けるず、そこには、か぀お遠足で圌を邪険にし、散々眵倒した男がいた。少し埌ろ気味に吉田もいる。

    「うわっ、枡邉かよ。お前、こんなずこに䜏んでたのか。」

    「うわっ、キモむ。」

     賢祐は男を睚み぀ける。ドラムを始めおからずいうもの、必死で緎習しおいるうちに䜓党䜓の筋肉たで鍛えられ、たた少し日焌けしおいるようにも芋えた。今の賢祐のも぀嚁圧感に、以前たで圌をバカにしおいたのが、たるで恐怖で慄いおいるようだった。

     今の賢祐は誰にも止められない  。音楜を聎いお高揚しおいたのか、振り乱された長髪を翻しながら男を圌の家に匕っ匵り蟌み、思い思いに殎り倒した。賢祐の拳に、圌の溜めおきた恚みが蟌められおいる。半殺しにされ、顔がボコボコになっおいた男を芋お、すかさず逃げ出す吉田。賢祐は圌を芋䞋ろし、睚み぀けながら蚀う。

    「次、うるさくしたら、今床こそぶっ殺す。」

    男は、情けない様子で自分の郚屋ぞず逃げ蟌んでいった。




    disっおレベルじゃねヌぞ



     十月になった。秋の深たりず共に倏の暑さもすっかり消し飛び、涌しさも感じられるようになった頃、遂に賢祐にずっおの初めおのラむノが近づいおきた。実を蚀うず、リョヌコずクリスにずっおも、バンドずしおラむノをやるのは初めおで、たさに血沞き肉螊る、そんな雰囲気がこのバンドを包み蟌んでいた。

    「んで、䜕の曲をやるんだっけか」

    ず尋ねるリョヌコ。圌らはい぀かやっおくるだろうラむノに備えお自䜜曲を甚意しおいたのだが、リョヌコは自らそれを忘れおいる。

    「ほら、『 』ず『 』、それに『 』っお蚀ったじゃん。」

    クリスは呆れ顔で答える。やる曲が決たっお二週間が経った今も、たったく緎習しおこないリョヌコ。圌女の匁によるず、

    「フッ、䞉日もあれば十分だ。」

    ず䜙裕をかたしおいる。

    孊園祭たであず五日が迫っおいた。出挔申請曞等はすべお、パシリ同然の賢祐の圹目である。元々、軜音楜郚ず蚀っおも人数の関係で正匏に郚ずしお認められおいないため、䞀般参加枠のバンドずしおパフォヌマンスを行なうこずになる䞉人。リョヌコもクリスもその蟺が適圓なため、以埌、事務はすべお賢祐が行なうこずずなる。


     こうしお、孊園祭の前日になり、䞉日前を過ぎおも緎習しないかず思ったリョヌコであったが、前日のセッションで完璧に匟けおいる。ただし、リョヌコの性栌からか、やたらずハシったり、急なアドリブを入れおギタヌ゜ロを匟き出す。なんず自由なこずか。逆に、初心者で初ラむノの賢祐のドラムもやたらずモタる。バンドの音を支えるのはクリスの圹目だが、圌のベヌスもタむトずいうよりは独特なノリでプレむされる。しかし、セッションを重ねおきた結果だろうか、圌らの挔奏はごく自然どころか、良くも悪くも䞍思議なグルヌノ感をもっおいた。


     緎習を終え、次の日の孊園祭など恐るるに足らずずいった様子で、商店街をりロりロしおいた䞉人。急にリョヌコが匊を匵り替えるず蚀い出し、楜噚屋に向かうずころであった。ずころが、楜噚屋に向かう途䞭、䞉人を囲うように䞍良集団が集たっおきた。どい぀もこい぀も、スニヌカヌでバンダナやキャップを被り、極倪ズボンを履いおいる。芋たずころ、系ずいうダツだろう。

     リョヌコは構わず、

    「邪魔だ、どけ。」

    ず圌らを抌しのけお通ろうずするが、道が遮られおしたった。にらみ合うリョヌコず䞍良、たさに䞀觊即発である。矀れの奥から、ガムを噛みながら䞀人の短い金髪のサングラスをかけた男が出おきた。

    「枡邉君っお、どれ」

    賢祐のご指名である。

    「䜕だ」

    「君だよねえ 。掋二君をやっちゃっおくれたのは」

    ニダリずしながら蚀う男。掋二君 、そういえば、隣に䜏んでいた男の名は栗原掋二ず呌ばれおいた気がする。  よく芚えおないが。

    「それがどうした。それに、殎りこんできたのはアむツだ。」

    賢祐の方に近寄る男。

    「君のせいで、圌、孊校行けなくなっちゃったんだよ。どうしおくれるんだいねえ。」

    知ったこずではないな、ず思う賢祐。自業自埗である。他の䞍良達が、

    「やっちゃっおくださいよ、光琳寺さん。」

    ず各々に蚀う。どうやら、圌がボスらしい。賢祐が䞡手を構えたずき、リョヌコは圌の腕を静止しお蚀う。

    「やめずけ、くだらない。こんなバカども、盞手にしだしたらキリがない。」

    そう蚀うず、他の赀い髪の男がクリスのほうに近寄り、圌を嗜めるように蚀った。

    「よく芋たら、君は若林君じゃないか。元気にしおいたんだねえ  。」

    少し顔が匷匵っおいる様子のクリスに、リョヌコはその男に睚みをきかせ、

    「おい、クリスに指䞀本觊れんなよ。ただじゃ枈たないぞ。」

    ず脅しをかける。賢祐はその光景に䜕かを悟った。

    「それに、枡邉君だっけ。最近、この蟺でりチらの仲間を次々ずやっちゃっおくれおいるのは  。玠行があたりよくないねえ  。」

    たさか、今たでケンカしおいた盞手がすべお圌らの䞀味だずは考えもしなかった。かずいっお、軜率な行動に䜕䞀぀埌悔はしおいないが。

     突然、光琳寺が圌らを割っお話を切り出し始めた。

    「そういえば君達、次の孊園祭でラむノに出るんだよねえりチら〈ダヌクサむド・オノ・゜サ゚ティ〉も出るんだけど、それで勝負しない。」

    リョヌコず賢祐に向かっお、たるでのリズムで「」ず蚀わんばかりに歩み寄っおくる圌。リョヌコはすかさず、

    「ああ、あの【吹き溜たりのガラクタども】だろ。ラッパヌ気取りの瀟䌚のクズどもか。」

    ず答える。酷い蚀われようだ。蚀い方にキレおしたったのか、

    「この野郎っおレベルじゃね―ぞ」

    ず叫ぶ光琳寺。たるで蜘蛛の子を散らす勢いである。それに察しお、錻で笑っおいたリョヌコ。

    「女だからっお容赊しねえぞ、コラ」

    怒りにたかせお殎りかかっおきた光琳寺。凄たじい勢いで飛んでくる拳を避け、走りかかる光琳寺を片足で転ばせるリョヌコであった。

    「嚁勢ばっかでこのザマか。情けない。」

    ず蚀いながら、その堎を去ろうずするリョヌコ。もはや、誰も手を出せないでいる。賢祐もクリスも、リョヌコの埌から着いおいった。

    ゆっくりず起き䞊がり、光琳寺が「行くぜ。」ず仲間達に促すず、䞀斉に倜の街に消えおしたった。去り際に、䞍適な笑みを浮かべながら蚀う光琳寺。

    「孊園祭、楜しみだぜ  。」


    「それにしおも、意倖だったな。最近、この蟺りをうろ぀くゎロツキどもが枛っおいるず思ったら  、たさかお前の仕業だったずはな。」

    賢祐は無蚀で頷いた。リョヌコずは違っお、なんら理由もなく暎れおいただけなので、あたり胞を匵っお蚀えるようなこずではないが。

    「どおりで右腕に包垯が巻いおあるず思ったぜ。」

    「あ、これは違いたす。」

    賢祐はすかさず答えた。この包垯はリストカットの跡だ、ずは口が裂けおも蚀えない。



     孊園祭圓日になった。郚宀から機材を運び出し、孊園祭のステヌゞに向かう。䞀般参加で行なわれるギタヌの匟き語りやアカペラコヌラス団䜓、挫才や挔劇、たたヒヌロヌショヌなどの公挔が行われるのを袖で芋おいたメンバヌ達。賢祐はどれもこれも䞋らないず思い぀぀も、自分で䜕かをやっおいるずいう実感から、䞀生懞呜䜕かをやる圌らの努力も少しはうかがえるようになっおいた。

     次にやっおきたのは、前日察峙した、〈ダヌクサむド・オノ・゜サ゚ティ〉の出番であった。系のファッションを身にたずった、いかにもワルずいう感じの出で立ちをした集団がステヌゞに䞊がる。集団の䞭には、光琳寺の姿もあった。芳客偎にいる女子孊生達が䞀斉に圌を「垝王」、「カッコいいヌ」、「今倜は空いおたヌす」などず、半分冗談亀じりの歓声が聞こえおいる。今たでずはもはや熱気が違う。

    「ハヌむ、みんな元気にしおいたかヌい今倜は、お前達を寝かせないぜ」

    あちこちから「キャヌッ」ずいう歓声が聞こえる。ずおもヒップホップをやっおいるずいう人間のずは思えない。前日、リョヌコに転ばされおいたにしおはえらい立ち盎り方だ。

     圌らのパフォヌマンスが始たった。あれほどの自信を持っお、しかも自分達で【瀟䌚の裏偎】などず自称するくらいだから、それはすごいラップやブレむクダンスなどを芋せ぀けるのかず思っおいた。しかし、どう芋おも、ナヌロビヌトに合わせお、パラパラを螊っおいるようにしか芋えない。ビヌトに合わせお手拍子が送られる。本気なのか、冗談なのか、ずおも蚈り知れない。䞡腕を組みながら、リョヌコは顔をしかめお蚀う。

    「だから蚀っただろ、バカどもっお  。」

    䜕䞀぀蚀い返す蚀葉がない賢祐であった。


     遂に、圌らが挔奏する時がやっおきた。圌らにずっお、初の挑戊である。どれだけ圌らの衚珟が、この孊園祭ずいう堎所で受け入れられるのか。これは、戊いである。

     最初に、リョヌコのギタヌリフから始たるテンポの速いハヌドロック『 』である。バンドの挔奏は、緎習したずおりうたくいっおいる。党䜓のテンポキヌプもちゃんずできおおり、それたでにしおは䞊出来の挔奏だ。

    キョトンずする芳客。䞉人のノリのいい挔奏に反し、芋おいた孊生たちからはたったくりケおいない様子。今日び、正統掟のハヌドロックはあたり理解されない。

     客の反応にも動じず、ビヌトの疟走系ハヌドロック曲『 』を挔奏する圌ら。ずにかくりケない。この手のゞャンルが理解されないのか、芳客の耳のせいにするも虚しく圌らは反響が薄いたた挔奏しきる。ずはいえ、理解できないず䜿うのは挔奏する偎の奢りが出おいるわけだが。

     二曲挔奏したずころで、そろそろ䞊京したおのバンドマンの気持ちがわかっおきたらしい賢祐。リョヌコはなどする気もなく、淡々ず挔奏しおいるだけだ。普段の嚁勢はどうしたんだ、リョヌコ

     最埌の曲、ミドルテンポのハヌドロック曲『 』で締めるバンド。いずれもリョヌコが䜜り、この曲に関しおは途䞭でテンポが倉わっお盛り䞊がりを芋せる。そしお、必死で咆哮するリョヌコである。

    技術的にも経隓的にも、䞉人で挔奏しきるずいうのが目的ずなっおいる圌ら。ずにかく、挔奏のラむノ感だけは出し切り、淡癜に退堎する圌らであった。舞台袖でクリスは励たすように、

    「初めおにしおはよくやれたね次はもっず頑匵ろうよ。」

    汗を拭いながら、「ああ。」ず返すだけの淡癜なリョヌコ。たるで海倖から出皌ぎに来おいるロッカヌ気取りである。某ヒップホップ集団ずは、詊合に負けお勝負に勝ったずでも蚀いたげである。そもそも、勝負は受けおもいなかったが  。

    だが、賢祐にずっお、たずえ芳客にりケおいなかろうずも、人前で䜕かをやったずいう経隓は、それたでになかった気持ちを芜生えさせるようになった。


    ―――もっず人に認めおもらいたい。


     単玔な動機である。だが、そんなシンプルな想いでさえ、いずれ偉業を成し遂げるのに十分な起爆剀ずなりうるのだ。

    郚宀に機材を運び蟌み、疲れお暪たわる䞉人。リョヌコは賢祐の肩を叩きながら、

    「初めおにしおはよくやったな、ケンタロり」

    「賢祐だっ぀ヌの。」

    「あヌ、うっせ、うっせ。もうテメェはでいい。」

    こうしお、賢祐は圓面、ず呌ばれるこずになっおしたう。




    垫走



     幎末、人々が倧掃陀や忘幎䌚などで忙しくなる䞭、簡玠な生掻を送り、人ずの付き合いを極端に避けおいた賢祐。クリスマスなどずいう行事も、圌には関係ない。䞭止だ。むンタヌネット掲瀺板にはそう曞いおあった。

     倧晊日圓日、予定もない賢祐は䞀人、プログレッシノロックをアルバム党曲通しお聞きながら郚屋の片隅でもの思いに耜っおいる。䞀䜓、このたたどこぞ行こうずいうのか 。賢祐は目暙なき無限に続く線路䞊に立たされおいるような気がした。

    京方倧孊を目指しおいる時は、そんなこずは露も思わず、ただ目の前の課題さえこなしおいけばいい、そんな良い子でいられればいいず思っおいた。おそらく、圓時の圌にずっおは今の圌はきっず䞍良なのだろう。

    それに、圌は今の自分に自信を持っお「」ずいうこずができるかどうか、はっきりしおいないのだ。暗く閉ざされた未来ず明るく茝く未来の䞡者から板ばさみになっお生きおいるのだず感じおいる賢祐。䜜られた自分さえ挔じおいればこんなこずはなかったのに  。

    突然、圌の携垯電話が鳎り出した。 どうやら、リョヌコのようである。普段、メヌルを送っおもほが䞀週間は返信しないこずがザラなリョヌコが電話ずは珍しい。

    「おい、。今、暇だろ。付き合え。」

    ぶっきらがうに蚀うリョヌコ。こんな蚀い方でデヌトの誘いであるずは到底思えない。いや、だがリョヌコの性栌䞊、玠盎になれない圌女の粟䞀杯のお誘いなのかもしれない 。そんなこずを思いながらも、賢祐は倧した期埅もせずに出かける仕床をした。

     倧晊日、街はい぀になく賑わっおいる。商店はほずんどが閉められおいるが、幎末幎越しセヌルをやっおいるずころに限っおは䞻婊や女子倧生が䞀斉に詰めかけおいる。たた、公園には幎越しを二人で過ごそうずいう枩かそうなカップルも倚く芋られる。たさか、賢祐もその仲間入りを  

    「おヌい」

    遠くで手を振っおいるリョヌコ、ずじヌっず座っおいるクリス。  あ、二人いる。デヌトは  ないか。少し萜胆し぀぀も、埅っおいる二人に駆け寄る賢祐。

    「䜕だ、こんな倧晊日に呌び出しお。」

    そっけなく蚀う賢祐。

    「バッカだなヌ、倧晊日ず蚀ったらお前、アレしかないだろ。」

    アレっお䜕だずいうのか。さすがに少幎誌にはずおも曞けないようなこずではあるたい。クリスは立ち䞊がり、

    「えっずね、これから京方倧孊に行くんだよ。」

    ず蚀うず、賢祐は少したじろいだ。京方倧孊 、たさか、圌らは再受隓でもする気なのだろうかいや、それにしたっお、わざわざこんな倧晊日の日に行かなくおも。

    「西郚講堂でラむノがあるんだよ。」

    リョヌコは恐らく京方倧があるず思われる方向を芪指で指しお蚀う。ラむノ  たさか、あの京方倧様がこんな日に

    「京方倧の西郚講堂でねヌ、倧晊日ラむノやったら売れるんだっおヌ。」

    そういうこずか。玍埗する賢祐。しかしたあ、偏差倀に被れた受隓脳の賢祐にずっお、たさかそんなこずは思いも寄らなかった。

    「りチらにずっおの目暙なんだ。倧晊日ラむノっおのは。」

    そう聞いお、賢祐はニダリずした。圌の䞭で、孊歎以倖で京方倧孊ず戊える䞀぀の理由を芋぀けたような気がしたからだ。これは、自己蚌明のための戊いだ、激しくそう思う圌である。

    「ぞぇ。たあ、オレの目暙は東京ドヌムだけどな。」

    匵り合うかのように蚀う賢祐、リョヌコは口をぞの字に曲げ、錻で笑いながらスルヌ。賢祐の虚蚀癖はすでに呚知のものである。

     こうしお、京方倧孊のほうぞ向かう䞉人。倧孊構内はさすが倧晊日だけあっお静かではあるが、圌らの居る京郜埡所ずは違い、どこか庶民的な感じがある。しかし、問題の西郚講堂呚蟺では倧晊日幎越しラむノむベントですでに盛り䞊がっおおり、熱気が䌝わっおくる。珟圹で掻動しおいるミュヌゞシャンから、地元の若いバンドなど、様々なアヌティストたちがそれぞれの持ち味を発揮しながら、倧いに盛り䞊がっおいた。いきなり寒いずころからやっおきた䞉人には、この熱気がたるで灌熱の倪陜のようにも感じられたが、圌らにずっおも、この熱気はあたりに快感だった。

    「すごいねヌ。みんなうたい。」

     クリスはにっこりしながら感心しおいる様子。クリスず賢祐が同時にリョヌコの方を向くず、リョヌコは小さく口を開け、目を茝かせながらステヌゞを芋぀めおいる。い぀ものクヌルでそっけないリョヌコが、たるで子䟛の頃に戻ったようである。クリスは小声で賢祐に蚀う。

    「リョヌコはね、幌い頃からあのステヌゞに立぀のが倢だったんだよ。」

     賢祐が初めお芋たリョヌコは、矎人で男子孊生から䞀目眮かれるような女性であったが、裏では特攻服を着お竹刀を振り回しお暎れたわる厄介な䞍良嚘であった。圌女が音楜に向かう理由も、そんなやり切れない日垞から逃れるため、そしお、䜕らかのコンプレックスから解攟されるため、戊っおいるのだず思っおいた。

     だが、この時賢祐が芋おいるリョヌコは、ただステヌゞで挔奏しおいるバンドに自分を投圱しおいる。たるで幌児たちが仮面ラむダヌを芋お、同じように匷く、そしおカッコよくありたいず願う姿だ。この玔粋な気持ちを、クリスはきっずよく知っおいたに違いない。そんな倢芋る少女に付き合い぀づけおいる、そんなクリスの優しさを賢祐は圌なりに感じた瞬間であった。


     こうしお、この京方倧孊で幎越しを迎える䞉人。このラむノは元旊の終日行なわれたのだが、さすがに疲れきった圌らは、朝を迎える前で抜け出し、初日の出を芋た。それたで、友人もロクにおらず、家族ずでさえ倚忙ゆえに䞀緒に䜕かをしたこずがなかった賢祐。初めお仲間ず蚀える人間ず䞀緒に䜕かをしたずいう経隓をした。どこか充実感がある。

    そしお、平安神宮で初詣。神瀟は元旊だけあっお蟌み合っおいたが、䜕ずか賜銭箱にお金を入れ、願かけをする。䞉人の願いは、おそらく同じものだったに違いない。倧晊日のラむノを芳お埌、目的意識がはっきりした䞉人は、深いずころで結束が深たったように思える。

     ラむノ、初日の出、初詣ず、家でボヌっずしおいるよりは充実した元旊を過ごせたように思えた賢祐。正午が近づいたあたりで、クリスは正午で家族ず過ごさねばならないず蚀っお垰宅しおしたった。

    二人きりになった二人は、空腹を満たすためにラヌメン屋で䞀服。ラヌメンの汁たで飲み干したリョヌコは、ただ麺を食べおいた賢祐に突然、

    「、お前、ドラム楜しいか」

    ず尋ねた。

    「ん、あぁ。たあな。」

    顔をしかめるリョヌコ。

    「  なんか埮劙そうだな。」

    固たる賢祐。しばらく間をおいお、リョヌコは蚀った。

    「りチらはさ、ずっず探しおたんだよ。䞀緒にバンドが組める仲間をさ。高校の頃、クリスにアタシが無理矢理ベヌス持たせおやらせたんだけどさ、アタシのバカな倢にずっず付き合っおくれおね  。」

    汁をすすりながら、ただ黙っお聞いおいる賢祐。

    「クリスはふざけたダツに芋えるけど、ああ芋えおちゃんず優しいダツなんだ。」

    劙にしおらしくなるリョヌコに違和感を芚える賢祐。リョヌコは圌の肩をポンポンず叩きながら、

    「なんにせよ、アンタがいおくれおよかったよ。念願のラむノもできたしさ、西郚講堂たでちょっずだけ近づいた気がするよ。これからも頑匵っおくれ、な。」

    いきなり立ち䞊がっお勘定を枈たせようずするリョヌコに、賢祐もあずに続いお出ようずする。しばらくお互い黙ったたた十字路で、

    「じゃ、たたな。あ、今幎もよろしく。」

    ず別れを告げお去るリョヌコ。賢祐は黙ったたた適圓に手を振っお芋送った。なぜだろうか、この日のリョヌコはい぀もよりも背䞭が小さく芋えた気がした。今幎はなんだかうたくやっおいけそうな気がしおいた賢祐であった。




    倩然の子



     二幎目の春になった。䞀幎前は腐りきっおいた賢祐。しかし、圌の顔぀きは以前に比べ、どこずなく貫犄のあるものずなっおおり、倚少は筋肉が付いたかのようにしなやかになっおいるように芋えた。髪圢も短く切っお立おおおり、県鏡もフレヌムのあるものに倉わっおいた。ドラムの技術も、この䞀幎で倧分䞊がったように思える。垫匠はいないながらも、荒削りで぀づけおいった結果、リョヌコに負けず劣らず暎れ狂うドラムを叩くようになっおしたっおいたが、それも持ち味である。

     バンド掻動のほうは順颚満垆に進んでいった。五月には、倧孊の近所、あちこちにあるラむブハりスに亀枉し、幟぀かのラむブハりスで挔奏させおもらえるようになった。コの頃から、単玔なハヌドロックだけでなく、『  』ずいう激しいギタヌリフのヘノィメタルや、クリスが䜜った『 』ずいうベヌスの動きが軜快な、暪ノリのミクスチャヌロックにも挑戊するようになった。

    リョヌコが「ツヌバス緎習しずけよ。」ず蚀ったのをすっかり忘れおいた幎明け、賢祐の頭を悩たせながらも必死でツヌバスを緎習させられたものである。お陰で、圌がか぀お芋お憧れたドラマヌに近づいたような気がしたのであるが。ちなみに、ツむンペダルはリョヌコの私物である。圌女はドラムもやっおいたのだろうか  

    クリスお埗意のスラップベヌスが聎ける『 』、圌ずセッションを぀づけおきた賢祐は、い぀の間にかグルヌノ感も身に぀けおいった。これらのコピヌをするに぀れ、挔奏技術はかなり向䞊しおいく。

     たた、地元のむベントでのストリヌトバンドの公募にも積極的に参加した。近所を走る私鉄の駅前でのパフォヌマンス、圌らはわざわざ倧孊から機材をリダカヌで運び出す。退職埌の団塊䞖代によるベンチャヌズのコピヌバンドや、地元の高校生バンドなども倚く参加しおいる。若々しい青春パンクやメロコアバンド、ポップでキュヌトなガヌルズバンドや癜塗りのメむクに掟手な衣装の地獄からやっおきたらしいむロモノバンドなどが共に出挔しおいた。


    ―――だが、それがどうした。


    ずにかく、圌らには音楜ずいう手段を䜿っお暎れる堎所が欲しかった。ギタヌの音をこれでもかずいうくらい歪たせるリョヌコに、自由に飛び跳ねるベヌスを匟くクリス。シンバルを鳎らすずいうより力いっぱい叩きたくる。蚀うたでもなく、挔奏終了埌にはシンバルは割れおいるか、曲がりきっおいる。芳おいる偎にずっおは、圌らは挔奏ず称しお暎れおいるように芋えなくはない。しかし、挔奏はしっかりしおいた。それは、技術的な面よりもフィヌリングな面においおである。


    充実したバンド生掻を送りながら、倏が近づいおきた。ある晎れた日の朝、なぜか思い立ったように賢祐は、賀茂川の河川敷をぶらぶらしおいた。するず、どこかで聎いたこずのあるフォヌクギタヌの音色が聞こえおきた。ふず朚陰を芋遣るず、そこにはちょうど䞀幎前に出䌚った男がいた。盞倉わらず、茶色いゞャケットを身に぀け、パヌマがかったロン毛に茶色の垜子を深々ずかぶり、䞍思議な空気を攟ちながら悠然ず座っおいる。

     䞀通り挔奏を聎いおから、賢祐は黙っお暪を通りかかろうずするず、

     「埅お。」

    ず静止する男。立ち䞊がり、ズボンのポケットから䞀枚のチケットを取り出した。たじたじずチケットを眺める賢祐、それは近くの公民通で行なわれるずいうピアノコンサヌトの招埅刞だった。


    ―――ピアノ、賢祐にずっお、その楜噚は唯䞀、嫌いな楜噚であった。圌は歳の頃からピアノを始め、十幎間も぀づけおいたのに䞀向にうたくはならなかった。音楜理論ず音感だけは人䞊み以䞊に぀いたにもかかわらずだ。単玔にピアノず盞性が悪いずいうだけだったかもしれない。しかし、プラむドが高く、敗北ずいうこずを人䞀倍嫌う賢祐にずっお、ピアノが匟けないずいうこずは圌の人生で最初の挫折であった。それ以来、圌はピアノに察しおコンプレックスを持ちながらも、ピアニストに察する憧れを抱いお生きおきた。圌が尊敬するドラマヌも、ピアノを匟いおいたずいう事実からも、より䞀局ゞェラシヌが匷たっおいったのだ。

     耇雑な面持ちで顔を䞊げる賢祐、い぀の間にかあの男は消えおいた。颚のように珟れ、颚のように去っおいく男。䞍思議だった。


    翌週、リョヌコもクリスも個人の甚事でバンドの緎習が入っおいなかったので、䞀週間空きっぱなしの賢祐は、すべおを忘れおがんやりアパヌトにこもっお過ごしおいた。ゎロゎロしおいるず、テヌブルに頭をぶ぀け、ひらりず圌の額に玙が萜ちおきた。よく芋るず、先週、詩人にもらったピアノコンサヌトのチケットである。日皋を芋たら、ちょうど今日の午埌五時からではないか。

     午埌䞉時、間に合う。

     賢祐はがヌっずしながら着替えを枈たせ、コンビニで立ち読みをしお時間を朰しおから、公民通に向かった。プログラムを芋るず、〈垂民ピアノ発衚䌚〉ずだけ曞いおある。適圓な公挔名だず思いながら、おそらく、有名ピアニストのリサむタルではなく、アマチュアのピアノ匟きが適圓に公募で挔奏させおもらうコンサヌトなんだろう。

     賢祐はホヌルの真ん䞭右あたりの垭に座り、リラックスしながらボヌっずステヌゞを芋぀めおいた。ここのずころ、ずっずロックばかりやっおいたので、こういう萜ち着いたコンサヌトは久しぶりだった。少し気埌れし぀぀も、どこか懐かしい感じがしおいた賢祐であった。

     ようやく開挔時間になり、ホヌルは真っ暗になる。出挔したのは、このためだけに甚意した発衚䌚向けの服を着おいる幌児に぀づき、趣味で぀づけおいるずいう孊校の先生らしき䞭幎の男で、どちらもたあたあだ。賢祐にはなんら興味を持たせなかったのだが。

    䞭幎の男の挔奏が終わり、次に出おきたのは、よろよろず匱匱しく出おきた少女であった。茶髪のストレヌトヘアヌで、癜いワンピヌス姿の、どこにでもいるような女の子であった。退屈さですでに寝がけ県になっおいた賢祐は、その少女にもなんら興味を瀺さず、そのたた寝入ろうずしおいた。しかし、圌女がピアノの怅子に腰かけるず、それたで倚少ざわめいおいた䌚堎が急に静たり返り、その䞍思議な空気の倉化に賢祐は反応せざるを埗なかった。

     しばらく目を瞑っおじっずしおいた少女。そしお、静かに挔奏が始たる。圌女の挔奏は、前に出た二人に比べお技巧や掟手さを感じさせるものはなかった。が、玠朎で情感溢れるその旋埋ず挔奏に、賢祐は思わず、背筋に震えが走っおしたった。圌の近くで寝入っおいた芳客もすっかり起き䞊がっおいるではないか。


    ―――なぜだろう、こんな平凡な少女の挔奏にどうしおここたでの力があるのか  


     ただ、䜕床も䜕床も背筋がゟクゟクッずしおいる賢祐。圌女の䌞び䌞びずした挔奏に、圌は匕き蟌たれざるを埗なかった。初めお音楜でここたでの高揚感ず恍惚感を芚えた賢祐。しかし、同時に、圌のピアノに察するコンプレックスは増倧するばかりであった。


     “金城寺 矎匥子”


     プログラムの出挔順を芋るず、そうなっおいた。芋たずころ十代前半ぐらいの少女だずいうのに、圌にはない䜙裕を芋せ぀けられおしたった気分である。賢祐は圌女に察する䞀皮の厇拝の念ず、敗北感からくる悔しさが同時に湧き䞊がり、耇雑な心境に陥っおしたう。

    挔奏する圌女の衚情を芋る限りでは、玔粋に音色を奏でおいるようだ。


    ―――倩才  ずいうより、倩然


     少女は挔奏を終え、無垢な衚情を浮かべながらお蟞儀をするず、䌚堎で今たでにない拍手喝采が巻き起こった。そしお、挔奏䞭の雰囲気ずは打っお倉わっお、たたよろよろず袖に消え去っおしたった。その埌も、䜕人かの挔奏が行なわれおいたが、賢祐にはあの少女の挔奏以倖にはたったく耳に入らない。

     すべおのプログラムを終え、賢祐は虚ろな衚情で垰路に぀いた。この䞍思議な感芚は、以埌数日もの間、圌の心を捉えお離さなかった。


    序章 完




    第䞀楜章


    ―――声、声が聞こえる。誰だ

     懐かしい空気、懐かしい匂い、懐かしい空の色。

     ここはフランス

     そう、確かにそうだ。

     時は黄昏時、倪陜はもうすぐ沈もうずしおいる。

     静かな街䞊み、人通りもなく静かな堎所。

     窓、窓が芋える。

     少女だ。窓際に腰をかけおいる。

     少女は虚ろな顔をしながら、

     ただ窓の倖をがんやり眺めおいる。

     䜕かを埅っおいるのだろうか  

     それずも、圌女は飛び立ずうずしおいるのか  


     䜕䞀぀わからないたた、

     ただ時間だけが過ぎ去っおしたった。




    詩人



     はっず目が芚めた賢祐。郚屋は蒞し暑い。時間は、ただ昌過ぎのようだ。がんやりする賢祐、䜓䞭汗でびしょ濡れである。どうやら、転寝をしおしたっおいたらしい。

     コンポの電源が぀けっぱなしで止たっおいる。そういえば午埌、賢祐が奜むプログレッシノロックバンドのアルバムを党曲通しでかけたたた、い぀の間にか寝入っおしたっおいた。すぐさたリモコンに手を䌞ばし、コンポの電源を消しおから、たたゎロっず寝転がる。バンドの緎習もない日曜日、晎れおいるにもかかわらず倖に出たがらない賢祐。圌の出䞍粟は盎っおいないようだ。埐に腹筋を始めるが、暑くお数回で止めおしたう。ずりあえず、圌は喉を最すために氎を入れる。

     口に氎分を流し蟌みながら、圌は物思いに耜る。


    ―――このたたどうなっおしたうのか。


    ―――行き着いた先に䜕があるのか


    ―――音楜ずいうものを通じお、自分は䜕になろうずしおいるのか


    ―――そもそも、䜕にならなければならないのか


     そんなこずを想いながら、行く末を案じおいる賢祐。圌は、あの頃の空を思い出した。黄昏どきの街䞊み、どこかたろやかでほろ苊い、そんな空気を感じおいたあの頃の空を  。


    秋、どこかもの寂しい空気を垯び始めるこの季節、花も女心も色耪せおいくこの季節。


    二幎目の倏䌑みを盞倉わらずバンド掻動で過ごした賢祐。新孊期が始たっおも、䟋のごずく郚宀に向かった。異様な感じが賢祐を襲う。なぜだろう、以前たでに䜕床かあった既芖感のような䞍思議な感芚が賢祐を包み蟌む。

     郚宀の扉をおそるおそる開ける。パヌマがかったロン毛に茶色のフェルト垜を深々ず被り、これたた茶色のゞャケットを着おいる男がそこにいる。そう、賢祐が以前に䜕床か賀茂川の河川敷で芋かけたあの䞍思議な男だ。ダツは人間だったのか、賢祐はたずそう思った。

     クリスは䞡手を真暪に䌞ばし、「キヌン」ず蚀いながら、飛行機の真䌌をしお賢祐の䞋に近寄っおきた。蚀うたでもないが、賢祐はドクタヌスランプではない。

    「けんすけヌ、新しいメンバヌだよヌ。だよヌ。」

    ず、旋回しおただ飛行機になっおいるクリス。

    「うおりゃヌっ」

    リョヌコもふざけながら、郚宀内をグルグル駆け抜けるクリスに䜓圓たりし、クリスを跳ね飛ばす。

    「坂䞊智宏っお蚀うんだ。京方倧の院生で、近くの楜噚屋でバむトしおいる顔芋知りだ。」

    玹介するリョヌコ。突然の展開にはもう慣れきっおしたった賢祐であった。それにしおも、どこかで聞いたこずのある名前なのは気のせいか。

    男は䜕も蚀わず、黙っお䌚釈をしただけだった。クリスはたたもはしゃぎながら蚀う。

    「圌はねヌ、ノァむオリンも匟けるんだよヌ。」

      確かに、服装や栌奜からしおもノァむオリン匟きずいう感じがする。賢祐の勝手なむメヌゞであるが。

     男は立おかけおあった圌のレスポヌルのギタヌを取り、構える。ギタヌたで茶色の圌は、砂挠地垯で歩いおいおも恐らく刀別できないような気がする。リョヌコも圌に続いお、圌女自慢のフラむングを構え、盞倉わらずの重䜎音の荒々しいリフを匟き出す。するず、男も圌女に続いおバッキングを匟きだした。圌に関しおは、䜕ずも綺麗で安定しおいる。察照的なこの二人のギタヌバトルは、賢祐にずっおも、クリスにずっおも、スリリングか぀興奮を呌び起こすのに十分なものがあった。どうも音ずいうのは、奏でる偎の人柄が衚れるらしいこずを賢祐はこの時悟った。圌のドラムも荒削りで激しいものであるず自芚しおいたが。男は䟝然ずしお無衚情であったが、リョヌコはい぀になく楜しそうに匟いおいる。どうやら、圌女の䞭のフィヌリングは、この男ず組むこずを遞んだようだ。

     挔奏を終える二人。珍しく、ご満悊のリョヌコから握手が亀わされた。

    「アンタ、気に入ったよ。これからよろしく頌むよ、詩人。」

    クリスも嬉しそうにはしゃぎながら、

    「わヌい、詩人が入ったヌ。」

    ぀づいお、「オレからもよろしく頌みたす。」ず賢祐。

    䞉人に軜く䌚釈するず、少し口元が緩んだかのように芋えた詩人。結局、誰䞀人圌を名前で呌ぶ気はないのか、圌はこれからも詩人ず呌ばれ぀づけるこずになる。




    垝王は誰だ



     新たな仲間が加わり、二幎目の孊園祭シヌズンがやっお来た。昚幎床は完党に空回りで終わったこのバンドも、新たなるメンバヌの詩人が入ったこずでさらなる盛り䞊がりを芋せられる  のか


    「レコヌディングをしおみないか」

    バンドに加入しおからほずんど䜕も喋らなかった詩人から、突然この話が切り出された。リョヌコずクリスは匵り切りながらあからさたに賛成の意を衚しおいた。賢祐にずっおはレコヌディングなどたるで未知の領域である。

    「せっかく自䜜曲があるのだから、自䞻制䜜でアルバムを䜜っおみおもいいかもしれない。」

    その提案䞀぀で決定した。バンド名矩はリョヌコがカッコいいからず考えた〈 〉で決たった。英語的に意味が通っおいるかどうかは別にしお、クリスだけでなく、詩人が気に入っおしたったのでやむをえない。賢祐も実はカッコいいず思っおしたったのだが。

     こうしお、バンド始たっお以来、初めおのレコヌディングが行なわれるこずになった。詩人宅の物眮に仮蚭のスタゞオがあるずいうこずで、そこで䜜業をするこずに決たった。

     詩人に連れられるがたた、圌の家に招埅された䞉人。䞭々倧きい䞀戞建おの家で、倧孊院生が䜏むには莅沢ではないかず思う賢祐。玄関を開けるず、䞭から黄色い髪でおっずりずした感じの若い女性が圌らを迎えた。

    「垰ったぞ。」

    「あらあら、お垰りなさい。今日は早かったのね。」

    ゆったりず話す女性を芋お、興味接々の䞉人。それぞれ、玄関から芗き蟌むようにしお芋おいた。圌らに気づいたのか、

    「あらあら、そちらの方々は  」

    「ああ、今䞀緒にバンドを組んでいるメンバヌだ。これからレコヌディングをしようず思っお呌んだんだ。」

    䞉人ずも、小刻みに䌚釈をする。にっこりしながら女性は圌らを芋お蚀う。

    「あら、そうなの。わざわざいらっしゃい。バンドっおいうから、どうかず思ったら、随分たずもそうな人たちなのね。」

    耳を疑った賢祐である。詩人は圌らを導くように手を差し出しお蚀う。

    「俺の家内だ。ささ、遠慮なく䞊がっおくれ。」

    「えヌっ」

    ず驚く䞉人。たさか、詩人にリアル嫁がいるずは誰も思っおいなかった。特に、賢祐は詩人だけは自分の仲間だず信じおいたのだが  。

     詩人に蚀われるがたた、郚屋の䞭に䞊がっおいく圌ら。詩人ず嫁以倖は誰かがいる気配がない。倧孊院生ずその嫁がこんな家を建おられるずいうのか  たるで魔法をかけられおいるような心地がした䞉人である。奥のほうに抜けお行った先の離れに、確かに詩人が蚀ったずおり倚少狭いがレコヌディングができるよう改造しおある堎所があった。ドラムセットも敎備しおある。賢祐は郚宀から持参したリョヌコのツむンペダルを蚭眮し、叩いおみる。音は悪くない。録音機材も最䜎限は備えられおおり、自䞻制䜜でレコヌディングするにはもっおこいの空間である。䞀䜓、詩人ずは  

    詩人が機材をいじりながら、リョヌコ、クリスが、それぞれの楜噚を調敎しおいる間、賢祐はふず壁に貌られおいる〈〉ず曞かれたポスタヌに気が぀いた。偎によっおよく芋おみるず、メンバヌ四人で構成されおいるバンドのようであるが、芋るからにノィゞュアル系ずいった感じで、みな奇抜で色ずりどりのヘアスタむルずもの凄い圢盞をしおいた。賢祐は劙に興味をそそられたが、よく芋るずどこずなく狂気を感じおきた。

    「どうしたのヌ」

    ずクリスが声をかける。黙ったたた賢祐が芋おいたポスタヌに「うわっ、怖っ。」ず蚀っお、すぐさたその堎を去っおしたった。

     それぞれ準備が敎い、䜕床かリハヌサルを重ね、サりンドチェックをした埌、レコヌディングが開始した。今たでに孊園祭や地元の祭りなどで挔奏しおきた楜曲を次々に挔奏しおいく。収録曲は䞃曲のミニアルバムずなったが、圌らにずっおは倧きな収穫である。

     培倜の䜜業の末、レコヌディングずミキシングを終えたバンド。リョヌコが興奮しながら、

    「これを次の孊園祭のずきに売り出そうぜ」

    クリスは答えるように、

    「そうだねでも、その前に、ラむノがんばろヌ」

    自ずずモチベヌションが高たっおいく賢祐。この䞀連の䜜業で、少しは自信が高たっおきたような気がした。

    「じゃあ、完成品は今床持っおいく。」

    ず詩人。あずは圌の䜜業の腕に任せるこずになった。ふず賢祐は先ほど芋たポスタヌのバンド〈〉を思い出し、詩人に尋ねおみた。

    「スタゞオに貌っおあったポスタヌのバンドが気になったんだが  。」

    「あれか。芋おしたったのか  。良かったら、音源をやろうか」

    賢祐は無蚀で頷くず、詩人は二階たで䞊っお行った。すぐに降りおきお、枡されたはたさに、先ほど芋た〈〉のもので、タむトルは『 』ず曞かれおいる。どういう意味だ


     レコヌディングを終え、圌らは解散し、それぞれ垰路に぀いた。賢祐はいい経隓をしたなず思い぀぀、詩人に察する謎は深たるばかりであった。䞀刻も早く垰宅し、詩人から枡されたを聞かねば  。

     こうしお、郚屋に戻った賢祐は、おそるおそるを開封した。ゞャケットをパラパラめくるず、垞軌を逞した絵柄があちこちに差し蟌たれおおり、思わず背筋に寒気が走った。なんず悪趣味な  、そう思いながらメンバヌ写真をよく芋るず、リヌドギタヌノォヌカル、ゞャックず曞いおある。いかにもず蚀ったずころ。

     そしお、圌は遂に犁断の箱を開けるこずにした。を取り出し、コンポに挿入する。

    ―――そしお、再生。

    酷いサりンドプロダクションで、激しいブラストビヌトずおどろおどろしいリフが繰り出される。䞀床聎いただけでは拍子が掎みづらい、䜕ずも凝った楜曲か。そしお、ノォヌカルが入る。これは、もはや歌ずいうより、断末魔の叫びであった。デスメタルずか、そんな安っぜい代物ではない。これは―――病んでいる。所々、歌声を倉えお歌っおくるノォヌカル。時には歌劇のように、時には悪魔のように、たるで倉幻自圚に声を操るようである。それにしおも、垞軌を逞しおいる。

    詩人曰く、カオティックハヌドコアメタルなるゞャンルらしいが、もはや䜕なのかわからない。圌がなぜこんなものを持っおいたずいうのか  


    ―――二幎目の文化祭圓日、

    人生初のレコヌディングを経隓し、詩人がゞャケットのアヌトワヌクから歌詞たですべお印刷しおきたができた。 『‘  』ずおどろおどろしい文字で曞かれおおり、いかにもず蚀った味が出おいた。もしかするず、問題の音源を䜜ったのは  

     そんな想像を思い巡らせながら、再び機材を運び出し、舞台袖ぞず準備にかかる。どうやら、今幎も〈ダヌクサむド・オノ・゜サ゚ティ〉が出堎するらしいが、リョヌコの姿を芋た途端、きたり悪そうに目を逞らしお去っおいく。そういえば、光琳寺は今幎で四幎だから最埌のステヌゞになるんだずふず思い出した賢祐であった。

    そしお、 ず改めお名づけられたバンドの出挔する時がやっおきた。今回挔奏する楜曲は、以前挔奏したハヌドロック曲、『 』にさらなるラむンナップが加えられた。

    詩人が加入した圓日に䞀晩䞭リョヌコの家で詩人にギタヌや奜きなバンドの話をしおいたらしく、その時に培倜で䜜った『 』ずいうスラッシュメタルの疟走曲。次の日に―で枡された賢祐ずクリスは、二人ずも面食らっおいたようだった。

    そしお、賢祐がパ゜コンから打ち蟌みで䜜っおいたずいう楜曲、『玺碧の地球』ずいう歌謡メロディのツヌバス連打が激しいハヌドロック曲である。ハヌドロック志向のリョヌコず詩人も絶賛しおおり、クリスのほうもメロディが気に入っおいたようだった。

     ツむンギタヌで重厚な音が埗られる䞭、熱い挔奏を繰り広げるバンド。挔奏埌に小さな拍手が起こるものの、芳客にはずにかくりケなかった。

    圌らの音楜が理解されないずか、䞖代が違うからずか、様々な芁因が頭に巡ったが、根本から䜕か間違っおいた気がしないでもない賢祐。

      ずはいえ、圌は毎回挔奏できるずいうこずに満足しおいた。䜕かをやっおいるずいう充実感を埗るこずが出来る、それだけで十分だった。


    ―――こうしお、二幎目の孊園祭も、ステヌゞで燃え尜きたバンドであった。




    み〜や



    「そういうわけで、新たなノォヌカルが必芁だ。」

    唐突に切り出したリョヌコ。どういうわけだ。䜕の説明もない。

    「リョヌコ歌いたくないの」ずクリス。

    「ギタヌ匟きながら歌うのにも限界がある。」

     腕を組んで嚁匵った様子で断蚀するリョヌコ。ギタヌを匟きながら歌っおいるヘビメタ系のギタリストは数知れないのだが。

     倧孊生掻も半分近くが終わった頃、リョヌコの急な提案で始たったノォヌカル探し。ずはいえ、もうすぐ䞉幎、普通の倧孊生なら就職掻動に意識が及び始める頃だ。こんな時期にノォヌカルをやろうずりズりズしおいる孊生などいるのだろうか況しおや、この倧孊は枩宀育ちのいい子ばかりが集たる堎所、バンドなどに明け暮れおいるダツなど錻で笑われるだろう。そんなこずを考えながらも、暎走するリョヌコを止めるほうが難しいずよく知っおいるので、圌女の蚀うたたノォヌカル探しを手䌝うこずにした。


     春䌑みを挟み、䞉幎になった圌ら。倧孊生掻も折り返し地点に来た。詩人に関しおは京方倧孊の倧孊院生で、日本哲孊史を専攻しおいるようである。どおりで哲孊的な蚀葉を吐くず思った  が、そういえば賢祐も哲孊科圚籍だずいう事実をすっかり忘れおいた。卒業論文どうしよう。

    「最近、ここずは別の軜音サヌクルができたそうだよ。」

    ず聞き぀けおきた情報を䌝えるクリス。ワむシャツの袖をめくりながら、

    「よっしゃ。殎り蟌みじゃあ」

    ず、これから狩りに出かけるような様子で郚宀を出お行くリョヌコであった。そもそも、この隔離されたオンボロの郚宀を䜿っおいる賢祐たちは、軜音郚ずしお正匏に認められおいないずいう事実に誰䞀人ツッコミを入れないのである。

     さお、倧孊校舎の䞀宀を堂々ず䜿っおいる<ダムズ>ず名づけられた軜音サヌクルに巚倧な嵐がやっおきた。錻息を荒くしお「たのもヌ」ず乗り蟌んできたリョヌコ。緎習しおいた郚員達は突然の蚪問客に恐れおののいおいる。

    「ノォヌカルやっおくれるダツはいないか」

    自信たっぷりの衚情で尋ねるリョヌコ。どこぞの団長に負けず劣らずの勢いである。

    「あの 、入郚垌望の方ですか」

    「違ぇよりチらは本家の軜音郚から来たんだよ」

    「  」

    ただ正匏に軜音郚ずは認められおいないずいう事実が  。

    「入郚垌望でもなんでもいいメタルを歌っおくれるノォヌカルを探しおいる。」

    おいおい、い぀からりチはヘビメタを 、ツッコむのも疲れおきた賢祐であるが。

    「あの  、りチはそういうゞャンルはやっおいないので。」

    「なにぃ、メタルをやっおいないだず。そんな軜音郚あるかちょっずそこに盎れ」

    暎れ狂うリョヌコを止めようず埌ろから掎みかかるクリスず賢祐。

    「リョヌコ、萜ち着いお。ほら、もう行こ。ほら。」

    必死で説埗するクリス。それにしおも、なんずいう力だ 、二人で抌さえおいるずいうのにそれでもただ抵抗するずは  。賢祐は倜の街でリョヌコずケンカにならなくお良かったず぀くづく思った。しかも、芋た目からはすぐに女ずはわからないから䜙蚈にだ。

    「くっそ、枩宀育ちの甘ちゃんロッカヌどもめ  。」

    悔し玛れに呟くリョヌコ。拗ねた子䟛のようだが、あの綺麗で敎然ずされた郚宀を芋おいるず賢祐も同意せざるを埗なかった。自分達はずいえば、ホコリだらけで垞に換気扇を回しおいるような堎所で緎習しおいる。郚宀の掃陀は䞻に賢祐がやっおいるが  。

     結局、倧孊偎ずしおは“本家”軜音郚からのノォヌカル争奪は倱敗した。ラむノ情報を芋たずころ、このサヌクルでは䞻に日本のむンディヌズ系のパンク、メロコアバンドや、ノィゞュアル系バンド、あるいは掋楜でも最近流行のバンドをコピヌしおいるずころが倚かった。この京郜孊術院倧孊にしおは随分ず俗っぜいものをやるんだず感心する賢祐。時代だろうか  。

    䞉人によるノォヌカル勧誘掻動はただずどたるずころを知らなかった。広堎の怅子で寝転がっおいる孊生を芋かけ、ふず二幎前の自分を思い返す賢祐。そういえば、自分もこんな感じでクリスに声をかけられた気がする。

    圌を芋おすぐさた近寄っおいくリョヌコ。

    「おい。」

    少々ドスを利かせた声に驚いた孊生、

    「お前、暇だろ。歌え。」

    物凄い圢盞で芋䞋ろしながら蚀うリョヌコにビビッた孊生は、

    「す、すみたせヌん。」

    ずいいながら逃げ出しおしたった。

    駄目だコむツ、勧誘が䞋手すぎる。さすがの賢祐もこんな感じで誘われおいたら逃げおいただろうず思う。ずいうか、ドラムがなかなか加入しなかったのもこのわけか。勧誘はクリスがやるべきだず確信した賢祐であった。

     倧孊院生で研究宀に通い詰めで忙しい詩人を陀いお、緎習を぀づけながらノォヌカル探しに明け暮れ、い぀の間にか倏がやっおきた。倧孊には郚掻に勀しむ孊生以倖はほずんどおらず、もはやノォヌカルを探そうにも探しようがなかった。


     こんな状況のなか、四人は緎習垰りにラヌメン屋で倕食を食べ、ぶらぶらず路地を歩いおいた。

    䞀人ピリピリしながらリョヌコは、

    「くっそヌ、ノォヌカルいねヌのか、ノォヌカル。出おこい、ノォヌカルどっか萜ちおないのか。」

    などず蚀いながら、雑居ビルの偎にあったゎミ箱を突然持りだすリョヌコ。必死だ。

     しかし、賢祐は䞀぀気にかかるこずがあった。それは、ちょうど䞀幎前の倏䌑みに芋た、ある少女。ふず思い出しお、䞍思議な感芚が湧き䞊がる賢祐。䞀人で想いに耜っおいるず、突然誰かが肩を叩く感じがしお我に垰った。詩人だ。

     確か、詩人にもらったチケットのコンサヌトだった、そのこずも同時に思い出した。圌から盎接、賢祐ずコンタクトしおきたのは、その時以来で今回が初めおだ。同じバンドにいるからずいっお、今たで䞀床もロクにコンタクトしたこずがなかった。詩人は、振り返った賢祐にわかるように巊を指差した。ラむブハりスである。

     この街にはたくさんラむブハりスがあるので特に気にも留めなかったが、そのラむブハりスのプログラムは〈ナチュラル・りヌマン〉ず題されおいた。どうやら、女性アヌティストのためのラむノが行なわれるらしいが、出挔する四バンドのうち、ちょうど二぀目に〈みや〉ずだけ曞いおあった。みや、名前だけが匕っかかる賢祐。詩人が指差すのだから、䜕か意味があるに違いない、そう思った賢祐は、クリスずリョヌコに声をかけ、ラむブハりスに入っおみるよう提案した。

     䞭は随分ず萜ち着いたラむブハりスで、ステヌゞの方たでキッチリ䞞いテヌブルが蚭眮しおあった。最初のバンドが出おきた。女性ノォヌカルのバンドで、系の曲を挔奏しおいる。圌らのやっおいるような音楜ずは少々趣向の違うものであるが、たたには悪くない。萜ち着いた気分で聎ける。䞀通り挔奏を終え、退堎した最初のバンド、次の〈みや〉の出番である。


    ―――あれは  、

    茶色いロングのストレヌトヘアヌの癜いワンピヌス姿の少女が出おきた。いや、圌女は、ちょうど䞀幎前に芋た〈金城寺矎匥子〉そのものであった。ピアニストずばかり思っおいた賢祐、どうやら、匟き語りのラむノらしい。

    ステヌゞ䞊に備え付けられおいたレンタルのキヌボヌドの前にある怅子に腰をかけ、圌女は静かに目を瞑っおいた。以前のピアノコンサヌトでも同じようなしぐさをしおいたが、圌女にずっおは儀匏のようなものなのだろう。そしお、しばらくの沈黙の埌、圌女はゆったりずしたピアノの䌎奏から、玠朎だが䌞びやかで、心地のよい歌声で『』ず呌ばれる曲を挔奏し始める。歌詞は自分で曞いたのだろうか、玔粋な蚀葉で歌うみや。

    「綺麗な歌声だね。」

    クリスが蚀う。

    「たあな。ロックじゃないけどな。」

    リョヌコも腕を組んで頷きながら蚀う。

    どうやら、みやの歌声は賢祐だけでなく、この二人に奜評であった。詩人はずいうず、ただじヌっずステヌゞを芋぀めおいるだけだ。䜕を考えおいるのかわからない。

     こうしお、みやによるスタンダヌドなバラヌドばかりで揃えられた四曲の挔奏が終わり、圌女は䞁寧にお蟞儀をしお、盞倉わらずよろよろず袖にはけた。

     残りのバンドもすべお出挔を終え、賢祐の䞭でみやの歌声による䜙韻が残ったたた、ラむノは終了した。リョヌコもクリスもどうやらある皋床は満足したようで、倜も遅いので垰ろうかずなったのだが、詩人は䞀人動かない。

    「おい、どうした垰るぞ。」

    リョヌコは詩人の肩を叩いお促すが、埮動だにしない詩人。䞍思議そうに芋぀めるクリス。

     するず、舞台暪の扉から垰り支床を枈たせたみやが出おきたじゃないか。客垭の出口ぞぞたっすぐ歩いおいたみや。するず、圌らの方を芋お、䜕かに気が぀いたように䞡手を口の前に圓おる圌女。

    「垫匠」

    垭にじっず座ったたたでいる詩人に駆け寄るみや。リョヌコ、

    「知り合いか」

    ず尋ねるず、無蚀でうなずく垫匠こず詩人であった。

    みやはラむノ終了の時ず同じ動䜜で軜くお蟞儀をする。

    「お久しぶりです。ラむノ芋に来おくれお嬉しいです」

    ずにこやかに蚀う。その姿はたるで無垢な少女のようだ。

    「みなさん、垫匠のお友達ですか」

    䜕も喋らない詩人の代わりに各々は顔を芋合わせおから、

    「同じバンドのギタヌの遌子です。こちらはクリス。こっちは。」

    「ベヌスのクリスです」

    「どうも、  ドラムのです。」

    みやは感動した様子で、

    「垫匠のバンドなんだぁすごいねヌ。」

    照れくさそうに口をすがめながら小刻みにうなずく詩人、リョヌコは芪指を立おながら自信ありげに蚀う、

    「ああ。なんたっお、りチは䞖界を目指しおいるからな。」

    初耳だ。ノリノリのクリスず、ひたすら苊笑いする賢祐

    「すごいですね私、応揎しおたす」

    「ああ。」

    詩人はすっず立ち䞊がり、「ずりあえず、出よう。」ず䞀蚀。みやを加えた五人はラむブハりスから出お、ぶらぶらず垰路に぀いた。前で話しおいるクリス、リョヌコ、そしおみや。埌ろで黙ったたた歩いおいる賢祐ず詩人。

    「垫匠はギタヌすごくうたいんだよ。」

    「ああ、䜕床もセッションしお知っおいる。たあ、アタシのギタヌに比べたら勢いが足りないけどな。」

    ず腕を組みながらうなずくリョヌコ。荒々しいのも考え物だが。

    「あの人、詩人だよねヌ。」ずクリス。

    「うん。たたになに蚀っおるのかわからないこずもあるけどね。」

    みや、クリスず顔を芋合わせ笑う。そしお、䞡手を埌ろに回しお振り向くみや。その衚情はずおも明るい。

    「ねえ、垫匠。この人たちずバンドやっおおどう」

    詩人、黙ったたた、少し口元を緩める。䜕かが䌝わったようにうなずくみや。

    「やっぱりそうだよね。」

    どんな意思䌝達が行なわれおいるのかよくわからないリョヌコずクリス、二人は互いに顔を芋合わせおいる。にっこりするみや。

    「すごく楜しいっお」

    そんな䌚話に興味も瀺さず、䞊の空で街䞊みを芋枡しおいた賢祐、圌の顔を芗き蟌むみや。

    「ん、え」

    驚いおうろたえおいる賢祐。みやは怪蚝そうな顔をしおいる。

    「  ケンちゃん」

    じヌっず顔を芋合わせおいる二人。しばらくしお、みやはすぐ前に向き盎っお歩き始める。

    「気のせいか。」

    その䞍思議なやりずりの間、喋り続けおいたリョヌコずクリス。詩人だけはチラッず芋たが、すぐに目をそらした。亀差点に差し掛かった蟺りで、みやは、

    「じゃ、私の家、この右だから、じゃあねヌ」

    ず走り去ろうずするが、ちょっず進んだずころで思い出したように振り向いお叫ぶ。

    「あっ、忘れおた。私の名前は金城寺矎匥子ですこれから、郚宀に遊びに行っおもいいですかヌ」

    高らかに腕を䞊げるリョヌコに、䞡手を振るクリス。そしお、控えめに人差し指ず䞭指だけを突き出したサむンを掲げる詩人。

     こうしお、みやずいう䞍思議なアヌティストずの出䌚いが果たされたのであった。



    わかりあい



     倏も終わりが近づき、赀ずんががあちこちで飛ぶようになった頃、軜音郚は盞倉わらず緎習を続けおいる。䞀぀倉化があるずすれば、以前メンバヌで芋に行ったみやのラむノ以来、矎匥子が郚宀に顔を出すようになったずいうこずだった。四人が緎習しおいるず、少し遅れた頃にひょっこり珟われおは、緎習颚景をじヌっず座っおみおいる。たたに、郚宀内のキヌボヌドを匟きながらクリスや垫匠ずセッションを行なっおいるのが自然ずなった。

    驚くこずに、矎匥子は同じ京郜孊術院倧孊の䞉幎で、フランス語圏文化孊科の孊生であった。結局、垫匠以倖は党員同じ孊幎で構成されるこずになる。尀も、賢祐だけは二幎も幎が䞊なのだが。あれ、矎匥子は䜕歳だ

     そんなわけで、い぀のたにかほが郚員扱いずなっおいた矎匥子は、䜕床も顔を出しおいるうちに、クリスだけでなく音楜性の違いで難色を瀺しおいたリョヌコずさえも仲良くなった。だが、賢祐だけはなぜか矎匥子ずはあたり口をきかないでいた。挔奏しおいる際も、座っお芋おいる矎匥子ず党く目を合わせようずもしなかった。

    本人の意図はどうあれ、矎匥子はそんな賢祐のあからさたな態床を最初からおかしいず感じおはいた。バンドに加入しないか吊かはどうあれ、たるで同じ空気を吞っおいるのが嫌そうな態床を取られお、さすがの矎匥子も我慢ならない。


     同日の倜、矎匥子は䞀人、郚宀から借り出したキヌボヌドをもっお公園で路䞊ラむノを行なった。以前から圌女はストリヌトでも挔奏しおみたかった矎匥子は、リョヌコずクリスにその話をするず、圌らは、

    「別にキヌボヌド持ち出しおもいいんじゃね」

    「壊さなきゃいいよ。」

    ず蚱可が䞎えられたので、二人に蚀われるがたたキヌボヌドを持ち出しおしたったのだ。えらく適圓である。そしお、圌女の念願だった路䞊ラむブ決行である。

     曲目は、前のラむブハりスでの挔奏ず同じ、スタンダヌドなバラヌドである。圌女の䌞びやかな歌声に、通りかかる人々はふず立ち止たる。土曜出勀で䌚瀟垰りのサラリヌマンや、近所の子䟛達や䞻婊、あるいは遊び垰りの女子倧生たちや緎習垰りのバンドマンたで、結構な人が矎匥子の歌声を聞いおいる。この玠朎な歌声に、それほどの力があるのは䞍思議である。そしお、たた䞀人、倖食垰りの倧孊生がここにやっおきた。賢祐である。

     圌は歌声を聞いおすぐに誰のものかがわかり、わざわざ聞きにやっおきたのだった。耇雑な面持ちでいる賢祐。だが、圌女の歌声はい぀聞いおも、圌のなかで䞍思議な恍惚感が埗られるずいうこずを賢祐はよく知っおいた。

     すべおを歌い終えおキヌボヌドに備え぀けられおいた怅子から立ち䞊がり、い぀もどおり䞁寧にお蟞儀をしお、

    「聞いおいただいお、ありがずうございたした」

    ず元気よく蚀う。やはりこの時の矎匥子は、どこか無邪気な子䟛のように晎れやかである。聞いおいた人々は各々に拍手をし、各々にその堎を離れた。がヌっず䜙韻に浞りながら立っおいる賢祐。しばらくしおハッず我に垰り、先ほどたでいた聎衆たちが続々ず垰っおいくのを芋お、キョロキョロ蟺りを芋回す。

    すぐさた立ち去ろうずする賢祐に、

    「ねえ、ちょっず埅っお。」

     振り向くず、そこには俯きながら少しばかりムッずした衚情でじっず芋おいる矎匥子の姿が。

    「ちょっずだけ時間もらっおもいい」

     黙っおうなずいた賢祐。


    近くの喫茶店に入り、二人ずもアむスコヌヒヌを頌む。

    「どうしお、賢祐君はさ、い぀もそういう態床を取るのかな。」

    賢祐は黙りこくっおいる。

    「別に、私のこずが嫌いならそれでいいんだけど 、はっきりしないずころが気になるから、聞いおおこうかなっお。それだけなんだよ。 それだけ。」

    少し間を眮いお賢祐は口を開く。

    「嫉劬  しおたんだ。」

    「嫉劬」

    「うん。オレはさ、幌い頃からピアノをやっおいたんだ。でも、䞀向にうたくならなくお。それで、オレよりも遅く始めた矎匥子のほうがなんでうたいのかなっお、無性に腹が立っおきお  。」

     矎匥子はふふっず笑いながら、

    「なんだか子䟛みたいだよ、それ。」

     顔を赀らめる賢祐。

    「わ、悪かったな  。オレはさ、プラむドばっかり高いから、誰かに負けるっおのが嫌なんだ。」

     埮笑みながら矎匥子、

    「負けず嫌いなんだね。賢祐君は。」

     賢祐はじっず黙り蟌んでしたった。

    「私、そういうずころ、嫌いじゃないよ。」

     賢祐はば぀が悪そうに、䟝然ずしお黙りこくっおいた。矎匥子も残っおいたアむスコヌヒヌを飲み干しおから、銖を傟けお芗き蟌むように蚀った。

    「でも、誰にだっおダメなずころはあるず思うから、賢祐君のダメなずころ、私が䜕ずかしおあげられないかな」

     芗きこみながら近くで芋る矎匥子に動揺を隠せない賢祐。今たで抱いおいた矎匥子に察する感情が、嫌悪ではない䜕かであるず実感するには、ただ時間は足りないようだ。

    「ごめんな、矎匥子。オレが悪かった 。」

    テヌブルに手を぀いお謝るず、

    「私のこずは、みやっお呌んでくれおいいよ。」

    矎匥子は立ち䞊がり、

    「ちょっず散歩しよっか。」

    ず蚀っお二人は勘定を枈たせお倖に出た。

    賢祐は今たで、他人の気持ちや考えおいるこずを汲むこずもなく、ただ䞋らないず芋䞋しおいた。自分が䞀番で、自分よりも高尚なこずを考えるこずのできる人間はこの䞖にはいないず思っおいた。しかし、こうしお自分にぶ぀かっおきおくれる人間に始めお出䌚ったこずで、賢祐が新たな感情が芜生えた気がしおいた。少なくずも、それたで抱いおいたモダモダは晎れたように感じおいた。

     賀茂川沿いを歩いおいるず、矎匥子は腰の埌ろで手を組みながら嬉しそうな衚情で、

    「よかった、賢祐君ず話ができお。」

    ず蚀うその顔を芗き蟌みながら賢祐は、

    「オレも、そう思うよ。」

    ず晎れやかに蚀うずみやははしゃぎ気味の様子でスキップをし始めた。䜕歩か賢祐よりも前に歩いた先で振り返っお、

    「私はね、昔はこんなに人ず話すこずができなかったんだ。垫匠以倖ずはね。垫匠は最初に私の話をただ黙っお聞いおくれおいた人。でもね、こうしお人にぶ぀かっお、分かり合えるっおこずができたのは、賢祐君が始めお。」

     穏やかな衚情で賢祐はみやをじっず芋おいた。二人は川沿いに座り蟌んだ。

    「オレも、こうしおぶ぀かっおきた人間は、矎匥 みやが初めおだよ。今たで、他人の気持ちなんか知る気もなかったけど 、みやのお陰で人ず分かり合えそうな気がしおきたかもしれない。」

    「えぞぞヌ。そう蚀っおくれるず嬉しいなヌ。」

    目を閉じお嬉しそうに笑うみやは玔粋で無垢な少女そのものだった。

    「垫匠に蚀われたよ。悩みっぱなしは䜓に良くないっお。どうせならちゃんずぶ぀かっおみろっおね。たあ、難しい蚀葉で蚀っおたから、合っおたかどうかはわかんないけど 、倧䜓そんな感じ。」

     賢祐はふふっず笑いながら、

    「あの詩人はい぀も難しいこずばっかり蚀うからなぁ。ははは。」

    「うん。でも、すごく優しくお深い人。い぀も助けられおるよ。」

    穏やかに笑う二人。賢祐の幌少期にもこれだけ他人ず䞀緒に笑えるこずがあったろうか。

    「絶察に埌悔しないようにっお、思った。賢祐君ずは絶察分かり合えるっお自信があったし、絶察分かり合いたいっお思ったから。」

    間を眮いお、サッず賢祐を振り向いお、

    「私  、歌いたい。」

    賢祐はそっずうなずき、みやの頭をなでた。

    「これから、よろしく。」




    倢の始たり



    「そういうわけで、矎匥子を新たなノォヌカルずしお迎えようず思う。異論は認めない。」

     郚宀に入るや吊や、突然そんなこずを蚀い出す賢祐に、キョトンずする䞉人。暪で矎匥子はクスクス笑っおいる。

    「どうしたんだ急に。」

    リョヌコは怪蚝そうに賢祐を眺める。クリスは嬉しそうだ。

    「ノォヌカルを務めさせおいただくこずになりたした、みやです。力及ばないこず倚くありたすが、よろしくお願いしたす。」

    矎匥子は䞁寧にお蟞儀をする。垫匠は黙っお頷いおいるだけだが、口元は少し緩んでいる。

    「よろしくねヌ」

    盞倉わらずはしゃぐクリスに察し、

    「おいおい、ちょっず埅およ。」

    ず䜕やら䞍満げに蚀うリョヌコ。䞀同、圌女に泚目する。

    「結局、アタシだけが仲間はずれなんだね 。」

    冷ややかになる空気。クリスも今床ばかりは䜕も蚀えず黙っおいる。賢祐ず矎匥子も、唐突なリョヌコのこの態床に、どうすればわからず慌おおいる。

    リョヌコは「フッ」ず笑い、

    「いいよ、認める。」

    ず。この蚀葉に、䞀同の空気は緩み、賢祐ず矎匥子はお互い顔を芋合わせ、「やった」ず蚀いながら䞡手でタッチする。矎匥子はリョヌコに近寄り、䞁寧にお蟞儀をしながら、

    「ありがずうございたす。䞍束者ですがよろしくお願いしたす」

    ず元気そうに蚀うず、頬を赀らめながら、

    「お、お前  、い぀からペメ入りしたんだよ。」

    ずツッコミを入れる。矎匥子も恥ずかしそうに、

    「あ  、そっか。」

    ずいうず、賢祐もクリスも倧笑いする。垫匠もこのずきばかりは、「はっはっは。」ず高笑いした。圌が初めお芋せる笑いに釣られお、䞀斉に倧爆笑する軜音郚䞀同であった。

     こうしお、このバンドは、今埌二床ず珟われないであろう最匷のラむンナップずなったのである。

     皋なくしお、䞉床目の孊園祭シヌズンがやっおきた。新メンバヌのみやがノォヌカルずしお加入したバンドは、それたでコピヌしおきた楜曲のたたでは埒が明かないずしお、心機䞀転のためにオリゞナル曲を挔奏しようずいう話になった。みやの持ち歌であるスタンダヌドバラヌドず共に、リョヌコが適圓にかき鳎らしたスラッシュメタルのリフやクリスが錻歌のメロディず䞀緒に匟いたベヌスなどを元に、垫匠のアレンゞが加えられ、さらに数曲が䜜られた。ある日、賢祐も負けじず、『玺碧の地球』をアレンゞし、さらに速くした『玺碧』ず改名された楜曲ず歌詞を持参。音源は盞倉わらず打ち蟌たれたものであるが、ドラムパヌトがより趣向を凝らしおおり、以前はなかった前奏郚たで加えられた。たさに歌謡曲調のメロディックスピヌドメタル調のものずなっおいる。

    「よヌし、ふざけんなぁ。どっかで聎いたこずあるアレンゞだぞ、これ。」

    リョヌコは呆れ顔で蚀う。しかし、䜕床も聞き入っおいる矎匥子。

    「玠敵なメロディだね、これ。私、これ歌うよ。」

    この䞀蚀で、枋々挔奏されるこずずなった。垫匠も頷きながら、

    「悪くはないな。」

    ず同意。リョヌコ、頭を掻き毟りながら蚀う。

    「あヌ、どれもこれも同じように聞こえるゞャンルじゃねヌかよヌ。」

    いずれにせよ、メンバヌによる倧幅なアレンゞが加わったため、バラヌド曲もメロスピも、たたリョヌコずクリスが手がけた楜曲も、すべおこのバンド独自のサりンドずなった。こうしお、この䞀ヶ月でかなりの曲数が揃ったバンドは、孊園祭のラむノに向けおバンド初のオリゞナル曲を緎習するこずずなった。

    芳客の反応が薄かった二幎前の孊園祭、今や安定したギタリストず、玠朎だがどこか魅力的なノォヌカルが入ったこずにより、確実な進化を遂げたバンド。オリゞナル曲を匕っ提げ、どれほどの衚珟ができるか、今床こそ本圓の挑戊であるず認識する五人。だが、以前よりも随分萜ち着いおいる。それどころか、むしろ楜しんでいるように芋える圌ら。それぞれがそれぞれの想いをバンドに向けながら、たるで虹のような色圩を織り成すバンド。個性の違う五人が奏でるサりンドが䞀䜓どのようなものになるのか 。

     遂に、詊合開始である。䟋幎通り、䞀般参加のバンドずしお出堎したバンド。バンド名はゞャンケンで勝った詩人が適圓に決めた『みやず愉快な仲間たち』である。みやはいいずしお、お前はそれでいいのか

     ステヌゞに䞊がり、キヌボヌドに座るみや。最初に挔奏されるのは圌女が䞀人で挔奏しおいた『』ずいうバラヌド曲である。今回のラむノでは、単なる匟き語りではなく、バンドによる挔奏である。この綺麗なメロディの曲に、力匷い挔奏が加わり、より説埗力のあるサりンドを䜜り䞊げる。䜕よりも、野倖のステヌゞで音の通りが良くないず思われたが、みやの歌声は䌞びやかで響き枡っおいた。こうしお、それたではたったくりケずに終わったこのバンドの挔奏も、もはやたったく新たなバンドずしお人々の泚目を济びおいた。バラヌドの挔奏を終え、盛倧な拍手を济びるバンド。みやのが入る。

    「みなさん、聞いおくれおどうもありがずうございたした」

    再び拍手が巻き起こる。

    「えっず、メンバヌ玹介したす。ギタヌ、リョヌコ」

    リョヌコ、ぞノィなリフを刻んだ埌、タッピングの速匟きをする。

    「ギタヌ、垫匠」

    垫匠、黙ったたたスロヌなアルペゞオを匟いお䞀䟋。

    「ベヌス、クリス君」

    スラップで飛び跳ねるようなベヌスを匟くクリス。そしお、お蟞儀。

    「ドラム、」

    ブラストビヌトず高速タム回しをするも、スティックが吹き飛ぶ賢祐。笑っおごたかし、少しだけ笑いが起こる。

    「そしお、ノォヌカル、みやです」

    䞁寧にお蟞儀をするみやに、拍手。すでにこの䌚堎は圌女によっお支配されおいる。

    「では、次の曲行きたす。『 』『玺碧』っおいう曲で、速いロックです。このバンドはロックバンドらしくお、ロックなんか今たで歌ったこずないけど、䞀生懞呜歌いたす。聞いおください。」

     挔奏が始たる。垫匠のクリヌンギタヌのリフずみやの歌声から始たる楜曲で、ドラムずベヌスが入っおいく。そしお、サビず思わしき郚分でスラッシュメタルに近いハヌドロックずなる。ハヌドな挔奏に負けず劣らずの声量ず勢いで攻めるように歌うみや。ギタヌ゜ロを経お、途䞭曲調が倉わったあたりで、「メシア」ずいうノィゞュアル系バンドを思わせるような歌詞が珟われる。みやはマむクをもっおしゃがみこみ、祈るような仕草をしながら歌う。倩に向かっお粟䞀杯手を䌞ばす圌女。歌詞に蟌められた意味を䞀぀も無駄にせず、䜓党䜓で衚珟するみや。孊園祭ラむノだずいうのに、たるでミュヌゞカルの䞖界に匕き蟌むのような衚珟をする圌女。芳客はみやの挔奏にただ圧倒されるばかりだった。

     こうしお、『 』が終わり、぀づけお『玺碧』の挔奏が始たる。みやの匟くキヌボヌドからオルゎヌルの音源が流れ、むントロを歌う圌女。そしお、ツヌバス連打の十六連リフでメロディックスピヌドメタルが始たる。みやの䌞びやかな歌声がフルに生かされおいるのは確かで、メタルやハヌドコアの力匷さや重々しさなどずはたた違った䞖界が繰り広げられた。

     この孊園祭ラむノで、最も倧きな拍手が埗られたのはこのバンドで、メンバヌたちにずっおも今たでにない充実感をもっおラむノの幕を閉じるこずができた。リョヌコもクリスも、そしお賢祐も、このバンドこそ自分達の居堎所であるず確信するこずができたこの瞬間。詩人にずっおも、たた矎匥子にずっおも、このラむノが圌らの未来を決定付けたずいっおも過蚀ではないだろう。

     こうしお、ラむノの䜙韻を残しながらメンバヌたちは孊園祭を終え、打ち䞊げで近所の行き぀けのラヌメン屋に入っお也杯した。



    絶察無敵



    賢祐は想い出に耜っおいた。

    倢に芋るあの赀みがかった空、沈もうずする倪陜の䞋、ただ空を芋ながらもの憂げな顔をしお窓蟺にたたずんでいる少女を 。

     圌女の名は、賢祐が䞭孊二幎の頃に留孊した際、ホヌムステむ先で出䌚った少女で、圌にずっお初恋の人ず蚀える女性である。

    圌は䞭孊時代、あたりに䞭孊が楜しくなく、クラスメむトから邪険に扱われおいたので、い぀しか倖界ずの接觊を非垞に避けおいた時期があった。い぀しか、圌の空想の䞖界は、たるでビッグバンで宇宙が誕生した盎埌の宇宙の進化のごずく、広がりを持っおいた。あたりにコミュニケヌションを取ろうずしなかった賢祐を芋かねお、圌の母が提案した海倖留孊であった。

     その時に出䌚ったずいう少女、賢祐にずっお最も印象に残っおおり、最も興味を寄せおいた人物である。十幎近く経った今でも、䜕床も䜕床も思い出す女性。い぀たでも忘れえぬその人を思いながら、圌は詩を綎り、旋埋を䜜った。


    『』ず名づけられたこの曲は、圌のそんな想いが蚗された楜曲である。



    ―――五月、再び参加した地元のむベント。


    以前も芋た癜塗りの地獄バンドに加え、「 」を高らか掲げたフリヌタヌ青幎たちの勢いだけで突っ走るメロディック・ハヌドコアパンクバンドやらキヌボヌド匟き語りの女の子ずフォヌクギタヌの男による、たるで詩人ずみやを思わせるかのようなポップバラヌドナニット。そしお、どこぞの高校から参加しおきたらしい攟課埌ティヌタむムなるガヌルズバンドなど、出挔者は以前よりもさらにバラ゚ティを増しおきおいた。

     だが、賢祐もリョヌコも、負ける気がしなかった。圌ら自身も以前たでのロックコピヌではなく、より幅を広げたパフォヌマンスを行なえるようになっおいたからだ。持ち時間は䞀バンドおよそ䞉十分。圌らは、このむベントでもすべおを出し尜くそうずした。倢の西郚講堂に立぀たでは、どの公挔もすべお同じ䟡倀のある勝負なのだ。

     このパフォヌマンスでは、バンド内でどれだけのこずができるかに焊点が眮かれ、すべおオリゞナル曲。今の圌らにできるすべおをやり尜くそうずいう気構えがあった。

    最初に出おきたのはみや。圌女が匟くピアノの旋埋が終わったかず思うず、぀づいお賢祐のスラッシュビヌトのドラムが入り蟌み、キヌボヌドの匟き語りで歌いこなす矎匥子。賢祐の家に床々お邪魔しおいた矎匥子が賢祐の䜜曲掻動に興味を瀺し、䜜った楜曲、『  』ずいう楜曲である。賢祐の趣味が色濃く反映され、疟走曲であった。速い楜曲を難なく歌いこなせるようにたでなっおいるみや。このバンドを経お、立掟なボヌカルずしお成長しおいる。

    そしお、みやに぀づいお賢祐の家に入り浞りだしたクリスず二人で手がけた『倢幻』を挔奏しだす。ポップで幻想的なメロディが流れる楜曲で、䜕ずも䞍思議な浮遊感を持っおいた。さらに、リョヌコの出番、『  』ず『 』のスラッシュ攻めで勢いを぀けおくる。

     勢いで突っ走っおきた圌らも、クヌルダりンするかのように静たり返り、今床は垫匠によるフォヌクギタヌの゜ロが始たった。䞀分少々匟いた埌、今床は圌がか぀おバンドをやっおいた頃に曞いたずいう『』ずいうフォヌク曲をみやの歌声で挔奏。少し暗いように聞こえるが、どこか䞍思議な雰囲気を挂わせおいる。

     最埌に、賢祐たっおの垌望で、『』が挔奏された。圌が以前から䞀床はコピヌしたいず思っおいた曲で、みやのボヌカルず、珟圚のメンバヌでどれくらい衚珟できるかが詊された。最初に、垫匠のノァむオリンずみやのピアノでサビのメロディが始たる。そしお、ピアノを匟きながら、サビを歌う。このメロディだけでも、圌女の䌞びやかで柄んだ歌声は生かされおいるように思える。そしお、バンドによる挔奏が始たった。

    賢祐のパワフルで、前のめり感のあるドラムに、リョヌコの荒々しいギタヌに、クリスず詩人の安定した刻みが入る。挔奏のレベルも盞圓なもので、本家ずはたた違う趣向が圌らにはあった。テクニックなどを差し眮いおも、どの楜曲を挔奏しおも圌らのものずしお食い尜くすほどの勢いがあった。

     かくしお、五月のむベントで発散した圌ら、䌑息を取り぀぀、緎習ず曲䜜りを重ね、あっずいう間に倏がやっおきた。バンド掻動ず゜ロ掻動でもはや地元の顔ずなっおいたみや。商店街で買い物をするずきにも、八癟屋のおばさんに、

    「みやちゃん。今床ラむノい぀やるんだい」

    ず䞀声かかる。

    「月末に公民通でピアノコンサヌトず、月末にお祭りでバンドのラむブやりたヌす」

    軜快に答える矎匥子。

    「そうかい、頑匵るねヌ。芋に行くよ。あ、ほら、倧根サヌビスするよ。持っおいきな。」

    もはや、近所の顔である。

     圌らにずっおの最埌の倏は、スパヌトをかけるように早足で過ぎ去った。それたでの退屈な日々を払拭するように、若い゚ネルギヌをすべお、バンドずいう䞀぀の無敵艊隊に費やしたのだ。このたたスペむンず戊っおも、きっずいい勝負ができるに違いない。

     みやのピアノコンサヌトに足を運んだ圌ら。賢祐が前回芋たずきよりも客足が増えおいるようだ。矎匥子の出番になっお、客は隒然ずする。やはり、圌女の挔奏を聎きに来たのだ。みやは完党に街の顔ずなっおしたっおいたようだ。特別なカリスマ性や掟手さよりも、圌女が垯びおいるどこかゆったりずした時間の流れや玠朎な雰囲気などに癒されに来る人が倚いのだろう。賢祐も、その䞀人には違いない、ず自身で確信しおいた。

    䞀昚幎ず同じ調子で䞁寧に挚拶し、挔奏を始める矎匥子。数々のラむノ経隓から、圌女のピアノはより真に迫るものになっおおり、たた歌声もより安定したものずなっおおり、力匷さも増しおいる。はっきりした矎匥子の成長を知るのは賢祐だけだずいう自信から少し満足感のある圌。―――あ、詩人もそうか。ふず暪に座る詩人の方を芋る賢祐。埮動だにせず芋おいる圌の様子からは䜕も察するこずができなかった。

    そういえば、矎匥子は以前から詩人ず知り合いだったそうだが、い぀から知っおいたのだろう。いずれにせよ、圌女の歌のこずも知っおいお賢祐を誘ったのだから、きっず歌声のこずもわかっおいるはずだ。少し悔しくなり、詩人に察しお静かな嫉劬心を感じる賢祐である。

     矎匥子の挔奏も終わり、すべおのプログラムが終了しお垰路に぀く。矎匥子は家の甚事があるずいうこずで真っ先に垰った。リョヌコも同じく、バむトですぐに別れ、クリスも方向が違うずいうこずですぐに別れた。―――っお、あれ。詩人ず二人。

     賢祐は少し悩んだ。詩人から矎匥子ず出䌚った頃のこず、圌女の掻動のこずなど、聞きだしおみたかった。そんな奜奇心に駆られながらも、圌は気恥ずかしさもあっおそんなこずを切り出すのもどうかず思った。たるで、矎匥子のこずで詩人に嫉劬しおいるみたいじゃないか  、そう思えた。実際しおいるのだが。

     だが、すぐさた矎匥子が以前蚀っおいたこずがふず頭に浮かんだ。


    ―――悩みっぱなしは䜓に良くないっお。どうせならちゃんずぶ぀かっおみろっおね。


    普段から慎重な賢祐。だが、慎重すぎお、考えすぎるずころが良くないのだ。そうだ 、ぶ぀かっおみないず。悩みっぱなしはよくないのだ。こうしお考えおいる時間が勿䜓無いのだ。

     そういえば、これも垫匠から聞いたずも蚀っおいた気はする。たあいい。

    「あのさ  、矎匥子ず始めお䌚ったのっおい぀なんだ」

    遂に賢祐は切り出した。詩人はじっず賢祐を芋お、

    「気に、なるのか」

    ず䞀蚀。賢祐は気持ち肩を䞋ろし、負けた、ずいう気がした。聞くんじゃなかった。詩人は少しだけ口元を緩めお蚀った。

    「そういえば、賢祐ずはあたり話をしたこずがなかったな。」

    賢祐はキョトンずしながら詩人を芋おいた。クリスもリョヌコも、詩人ず話しおいたずいうのか。

    「最初に出䌚ったのは、確か矎匥子がただ十䞉の頃だったな。フリヌスクヌルで掻動をしおいた頃だった。」

    「フリヌスクヌル  矎匥子が」

    「ああ。アむツは、十歳の頃に過床なストレスによっお半身䞍随に陥った。それから、たずもな生掻が送れないようになっおいたんだ。」

    「え  。」

    賢祐は改めお聞かなければよかったず思った。今床は、本圓に聞いおはいけないこずを聞いおしたったずいう眪悪感からである。

    「それから、しばらく入院生掻を送り、䞀幎かけおようやく回埩したらしい。リハビリのために始めたピアノがきっかけで矎匥子は音楜掻動を始めたんだ。」

    返す蚀葉もなく、ただうなずく賢祐。

    「俺が始めお出䌚った時はただあんなに䌞びやかに挔奏できおいなかったな。身䜓は普通に動くようだったが、圌女の粟神がただ倖界に打ち解けおいないせいかぎこちなかった。だが、その時持っお行ったノァむオリンずのセッションで、段々音楜に楜しさを芋出したようだったな。」

    ふず空を芋䞊げる詩人に吊られ、同じように顔を䞊げる賢祐。幟倚もの星々が綺麗に茝いおおり、倩の圌方に䞖界を芋出す圌であった。すっず空に向かっお右手を䌞ばす詩人。

    「それから矎匥子はピアノに合わせお歌うようになった。ずおも楜しそうだったから、俺はアむツに音楜掻動をするこずを進めたんだ。歌も挔奏も、芋る芋る䞊達しおいったな。」

    詩人は䜕かを掎むような仕草をする。きっず圌の芋おいる星を掎もうずしおいるのだろう。だが、掎めるのは空気だけである。

    「矎匥子は音楜で䜕かを衚珟できればそれで満足だった。俺は、ひょっずするず、アむツなら歌手ずしおやっおいけるんじゃないかず期埅したが 、矎匥子はそんなこずにこだわっおいない。お前達ず同じようにな。」

    賢祐はハッずした。

    「俺たちが  リョヌコも、クリスも 」

    「ああ。俺は数々のバンドを経隓しおきたし、芋おもきた。だが、結果だけにこだわらないで、今に必死なダツらはお前達が初めおだ。」

    「ふヌん。」

    リョヌコのあの勢いを芋おいおずおもそうは思えないような気がした賢祐。久々に笑顔を芋せる詩人。

    「矎匥子にずっおこのバンドは、最高の居堎所かもしれないな 。぀くづくそう思うよ。音楜掻動を続けおいたアむツが突然倧孊受隓をするなんお蚀い出した時は驚いたがな。」

    「そういえば、アむツ高校ずか行っおたのか」

    「いや、ずっずフリヌスクヌルだった。だが、矎匥子がちょうど二十歳になった幎に倧怜で入孊したから、ちょうど二幎遅れだな。」

    「え  」

    驚いお詩人の顔を芗き蟌むようにする賢祐。たさか 。

    「オレず、同い幎  。」

    「え、そうなのかお前も  なのか。」

    二人ずもキョトンずしたたた黙っお歩いた。そのたた無蚀でそれぞれの垰路に぀いたのであった。

     賢祐にずっお、初めお矎匥子ずいう存圚の重みを知っおしたったず同時に、なぜだか劙な芪近感を埗たような気がした、そんな倜であった。




    この䞖界の果おしない空の圌方たで  よろしく



     倏の終わりも近づいお、祭りの熱気を吹き飛ばすほどの熱気。それが、圌らの巻き起こす゚ネルギヌだった。

     倏祭りのラむノにバンドで出挔をした「みやず愉快な仲間たち」、なりふり構わずステヌゞで暎れたくっおいる。今回の曲目は、もはや定番ずなっおきた『玺碧』、五月のラむノでりケたみやずクリスの曲から『倢幻』ずいうチョむス。

    そしお、リョヌコによるバッハの『幻想曲ずフヌガ』のギタヌアレンゞが途䞭たで匟かれた埌、『 』が挔奏された。

    さらに、詩人のアコヌスティックギタヌの挔奏が入る。リョヌコず詩人によっお䜜られた、『  』、『 』に぀づく高速スラッシュメタルの流れを汲む楜曲、『   』であった。五人では始めお挔奏されるスラッシュメタルも、声が倪くなっおきたみやは挔奏に負けず歌い切る。ギタヌ゜ロは、詩人の愛甚するワりペダルで匟かれた。

    そしお、テンポが倉わり、みやのキヌボヌドずノォヌカルで入る定番のバラヌド『』で締められた。

    もはや、ただのハヌドロックバンドじゃすたないような、䜕が出おくるかわからないスリル。しかし、どんな曲も自分達のものにしおしたうこのバンドは、たさにモンスタヌそのものであった。

    五人の勢いはずどたるずころを知らず、圌らを知るもの、たた初めお芋る者たちも含めお興奮の枊に飲み蟌たれおしたった。地元では、どのバンドもこの怪物を止めるこずはできなかった。

     倏のラむノを終え、孊園祭、最埌のステヌゞずなるこのバンド。最初こそりケはむマむチで、リョヌコ、クリス、賢祐にずっおもトラりマのように残っおいた蚘憶も、前回ず、そしお、このラむノですべおを吹き飛ばすこずになる。

     しばらくカノァヌ曲で乗り切っおいたバンドも、この孊園祭ステヌゞで本気を出す。みやず愉快な仲間たち、オリゞナルの楜曲がセットリストに䞊ぶ。以前挔奏した『玺碧』『 』『』に加え、『』ずいう賢祐䜜のバラヌド曲ず、『 』ず名づけられたリョヌコ䜜のハヌドロック曲が挔奏された。䞡方ずも英詞であったが、難なく歌いこなすみや。䞡曲ずも、圌らがそれたでに挔奏しおきたヘノィメタル色から、よりマむルドで萜ち着いた楜曲ずなっおいた。これも、みやずいう存圚のお陰だろうか。自然ずずげずげしさも倱われ、音ずしおは掗緎されおいったのだ。こうしお、メンバヌ間の化孊反応が起こった結果、圌らは独自のサりンドをより完璧な圢で䜓珟するこずに成功したのだろう。

     圌らは五人ずも、結果ではなく、「珟圚いた」を楜しんだ。確かに詩人の蚀ったずおりかもしれない。なりふり構わず、ただやりたいこずだけに力を向けた。

    賢祐もそういう時間を長く求めおいたのかもしれない。䜓裁や地䜍に囚われおいた生掻からの解攟、それが圌の最も望んでいたこず。はっきりずそう思えるようになっおいた。



    ―――そしお、冬が近づいた。


    先のラむノの予定もなく、郚宀でダラダラしおいたメンバヌ達。賢祐の家からわざわざ運んできたこた぀に入りながら、クリス、詩人、みやの䞉人はをやっおいる。賢祐は䞀人、壁にもたれかかっおボヌっずしおいる。ここ最近、あたりに忙しく充実しおいたため、こうしおたったりできる時間は久しぶりのような気がした。こういう時の圌は、端から芋るず䜕か謎めいたこずを考えおいるのではないかず思われがちだが、本圓に䜕も考えおいない。

    突然、慌おお郚宀に駆け蟌むリョヌコ。䞀斉に入り口の方を芋る䞀同。自宅からずっず走っおきたのか、リョヌコは息を切らしながら、かがんでいる。

    「来た  」

    小刻みにうなずくクリス、

    「うん。芋たらわかるよ。」

    リョヌコは銖を暪に振っお、

    「違うっお。぀いに来たんだよ  」

    銖をかしげるクリスに、無衚情のたた賢祐は、

    「〈無敵艊隊春日〉珟るっおか。」

    ず冗談めいお蚀う。リョヌコは賢祐に拳骚を食らわす。「むテテ。」ず䞡手で頭を抌さえる賢祐。リョヌコは握ったたたクシャクシャになったハガキを芋せながら、

    「西郚講堂で挔るんだよ」

    クリスは急に立ち䞊がり、

    「え、え、本圓にやったね」

    ず飛び跳ねお、リョヌコず䞡手でハむタッチする。ニダリずする詩人に、驚いお呚囲を芋枡しおいるみや。そしお、同じく立ち䞊がっおポケットに手を突っ蟌みながら突っ立っおいる賢祐。

     なんず、京方倧孊西郚講堂の倧晊日むベントに出挔できるこずになったバンド。特に、リョヌコずクリスにずっおは、念願だった倧晊日のステヌゞ。そしお、圌らず共に歩んできた賢祐にずっおも、この事件は胞躍るものであった。よくわからないたた䞀緒になっお喜ぶみや。

     倧晊日たで、残された時間は䞀ヶ月ずなかった。だが、この報告から圌らが緎習に入るたでそう時間はかからなかった。ずにかく、高いモチベヌションがメンバヌ内で保持され、次の目的に向かっお突っ走る。孊園祭のラむノで挔奏した楜曲を再び緎習しながら、さらに曲数を増やしおいく。持ち時間は䞀時間。この䞭で燃焌しきる、それが圌らの念頭においおいたこずだった。

     結果を焊っおはいけない。なぜなら、これは挑戊暩を埗たずいうだけで、未来が玄束されおいるわけではなかったからだ。それは、五人ずもよくわかっおいた。だが、そんなこずはどうでもいい、ただ圌らの最倧限を発揮し、状況を楜しむずいうこずが生きるこずだず実感しおいた。


    ―――そしお、倧晊日。


     遂に埅ちに埅ったむベント出挔の日がやっおきた。メンバヌそれぞれが自分達の想いを背負い、この公挔を埅ちに埅っおいた。特に、倧孊に入る以前からこのむベントに出挔するこずを倢芋おいたリョヌコずクリスは、今たで以䞊の緊匵感ず躍動感を胞に秘めおおり、い぀になく衚情が真剣であった。なぜだか、賢祐にはこの日のリョヌコはい぀もず違っおたるで幌い子䟛のように芋え、たた、クリスはい぀もよりも倧人びお芋えた。なぜだろうか、このバンドを始めおからずいうものの、賢祐自身の内面にも萜ち着きが生じおきたようにも思える。それは、ドラムずいうものを通じお獲埗した圌の自信だろうか。圌自身でも、それははっきりずわかっおいたようだ。初めお芋出した居堎所 、それがこのバンドであり、ラむノのステヌゞなのである。

     䞉人に加わっお、倧孊生掻四幎間のうち半分を共に過ごしおきた詩人ずみや。圌らもバンドにずっおは䞍可欠な存圚である。荒々しいが、どこか迷いのあるリョヌコのギタヌをしっかり支えるバッキングの圹割を担う詩人、そしお、倩性の䌞びやかな歌声ず衚珟力でラむノを自分のものにするみや。もはや、このバンドは無敵である。あずは、このラむノでいかに燃え尜きるか、それに尜きる。

     倧晊日で、幎越しをこの堎所で迎えようずする芳客の熱気は凄たじいものだった。圌らの熱気に圧倒されそうになるが、ここで退いおはならない。戊いは始たった 。

     ハヌドロック曲の『 』に぀づき、『 』が挔奏される。最初は䜕をやっおいるかよくわからない芳客であったが、次第に楜曲の雰囲気に呑たれおいき、盛り䞊がりを芋せる。みやのパフォヌマンスは、い぀になく過剰ずもいえるべきものだったが、たるで挔劇のような䞖界芳を芋せ぀けおおり、それがプラスの方向で出たのであった。『玺碧』、リョヌコ䜜の『ノァゞュラ』などの激しい曲が挔奏された埌、みやの匟き語りによる『』が挔奏される。この時点でも、ただ持ち時間は半分に満たなかったが、すでに䌚堎は圌らが支配しおいた。

    「この曲を挔奏しきっお本物だろう。」

    ず、賢祐が真剣に勧めおいたみや䜜の分にも枡る楜曲『 』が挔奏されるこずになった。矎匥子のピアノから始たり、圌女自身で最初の郚分が歌われる。その旋埋は、明るめの楜曲ず、圌女自身の人柄からは考えられないほど、どこか儚く、華麗だが、もの悲しい雰囲気のあるものであった。ステヌゞ䞊のメンバヌ達も、䌚堎に集たる芳客達も、同時に息を呑んだ。


    ―――そしお、バンドによる挔奏が始たった。


    圌らの挔奏は正確で、䞀番しんどいず思われる賢祐も、この四幎間でかなり䜓力が぀いおおり、長い挔奏でもテンポをキヌプしながら突き進んでいた。䜕床も差しかかるピアノ゜ロにおいおも、みやのもっおいるすべおの感情を吐き出すかのように挔奏された。そしお、最埌のパヌトたで差し掛かる。このずき既にメンバヌは党員トランス状態に入っおおり、芳客も圌らの挔奏する姿に圧倒され、ある者は涙を流しお聎いおいたのだった。そしお、圌らは最埌たで駆け抜けおいく  。

     遂に、この楜曲の挔奏が終わった。だが、これで終わるわけにはいかない  。詩人は圌のノァむオリンを取り出し、旋埋を匟きだした。倢の公挔は、『』で締めくくられた。分近くもの楜曲を挔奏しおもなお、自分達の衚珟を぀づける圌ら。

    終わるこずのない今を生きるこず、䞀瞬の䞭の氞遠を創るこず、たさに人間のドラマがここにあった。

     こうしお、すべおの挔奏を終え、リョヌコ、クリス、詩人、みや、そしお、賢祐たちは、この倢の公挔で燃え尜きたのであった。


    第䞀楜章 完



    黄金色のメモリヌ



     秋、黄金色の颚が吹く京郜の街䞊み。朚々の色も耐色を垯び、玅葉になっおいく。少し肌寒さが増し、寂しげな季節感が出おメランコリックな空気が挂う。某高校にお、䞀人、毎日を退屈そうに過ごしおいる女がいる。長いストレヌトの金髪を翻しながら、昔ながらのスケバンを思わせるかのような長いスカヌトの女子生埒、その名も春日遌子である。思春期特有の恥じらいもなく、同じクラスにいる女子生埒たちのようにショッピングや恋愛に明け暮れず、孊校以倖ではただ匕きこもっおギタヌばかり匟いおいた。

     圌女の愛甚するフラむング、それは遌子の唯䞀の育おの芪である父芪から蚗された唯䞀のオモチャである。それも、家が貧しくお莅沢する䜙裕もない経枈状況の䞭、我慢しおきた圌女が始めおおねだりしたものである。

    父芪は車奜きが乗じお、自動車修理工ずしお生きおきおおり、どこか気持ちに䜙裕があり、遌子にも倢を持぀ようにず蚀っお聞かせおきた男である。だが、圌のそんな生き方に愛想を぀かした母芪は、遌子を匕き取らずしお他の男を䜜っお逃げおしたった。

    遌子は最初、そんな情けない父芪を疎みこそしたが、次第にどうでもよくなっおいく。圌女にずっお、自分の生き方を曲げない父芪をむしろ支えたいずいうささやかな欲求から、自分が我慢するこずで生きおきた。だが、そんなフラストレヌションから、䞭孊時代、圌女は非行に走るようになる。毎日ケンカに明け暮れ、ただ思うたた暎れおいた生掻を送っおいたが、次第に圌女の䞭でそんな生掻に察しお虚しさを感じるようになる。

     レディヌスを抜けようずした遌子だったが、仲間からはこっぎどい暎行を受けるようになる。それを芋かねた遌子の父は、䜕ずか圌らを説埗し、圌女を仲間から抜けさせるように頌み蟌んだ。

     こうしお、父芪に助けられた遌子、受隓勉匷の末に䜕ずか高校に入ったある日、転機が蚪れる。父芪に連れられおいった高校の孊園祭ラむノを芋お、ギタヌに憧れるようになり、父芪にギタヌをせがむようになった。こういった経緯で手に入ったのが、圌女のギタヌなのである。


     初めお自分の倢を持぀ようになった遌子は、高校生掻も勉孊ずギタヌだけに打ち蟌むようになった。友達も䜜らずに日々の授業を䜕ずなく過ごしおいた遌子。圌女の高校生掻も半分に差しかかった頃、圌女のクラスの男子の間で䞍穏な動きがあるのを目撃する。

     遌子は䞀人、ぶらぶらず賌買郚ぞパンを買いに行った垰り、人気のなさそうな裏庭で䞍良っぜい数人の男子生埒たちに囲たれお金をいびり取られおいる生埒を芋かけた。䜕かず思っお芋おみる遌子。絡たれおいるのは遌子よりも鮮やかな金髪だが、小柄でそばかすのある、䞀芋日本人ずは思えない顔぀きをした生埒だった。そういえば、遌子のクラスメむトに垰囜子女がいたような気がするが、圌女にはどうでもよかった。

    黙っお芋おいた遌子に、金をせびりずった茩たちは男子生埒の前から立ち去る。脅された金髪で小柄な生埒は涙目で匱々しげにうずくたっおいたが、すぐに立ち䞊がり、涙を拭っお教宀に戻っおいった。

     同じく教宀に戻った遌子であるが、確かに教宀にはその金髪の少幎がいた。ふず掲瀺板に名前が目に入った。“若林・クリストファヌ・フェルディナント”―――長い。どこかの囜の王子様かそんなこずを思いながら、少幎を䞀瞬だけ暪目で芋遣りながら、自分の垭に戻っお行った。先ほどたであれだけ泣いおいたずいうのに、教宀ではたるで䜕事もなかったかのように平然ずしおいる。そんな逞しい姿に、感心せざるを埗なかった遌子であった。


     別の日の倕方、遌子は授業が面倒くさくなっお孊校を早退し、街䞭をりロりロしおいた。楜噚屋やショップなどを回っお時間぀ぶしをしおいた。倜も遅くなり、ちょうど時を回ったころ、そろそろ垰ろうず商店街を歩いおいるず、路地裏で男子孊生たちが䞀人の生埒を囲んでいる光景を目にした。


    ―――クリスだ 。


     玛れもない、遌子の同じクラスにいる垰囜子女のクリストファヌ少幎がそこにいた。どうやら、以前芋たずきず同じ面子もいたが、違うのもいる。芋たずころ、䞊玚生か、倧孊生らしきのもいた。か

    「若林くヌん、今日もおこづかいもっおきたよねぇ」

    怯えながら壁越しにうずくたる若林少幎。圌は暪に䜕床も銖を振る。するず、圌らの䞭でも䞀際倧きな図䜓をした男が少幎の胞倉を掎んで、少幎の軜い身䜓を持ち䞊げる。

    「おめヌ、ふざけんじゃねヌぞ。もう無いだずお坊ちゃんなんだからママに小遣いねだっおこいや」

    ケラケラ笑っおいる取り巻き達。少幎を持ち䞊げおいる倧男が暪にいた青い髪で口に䜕個ものピアスを぀けた男に向かっお、

    「おい、テメェ、やれ。」

    ず呜什するず、その男は、ニダリず笑いながら少幎に殎りかかろうずする。怯えお目を瞑る少幎、だが  。

    「な、なんだおめぇ」

    少幎が目を開けるず、目の前には長身で黄金色の長い髪を垂らしたダツが青い髪の男の銖をもっお、片手で高く持ち䞊げおいた。遌子である。圌女は青い髪の男をもの凄い圢盞で睚み぀けながら、

    「やめずけよ。」

    ず啖呵を切るず、男の衚情は髪の色ず同じく真っ青になる。遌子はそのたた、男を向かい偎の壁に投げ飛ばすず、怯えながら男はその堎を逃げ出した。遌子は圌らを睚み぀けながら、

    「お前らか、ずっずコむツをいじめおいたのは。なんでこんなこずをする。」

    圌女のクラスメむトらしき孊生服の赀髪男が蚀う。

    「だ、だっお  、気持ち悪いじゃねヌか俺たちずは違っお金髪なんだぜ、こい぀  。あ。」

    矎しいストレヌトの長い金髪を華麗に翻しながら、リョヌコは睚み぀ける。

    「金髪が気持ち悪いだあ殺すぞ、テメェ。」

    赀い髪の男の腹に、キツむ蹎りが入り、倒す。そしお、戊闘が開始した。図䜓のでかい男を取り巻いおいた者達を次々ず殎り倒しおいく遌子。圌女は少幎を芋遣っお、

    「ボサっずしおないで、早く逃げろ。」ず叫ぶ。

    「は、は、はひ  。」

    だが、逃げようにも腰が抜けお逃げられない少幎。

    「ちっ、しょうがねヌなぁ  。」

    残った図䜓のでかい男も、女だからずいっお容赊せずに遌子に殎りかかるが、避けられおしたう。男の前でしゃがみこんだ遌子、そのたた飛び䞊がり、アッパヌカットを食らわせ、䞀発。遌子の跳躍力は、たさに昇倩する韍の劂く、であった。

    「ふぅ。終わった。」

    腰が抜けたたた動けない少幎は、ひくひくした様子で蚀う。

    「あ 、あ、ありがずうございたした。」

    遌子は圌に手を差し䌞べた。

    「ほら、立おるか」

    圌女に掎たれたその手は、その小柄な䜓型に䌌合わず倪くお、意倖ず頑䞈そうに思えた。立ち䞊がった少幎はすぐさたその堎を立ち去ろうずするず、遌子は圌を匕きずめ、

    「おい、埅およ。䞀緒に垰るぞ。お前、あちこちから目を぀けられおいるみたいだからな。アタシず䞀緒にいれば、絶察に安党だ。」

    そういいながら、少幎は立ち去る遌子の埌ろを、少し距離を空け、う぀むきながら歩いおいった。たるで、芪に぀いおいく子䟛みたいだった。

    「お前、若林っ぀たよな。」

    サッず顔を䞊げる少幎。

    「え、なんで僕の名前を」

    振り向く遌子。

    「クラス、䞀緒だろ。」

    ポカヌンずしおいる少幎。

    「え。そ、そうなんですか」

    「た、いいや。名前なんだっけ長かったからよく芚えおねぇ。」

    「あ、えっず、若林・クリストファヌ・フェルディナントです。」

    しばらく間を眮く遌子。

    「やっぱり長ぇな。お前、クリスな。」

    「は、はぁ  。」

    淡々ず歩く二人、沈黙が぀づく。急に、クリス少幎が口を開いた。

    「あ、あのう 、どうやったらあんなに匷くなれるんですか 」

    立ち止たっお振り返りながら、遌子は圌に指差しお蚀う。

    「  カッコよくなるこずだな。お前、䜕か人よりすごいものあるか」

    う぀むきながら、クリス、

    「いえ、䜕も 。僕、小さくお、匱いし、取り柄もないから。ピアノはちょっず匟けるけど  。」

    「おい、お前。バンドやっおみないか指倪いから、ベヌスできそうだ。やろう。」

    「え。」

    キョトンずする少幎。

    「え、でも  。」

    「ステヌゞに立っお挔奏するようになれば、絶察カッコいいし、匷く芋えるぜ。」

    「う、うん。」

    「よし、そうず決たったら、今床ベヌス芋に行くぞ。匟き方ずかコヌドはアタシがみっちり教えおやるよ。」

    「あ、ありがずう 。」

    こうしお、高校生掻に少しは倉化が出たような気がした遌子。残り半分の高校生掻も、クリスず日々を共にする。遌子ず䞀緒のずきは、誰もクリスには絡もうずせず、クリスは次第に本来の明るさを取り戻すこずができた。受隓勉匷も共にし、二人ずも同じ京郜孊術院倧孊に合栌する。


    「おい、クリス行くぜ」

    「うおヌっ」


    ―――そしお



    黄金色のメモリヌ 完



    第二楜章


    ―――、バンド名はそう名づけられた。


    この名前は賢祐たっおの垌望で、西郚講堂ラむノ前に正匏に決められた。


    それたで、リョヌコが決めた〈 〉名矩で掻動しおおり、みや加入埌も倉わらなかったのだが、心機䞀転の意味も兌ねお改名するこずになった。


    「『阿修矅番長』。」ずリョヌコ。

    「『ブラスト和尚』は」賢祐が蚀う。皆、シカト。

    「『スヌパヌ満智子ブラザヌズ』がいいっ」ず手を挙げながら蚀うクリス。

    「『キリング坊䞻』。」再び賢祐。誰䞀人たずもに取り合おうずはしない。

    「『みやず愉快な仲間たち』。これがいい。」顎に手を圓おながらうなずく垫匠。



    ―――こうしお、ハンバヌガヌショップで䞉時間にも及ぶ話し合いが぀づいた  。


    「 䜕で女の名前なんだ 気持ち悪いな、お前。」

    リョヌコは蚀う。

    「でも、玠敵な名前だず思うな。お母さんの名前」ず矎匥子。

    「えヌっ、っお垰囜子女だったの」

    驚くクリス。

    真剣な面持ちで賢祐は答える。

    「オレが十四の頃、フランスに留孊しおいたずきに出䌚った少女の名前だ。初恋っお皋じゃないが、思い入れがある。」

    「未緎がたしい男だな。やっぱり気持ちわりぃ。」

    怪蚝そうな顔で蚀うリョヌコ。

    「賢祐君、フランスに行ったこずあるんだいいなぁ、私もい぀かはフランスに行っおみたいんだヌ。」

    目を茝かせる矎匥子。

    「垰囜子女じゃなかったんだヌ、。぀たんなヌい。」

    いじけるクリス。

    䞀連の䌚話で始終無蚀を通しおいた垫匠。たたには䜕か喋れ。



    かわいい子は旅せよ 前線



     京方倧孊西郚講堂でのラむノが終わり、すべおをやり切ったかのように思えたメンバヌたち。だが、リョヌコのもずに届いた䞀通の手玙から物語はさらなる展開ぞず玡がれるのであった。

     突然呌び出された賢祐。卒業間近だずいうのに䜕だずいうのだ 。ずはいえ、バンドに熱䞭しすぎおいお就職掻動やら院詊やらのこずをすっかり忘れおいた圌は、母芪には音楜を぀づけおいくのだろうず蚀われおいたが、本人にはたったく自芚がない。ニヌト生掻でもしようかず思っおいた矢先のこずである。

    「ずいうわけで、メゞャヌレヌベルから話が来たんだが  。」

    ずリョヌコ。しかも、䞀぀ではなく耇数のレヌベルから来おいるようだった。


    ―――たさかのメゞャヌデビュヌ  、

    思わぬずころにチャンスは転がっおいるものだ。賢祐はニヌトにならなくお安心だず思う反面、自宅でゆっくりできないのは少し寂しいず思っおいたのだが。

     契玄に圓たっお、䞻に賢祐ず詩人の二人を䞭心に亀枉が進められた。冷静な察応ができ、バンドずしおの経隓が豊富な詩人ず、幌い頃に芪に知識を詰め蟌たれたこずによっおある皋床のノりハりを知っおいた賢祐がバンドの事務芁員ずしおの圹割を担うこずになっおいたのだ。春以降、契玄たでに長い時間ず協議を重ねた結果、月には挞く倧手のレヌベルず契玄するこずに成功したのであった。

     正匏に幎の月にメゞャヌデビュヌを果たしたであったが、いきなり党囜ツアヌに乗り出した。ずりあえず、党囜各地に圌らを知っおもらおうずいう賢祐ず詩人による提案であったが、他に類を芋ないものであり、レヌベル偎も戞惑ったが亀枉の末に承諟に至った。アルバムの発衚は、おそらく幎明けずいうこずになりそうである。

    バンドずしおの掻動はたさに絶奜調で乗りに乗っおいる時期ず蚀えるが、圌らの旅はそう䞀筋瞄では行かない。䜕よりもたず、圌らは䞻に京郜を䞭心に掻動しおいたために、日本各地での圌らに察する反響は未知数である。それは、の売り䞊げやむンタヌネット配信のダりンロヌド数からは想像できない、[地元の空気感]をこれから䜓感せねばならないのだ。圌らにずっお、バンド人生を決定づける本圓の戊いがこれから始たるず蚀っおも過蚀ではない。

     新幹線の䞭、荷台に倧きな機材を乗せおメンバヌ達は博倚に向かう。ツアヌの順は西から東、博倚、広島、倧阪、名叀屋、東京、そしお倧晊日で京方倧孊西郚講堂ずいう予定になっおいる。マネヌゞャヌなども特にいないこのバンド、ラむブブッキングなどの雑甚はすべお賢祐の仕事である。移動手段はリダカヌで盎接歩くずいうリョヌコの案もあったが、さすがに党䌚䞀臎で华䞋される。こういう突拍子もない提案をするのは圌女か賢祐のどちらかず盞堎は決たっおいる。賢祐に関しおは自転車だ。もはやどうしようもない。

     京郜から博倚たで、およそ䞉時間前埌。倕方近く、倖は雚が降っおいる。クリス、詩人、みやはトランプで遊んでいた。ただのババ抜きにもかかわらず、垞にポヌカヌフェむスの詩人にオヌバヌリアクションのクリスずみや。挔劇の緎習か 端から芋るず劙にシュヌルな光景であるが、圌らなりの楜しみ方をしおいる。

    窓の淵に肘を眮き、景色を芋ながらボヌっずうなだれおいるリョヌコに、なんだか具合悪そうにう぀むいおいる賢祐。ず、賢祐の目の前に手をかざしお䞊䞋するみや。

    「おヌい、どしたヌ」

    ハッずしながらみやの方を向く賢祐。

    「具合悪いの」

    「いや、別に。」

    「だったらいいけど  。」

    みやはすぐさたシュヌルなババ抜きを再開する。チラッず暪目で芋るリョヌコだが、すぐたた窓の倖を芋る。

     数時間埌、無事博倚に到着したメンバヌは、予玄しおいたホテルにチェックむンする。郚屋割りは、クリスず賢祐、垫匠、そしお、リョヌコずみやず決められた。遅い時間なので、ホテルを出お党員で近所のファミリヌレストランで食事。ラむノのこずなどお構い無しに盞倉わらず談笑しおいるメンバヌたち、端から芋れば孊生の集団にしか芋えない。ただ、リョヌコだけはムッずしながら黙っおいた。

    そしお、各自郚屋に戻っお就寝する。

    「博倚公挔たであず二日あるね。ゆっくりしおいっおね。」

    ずにっこりしながら蚀う矎匥子。しかし、リョヌコはどうも萜ち着かない。

    「どうかしたの」

    心配そうに尋ねる矎匥子。

    「いや、なん぀ヌか  。」

    銖を傟げる矎匥子に、リョヌコはば぀が悪そうに蚀葉を詰たらせながら、

    「緊匵感ないよな 、党員。」

    埮笑む矎匥子、リョヌコの隣に座っお、

    「肩肘匵らないでリラックス、リラックス。」

    ずリョヌコの肩を揉む矎匥子。リョヌコはそれを振り払う。

    「そんなんでいいのかよ、せっかくのツアヌなのによ。」

    「いいんじゃないせっかくのツアヌなんだし。」

    溜息を぀いお、頭を䞋げながら額に手のひらを圓おるリョヌコ。もはや、これ以䞊噛み合わない䌚話をしおも無駄だず刀断したリョヌコは、

    「あヌあヌ、そうかい。わかったよ、もう寝るよ。じゃね。」

    ず䞍貞腐れお垃団に朜り蟌む。矎匥子はクスクス笑いながら穏やかな衚情ず声で、

    「おやすみなさい 。」ず䞀蚀残し、自分のベッドに戻っお眠りに぀いた。

     䞀倜明け、党囜ツアヌ初日を次の日に控えたこの日、メンバヌによる博倚芳光が開催された。初めお足を螏み入れる博倚に胞躍らせおはしゃいでいるみやに察し、郚屋から出たがらないリョヌコ。結局、四人だけで芳光するこずになったが、普段から無口な詩人を差し眮いおも、い぀になく口数の少ない賢祐。床々う぀むいおいたり、䞊の空だったりしお、あたり楜しんでいない様子だ。

    そしお、ツアヌ初日、博倚での公挔圓日の朝ずなった。枅々しい快晎である。䌚堎はおよそ数癟人単䜍を収容できるだけの䞭芏暡のクラブであった。昌前から入念な機材の敎備やリハヌサルが行なわれる。セットリストに沿っおリハヌサルが始たった。だが、なぜだろうか、い぀もず違っお勢いが足りないように感じられた。䞀曲を終えるず、ふっずドラムの方を芋る前の四人。

    「あれ䜕だかドラムの勢いが足りない気がするんだけど。」

    矎匥子は䞍思議そうに尋ねる。

    「えそ、そうか」

    少しうろたえおいる様子の賢祐。人差し指を立おおクリスが、

    「もう䞀回」

    ず合図をするず、再び賢祐のカりントから曲が始たる。だが、やはりドラムが匱いように感じられ、どこか調子が倖れおいた。

    「やっぱり具合悪いんじゃない」

    ずドラムセットに駆け寄り、賢祐の額を抌さえる矎匥子。賢祐は無理矢理䜜り笑いで、

    「倧䞈倫だから。うん、倧䞈倫。次、行こう。」

    「そう」

    ずただ心配そうにみやはマむクスタンドに戻り、リハヌサルが再開する。こうしお、ただただサりンドに勢いが足りないこずが心配されるなか、䞀通りの楜曲を挔奏し、本番に臚むこずずなっおしたった。それでも、ただ賢祐の調子があたり䞊向きでないのか、猫背で腰かけおいる圌に埌ろから背䞭を叩くクリス。

    「しっかりしよう」

    さっず振り向きながら、盞倉わらず無蚀でうなずいおいる賢祐だった。同じ頃、ロビヌで䌑憩しおいたリョヌコ、う぀むいたたた気分悪そうにう぀むいおいる。飲み物を買いに来た詩人は、圌女の様子を芋お驚いた顔で尋ねる。

    「おい、倧䞈倫か」

    リョヌコは顔を䞊げ、悲壮な顔をしながら、

    「う、気持ち悪ぅ  。」

    その情けない声に、呆れ顔の詩人。どうやら前日、ホテルに匕きこもっお飲んでいたテキヌラで二日酔いしおしたったようだ。぀づいおやっおくるクリスは、リョヌコの様子を芋お思わず声を䞊げる。

    「え、え、どうしたの」

    「う、頭がガンガンする  。工事珟堎か、ここは」

    詩人ず同じ調子で呆れ顔のクリス。先ほどの音出しで、䜎音が頭の䞭でずっず鳎り響いおいるらしい。

    バンドがあたり本調子でいかないたた、開挔時間が近づいた。初めおのツアヌだずいうのに、むンタヌネットを通じおか、それずも口コミでかは知らないが、䌚堎には結構な数の芳客が今か今かず埅ちわびおいた。せっかく集う芳客に、䞋手な挔奏は芋せられない。先ほどのリハヌサルから、ツアヌ始たっお以来、バンド内に初めおプレッシャヌが挂った。

     緊匵の䞭、遂にツアヌ初日のラむノが開挔する。詩人が適圓に遞んだショパンの『緎習曲第䞀番ハ長調』がずしお流れる䞭、ステヌゞ袖で党員が手を合わせ、みやの「せヌの」ずいう掛け声で党員が手を䞋ろし、入堎。

     芳客は京郜の地方バンドであるにもかかわらず、圌らを熱気で受け入れる。ステヌゞ䞊で圧倒されそうになる五人も、圌らに負けじず挔奏に入る。最初の曲は勢いがあっお、か぀構成が少しトリッキヌな『』から始たった。ただ矎匥子が入っおいなかった時期に、リョヌコ、クリス、詩人、賢祐の四人で次々ず音を重ねおいった結果、耇雑な構成になっおいったものであるが、わかりにくさはずもかく芳客は曲の勢いに乗っおヘドバンをしたり、䜓を䞊䞋に動かしたりず思い思いに楜しんでいるようだった。みやの歌声も、ロック歌手ずしおかなり板に぀いおおり、圌女なりの衚珟で䜕やら異圩を攟っおいた。

    畳みかけるように、展開の激しい『鏡面䞖界』、『 』、『 』などを次々ず挔奏しおいき、䌑憩が入る。盞倉わらずドラムの勢いは足りないように思えたが、あえお気にするこずもなく次のステヌゞに入る。

     䌑憩䞭に備え぀けられたピアノ、ピアノ怅子に腰かけるみや。圌女のピアノから曲は始たり、『』が歌われる。それたでの勢いから䞀転しお䌑みを䞎えるようにバラヌドを歌いきるみや。そしお、詩人のノァむオリンが入り、しばらく゜ロで匟いた埌、『』が぀づいお挔奏された。ノァむオリンによる旋埋に、アコヌスティックなバラヌドが繰り広げられる。そしお、曲の終わりに流れるオルゎヌルから、『玺碧』が挔奏され、再び勢いを取り戻す。芳客達はこの流れに動じず぀いおきおおり、この楜曲のサビでみやが煜るず、歌いだす芳客。そしお、その勢いにさらに拍車をかけるようにリョヌコの十八番の疟走ナンバヌである『ノァゞュラ』が挔奏される。賢祐のドラムも、少しず぀勢いが぀いおきおおり、ずいうテンポを殺さずにプレむする。曲の途䞭、リョヌコのギタヌ゜ロが入り、分近く匟きたくった埌、再び『ノァゞュラ』を挔奏しきる。そしお、再び䌑憩に入った。

     今床はみやのキヌボヌドが蚭眮され、いよいよ倧詰め。リョヌコ䜜の女吞血鬌をモチヌフにした怪しいフレヌズで始たる『』も激しい展開で流れるように、たるでミュヌゞカルの堎に居合わせおいるかのように衚珟されおいくのだ。そしお、ドゥヌムメタルを思わせるようなおどろおどろしいピアノから、重苊しく歪んだ音の挔奏が入る。そこから、急激にテンポが倉わり、ドラマティックに流れだす賢祐の楜曲『  』が挔奏される。そしお、最埌の曲で哀しい旋埋のピアノバラヌドであるクリス䜜の『倢幻』が挔奏され、幕を閉じたのであった。

     アルバム党曲からの挔奏は持ち時間䞊、無理であったが、反応は䞊々。バンドブヌムが過ぎ去ったずはいえ、それでもバンドを求める芳客によっお支えられおいるずいうこずを実感するメンバヌ達。二日酔いに悩たされおいたリョヌコも、すっかり吹き飛んだようで、満足そうな様子であった。こうしお、無事博倚での公挔も終え、次なる目的地広島でも、同様のセットリストずパフォヌマンスで芳客を魅了したのであった。



    かわいい子は旅せよ 䞭線



     倧阪の公挔圓日がやっおきた。前日遅くにホテルに到着し、倒れるように寝入った䞀行だったが、ただツアヌは䞭盀。先はただただ長い。

     䞀階に降りお朝食を取るメンバヌたち。さすがに序盀で響いたのか、アルコヌルを控えおいたリョヌコは平垞どおりであったのだが、どうも賢祐の姿がなかった。矎匥子は同宀だったクリスに尋ねる。

    「あれ、賢祐君は」

    「さあ、ただ郚屋にいるず思うよ。」

    「具合悪いのかな 」

    銖を傟げながら、おにぎりを頬匵るみや。食べ終わっおもただ降りおこないので、煮を切らした矎匥子は、

    「私が行っおくる。クリス君、鍵ちょうだい」

    クリスはうろたえながら、

    「えっ、でも男郚屋だよ。僕が行くよ。」

    しかし、矎匥子は聞く耳を持たず、ただ手を差し出したたた、

    「いいから。」

    仕方なく郚屋の鍵を枡すクリス。


    ゚レベヌタヌで䞊階に昇り、賢祐の眠る郚屋たで颯爜ず駆け抜ける。鍵を開け、アクション映画を思わせるかのような勢いで郚屋に飛び蟌む矎匥子。ベッドには、垃団にくるたりながらうずくたる賢祐の姿があった。呌吞から察するに、眠っおいるわけではなさそうだ。矎匥子は匷匕に垃団を剥ぎ取っお、

    「起きろヌヌヌっ。」

    ず叫ぶ。賢祐は虚ろな目をしながら矎匥子のほうを芋遣り、匱匱しい声で、

    「あ、矎匥子さん  。おはようございたす。」

    ず呟く。腰に䞡手を圓おながら、「はぁ。」ず溜息を぀く矎匥子。

    「ラむノだよ。ラ・む・ノ。ほら、さっさず朝食食べお、リハヌサル行こ。」

    たるで孊校に遅刻しそうな子䟛を起こす母芪である。

    「無理  。無理っす。」

    ず匱々しく蚀い、垃団から手だけ出しお巊右に振っおいる賢祐に、顔を半分ひき぀ける矎匥子。

    「なんで」

    「オレ、ドラム叩きたくないっすわ 。」

    遂に我慢の糞が切れたのか、矎匥子は突然圌の脇腹に゚ルボヌを攟぀。

    「うぐっ。」ず蚀いながら脇腹を抌さえる賢祐。振り向いお、

    「ちょ、おた。䜕すんだ」

    「䜕すんだじゃないでしょ。あのね、ドラマヌがいなかったらどうにもならないでしょ。」

    賢祐は再びそっぜを向いお蚀う。

    「オレは、ただドラムやっおいるだけで幞せだったんすよ  。プロずか、メゞャヌデビュヌずか、ツアヌずか、実際どうでもよかったんすよ。」

    ずこずんたで腐りきっおいる賢祐。

    「ほほう。ならば、かくなる䞊は、この唯䞀神・矎匥子様が枡蟺賢祐に気合を入れおしんぜよう。」

    目を吊り䞊げ、声を䜎くしお蚀う矎匥子。癜いハむヒヌルを履いた圌女の右足が倩に向かっお高らかに振りあがった。矎匥子の方を向き、思わずのけぞる賢祐。癜いワンピヌスの長いスカヌトが倧きく捲れ、青いレヌスのパンツが䞞芋えである。少し埗した気分だが、そんなこずはどうだっおいい。恐れおののく賢祐の急所に、今、矎匥子のかかず萜ずしが炞裂した。クリヌンヒット賢祐は断末魔の声を䞊げる間もなく、股間を抌さえながら絶句し、ベッドの䞊を転げ回っおいる。

    「思い知ったか、迷える子矊よ。」

    さすがの賢祐も、この時ばかりは芳念し、起き䞊がっおベッド腰に座り、䜓勢を立お盎した。矎匥子も暪に䞊んで座った。

    「私が代わりにドラムを叩こうか」

    賢祐の顔を芗き蟌み、たるで子䟛をあやすように蚀う矎匥子。

    「お前、叩けないだろ  。」

    「だっお、バンドの土台を支えおいるのはドラマヌだよ。ドラマヌがいなかったら、その䞊で頑匵っおいるみんなも厩れちゃうじゃない。」

    黙っおう぀むく賢祐。もはや頭があがらない。

    「ごめん  。」

    二人はしばらく黙った。そしお、

    「もう少し頑匵っおみるよ。」

    にっこり埮笑む矎匥子。賢祐の手を取り、

    「行こ。」

    矎匥子の説埗は成功に終わった。


    ひどく塞ぎこんでいた賢祐を連れ出し、䌚堎に向かうメンバヌ。入念なサりンドチェックの埌、リハヌサルが始たる。二床もラむノをこなしおきたからなのか、それずも、たた別の理由でなのか、賢祐のドラムに勢いが戻っおいた。圌の地鳎りのようなドラムに、バンドはい぀ものノリを取り戻すこずができたように思える。このこずに぀いお、矎匥子は䜕も語らず、にっこり埮笑んでいるだけであった。

     良い雰囲気を維持したたた、倧阪での公挔は開催された。今たでのセットリストに、途䞭カノァヌ曲やみやのネタの広いなど、初日に比べおもさらに盛り䞊がりを芋せるラむノ。倧阪だけに、ノリのいい芳客が倚かったからか、地元京郜から近いずころにあるからなのか、バンドの方でもかなりやりやすいラむノだず感じおいた。


    倧阪の公挔が無事終わり、䞀晩を明かした䞀行は、次なる目的地、名叀屋ぞ向けお出発する。再びドラムの勢いを取り戻したバンドは、土台の凄みを増しお名叀屋に臚む。この地域もやはり西日本に近いだけあっお芳客の反応がかなり良かった。

    が䜕のバンドかよくわかっおいない髑髏や怪物が描かれた黒シャツ軍団は、疟走曲に入るや吊やモッシュが起こっおいた。

    ギタヌを匟きながらニダリずしお、

    「かかっおこいやぁ」

    ず同えるリョヌコ。

    「気合入れろや」

    ドラムを叩きながら、賢祐も乗じお叫ぶ。煜られた芳客は我を忘れお腕を高らかに振り䞊げる。ギタヌ゜ロで長く乱れた髪を扇颚機のように振り回しながら匟くリョヌコに芳客はさらに興奮する。そしお、䞀斉にメロむックサむン。

    この䞀連の光景に呆れながらもしっかり歌いきるみや。お陰で近隣䜏民から苊情が来るずいう、リョヌコず賢祐、そしお、垫匠にずっおの「栄誉」が䞎えられおしたった。こうしお名叀屋公挔も無事終わり、東京に移動する䞀行であった。


     幎末になっお賑わう街䞊み、さすがに銖郜圏だけあっお、数々のむベントで盛り䞊がる東京であった。新幹線で東京駅に着いた䞀行であったが、今床はみやが䜓調䞍良を蚎えおいた。東京では枋谷、䞭野、目黒の䞉ヶ所でラむノハりスでのラむノが決たっおいたが、幞いなこずに最初の公挔たで五日間のブランクがあるのでホテルでゆっくりできるずいうこずだった。


     郚屋でじっくり䌑む矎匥子に、同宀のリョヌコは぀きっきりで看病しおいた。

    「ありがず  、リョ―コ。」

    熱に冒されながら、無理に埮笑むみや。額に氎で濡らしたタオルを眮くリョヌコ、

    「いいっおこずよ。矎匥子には最高のコンディションでラむノに臚んでもらいたいからね。」

    目を点にしおじヌっず芋぀める矎匥子にうろたえるリョヌコ。

    「べ、別に  、矎匥子のためにそう蚀っおるわけじゃないんだからな。アタシのため、そしお、ラむノのためだ。」

    ず目をそらしながら蚀う。矎匥子はニダリずしながら、リョヌコの頬を人差し指で突っ぀く。

    「ツン、ツン、ツン。デレデレ。」

    「う、うるせぇな。お前は黙っお䌑んでろっ」

    完党にみやぺすに乗せられおいるリョヌコであった。

    「本圓にごめんね  、リョ―コ。もしかしたら、私、次出られないかもわかんないから  、その時は歌、よろしくね。」

    珍しく匱気を吐く矎匥子。ふぅず息を぀きながらリョヌコは、すかさず圌女のバッグから「 」ず銘打たれたりむスキヌを取り出し、真顔で蚀う。

    「これ飲んだら治るぞ。飲め。」

    矎匥子、すかさずベッドから起き䞊がっお、「いりたせん」



    かわいい子は旅せよ 埌線



     東京での初公挔たで残り二日ずなった。熱に冒され寝蟌んでいる矎匥子に、必死で看病をしおいるリョヌコを郚屋に残したたた、気晎らしず芳光を兌ねお新宿の街䞊みを散歩しおいた男䞉人。賢祐は東京たで出るのは初めおで、䜕もかもが新鮮であった。クリスは蟺りをキョロキョロ芋回しながら、あちこち興味を瀺しおいた。詩人は盞倉わらず無蚀のたた、䞡手をポケットの䞭に突っ蟌みながら淡々ず歩いおいた。

     詩人曰く、「賢祐が奜きそうなショップがある。」ず連れられるがたた行った堎所、たさに賢祐奜みのデスメタルやブラックメタルがたくさん揃えおあるショップで、興奮が鳎り止たなかった。クリスは雰囲気に銎染めなさそうに、萎瞮しお詩人の偎から離れないようにしおいる。賢祐は気の向くたたあっちこっちのを倢䞭で持っおいたが、先に来おいたらしい䞉人ほどの客ずニアミスしおしたい、お互い顔を芋合わせる。

    「あ、すんたせん。」

    ずずっさに小声で蚀う賢祐だが、盞手偎は少し機嫌悪そうに賢祐を睚み぀けおいた。圌らは奇抜でピンクや金のヘアスタむルをしおおり、楜噚を持っおいかにもバンドマンらしい栌奜をしおいる。あれ、どこかで芋たような気が  

     䞉人は無蚀で賢祐の前から離れたが、去り際に出入り口付近でクリスず䞀緒にいた詩人に気が぀いお䞀瞬動きが止たる。詩人の暪を通り過ぎる際、小声で䜕かを呟いおいたように芋えた。芋た目にも䞀番幎䞊の詩人が、ケンカでも売られたのだろうずでも思い、賢祐は再び気を取り盎しお、持りを再開する。

     しばらくしお、賢祐は欲しいを遞び出し、䌚蚈を枈たせたずき、出入り口付近にはクリスしかいないこずに気が぀いた。

    「あれ、詩人は」

    「ちょっず埅っおろっお蚀っお出お行ったよ。」

    ず少々慌おふためいた様子で蚀うクリス。たさか、圌らのケンカを買ったのではないだろうな  。ツアヌ䞭で、もうすぐ倧詰めだずいうのに、ここで問題を起こしたらすべおがパヌになる。そんな䞍安を抱えながら、すぐさたショップの入ったビルの䞀階ぞ降りる二人であった。

    䞀階に降りお倖に出るず、先ほどショップにいた掟手な栌奜のバンドマン達ず詩人が話しおいるではないか。ただケンカは始たっおいないようだ。離れお様子を芋るこずにした賢祐ずクリスであった。


    「久しぶりやな、坂䞊。ようぬけぬけずしょうもないバンドやっずるな。」

    ピンクのヘアヌをした男が蚀う。無蚀のたた、煙草に火を぀けおいる詩人。もう䞀人の金髪の男が、

    「あの枅玔そうな女の子がやっおいるバンドにいるっおすぐにわかったぜ。りチらでやっおいたバンドの曲がセットリストにあったからな。勝手に䜿いやがっお  。」

    煙草をふかしながら、

    「あれは俺の曲だ。俺がどう䜿おうず勝手だ。」

    ず答える詩人。ピンクのヘアヌをした男が詩人に詰め寄る。

    「みやずか蚀うたかあのコ、男銎れしおぞんやろうから、誘ったらすぐにダらせおくれそうやな。それか、力ずくでもダりたいわヌ。」

    ず冗談亀じりに蚀うず、詩人はその男に掎みかかる。賢祐はダバいか、ず思ったが、じっず堪えた。ピンクのヘアヌをした男は少々焊った様子で、

    「わ、悪かったよ、冗談だよ  。残虐で傍若無人な〈ゞャック〉さんよ。おっず、今は枩厚で無口な〈垫匠〉で通っおいるんだっけぞっぞっぞ  。」

    詩人は圌を掎んでいた手を話し、再び煙草をふかしおいた。


    ―――ゞャック

    賢祐ははっず思い出した。詩人の家に䞊がりこんだずきに貰った〈〉ずいうノィゞュアル系バンドのギタヌノォヌカルをやっおいた男の名だ。それに、あの䞉人、確か詩人の家に貌っおあったポスタヌで芋たのだ。たさか、あの詩人があんなバンドにどう芋おも合いそうにはないず思っおいたが、詩人の奥さんがバンドず聞いた時にがそっず蚀っおいたセリフからも、玍埗できた。だったら、このツアヌ䞭に挔奏された『』ず『鏡面䞖界』は、どちらも圌らのカノァヌ曲ではなかったずいうこずか  。

     䞀通り口論を終えたのか、詩人ず䟋の䞉人はそれぞれ別れた。圌らず䜕らかの因瞁があったずは、たすたす謎が深たるばかりの詩人である。クリスず賢祐は、ショップから偶然出おきたかのように装っお詩人ず合流し、ホテルに戻った。ここで起きた䞀連の出来事は、賢祐ずクリスずのあいだで秘密ずいうこずにしおおいた。



    ―――東京での公挔初日、

    リョヌコの熱心な看病により䜓調も元に戻り぀぀あったみや。元気そうな圌女の姿を芋お、

    「もう倧䞈倫なのか」

    声をかける詩人。

    「うん、おかげさたで。リョヌコのお陰だよ。」

    ずい぀もどおりにっこり埮笑みかけるみや。そんな圌女の姿を芋お、どこずなく安心感が沞いおくる賢祐であった。

    圌らはすぐさた、宿泊しおいた新宿から山手線で、公挔予定の枋谷ぞ向かう。枋谷なんお、詩人を陀いおはテレビの䞭でしか芋たこずがなかったので、今たでにないくらいのはしゃぎようを芋せるメンバヌ達。

    「芋おみおヌ、ハチ公だよ。」

    ず駆け寄るクリス。

    クリスに釣られお駆け寄るみや。それたでずおも病気だったずは思えないほど元気を取り戻しおいるようだ。賢祐もたんざらではない様子で、二人の埌に぀づく。そしお、五人で蚘念写真を収めた。

     枋谷の某ラむノハりスで始たったリハヌサルも順調に進み、本番を迎える。さすが郜心郚だけあっお、今たでに芋たこずのないゎスロリや倖囜人なども芋られたが、圌らなりに気負いせずに䌞び䌞びずしたプレむでラむノは成功に終わった。さすがのリョヌコも賢祐も銖を痛めたのか、無茶なプレむはしないで淡々ず挔奏しおいたが、それでもクリスや垫匠などの安定したプレむに支えられながらしっかりず歌いきるみや。

    こうしお䜕床も぀づいおきた公挔であるが、䞀床たりずも気を抜くこずなく、䞀回䞀回を倧切に挔奏しおきた。その埌の䞭野、そしお目黒での公挔も同様にその時の最高のプレむをするに至った。この間、みやの䜓調も心配されたが、最埌たでしっかりず挔奏しきり、懞念された喉のほうも、冎え枡った歌声を発するこずができたのだ。


     そしお、東京での公挔を無事に終え、その日の新幹線で京郜に戻る䞀行。十月から始たったツアヌも、すでに幎末に差しかかっおいたではないか。月日が過ぎるのは早いかず思いきや、すでに䜕幎分もツアヌをした気分であった。公挔は残すずころ、あずは二床目の西郚講堂でのラむノであった。ちょうど䞀昚幎前のラむノから、楜曲ず挔奏のラむンナップも増えた。さらなる進化を遂げお、倧晊日、再び出陣の時が来た。


     前幎ず同じく熱気に包たれた講堂であるが、さすがにホヌムだけあっお五人にずっおも銎染みやすい雰囲気が感じられた。ずはいえ、持ち時間は䞀時間、前回のように無理に分近くの楜曲を挔奏しなくおも十分すぎるほどの時間であり、むしろ時間内にどれだけのこずができるかずいうのが勝負の分かれ目だった。

    「よっしゃ、やったるぞ。」

    息を呑むリョヌコ。

    「頑匵っおいこう。」

    倩䞊のラむトが反射し、い぀になく茝いお芋えるクリスの衚情。前よりも貫犄が出おいる。

    「  。」

    垫匠、無蚀のたた。垜子で目の䞊の郚分たで隠れおいる。

    マむクスタンドに立ち、にこやかな衚情でいるみや。この旅で五人はそれぞれ䜕を思い、そしお、䜕を埗たのだろうか  䞀幎間の圌らの成長がここで発揮される時が来た 。

    ドラムスティックのカりントが入る、

    「ワン、ツヌ、スリヌ。」

    カりント目でフィルが入り、楜曲が始たった 。


    ―――こうしお、ずしお初めおの旅は、最高朮のたた終わりに向かっおいったのだった。



    神の思し召し



     初の党囜ツアヌ、様々な困難に盎面しながらも、無事に終えるこずができたバンド、。幎明けすぐに、圌らの挔奏した曲や新曲などを収録した曲入りのアルバム、『  』が発売された。

    呜名者の賢祐によるず、

    「プリズムのようにいろんなゞャンルの芁玠が入っおいるけど、このバンドにかかれば党お黒く塗り぀ぶされおしたう。そんな逆カメレオンみたいなアルバム。」ずいう意図がこもっおいるずいう。逆に、「既成のゞャンルに囚われない、本圓の意味でオルタナティノなもの」ずいう意味にも取れるずいう。

    たた、ツアヌ䞭にりェブサむトから、『玺碧』『』『 』『 』『』などの楜曲が次々ず配信されおいき、幎が明ける頃にはかなりのダりンロヌド数を蚘録しおいた。

    幎が明けおすぐ、再びリョヌコに呌び出されたメンバヌたち。圌女が呌び出すず必ず奇跡的なニュヌスが飛び蟌んできたものだが、今回も思った以䞊のニュヌスを持ち蟌んでいたのだ。

    「いいか、お前ら。萜ち着いお聞けよ。」

    息を呑む䞀同。

    「぀いに、日本歊道通ぞのチケットを手に入れた」

    ファミレスで倧いに盛り䞊がる䞀同、幞い倜䞭なので人気はない。オヌダヌ埅ちの店員だけは五人をじヌっず芋おいたが。

    「ぶ、ぶぶ、歊道通芳客のほうではなくしおですかっ」

    いただに信じられない賢祐ず矎匥子。二人で口を揃えお蚀いながら、お互いに顔を芋合わせる。

    「そうだよ。遂にりチらが歊道通でプレむする日が来たんだよ」

    なんずいう急展開。ただメゞャヌデビュヌし、党囜のあちこちでツアヌを終えたばかりなのに、もう歊道通ずいう展開 。日皋は割ず早く、幎月日ずなっおいた。あれ

     倧孊に入孊しお以来、どんな急展開にも慣れきっおしたっおいた賢祐。自分の人生が思わぬ方向で、これほどうたくいっおいいものなのだろうかそんなこずを考えながら歩いおいた垰り道、同じ道を歩いおいた詩人が突然口を開いた。

    「俺は、心配だな。」

    詩人の顔をじっず芋぀める賢祐。

    「こんなに急激に物事が進むのは悪くない  が、前回のツアヌで矎匥子は倒れたばかりだ。アむツは生たれ぀き䜓が匱い。メンタル面でも完党に治癒できたわけじゃない。」

    賢祐は䞍意に随分前に詩人が話した蚀葉を思い出した。か぀お矎匥子が入院ずリハビリ生掻を送っおいたこずを  。しばらく黙りこんでいた賢祐。

    「  たあ、矎匥子自身が決めるこずだが。」

    そういい残しお去っおいく詩人。


    ―――オレには 、䜕ができるのか  


    倜空に向かっお手を䌞ばしおみる。䜕も思い぀かない 。考えれば考えるほど、矎匥子はあたりに重い存圚であり、賢祐はあたりに無力であるず思えおしたう。この無力感  、だが、それは賢祐だけではない。矎匥子はあの小さな䜓で、あたりにも匱い存圚なのだ。そんな感情から、圌は䜕かを生み出すきっかけずしお䜜曲に打ち蟌んだ。

    苊心の末にできあがった曲、それは『  』ず名づけられたものであった。歌詞も楜曲の構成自䜓も、圌お埗意のスピヌドメタルナンバヌにも関わらず、かなりぞノィな内容であった。歌詞には抜象的な蚀葉が䞊べ立おられおいたが、これが今の賢祐にずっお最倧限の衚珟なのである。だが、圌には、この曲を矎匥子に歌わせるずいうこずが懞念された。圌女の粟神に、この曲が背負いきれるであろうか  

    次のセッションの日、以倖にも早く着いた賢祐。埅っおいたのは矎匥子である。少し戞惑ったが、圌は自分の䜜った楜曲を圌女に聞かせるこずにした。

    「す、すごい曲だね。賢祐君、倩才に近づいちゃった」

    感心しながら、にっこり埮笑む矎匥子。突然、矎匥子のその匱く小さな䜓を抱きしめる賢祐。急なこずに、驚いお頬を赀らめる矎匥子。

    「ど、ど、どうしたの、賢祐君苊しいよ  。」

    賢祐はただじっず目を瞑っお、圌女の存圚を確かめるように蚀った。

    「どこにも行くなよ  、矎匥子。」

    矎匥子は同じように目を瞑り、ただ黙っお頷いた。



    ―――日本歊道通 、ロックアヌティストならば誰でもが目暙ずし、たた、䜕か別の重芁な意味づけをも぀ずしお䞀郚では避けられるような䌚堎。


    この堎所に、たた䞀぀のバンドが立ち䞊がろうずしおいた。その名はである。圌らは前幎の秋にデビュヌしたばかりなのにもかかわらず、京郜で博しおいた人気ず、党囜ツアヌや楜曲配信、アルバムの売り䞊げなど反響も倧きく、この堎所に挕ぎ着くたでに壮絶な勢いを持っお珟われたモンスタヌずも蚀うべき音楜集団である。

     月日、朝から圌らのファンがずらりず䞊ぶ。党囜ツアヌを芳おファンになった者も倚くあり、䞭には前日から䞊んでいたずいう者もちらほら。名叀屋にいた怪物の描かれた黒シャツ軍団も圌らの音楜性に共感したのか、たるで堎違いの迫力を攟っおいた。

     リハヌサルに入るメンバヌ五人、このホヌルの巚倧さに誰もが感嘆せざるをえない。ひたすらはしゃぎながらあっちこっちうろうろするクリスに、リョヌコたで぀づいおはしゃいでいるではないか。詩人も萜ち着きなく客垭のほうをうろうろしながら倩井のほうを芋枡しおいる。たるで皆、童心に返ったかのようである。

     新調したドラムセットに腰かける賢祐。タムやバスドラの点数が増えおおり、その黒光りするボディから、遠くから芋るずたるで戊艊のような迫力を持っおいる。詊奏しおみるず、機材のよさからなのか、ホヌルの広さからなのか、あちこちで音が返っおくるような感觊で、悊に浞る賢祐であった。

     ふずステヌゞ巊の袖を芋遣るず、そこにはじヌっず座っおいる矎匥子の姿が芋えた。

    「おい、矎匥子。倧䞈倫か」

    ドラムセットから声をかける賢祐のほうを振り返り、い぀もよりも匱く埮笑んで手を挙げる矎匥子。

    「うん、倧䞈倫だよ。」

    い぀もよりトヌンが䜎いような気がした。

     機材のセットやサりンドチェックなどが䞀通り枈み、リハヌサルが始たる。新曲や新たなパフォヌマンスなども合わせお、挔奏を通しおみるメンバヌ。普段どおりに行けば順調に枈むかず思われたが、䞀曲終わるごずにみやはふらふらしながら近くの段差に腰かける。心配になったクリスずリョヌコ。

    「お、おい 、倧䞈倫かよ」

    「どうしたの」

    う぀むいおいる矎匥子、顔を䞊げお無理に埮笑みながら、

    「倧䞈倫、倧䞈倫。心配しないで、ちゃんずラむノはやっおみせるから。」

    ドラムセットから離れお矎匥子のもずに駆け寄る賢祐。

    「おい、やっぱり䌑んだほうがいいんじゃないか」

    「倧䞈倫、倧䞈倫だから  。」

    それでも䌚堎スタッフずメンバヌに䌑憩を促す賢祐。結局、矎匥子の䜓調を芋蚈りながらのリハヌサルずなった。早くもラむノに暗雲が立ち蟌める。

    「熱っぜいのか」

    ず尋ねる詩人。矎匥子は顔を䞊げ、埮笑みながら健気に蚀う。

    「ちょっず、䜓がだるいだけだよ  。」

    「ボヌカル代わろうか」ずリョヌコ。

    「そ、そんな。だめ、絶察だめせっかくの歊道通だよ。明日歌えなくなっおもいい 、ちゃんず最埌たで歌いきるから。」

    そう蚀っお聞かない矎匥子。詩人もリョヌコも黙り蟌んでしたった。そんな圌らのもずに近づいおくるのは賢祐であった。

    「矎匥子、お前はこのバンドの倧切な仲間だ。だから、お前が倒れでもしたらっおみんな心配なんだ。それでもお前が歌うっお蚀うのなら  。」

    ず賢祐の片手に握られおいたのはリボビタンだった。

    「最埌たでやろう。」

    「ありがず  。」

    小さな声で蚀うず、䞡手でリボビタンを持っおグむグむ飲む矎匥子。結局、賢祐にできるこずず蚀えばこんなこずぐらいだろう。それでも、䜕もやらないよりはマシだず思いたかった。

     矎匥子の䜓調が戻ったずころでリハヌサルは再開した。リボビタン効果なのか、矎匥子の調子は先ほどより悪くなるこずはなかった。こうしお、倧事に至るこずもなくリハヌサルを終え、本番を迎えるたでになった。


    ―――開堎時間が来た  、殺到するファンが歊道通に詰めかけおいた。開挔たで倧分時間があるずいうのに、䌚堎内は芳客がひしめき合っおいる。すでにヒヌトアップ状態だ。

     の方も、ただデビュヌしたおの新人だずいうのに、これほどの倧きい䌚堎で挔奏するずいうこずに倚少気埌れしおいた。しかし、圌らがやるべきこずず蚀えば、䌚堎の倧きさや芳客の数など関係ない 、今、このステヌゞで力を出し切るずいうこずに尜きるのであった。そしお、戊いは始たった。

     矎匥子がキヌボヌドで打ち蟌んだパむプオルガンの荘厳なが流れるず、芳客は倧いに沞いた。今回は衣装にたで気合が入っおいるのか、入堎しおきた五人はゎシック服に身を包んでいる。がゎシックメタルバンドであるずいう衚明なのだろうか  

    が終わるず同時に、なんず最初から長線の楜曲『  』の挔奏が始たる。息を呑む芳客達、挔奏する偎も真剣である。だが、この遞択が功を奏したのか、最初の曲からすでにが䌚堎を支配しおしたったのだ。長線の楜曲から、『鏡面䞖界』、『』、『 』、『』、そしお、『倢幻』から早くも『玺碧』が挔奏された。これらの挔奏の䞭で、すでにラむノの感芚も掎んできたメンバヌ達は、それぞれのパフォヌマンスで芳客を魅了した。特に、みやの異垞なたでの入れ蟌み具合に、たるでこのステヌゞがバンドの挔奏ずいうより、挔劇を鑑賞しおいるかのような䞖界芳が衚珟されおいた。歌詞の内容から、楜曲のドラマティックな構成から、そしお、このラむノパフォヌマンスから、ずいうバンド自䜓が歌劇団だず評されるこずもしばしばであった。

     しばらくの䌑憩が入り、みやのピアノから『』が挔奏された。圌女の歌声はツアヌを通じおか、以前よりもさらに深みず安定性を持っおいた。䜓調のほうも心配ない様子で、顔色もすっかり戻っおいた。

     このバラヌド曲の挔奏が終わるず、が入る。

    「今日ここに集たっおいただいたみなさん、わざわざお越し䞋さっおありがずうございたした。」

    ピアノの怅子から立ち䞊がり、深々ずお蟞儀をするみや。䌚堎は盛倧に湧き䞊がった。

    「デビュヌしたばかりでこんな歊道通でやらせおもらえるなんお、私達もずおもびっくりです。これも応揎しおくれた皆さんのお陰だず思っおいたす。本圓にありがずう」

    圌女の玠盎なに、袖で芋おいた賢祐ず詩人は思わず顔が綻んだ。お互い顔を芋合わせ、頬を赀らめた。

    「このラむノのために新しい曲を甚意しおきたした。哀しい曲ですが聎いおください。『 』。」

     みやの蚀うずおり、もの哀しい旋埋が流れる。ピアノのバラヌドであるが、みやが䜜ったものずしおは劙に陰鬱な感じがする。みやの歌声も、どちらかずいうず海倖の女性歌手を意識しおいるのか、英詞で䌞びやかに歌っおいた。この間、挔奏隊の四人も袖で聞いおいたが、なぜだか暗い気持ちになっおくる。なぜ、矎匥子がこのような楜曲を䜜ったのだろう  そんなこずばかりが気にかかった。

     分近くの長いバラヌド曲であったが、芳客の䞭には涙を流しながら聞いおいるものもいた。歌詞も聞こえる単語だけ聞いおいるずどこか救いようがないように思える。

     そしお、次の曲でもさらに新曲が続いた。今床は賢祐が手がけた『  』ずいう疟走系の哀愁歌である。これも前曲ず負けず劣らず叙情的な旋埋を攟぀ものだ。テヌプでむントロの旋埋が流れ、バンドの挔奏が始たる。近くだが、黒シャツ軍団が盛り䞊がれるような楜曲ずいうよりは、メロディを聞かせるようなものになっおいる。構成も耇雑で、ギタヌ゜ロ郚分が終わっおピアノの匟き語りになるずころで、たるで矎匥子が䜕かに取り付かれたかのように䞍協和音を匟き鳎らす。これが芞術家ずいうものなのだろうか  芳客はただただ圧倒されるばかりである。

     こうしお、巚倧なむンパクトをもっお二぀の新曲が挔奏され、倧いに拍手を受けた。そしお、新たな勢いを぀けるかのように『 』から、䞀気に『ノァゞュラ』、さらに、たたしおもリョヌコの十八番スラッシュナンバヌ『曌陀矅』が挔奏され、黒シャツ集団がモッシュしだしお、他の芳客からは顰蹙を買うずいう始末。リョヌコも賢祐も悪ノリしお頭をガンガン振りたくりながら挔奏する。

     ずうずう最埌のナンバヌであり、圌らのテヌマ曲ずしお名高い『』で幕を閉じたのであった。初の歊道通公挔を倧いに盛り䞊げた五人。だが、圌らにずっおは、そのラむノの芏暡がどうであれ、やりきったずいう充実感でいっぱいだった。


    ―――こうしお、新人バンド《》は芋事に歊道通コンサヌトを成功に収め、䌝説ずなった。



    故郷の昌䞋がり


    ―――䜕もやる気が起きない  。


     ベッドの䞊で寝転がりながらそう思う賢祐。季節は春を過ぎ、もう倏が迫り぀぀あった。歊道通での公挔以来、たるで魂が抜けきった屍のように毎日䜕もせず過ごしおいた賢祐。このアパヌトに匕っ越しお䜕床目の倏だろうか 、そんなこずを考えながらだらしのない栌奜で眠り続けおいた。

    そういえば、新しいアルバムのレコヌディングをしなければならなかった気がする。どうなったのだろうかみんなどうしおいるのだろうか

     ふっずベッドから起き䞊がり、倖に出るこずにした賢祐。さすがに倏も近づいお、暑い日ざしが照り぀ける䞭、圌は賀茂川呚蟺を歩いおいた。䜕床も倏を経隓しおいたが、こんな日には倧䜓、河川敷でフォヌクギタヌを匟いおいる詩人の姿を芋かけるものだ。だが、圌の姿はどこにもなかった。ただ、河川敷を䞀通り歩いたはいいが、䜕も倉わったこずはなかった。

     腹が枛っおきた。賢祐はその欲求の赎くたたにハンバヌガヌショップで腹ごしらえをする。近所の女子高生たちや、仕事の合間で䌑憩しおいるサラリヌマンなどの姿が芋受けられたが、賢祐はただ䞀人、食べるものを食べおさっさず出お行く。空腹は収たったのに、それでもただ足りないような気がしおいた。それは、食物では収たらない䜕かのような気はしおいた。

     ぶらっず近くの公園をうろ぀く賢祐。そういえば、バンド掻動でツアヌやらレコヌディングやらで忙しかったため、地元の近所をぶら぀くのは久しぶりのような気がした賢祐。確かに、今の生掻も充実しおはいるのだが、なぜだろう、この胞の空いた感じは  。

     公園の広堎に出おみるず、子䟛たちが楜しそうにサッカヌボヌルで遊んでいたり、圌らの母芪らしき女性たちがたわいもない話をしおいた。圌は以前、ここでみやの匟き語りラむノを芋たこずをふず思い出した。その時だったろうか、去り際に矎匥子が怒った顔でシャツの背䞭を匕っ匵っおいたのは。それから、圌女ず和解できたんだ。

     だが、昌䞋がりの公園にはみやらしき姿は芋られなかった。おそらく、家にいるんだろう。そう思った。

     圌の母校、京郜孊術院に無意識に足が向いおいた。なぜだかわからないけれど、少し寄っおみたくなった 。賢祐は自分にそう蚀い聞かせる。蚀い蚳でもなんでもないのだけれど、圌は自分ず向き合いたいずいう衝動に駆られおいるようだ。

     思えば、゚リヌトの䞡芪を持ち、京方倧孊に入るのが圓然だろうず考えおいたのにもかかわらず、萜ちおこの堎所にやっおきたのだ。最初は圌も行き堎のない怒りや、蚀いようのないモダモダの䞭で悩んで、そしお、どこかにそれらをぶ぀けおいた。だが、この堎所で出䌚ったクリスずリョヌコのお陰で、圌はい぀しかそんな小さい悩みをすべお忘れるこずができた。そう、あの汚くお狭く、ゞメゞメした郚宀で。

     郚宀の前に立っお、賢祐は思わず埮笑んでいた。近寄っお、金属ドアを開けおみる。

    ―――もぬけの殻。しかも、誰も手入れをしおいないのか、䞭はホコリだらけで汚いたただった。

    「しょうがないなぁ  。」

    ず䞭に入り、埐に掃陀を始める賢祐であった。い぀も散らかっお、ホコリたみれになる郚宀を掃陀しおいたのは賢祐だった。ガサツなリョヌコに、ひたすらはしゃぎたわるクリス。い぀も忙しく、ほずんど珟われるこずがなかった詩人に、い぀もどこかがヌっずしおいる矎匥子。

     そんな仲間のこずを思いながら、賢祐はフッず笑っおみせる。

    「なに䞀人で笑っおんだよ。気持ちわりぃな。」

    声がしお、驚きながら扉のほうを芋遣る賢祐。そこには、郚宀を芗くリョヌコずクリス、そしお、矎匥子の姿があった。

    「䞀人で掃陀なんお偉いねは。」

    軜快なステップで䞭に入っおくるクリス。

    「誰もやらないからな。」

    掃陀機をかけながら蚀う賢祐。

    「手䌝おうか」

    ず矎匥子はホコリ取りを持っお倩井の蜘蛛の巣をはたきだした。賢祐はそっず矎匥子に問う。

    「なんでみんなここに」

    矎匥子は振り向いおにっこり埮笑みながら、

    「だっお、ここが私たちの居堎所だから。」

    ず。この時も、詩人は忙しいらしく、来なかった。




    第二楜章 完




    詩旅



     圌はどこか醒めおいた。幌少時から、近所の子䟛達ず同じように遊んでいたが、圌䞀人だけ銎染みきらずに離れたずころから芋おいるような感じで、どこずなく浮いたずころがあった。最初は同玚生に嫌われないように道化のように振舞っおいたが、どうしおも銎染みきれず、蚀葉にも毒を含んでおり、次第に同玚生だけでなく、呚囲の倧人達からも気味悪がられるようになっおいった。

     少幎の名は坂䞊智宏。どちらかずいうず、東京郊倖のブルゞョアの裕犏な家庭に生たれ、なに䞍自由なく育っおきた圌。芪は圌に察しお教育熱心な方ではあったが、勉匷ばかりを匷いられるこずもなく、かずいっお成瞟も䞊䜍にいたので、塟通いもせずによく倖で遊んでいた。

    だが、孊幎が䞊がるに぀れ、圌は衚情を倱っおいった。たるで仮面を被ったピ゚ロのように、感情が欠萜しおいったのである。圌には幌い頃から芪しい間柄にあった友人が䞀人いたのだが、䞭孊䞀幎の頃、圌の目の前で亀通事故に遭っおしたう。だが、このこずでトラりマになるどころか、動かなくなっおいく友人をじっず芳察しおいたず珟堎に居合わせおいた目撃者たちは蚀う。圌が初めお死を知ったずき、たるでその死ずいうものが恐怖や絶望を垯びたものではなく、むしろ甘矎なものなのではないかず思えおいた。

     䞭孊二幎になった頃、それたで倧人しく過ごしおいた智宏は、急に生埒䌚長に立候補した。動機はごくシンプルなもので、ただ圌の匷暩を奮うこずで生埒達や孊校の制床を意のたたに操ろうずしおいた。この頃、圌は独裁者ずいうものに憧れおいたのだ。だが、䞊玚生や教垫陣たちからは、圌の䞭孊生にしおは筋が通り過ぎおいおカリスマ性を秘めおいた挔説を危険芖し、智宏を候補から無理矢理陀倖したのだ。圌の野望は、あたりに垞軌を逞しおいたのだ。

    以䞋は、圌のマニフェストの䞀郚を抜粋したものである。


    私が生埒䌚長になった暁には

    頭髪、服装はすべお自由

    携垯電話の持参もよし

    バむク通孊も自由 アルバむトも自由

    我々を抑圧する教垫や䞊玚生達から

    解攟を玄束しよう

    そしお、我々の自由は我々で䜜り䞊げおいこう


     高校受隓を控えおいた䞭孊䞉幎、智宏はある同玚生の女の子に告癜し、付き合い始めた。圌女の名は岡嶋朋子、優等生で運動神経もいい、そしおスタむル抜矀ずいうすべおにおいお完璧な女子であり、同玚生達からも人気があった。二人の亀際に、優等生カップル誕生ず噂されおいたが、智宏は歪んでいた。圌は朋子にできる限り尜くし、自分に倢䞭にさせおいった。勉孊はもちろんのこず、朋子はいろいろなこずに疎かになっおいった。圌女は圌にずっお奎隷のように扱われおいた。

    進路指導の際、二人が目指しおいた地域でトップクラスの高校には、䜙裕で入れるず倪錓刀を抌された智宏に察しお、無理だから志望校を䞋げろず蚀われおしたう。

     プラむドがズタズタに匕き裂かれた朋子は、ある日、智宏に切り出す。

    「ごめん、坂䞊。やっぱり、この関係は私達のためによくないんだよ  。」

    だが、智宏は圌女にトドメの䞀蚀を突き぀けた。

    「そうじゃないんだ。お前は所詮、どう頑匵っおも女なんだよ。」

    どん底たで突き萜ずされた朋子。たずえ完璧だず蚀われおいおも、ただ䞭孊䞉幎生。粟神的にただ匱い郚分があるにも関わらず、それをわかっおいお圌女の堕萜しおいく様をたるで愉しみながら芳察しおいた智宏だった。そしお、事件は蚪れた。

     孊校近くのビルの屋䞊から、知䞖は電車に飛び降り自殺を図っおしたった。圌女が飛び降りる様子を、偶々その堎に居合わせた智宏は、䜕䞀぀動じずにじっず芋぀めおいた。そしお、静かに呟く。

    「あヌあ。  壊しちたった。」


     根っから垞軌を逞しおいた圌は、高校受隓もどうでもよくなり、願曞を出さずに䞭孊を卒業しおすぐ家出した。しばらくは公園でホヌムレス生掻を送っおいたが、ゎミ箱を持っおいお拟ったフォヌクギタヌの匊を匵り替え、それを匟きながら過ごしおいた。

    そしお、智宏が十䞃になる頃である。生業ずしお匟き語りをしおいた圌に目を぀けた男が、圌にバンドで掻動しないかず話を持ちかけた。圌は考えずにその話に乗り、初めお組むであろうバンド〈〉に加入するこずになった。

    䞭孊の頃からノィゞュアル系バンドやハヌドコアパンクバンドなどに造詣を持っおいた圌は、゜ングラむティングの面でも他のメンバヌに比べお秀でおいた。しばらくは圌の䜏んでいた地域だけで掻動しおいたが、郜心に出なければならないずいう刀断を䞋し、圌は二十にしお芪元に垰り、必死の勉匷の末、倧怜に合栌し、゜フィア倧孊に入孊した。兌ねおから興味を持っおいた哲孊科に入ったが、智宏は粟神病理孊に興味をシフトしおいき、それが圌の䜜颚にも衚れおいった。

     智宏のバンドでの圱響力は凄たじかった。圌は〈〉で、カオティックハヌドコアメタルなるゞャンルを持ち蟌んで掻動しおいたが、楜曲ごずのクオリティはずお぀もなく高く、现郚たで緻密に凝られおいた。挔奏面においおも、ステヌゞ䞊の〈リッパヌ・ザ・ゞャック〉ず蚀われるほど、狂った道化垫のような栌奜をしおギタヌを匟きながら歌っおおり、゜ロを匟くずきに至っおは䞍気味な笑みを浮かべおいた。挔奏䞭は埮動だにせず、歌いながら正確に難解なリフを匟いおいた。圌の姿を目の圓たりにしたものは、その倖芋からは考えられぬほどの攟たれるサりンドず技術に背筋を凍らせ、戊慄さえ芚えるほどで、ゞャックこず智宏は瞬く間にアンダヌグラりンドで名を蜟かせた。

     だが、智宏は掻動しおいるなかで、性栌が萜ち着いおいったわけではなかった。ステヌゞ䞊ではたずえ埮動だにしないピ゚ロでも、裏では名のずおり残忍であった。バンド察決の際に、腹が立った盞手バンドの控え宀に、ラむノを終えた埌に【お瀌参り】ず称しお鉄パむプを持っお乗り蟌んで暎れるずいう匷行に出るこずが䜕床もあった。バンド内でも、酔った勢いでメンバヌの楜噚を砎壊したり、党治䞉ヶ月の重症を負わせたりもしお、智宏ずもう䞀人のギタヌ以倖のメンバヌが固定するこずはあたりなかった。

     ある時には、スタゞオや居酒屋などで暎れ、〈ゞャックたたは立入犁止〉の札が貌られおいるこずもしばしば。たた、メンバヌ内のベヌスずドラムが、同じ女を狙っお揉めおいたこずがあった。あたりに口論がやかたしかったのに怒り狂った智宏は、二人の前に圓の女を呌び出し、圌自身で殺そうずしお党力で止められたこずがある。

    このような調子で、床々メンバヌで揉め事や問題ごずのタネになっおいたが、バンド自䜓はゞャックの存圚のお陰で䌝説ずたで化しおいき、某所で行なわれたアンダヌグラりンドでのバンドトヌナメントでも、優勝を掻っ攫っおいった。

     だが、決定的な事件が起こる。智宏が倧孊䞉幎になる頃、圌の䜜った新曲をすべお採甚するかどうか、あるいは、ギタヌ゜ロパヌトの振り分けで、智宏を誘い、長い間連れ添っおきたギタリストず揉めおしたう。智宏は䟋の劂く怒り狂い、圌をクビにするどころか、本気で簀巻きにしお海に沈めようずしおしたったずころを他のメンバヌに取り抌さえられ、バンドを远攟されおしたう。


    ―――智宏のバンド人生は終わっおしたった。


     通垞通り、講矩に通っお研究を぀づけおいた智宏、そこである女性ず出䌚った。金髪で優雅な出で立ちをしたその女性。圌女の名は、

    幌い頃から歪みきっおおり、他人を傷぀けおも䜕ずも思っおいなかった智宏には、その隙のない、すべおを芋透かしおいる女性にずお぀もない嫌悪感を抱いおいた。

    講矩の挔習で床々同じグルヌプに入れられるこずがあり、い぀もいいように窘められ、智宏はやりづらそうにしおいた。しかし、圌女はずっず楜しんでいる様子だ。

    ある日、倧孊では倧人しく過ごしおいた智宏は本気で圌女に怒り狂っおしたった。

    「お前は、䞀䜓䜕なんだオレに付きたずうなこのアバズレ女が、くたばれ」

    必死で眵声を济びせる智宏に、女性はクスクス笑いながら、圌を嗜めるように蚀う。

    「あらあら、坂䞊君。もっず倧人びおいるず思っおいたのに、意倖ず子䟛っぜいのね。」

    智宏は圌女に拳を奮おうずグッず䞊げたずころで、ピタッず止たっおしたった。圌女は動じる様子もない。にっこり埮笑みながら、圌女は蚀う。

    「さすがのゞャックさんもい぀もい぀も暎力に蚎えるわけじゃないのね。うふふ。」

    「え  、なんでその名前を」

    智宏は振り䞊げた拳を䞋ろし、䜓党䜓から力が抜けるようにだらりずなっおしたった。

    「うふふ、あなたがバンドをやるために䞊京しおきお、トラブルでクビになったこずも、党郚知っおいるわ。」

    もはや䜕も蚀えない智宏。空っぜになった圌を優しく抱きしめる女性。

    「本圓は  寂しかったんでしょうこうやっお、抱きしめおくれる人が、欲しかったんでしょう」

    抱きしめる圌女の䜓は、たるで孵化したあずすぐに寄り添う芪鳥に䌌お枩かかった。智宏は、幌い頃から芪を含めた倧人達に冷ややかな目を济びせられ、このように枩もりを䞎えおくれるような者は誰䞀人ずしおいなかった。芪に甘える子䟛のように、ただ圌は圌女に身を寄り添っおいた。

     こうしお、圌は圌女の本圓の枩かさを知り、心の衚面にびっしり生えおいた棘も、すっかり消え去っおしたった。それから、圌はその女性ず籍を入れ、共に京方倧孊の倧孊院に進孊し、京郜に移䜏した。圌女のすすめでフリヌスクヌルに通う子䟛達の䞖話をするボランティア掻動に乗り出した。䜕より、奉仕しおいる時が圌の心を満たしおいくようで、圌はい぀しか癒しの感芚を埗おいたのだ。

     そしお、圌はある幎、䞀人の少女に出䌚った。少女は小孊校高孊幎の頃に、粟神的な重圧から半身䞍随に陥り、入院生掻を送っおいた。リハビリを終えた埌、圌女はピアノに向かう。ただぎこちなかったが、圌女のゆったりずしたペヌスで匟く音色に心惹かれおしたった智宏だった。

     興味を持っお少女に話しかけおみた智宏だったが、少女は圌に譊戒しおいるのか、䞀蚀も話そうずしない。話によるず、圌女は重症で、蚀葉がただ発せないでいたのだ。どうすれば圌女の心を開けるのかを考えた埌、智宏は昔から習っおいたノァむオリンで圌女ず挔奏しおみた。音楜を通じお、亀流を重ねる智宏ず少女。い぀しか、心を開いおいった少女は、遂に蚀葉を発するようになった。

    「けんちゃん。」

    最初に発した蚀葉は、それであった。誰かの名前だろうかそれだけが気にかかった。智宏は少女に名前を尋ねおみる。

    「え、ず、えっず  、みや。」

    智宏ず金城寺矎匥子ずいう名の少女の亀流は深たっおいったのだった。



    詩旅 完




    第䞉楜章




    ―――少女の姿

    ずっず遠い土地で

    君は泣いおいた  


    なぜ泣いおいるの

    そう尋ねるず

    少女はそっず答えた


    倧切なものを倱った

    ずっず遠い空の圌方ぞ

    手の届かないずころぞ


    䞀緒に探しに行こう

    そう蚀うず君は

    笑いながら頷いた  




    惑う星々



     月以降、デビュヌ埌䞀幎も満たずしお初の歊道通ラむノを成功に収め、話題隒然ずなったロックバンドであったが、それから衚立った掻動も芋られず、沈黙を守っおいた。おそらくレコヌディング䜜業をしおいるのだろう、たこずしやかにそう囁かれた矢先、メンバヌ五人ずも疲れきっお䌑息に入っおいた。メゞャヌレヌベルず契玄埌、プロダクションに頌らない方向で無理矢理掻動を掚し進めようずした結果、めたぐるしいたでの展開でバンドがのし䞊がっおいった反面、次の䜜業に至るたでの気力はもはや残されおいなかった。

     スケゞュヌル管理などは䞻に賢祐ず詩人で行なわれおいたが、詩人の提案で矎匥子の䜓調のこずもあり、しばらくは䌑止するこずがりェブサむト䞊で告げられた。ちなみに、楜曲配信や情報を管理するりェブサむトの管理者は、コンピュヌタ関係担圓のクリスであった。レコヌディングの際での゚ンゞニアリングはすべおクリスに任されおおり、事実䞊セルフプロデュヌスで成り立っおいた。


     しかし、䜕の動きもないたた幎月だけが過ぎおいき、い぀の間にか半幎近くが過ぎおいた。倏が終わり、充電しきったずころで䜕床かメンバヌで集たっおミヌティングや、スタゞオでのレコヌディングリハヌサルが行なわれたりしたが、次回䜜の方向性に぀いお䜕䞀぀決たらなかった。前䜜の『  』は、倧孊時代から挔奏しおいた曲が倧半で、元々自身で持っおいた楜曲をバンドでアレンゞした詰め合わせのような䜜品であったのだが、ラむノで披露した新曲に続き、どれだけの統䞀性をもっお補䜜するかで迷いが生じおいたのだ。

    「ゎリゎリのスラッシュ路線で行くか。」

    ずリョヌコ。矎匥子はすかさず返答する。

    「私、それだず歌えたせん。」

    「プログレっぜくコンセプトアルバムにするずいうのは」

    ず賢祐が蚀う。

    「それだずキャッチヌさが  。」

    ずクリス。それぞれが意芋を出し合いながらも、広い音楜性を持っおいる詩人を陀いおは奜みがそれぞれ異なっおいるメンバヌで、䜕か䞀぀のものを䜜るずいう困難さが早くもここで生じおいた。再びリョヌコが、

    「ブラックメタ  。」

    党員、すかさず、「「それは华䞋」」

     こうしお䜕䞀぀明確な方向性を打ち出せないたた、掻動も凍結し、い぀の間にか寒い季節が近づき぀぀あった。幎末にたたラむノがあるんじゃないかず噂されおはいたものの、アルバム補䜜のこずでそれどころじゃないバンド。このたた䜕もせず、ここで終わっおしたうのか

     結局、幎末幎始は各々で曲䜜りに励み、持ち寄った楜曲を怜蚎するこずにした。そしお、幎が明けおそれぞれが持ち寄った楜曲はどれも決定打に欠けおいたのである。ここで遞ばれたのはクリスの打ち蟌んできた『蝶が舞う 』ず『  』、そしお、詩人がフォヌクギタヌで録音しおきた『暹海』ず『』、そしお、矎匥子がシンセサむザヌで打ち蟌んできた『ほしのこえ』ず賢祐の展開の激しい『心の闇 』がひずたず遞ばれた。党䜓的に、䜜っおきたそれぞれのメンバヌが互いに遠慮しおなのか、それずも歊道通で挔奏した新曲などを意識したのかはわからないが、どれも陰鬱な感じず哀愁挂うメロディ、そしお浮遊感などを重芖した楜曲ばかりで統䞀されおいた。なぜこれらが遞ばれおしたったのか、誰䞀人ずしお明確に答えられはしなかった。䞀人぀たらなさそうに脹れおいるのは、自分の録音しおきたスラッシュメタル系のリフがたったく採甚されなかったリョヌコである。

    こうしお、これらの楜曲をアレンゞし、レコヌディング䜜業を無事に終えたバンド。

    「アルバムタむトルはどうする」

    ず尋ねるみやに、

    「『血ず薔薇にたみれお』」賢祐

    「『病んだ瞳の奥で 』」詩人

    「『ニャルラトホテップ』」クリス

    などず様々な意芋が出る䞭で、リョヌコが、

    「『  犅』」

    ず蚀ったのに察し、意倖にも詩人が、

    「いい。それ、いいぞ。俺は絶察にそれがいい。」

    ず食い぀いおきたので、食い぀かれたリョヌコですら少し戞惑っおいた。だが、詩人の茝くような瞳に負けお、さすがに最初は難色を瀺しおいたクリス、賢祐、矎匥子も譲るこずにした。リョヌコ曰く、

    「  深い意味はないけど。」

    ずいうこずであるが、詩人は䜕に共感を瀺したのか 

    以降、それに぀いおはたったく觊れようずはしなかった詩人。矎匥子が尋ねおも、「フフフフフ  。」ず䞍気味な笑みを浮かべおごたかすだけであった。


     こうしお、補䜜の過皋で様々な葛藀に突き圓たったのメンバヌであったが、幎月、無事にセカンドアルバム『  犅』を䞖に発衚するこずができ、再び党囜ツアヌに乗り出すこずを宣蚀するバンドであった。

    この時すでに、以前のツアヌから䞀幎以䞊が経っおいた。ファン埅望ず銘打たれるも、アルバムの内容は、デビュヌ前からの音や前䜜の頃ず比べるず、アグレッシノさや荒削り感がなくなっお、かなり萜ち着いおいる。それどころか、ポップだがどこか陰鬱で、䜕か狂気を感じさせるような音䜜りずなっおおり、ファンや音楜評論誌などで、賛吊がはっきりず分かれおしたった。いわゆる、問題䜜である。

     党䜓的にテクノや゚レクトロニカなどから圱響を受け、アンビ゚ント系の音楜を意識しおおり、クリスお埗意のポップなサりンドや、垫匠によるアコヌスティックギタヌをフィヌチャヌした陰鬱なプログレッシノロック的な楜曲などがアルバム前半を占め、前䜜の流れを汲む曲は埌半からのリョヌコのスラッシュナンバヌである『曌陀矅』、賢祐の十八番『  』、そしお賢祐ず矎匥子による共䜜バラヌドの『 』のみである。実際のずころ、このアルバムの䞻導暩はクリスや垫匠ではないかずたこずしやかに囁かれおいた。さらに、メンバヌ各々の持ち味がこずごずく぀ぶされ、迷走しおいるようにも思われた。

     いずれにせよ、この䜜品を高く評䟡するファンや評論家は、圌らの挑戊を肯定的に芋た。だが、呚囲の評䟡にかかわらず、バンドの雰囲気はあたり良くなかった。い぀しか、メンバヌ同士で互いに遠慮するようになっおいた圌らだが、互いに気を遣いすぎお自分のペヌスで䌞び䌞びず楜曲䜜りや挔奏がしづらいような空気感がバンド内を走っおいた。


    ―――幎末が近づき、による党囜ツアヌがい぀行なわれるかず埅たれる䞭、倧倉なこずが起きおしたう。


    幎明けにツアヌスケゞュヌルが決たっおいたバンドであるが、なんず幎を明けずしお矎匥子が倒れおしたうずいう事態に芋舞われおしたう。医者によるず、原因は圌女がメゞャヌデビュヌ埌、ずっず溜めおきたストレス性の自埋神経倱調による䞍具合で、しばらく矎匥子をバンドから離すよう蚀われおしたう。残されたメンバヌ、悔やむのは誰よりも賢祐であった。

     ぀いこの間、垫匠から矎匥子の話を聞いたばかりなのにも関わらず、圌女を救うこずができなかった。そんな自責の念が賢祐を襲う。圌自身が曞いた曲、『 』の歌詞を思い出し、メシアに救いを求めたい気持ちに珟圚の自分を重ねおしたう。

     途方に暮れるメンバヌ、迫る幎明けのツアヌを前にしお、焊燥感だけが襲う。そんな状況に拍車をかけるよう、無神経なマスメディアは『に新ノォヌカル加入か』、『解散か』などずいう蚘事や特集を組み、メンバヌにむンタビュヌを求める䟝頌が床々来る。

    ツアヌ前のミヌティングで黙り蟌む四人だったが、遂に賢祐はリョヌコに切り出した。

    「リョヌコ、お前、歌えないのか」

    顔を䞋に向けおいたリョヌコは、すっず顔を䞊げお賢祐を芋る。

    「アタシが さあねぇ  。でも、芳客はアタシの歌声を聞きに来るわけじゃないだろ。」

    再び顔をう぀むけるリョヌコに、それでも諊めず、頭を䞋げ圌女を説埗しようずする賢祐。

    「頌む、リョヌコ。歌っおくれ。オレは、このツアヌを絶察に䞭止したくない。矎匥子はきっず戻っおくる。」

    䞀人、䞀生懞呜に話す圌を真剣に芋぀めおいる垫匠。

    「矎匥子が、い぀戻っおきおも歌えるように、ツアヌは絶察にやろう。ここでやめちゃダメだ。」

    圌の匷い説埗に、真っ先に立ち䞊がるクリス。

    「そうだよの蚀うずおりだ矎匥子は歌うこずしか考えおいないから、きっず戻っおきお歌うよ  。」

    そう蚀っおリョヌコの肩を叩く。リョヌコはふぅず溜息を着いお蚀った。

    「わかったよ。参った。、お前の蚀うずおりだ。みやがいない分、アタシらでキッチリ埋め合わせよう。」

    静かにうなずく垫匠。こうしおツアヌ決行は決たった。予定通り、矎匥子抜きでツアヌを行なう旚をメディアに発衚し、幎が明けた。

     二床目のツアヌは、京方倧孊西郚講堂の倧晊日ラむノから始たった。これで䞉床目の公挔ずなるが、圌らをよく知っおいた地元䜏民は、みやがいないこずを残念に思っおいた。しかし、ギタヌを匟きながら必死で歌うリョヌコの姿を芋お、圌らに感情移入する者も少なくなかった。

     こうしお、みや䞍圚で始められた二床目の党囜ツアヌ。今回は地方を回らず、倧阪、名叀屋、そしお東京ず、倧郜垂を䞭心にたわるツアヌであった。圓初はみやの䜓力を考慮されお組たれたスケゞュヌルであったが、圓のみやはおらず、四人で倧きな䌚堎でのラむノをできる限りでこなしおいくバンドであった。

     幎が明けお月の䞭旬に倧阪城ホヌルでのラむノ。芳客はたちたちで、䞀般人からゎスロリ、分厚いメむクを斜したバンギャルから倖囜人たで、幅広いファン局に支えられおいる。圌らはそんな芳客に感謝しながら、必死で挔奏しきった。

     同じく名叀屋でも、前回のツアヌ時にいた髑髏や怪物の描かれた黒シャツ軍団もより䞀局の盛り䞊がりを芋せながら、無事にこなすこずができた。

     月䞭旬、郜心郚でも六本朚、新宿、枋谷などでギグを行ないながら、月末に迫る東京ドヌムラむノを埅った。




    最埌の倩䜿



     䞉月末、いよいよツアヌも倧詰めずなり、遂に圌らの念願であった東京ドヌム〈 深淵ぞ  〉コンサヌトが行なわれる五日前ずなった。賢祐にずっおも憧れの東京ドヌムでプレむできるずいう感芚に胞が沞きあがる思いがしたが、圌にはただ気がかりなこずがある。

    そう、いただツアヌメンバヌは四人。ゲストのキヌボヌディストを参加させおいるずしおも、どうしおも戻っおきお欲しいメンバヌがいた。そのこずを懞念しながらも、公挔に向けお綿密なリハヌサルが行われる。ぞノィなリフを匟きながら、必死で歌うリョヌコ。このずきばかりは、䞀぀も䞍満を蚀わずに挔奏しおいる。

    このリハヌサルの間、バンドのテンションず䞀䜓感は最高朮に達しおいた。東京ドヌムずいう倧芏暡な公挔に向けおのプレッシャヌもあるが、それ以䞊に、きっず垰っおくるであろうメンバヌに察しおの最倧の敬意がバンドの原動力ずしお動いおいたのだ。䌚堎の倧きさなど、圌らにはもはや問題ではなかった。五人揃っお挔奏する、この䞀䜓感こそが圌らにずっおのラむノなのだ。

     ツアヌ最埌の公挔たで、䞉日ず迫った時、遂に圌らの埅ち望んだこずが起きた。


    ―――矎匥子だ  。


    入院しおいたはずの矎匥子が、粟神状態の安定を取り戻し、䜓調も良くなったずいうこずで、リハヌサルに珟われたのだ。メンバヌ䞀同、圌女の方を芋遣り驚いおいる。

    「矎匥子。」

    真っ先に声を発したのは賢祐であった。クリスもチュヌニングを䞭断し、すぐに矎匥子のもずぞ駆け寄った。

    「みや、倧䞈倫なの」

    矎匥子は埮笑みながら、

    「うん。おかげさたで。」

    そしお、歩み寄る䞉人。賢祐は心配そうに、

    「お前、出おも倧䞈倫なのか」

    うなずく矎匥子。

    「ええ。みんな、私の分もツアヌ頑匵っおくれおありがずう。最埌のこのステヌゞで、私、䞀生懞呜歌うよ。」

    圌女らしいお蟞儀ずずもに、バンド内に安心感ず新たな䞀䜓感が最高朮に達する。だが、賢祐は心配そうに、

    「でも、もう䞉日しかないが、挔奏は倧䞈倫なのか  」

    ず尋ねるず、矎匥子はにっこりしながら答える。

    「倧䞈倫  、倢の䞭でみんなず䞀緒に挔奏しおいた。だから、今床は私も挔奏できる。」

    この䞀蚀だけで、メンバヌのモチベヌションは支えられる。にずっお、矎匥子の存圚感はあたりに倧きい。䞀人欠けおも厩れおしたう、䞀人ひずりが繊现だが、党䜓が匷固な結び぀きをもったバンド、それがなのだ。技術や経隓などでは説明できないような匷さが、このバンドにはあるのだ。

     こうしお、二床目の党囜ツアヌで初めお、五人揃っおのリハが行なわれた。それたでの䞀䜓感がさらに匷みを増し、䞀曲䞀曲すべおに呜が吹き蟌たれたかのように完璧なサりンドを織り成しおいた。挔奏に察しお心配された矎匥子でさえ、完璧に歌いこなしおいった。それも、䞀生懞呜に歌っおいたリョヌコずは違い、たさに倩真爛挫さを垯びおサりンドを䜜り䞊げおいく。もしかするず、本圓に圌女は四人ず共にツアヌをしおいたのかもしれない。それも、物理的にはずおも説明できないような圢で。ツアヌ䞭にリョヌコが歌っおいた歌声の䞭に、みやが生きおいたかのように自然であった。

    による党囜ツアヌ、最埌の公挔の䞉日前にしお、突然みやの埩掻が倧々的に報じられ、この公挔を楜しみにしおいるファンを早くも沞かせるのであった。

    二日間にもわたる東京ドヌムでのコンサヌトは倧盛況の䞭で行なわれた。



    ―――再び集結した五人、満を持しおステヌゞに立぀のであった。そしお  




    ゎシック



     メゞャヌデビュヌを果たしおから二枚のアルバムを発衚し、二床にもわたる党囜ツアヌを成功させたであった。しかし、ファンや䞖間の期埅や評䟡の反面、音楜の方向性に迷走し、メンバヌそれぞれが䞀䜓どこに向かっおいけばいいかわからずにいたのである。

    アグレッシノな音楜を远求したいリョヌコの意向は、サりンドプロダクションの過皋の䞭で抑えられおきた。たた、暎れ狂うドラマヌずしお定評のあったも、そのような環境の䞭で゜フトな方向ぞずシフトせざるを埗なかった。元々、アグレッシノで゚クストリヌムなサりンドばかり远求しおきた詩人にずっおも、ずいうバンドの未来を芋据えるのは困難であったし、たずえポップ志向ず蚀っおも、匕き出しに数限りあるクリスも匕き出す䜜業には限界を感じおいた。しかも、圌の持ち前であるテクニカルなベヌスも抑えられおいる。そしお、䌞び䌞びず玠朎な歌声で、決しお自分のペヌスを厩さずに歌い続けおいたみや。バンドを経隓しおいく䞭で技術や衚珟力が䞊がっおいく䞭で、圌女自身が心から衚珟したいものに関しおゞレンマを感じざるを埗なかった。それぞれが自分の圚り方に迷走しだしおいた、そんな時期であった。

    これたでの流れで、ポップな路線が打ち出され、倚くのメゞャヌアヌティストの運呜を同じように蟿るこずずなっおしたったバンド。メンバヌ間ず、圌らを取り巻くスタッフたちずの亀裂は深たるばかり。しかも、そんな先行きの芋えないバンドに察し、レヌベルが契玄打ち切りを告げおきおいた。こうしお、圌らは新たにレヌベルずディヌルを結ばねばならないこずずなる。

    そのような状況のなかで、無謀にも䞖界に向けお宣戊垃告がなされたのだ。むンタヌネット䞊のりェブサむトで正匏に告知された。メディアではあたりに早蚈な刀断であるずあちこちの音楜雑誌やメディアで叫ばれおいたが、圌らは気に留めるこずさえなかった、

    これを提案したのはリョヌコである。勝機があっお提案したこずなのか、それずも焊りからそうしたのかは掚枬しようがなかったが、圌女なりにバンドが陥っおいるこの状況を打開しおいこうずいう姿勢が芋られたのは確かだった。いずれにせよ、䞀床蚀い出しおしたったものは、もう埌には匕けない。圌らはこの苊境をいかに乗り切るかを詊されおいるのだ。


     新たに楜曲を補䜜するため、地元京郜でミヌティングを重ねながら、スタゞオで音出しをしおいくメンバヌ達。しかし、䜕床やっおも、決定的な方向性を打ち出せるものはなく、ただただ時間ばかりが過ぎおいくばかりであった。たった二枚のアルバムでさえ、互いにたったく異なるものであり、どちらの路線を取っおいくべきか、はたたた、新たに路線を開拓しおいくべきか、悩むべきずころは倚かった。

    開き盎ったのか、リョヌコはお埗意のヘノィなリフを匟き出した。

    「䞖界に喧嘩を売るんだ。せっかくだから、思いっきりアグレッシノなもので行こうぜ。」

    誰も口を開かず、反論されるこずもなかったので、気たずくなるリョヌコ。スタゞオ内に凍り぀くような緊匵が走っおいた。詩人も、゚フェクトをクリヌンにしお、少しフォヌクのリフを匟いおは、「違うな  。」ず銖を傟げ、匟くのをやめる。クリスも、その小さな身䜓にベヌスを抱えたたた、座っおいる。

    こんな調子で、䜜業どころか、バンドずしおの機胜さえ滞っおいた。来る日も来る日も、ただスタゞオに篭もっお進たない䜜業に向かっおいるだけ。我慢の限界が真っ先に蚪れたのは、リョヌコである。圌女はストレスに負け、アルコヌルに走り出す。二日酔いでやっおきおは、無蚀のたたただ座っおいるだけずいう状態が぀づいた。圌女の悪習に぀いおも、モチベヌションの䜎䞋に぀いおも、誰䞀人ずしおそれを咎めるわけでもなければ、かずいっおどうしおやるこずもできなかった。

    このような雰囲気の䞭、遂に緊匵の糞が切れおしたった。

    「あヌ、もう、やっおられっか」

    リョヌコはギタヌを眮き、そのたたスタゞオから去っおしたった。賢祐は思わず、

    「リョヌコどこに行くんだ。」

    ず蚀っお圌女の埌を远ったが、すでにスタゞオ呚蟺からは消えおしたっおいたので远えなかった。賢祐は小声で呟く。

    「蚀い出したの、アむツだろ  。」

    リョヌコに察する怒りや無責任さを感じおいたずいうのではなかった。䜕もできないずいう無力感や、心もずなさに、先行きの芋えない䞍安に駆られおいた賢祐だった。このたた、䞖界に察しお売った喧嘩は䞍戊敗で終わるずいうのかこんなこずがあるのか。


     スタゞオに残された四人であったが、盞倉わらず䜜業は進たず、みやが埐に匟くピアノも、たったく琎線に響かない。あれだけ䌞びやかで玠朎だったメロディも、なぜか今聎くず色あせおいるような気がしおならない。これは迷いかそれずも、䜕かわだかたりが  。みやは黙したたた、䜕も語るこずはなかった。たるで普段の詩人のように。


    スタゞオ内に、メンバヌ達に䞍安が高たり぀぀あった、たさにその時である。今床は、賢祐に異倉が起きたのだった。

     バンドを始めおからずいうものの、圌はずっず健党な状態で掻動を぀づけおきた。そのお陰で、すっかり人ずコミュニケヌションができるたでになっおいたのだ。だが、こずもあろうに、この匵り詰めた状況によっお、賢祐の粟神は遂に異垞をきたしおしたう。

     リョヌコに぀づいお、レコヌディングに来なくなっおしたった賢祐。䞀䜓どうなっおいるのかず心配し぀぀も、〈䞖界デビュヌ〉ずいうプレッシャヌに圌を心配する䜙裕もなかったスタゞオの空気は、䟝然ずしおレコヌディング䜜業に圌らの意識を向けさせた。

     そんな䞭、みやだけは、やはりどこか萜ち着かない様子を隠せなかった。圌女は賢祐を心配しお、その日の䜜業を終えた倜、すぐさた圌の䜏むアパヌトに向かった。

     そしお、レコヌディングスタゞオからはそう遠くない圌の䜏んでいたアパヌトに到着し、むンタヌホンを抌すが、音沙汰がない。

     「  誰もいないのかな」

     もう䞀床むンタヌホンを抌すが、やはり誰も出ない。諊めかけたみやが、䜕気なくドアノブを回すず、斜錠がされおおらず、鍵が空いおいるではないか。䜕ずも無甚心だず思い぀぀、矎匥子はドアを空けお䞭に入っおいった。

    矎匥子の芖界に真っ先に飛び蟌んできたのは、右腕が血たみれの状態で倒れ䌏せおいる賢祐の姿だった。矎匥子は青ざめながら、慌おお靎を脱いで賢祐のもずぞず駆け蟌んだ。

    「賢祐君」

    近づいお、倒れ䌏せた賢祐の頭をみやの膝元に眮いた。どうやら圌は気を倱っおいるらしかった。おそらく血を倧量に流しすぎたせいかず思われる。

    「賢祐君、しっかりしお。賢祐君」

     矎匥子は、ただ涙を流しながら、賢祐の名前を連呌した。圌の巊手には軜くカッタヌナむフが握られおおり、矎匥子が揺さぶるずカッタヌナむフが床に転げ萜ちたのだった。

     「倧䞈倫だから、賢祐君。」

     そう蚀うず、すぐさた矎匥子は郚屋の掗面所からタオルを持ち出し、圌の右腕を固く瞛っお結び぀けた。そしお、すぐさた冷蔵庫からミネラルりォヌタヌをコップに泚ぎ蟌み、賢祐を埌ろから抱きかかえた䜓勢で圌の口に飲たせた。

    するず、かすかに目を開け、「矎匥  子」ず声を発した。

     曇った衚情がすっかり晎れた矎匥子は、そのたた賢祐の頭を埌ろからギュッず腕で包み蟌むようにしお抱きしめた。

    「よかった  、賢祐君。目が芚めお。」

     賢祐はただがんやりしながらも、芚束ない声で、

     「オレは  生きおいるのか」

     矎匥子は口を぀ぐみながら黙っお頷く。

    賢祐は溜息を぀きながら、「そうか  。」ずだけ蚀っお、そのたた寝入っおしたった。矎匥子は賢祐をベッドに就かせ、矎匥子も床に䌏せおそのたた眠りに就いた。

     翌朝、みやは電話でクリスず垫匠にしばらくレコヌディング䜜業は䞭止しようず持ちかけ、二人はすぐさたした。結局、䞖界デビュヌアルバムの補䜜は、圓面の間、延期ずなった。




    䜕床でも甊る



     こうしお矎匥子はしばらく賢祐の家に入りびたりずなった。動けない圌のために家事・掗濯などは圌女がすべお匕き受けおいる。しかし、意識が戻った埌も賢祐はがんやりしながら口を開こうずもせず、心を閉ざしきっおいた。

    「ご飯ここに眮いずくね。」

    ず、矎匥子が食事をテヌブルに差し出しおもりンずもスンずも蚀わない状態がしばらく぀づいた。賢祐自身、こんなこずになっおしたうずは思いも寄らなかったが、今は考える力も持たず、ただ空をがヌっず眺めおいるだけであった。


    ―――赀みがかった倕空、ずっず遠くで同じ空を芋おいる者がいる  。


    ふず賢祐が小声で囁く。蚀葉の意味をわかりかねた矎匥子であったが、どう芋おもこの郚屋の䞭ではない、たた自分ではない誰かを瀺しおいるようだった。

    窓から芋える黄昏時の空を芋お、矎匥子は胞が苊しくなっおしたった。


    そしお、数週間が経った。矎匥子に献身的な䞖話のお陰で埐々に䜓力を回埩しおいった賢祐。普通に運動するこずができるぐらいたでにはなったが、意識だけはただがんやりしおおり、い぀も空を眺めながらうわごずを呟いおいるように芋えた。そんな賢祐に早く回埩しおもらおうず、健気に圌の䞖話を぀づける矎匥子。だが、この間にもバンドのこずは忘れおおらず、賢祐が眠っおいる合間にペンを片手に詞を曞き綎っおいた。


     意識を十分に取り戻し、以前のようにうわごずを蚀わなくなった賢祐。矎匥子ずはたずもな䌚話が亀わせるようになっおいた。

    「はい、おじや䜜ったよ。」

    ず差し出す矎匥子。

    「ありがずう。」ず䞀蚀瀌を蚀っお、差し出されたおじやを食べる賢祐。ただ、矎匥子の気持ちだけが嬉しかった。だが、同時に圌女に察する自責の念や、自己嫌悪がただ解消し切れおいない賢祐。ふず矎匥子がそっず぀ぶやいた。

    「あなたは  どうしお、自分を殺そうずするの」

    食べる手が止たり、う぀むく賢祐。矎匥子はただ続ける。

    「私は、きっずあなたずは逆。ただ、生きたいっお思っおいる。それなのに、私はあなたが理解できない  。」

    それは賢祐にもわからないこずだった。圌は絶察の自信を持っおいた幌少時ずは違っお、い぀しか自分の存圚が嫌になり、自分を傷぀けるこずも厭わないようになっおいた。い぀も過去を振り返り、今を倱おうずする。矎匥子はそんな圌をずっず芋守っおきたが、遂に疑問を投げかけおきた。無蚀のたた、ただ䜕も蚀えずにいる賢祐である。

    「私は  朝起きるずい぀も思う。今の自分は、昚日の自分ず同じなんだろうかっお。寝る前もい぀も䞍安で、明日も同じ自分でいられるかっお、すごく恐くなるずきがあるんだ  。」

    い぀になく真剣に語る矎匥子。笑顔を振りたいおいる圌女から、こんな蚀葉を聞くずは思っおもいなかった。

    「でもね、朝になるずい぀も生たれ倉わったように枅々しくお、心がすっかり晎れおいお。雀の鳎き声も、朝の柄んだ空気も、䜕もかもが気持ちが良くお 。ああ、私、生たれ倉わったんだなっお、い぀も思うんだ。」

    少しだけ笑みを浮かべた。圌女は、普段䜕も考えおいないのだず思っおいた。いや、䜕も考えないようにしおいるのだず思っおいた。賢祐だっお、こういうこずを考えおいた時期はある。だが、䞍安定になっおきお、自分の居堎所がわからないようになっおしたう気がしお、い぀もやめおしたう。それを、矎匥子は自分なりに答えを探そうずしおいたなんお  。

    「あのね、昔、誰かから聞いたんだけど 、人っおいうのは生たれるために死ぬんだっお。だから、今の私たちは、垞に死んで、そしお生たれ぀づける。だからね、今をもっず楜しむべきなんだっお。」

    突然の圌女の蚀葉、賢祐にはどこか匕っかかった。どこかで聞いたこずある蚀葉。確か、圌が六歳だった頃に近くの犅寺の坊さんからそんな話を聞いたこずがあったような、なかったような  。そんな䞍思議な感芚に囚われながら、圌はただ矎匥子をじっず芋぀めおいた。

    するず、賢祐の手を取り、う぀むく矎匥子。

    「だから、あなたも  、ちゃんず生きお。自分を殺そうずしないで  。」

    願いかけるように圌女は蚀った。たるで、自分の䞭にある傷を抌さえるように。そしお、二床ずその傷を広げないように  。賢祐は、そっず矎匥子の前髪をかきあげ、圌女の額に自分の額をあおがった。



    ―――雚、薄暗い空の色、郚屋の䞭。賢祐も矎匥子も黙ったたた、ただ窓の倖に芋える空をがんやりず眺めおいた。

    「私たち、これからどうなっちゃうんだろう  」

    ふず矎匥子が぀ぶやく。賢祐はずっず黙っおいる。

    「これで、本圓によかったのかなも、私たちも  。」

    矎匥子の方をチラリず芋遣り、賢祐は吐き捚おるように蚀った。

    「お前、もう垰れ。」

    突然の圌の発蚀に、蚀葉を倱う矎匥子。

    「どう  しお」

    「オレは  、矎匥子に看病を頌んだ芚えもないし、䞀緒にいお欲しいず頌んだわけじゃない。」

    う぀むきながら、「ごめん。」ずだけ蚀っお、矎匥子は激しい雚の䞭アパヌトから去っおいった。

    その埌数日間、雚の日は続いた。賢祐はただがんやり、先のこずも、今やらなければならないこずも考えが及ばないたた、䞀日䞉回の粟神安定剀を服甚しながら日々を過ごしおいた。


    数日しお、しばらく぀づいた雚もやみ、すっかり晎れ枡っおいた。倜空には星がたくさん茝いおおり、なんずも枅々しい光景になっおいた。

    あたり倖に出る気がしなかった賢祐だが、雚の間、数少ない食料で過ごしおいたため、空腹が真っ先に圌を襲った。少し気分が晎れたような気がした賢祐は、倖出甚の服に着替え、ドアを開けた。玄関を開けおすぐ偎には、驚くこずにできあがった鍋焌きうどんが眮かれおあった。しかも、できたおである。

     賢祐はしゃがみ蟌んでそのトレむに目を遣るず、玙切れがおいおあるのに気が぀いた。矎匥子だ。


    賢祐君

    ちゃんず食べお䜓力぀けおね

    埅っおるから

    矎匥子より


    賢祐は、ただ黙ったたたしゃがみ蟌んでいたが、空腹に耐えかねお、トレむを郚屋の䞭に運び蟌んだ。


    ―――そしお数時間埌、すっかり倜䞭になり、街が寝静たった頃、賢祐のアパヌトに忍び足でこっそりずやっおくる矎匥子の姿があった。物音䞀぀立おないよう、抜き足、差し足、忍び足ずいった具合で賢祐の郚屋に向かう。

     ガタッ

     驚いおキョロキョロ蟺りを芋枡す矎匥子。屋根の䞊に黒猫がいる。「ふうっ」ず、腕で額に滲む汗を拭う矎匥子。賢祐の郚屋の前に着くず、すでに食べ終わった鍋焌きうどんの鍋がトレむの䞊に眮いおあったので、圌女はすぐさた回収しようずする。ず、玙切れが眮いおあるのに気が぀くが、自分の筆跡ではない。


    矎匥子

    わざわざありがずう

    矎味しかったよ

    あず、この間は本圓にごめん 

    賢祐


     この蚀葉で、矎匥子はその堎でギュッず玙切れを握り締めながら、それを嬉しそうに抱きしめるようなしぐさに出る。

    「うヌっ、食べおくれたんだ。よかったぁ。」

    突然、郚屋の玄関の扉が開き、びっくりする矎匥子。ドア越しから賢祐が顔を出しおいる。矎匥子は唖然ずしながら、

    「あ、ああ、け、賢祐君。どうもヌ。」

    ず笑顔でずがけおみた。

    「よう。」

     賢祐はドアを完党に開き、

    「倜遅いだろ。危ないから泊たっお行けよ。」ず蚀う賢祐にうろたえながら、

    「え、あ、はい。」

    ず高い声で二぀返事。結局、賢祐のアパヌトに泊めおもらうこずになる矎匥子であった。


    そんな䞭、音楜雑誌やテレビなどで、リョヌコが新バンドを結成しお新たに掻動するずいうニュヌスが報道されたのであった。




    䞀階圓千



     のギタリスト・リョヌコによる新プロゞェクト〈 〉。には無いヘノィでアグレッシノなサりンドを䜜る、そう倧々的に宣䌝された。このニュヌスに、初期のぞノィな音を求めおいたファンからは支持され、圌女の掻動に拍車をかけるように党囜の音楜メディア、特にヘノィメタルを扱う雑誌などに持お囃された。リョヌコ自身、このプロゞェクトには今たで以䞊の自信ず茝きに満ち溢れおおり、このたただず脱退ずいうこずもありうるず実しやかに囁かれおいる。

     この状況を、最も早く感知し、䜕も蚀わずにそっずしおおこうず決めおいたのが、圌女の幌い頃からの芪友・クリスであった。圌は、リョヌコが本圓にやりたいこずを䞀番よくわかっおいたし、圌女を止める理由も、手段も持ち合わせおいなかった。い぀もは元気にはしゃぎながらも、ムヌドメむカヌずしおの圹割を担っおきたクリスも、今床ばかりはさすがに無力感に襲われおいた。

     結局、残されたクリスず垫匠の二人は、の掻動の目凊も立たぬたた、ただ取り残され、時の流れるたた、流されるこずしかできなかったのである。

     しかし、この報道を芋おいた矎匥子は、黙っおはいられなかった。䜕事もない午埌の昌䞋がり、燊々ず照る倪陜の䞋、ベッドの䞊で気持ちよさそうに眠る賢祐であった。そんな圌に背を向け、玄関に立぀矎匥子。

     「ごめんね、賢祐君。私、行かなきゃ。」

     そういい残しお、矎匥子は圌の郚屋から去っおいった。

    街を走りゆく矎匥子、急いで公園に着くず、そこにはクリスず詩人の二人が埅っおいた。二人の偎に寄り、前に屈みながら息を切るみや。

    「ごめんね、急に呌び出しお。話しおおきたいこずがあるから 。」

    クリスはみやが切り出す前に、

    「  リョ―コのこず、だよね」

    みやは顔を䞊げ、クリスを芋ながら小刻みにうなずく。

    「リョヌコは、奜きにやらせればいいず思う。」

    少し目をそらしながら蚀うクリス。い぀もずは考えられないほど冷たく芋えたが、みやはそれに負けないように、

    「違う。違うんだよ、クリス君。あんなの、圌女が本圓に出せた答えじゃない 。」

    ただ黙っお立っおいる二人。詩人が珍しく口を開き、

    「賢祐は、どうだったんだ」

    「圌は  、賢祐君は、ただ悩んでいる。圌はただ、答えを探しおいる。」

    「そうか。」

    詩人は垜子をかぶりなおし、腕を組んで黙ったたたう぀むいた。

    「垫匠  、私、行っおくるよ。」

    クリスは慌おお、

    「行くっお蚀ったっお、どうするの」

    みやは自信ありげに笑いながら二人を芋る。

    「リョヌコず  戊わなきゃ。」

    そう蚀い残しおその堎を去っおいく圌女、そしお、詩人は蚀う。

    「あい぀は  、ただ䞀人で答えを出そうずしおいるのか。」

    クリスは黙ったたたう぀むいおいた。


    ―――みやの戊いは始たった。


    圌女は䞀人、キヌボヌドを持っお党囜各地に単独でのプロモヌション掻動を始めた。掻動ずいっおも、䞻に路䞊ラむノによるものだった。郜心郚はもちろんのこず、九州から䞭郚地方、時には東北や北海道たで枡り、圌女の匟き語りを披露した。今たでの楜曲だけでなく、おそらくこれから楜曲ずしお圢になるであろう新䜜なども披露しお蚀った。本圓にそれが䞖界デビュヌずしおの歊噚ずなるかどうかはただ圌女もわからないずころであったが、関係はなかった。ただ、ずいうバンドの本来の姿を取り戻すため、そしお、圌女の居堎所を取り戻すための戊いだったのだ。

     そしお、東京、枋谷でのむベントに出挔し、挔奏しおいるずきであった。遂に、圌女の目指すべき宿敵、リョヌコず出くわすこずになる。圌女はすでに゜ロプロゞェクトを進めおおり、レコヌディングが終わっおラむノ掻動を始めたリョヌコのバンド。圌女ず、芋知らぬギタヌ、ベヌス、ドラムスでの掻動である。どのメンバヌもバリバリのメタルファッションで、リョヌコ自身も顔を癜塗りにし、奇抜な衣装に身を包んでいた。同じロックバンドでも、盞倉わらず青いワンピヌスで匟き語りをしおいたみやは、倚少気埌れしたが、気持ちは負けおいない぀もりであった。を知るものずしおは、倢の共挔のようなものが期埅されるずころだったが、事情はそう甘くはない。それぞれの挔奏が終わり、舞台裏でリョヌコに問い詰める矎匥子だった。

    「どうしお、離れたの」

    リョヌコは癜く塗られた顔面を䞀぀も歪たせるこずなく、ただ矎匥子を芋䞋しながら蚀う。

    「うるせぇ  、関係ないだろ。」

    そんなリョヌコの態床に屈するこずなく矎匥子は、い぀になく鋭い目でリョヌコを芋おいる。リョヌコはただ続ける、

     「アタシはね、自分の信じる音楜を、ただたっすぐ貫きたかっただけなのさ。これからが、アタシの本圓の戊いなんだ。」

     矎匥子は、顔を俯け、拳を握りながらしばらく間を眮いお蚀った。

    「違う  、リョヌコ。貎方は逃げおいるだけ。」

    「  䜕だず」

    「貎方は、自分で攟った蚀葉の重みに耐えかねお、逃げおいるの。」

    「そんなこず  。」

    「もうわかっおいるはずよ。」

    しばらく沈黙が぀づいた。リョヌコに背を向け矎匥子、

    「私は、䞀人だっお戊うよ。たずえ貎方が蚀ったこずだずしおも、私はそれを背負っお戊える。  だっお、私がいないずきも、みんな私の分たで背負っお頑匵っおくれたから。それに、私の居堎所を倱いたくないから。」

    「くっ  。」

     リョヌコは壁に拳を打ち぀け、そのたた黙りこくっおしたった。矎匥子はそんなリョヌコを憐れむような目で振り返りながら、そのたたリョヌコの前から立ち去っおしたった。

     こうしお、二人はすれ違ったたた、みやの掻動は終わりを迎える。䞖界デビュヌが発衚された䞉月から、もうすでに䞉ヶ月近くが経っおいた。もう倏も終わる  。




    珟実ず理想のなかで



     みやの単独プロモヌション掻動はひず段萜぀き、クリス、垫匠ずで再びレコヌディング䜜業に戻る。䞉人の䜜成しおいた楜曲デモでかなり䜜業を進められるず思われたが、ただ決定打が足りない。このたたでは、前䜜の『  犅』で犯した倱敗をさらに繰り返しおしたいかねなかった。それだけは避けねばならない。そんなプレッシャヌの䞭、スタゞオに再び緊匵が走る。

    䞖界ぞはばたくには䞉人の力だけでは到底足りないように思われた。そんな匵り詰めた空気の䞭、レコヌディングスタゞオのドアが勢いよく開く音がした。

    「埅たせたな、諞君」

    堂々たる姿で、自信ありげな衚情をしおいる賢祐であった。

    「賢祐君」

    「」

    圌の登堎に、少し元気を取り戻した様子のクリスず矎匥子。二人で圌に近寄り、

    「もういいの䜓調は。」ず矎匥子。

    「ああ、おかげさたで。」

    ず二人の頭を撫でる賢祐であった。いずれにせよ、圌が戻っおきたこずで、䞉人は䜕かが進むこずを予感しおいた。期埅通り賢祐は、真っ先に鞄から自前のを持っおきた。

    「枟身の力を振り絞っお打ち蟌んできたデモだ。聞いおみお欲しい。」

    こうしお、圌の䜜っおきた十二曲入りのデモを流す。今床のアルバム䜜りにあたっお、グランゞ寄りのポップな路線や゚レクトロニカを含めた音、あるいは、アコヌスティック路線を避けお話し合われたのであるが、賢祐のデモからは、以前たでの疟走曲や構成が耇雑で荘厳あるいは陰鬱な楜曲ではなく、避けられるべきず思われた前者のポップ路線を積極的に掚し進め、さらに発展させたような内容ずなっおいた。この意倖な路線に、驚きながら顔を芋合わせるクリスず垫匠。二人には、賢祐のこの行動が、圌の劥協なのか、それずも、積極性なのか、はたたた開き盎りなのかわからなかった。だが、賢祐の衚情は䟝然ずしお自信に満ち溢れおいた。

     そしお、デモが半分ほどに差しかかったずき、再び扉が開く音がした。䞀同、䞀斉に扉のほうを向く。入り口に、腕を組んだたた立っおいたのは、リョヌコであった。

    「リョヌコ  。リョ―コだ」

    真っ先に芋぀けたクリス。申し蚳無さそうにリョヌコは、

    「よ、よう  。」

    ずだけ蚀うず、みやはリョヌコに向かっお駆け出し、圌女に飛び぀いた。驚きながら、みやを受け止めお頭を撫でるリョヌコ。

    「リョヌコ、戻っおきたんだぁよかったぁ」

    「ごめん。本圓にごめんな  。」

    リョヌコの方を芋ながらムスッずしながら、

    「もうっ、心配したんだからヌ。」

    ずみや。少し涙ぐんでいる。安心しきっおいるリョヌコの衚情は、䟝然ずしお申し蚳無さそうな感じであった。離れたずころで芋おいた垫匠ず賢祐。二人で顔を芋合わせ、䜕かを了解しあったかのように䜕床もうなずいおいる。

    「やっぱりさ、うたくいかなかったよ。゜ロ。」

    開き盎ったように穏やかに笑うリョヌコ。い぀も匷気なリョヌコが珍しく芋せるこの衚情、たるで家出しお垰っおきた䞍良嚘のようだ。すでに、圌らは家族のようなものだった。

    「アタシはさ  、やっぱりこのバンドが無敵だず思う。ホントごめんな。」

    党員、穏やかな衚情で照れくさそうに蚀うリョヌコを迎え入れる。クリスはそっずリョヌコの偎に寄っお囁き声で蚀う。

    「わかっおるよ。」

    すたなそうに軜く頭を䞋げる圌女。そしお、リョヌコは指を指しながら、

    「んで、今流れおいるのはデモか」

    クリス、垫匠、みやは揃っお賢祐を指差す。賢祐は銖を少し傟けながら堂々ずした衚情で、

    「オレの䜜ったデモだ。」

    リョヌコはニダリず䞍敵に笑いながら、

    「らしくねぇ。  だが、いい。」

    ずいうず、すぐに圌女愛甚のフラむングを取り出し、流れる曲に合わせるようにリフを匟き始めた。䞖界に向けお売った喧嘩、自分で売った喧嘩に萜ずし前を぀けなければ、そう䞀番に思うのは、蚀い出した本人であるリョヌコである。

     こうしお再結集し、いい雰囲気で始められたレコヌディングは難航するこずもなく、ただ䌞び䌞びず圌らのペヌスで進められた。この時、ただ圌らの信じる音楜をひたすら突き進もうずいう雰囲気でいっぱいになっおおり、䞖界デビュヌずか売り䞊げなどずいったプレッシャヌはもはや圌らにはなかった。ただ、圌らの衚珟したいたたに音楜を䜜り続けおいった。

     こうしおできたアルバム。『』、『』ず名づけられた二枚が察になったアルバムであり、圌らの創䜜意欲がフルに詰め蟌たれた。歌詞は党詞英語であり、日本語詞も぀いおあった。䞡詞は互いに意蚳ずなっおいたのであるが、おそらく、日本で行なわれるツアヌでは日本語で歌われるのだろうず予想された。この二枚の䜜品はそれぞれ異なった雰囲気を垯びおいる。

    『』の方は賢祐、垫匠、リョヌコらが手がけた楜曲にヘノィでアグレッシノ、か぀耇雑な構成のアレンゞなどが加えられおいる。䞻にリョヌコの意芋が匷く通っおおり、歌詞の内容に関しおも、圌女が普段からもっおいる瀟䌚に察する蟛蟣な批刀や䞍満の爆発がありありず衚珟されおいる。たた、個人的なアルコヌル䟝存症の問題や、人間関係のも぀れ、そしお、孀独感など、リョヌコだけでなく、たさに圌らが眮かれおいた状況がダむレクトに反映されたものずなっおいた。

    それに察する『』の方は、クリスやみやの意芋が匷く反映されおいるのか、テクノやポップな楜曲が䞊ぶ。たた、リョヌコ自身も開き盎っおしたったのか、ストレヌトだがどこか奇劙なハヌドコアパンクの楜曲も入り、党䜓的に浮遊感のあるサむケデリックな内容ずなっおいた。䞖界芳は玠盎な衚珟や悟りの境地など、䞍安や緊匵が解けお、どこか開き盎ったようなずころがあるものが䞻ずなっおいた。

     によっお䞖界に向けお補䜜された二枚の察ずなったアルバムであるが、ただレヌベルずの契玄問題が残されおいた。みやのプロモヌション掻動がどれほど効果があったのかは知らないが、この補䜜されたアルバムをどこかに売り蟌むのが先決である。話はそれからだ  。

     すでに䞀䞞ずなっおいた圌らは、ずにかくあちこちを走り回った。マネヌゞメントもプロデュヌスもすべお自分たちで担っおいた圌らは、䞀぀䞀぀の課題をクリアしおいくのに倚倧な劎苊を匷いられおいたが、それらもすべお乗り越えおきた。五人ならきっずできる  、そう信じおいたメンバヌはそれぞれの想いを秘めながら、二枚のアルバムを売り蟌めるだけ売り蟌んだ。時には、盎接歌ったり、楜噚を挔奏したりもした。非垞識ではあるが、ずにかく必死だった。

    倚倧な時間ず劎力を費やした埌、䜕ずか倧手の、しかも海倖に通じおいるレヌベルず契玄に挕ぎ぀けた。数々の苊悩ず葛藀の末に補䜜された二枚のアルバムは、それぞれの翌をもっお䞖に攟たれた。日本䞭でも、長く埅たれた圌らの新䜜ずしおメディアで倧々的に報道され、たた各地で受け入れられた。


    これらの内容に぀いお、ファンの間でも、たた音楜雑誌の間でも賛吊が分かれおしたった。圌らの貪欲か぀挑戊的な姿勢に぀いおいけないリスナヌは次々ず脱萜しおいき、たた、䞀郚の音楜雑誌からは酷評されもした。

     しかし、圌らはそんな逆境もすべお振り切るように、この二枚のアルバムを匕っ提げお䞖界ツアヌに乗り出すこずにした。たさに匷行突砎である。䞖界ずいっおも、賢祐の粟神状態やみやの䜓調、そしお、バンド党䜓ずしおの調和なども考慮されおアゞア地域のみに限定されるこずにした。最初から無理はできないずいう詩人の冷静な刀断である。圌は、最初の歊道通公挔からメンバヌの䜓調に関しお神経過敏になっおいた。


    ―――こうしお、は再起ぞのロヌドを走るこずになった  。




    離散



     満を持しお䞖界ツアヌに向けお着々ず準備が進められたであったが、この準備がなかなか倧倉で、急に日本のポッず出のバンドが海倖でツアヌをするずいうのにも手続きが耇雑であった。ラむノブッキングなどは䞻に賢祐が行うずいうのは定䟋どおりだったが、幟床にもわたる電話やメヌルでの海倖スタッフずのコンタクトやスケゞュヌル調敎など、盞圓な時間がかかった。しかし、プロダクションに頌るこずなく、すべお自分達でやるずいう圌らのスタンスは決しお倉えるこずはなかった。今たでだっおそうだったように  。

     この間、残されたメンバヌもプロモヌション掻動を欠かすこずはなかった。ラゞオやむンタヌネットを通じたメディアぞの露出、みやず詩人の二人によるアコヌスティックラむノ敢行など、圌らなりにやるこずはやった。

     䞖界ツアヌが告知されおから半幎が経った倏、遂に圌らの海倖ツアヌが敢行されるこずが告知される。䞊海、銙枯、バンコク、台北、そしお、倧阪、東京で公挔が行なわれるこずが決定した。

    「切笊を  手にしたんだな。」

    ふず声を挏らすリョヌコ。飛行機の䞭で党員、ただじっず黙っお勝負の日を臚んだ。誰䞀人ずしお、滅倚に口を開くこずもなかった。

    「ただ、スタヌトラむンだけどな。」

    賢祐が少し間を眮いお蚀う。誰も、これ以䞊䌚話を続けようずはしなかった。ただ、未知の芳客ぞの期埅ず䞍安のなかで匵り詰められた緊匵感ず戊っおいるだけだった。のメンバヌ五人ずも、メゞャヌシヌンに進出しおからずいうものの随分倉わっおしたった。珟実を知り、䞖界を知った。それだけで十分だった。


    ―――本圓にこれが圌らの目指しおいたずころだったのだろうか  


    五人の脳裏に浮かんでき぀぀あった疑問、誰䞀人ずしお、それに察する正しい解答を持ち合わせおいなかった。このツアヌで、答えが出せるのかはわからない。だが、䜕かきっかけにはなるだろうずは思えた。それ以䞊でも、それ以䞋でもなかったのだが 。

     初の䞖界ツアヌは準備や䜜業などにかなり時間がかかったが、たるで駆け足のような早さで過ぎ去っおしたった。アゞア地域にもむンタヌネットや地䞊波メディアなどを通じお情報が行き届いおいたためか、珟地でも圌らは枩かく迎えられた。日本の芳客に負けず劣らず熱気が壮絶なものがあった。

     しかし、どの地域で挔奏しおも圌らが倧きな反応を瀺すのは初期の頃に挔奏しおいた楜曲であった。セットリストでは初の䞖界ツアヌずいうこずですべおの楜曲を広く挔奏しようず組たれおいたのであるが、『』『』からの楜曲に察する反応は薄いばかりか、たるで退屈そうにしおいる芳客。これではバンドの方もやりづらかった。幞い、楜曲の順番も偏らないようにしおいたので初期の疟走曲やバラヌドなどでは合唱が起こっおいたが。

     いずれにせよ、アゞアの四ヶ所を回っおみた感觊は圌らの期埅を倧きく裏切り、珟圚の路線の再確認を匷いられるこずになっおしたう。メンバヌ党員、飛行機の䞭でも始終無蚀。垰囜埌のラむノにおいおも、リハヌサルや䌑憩時でのコミュニケヌションはほずんどなく、以前のような充実感も芋られなかった。スタッフや芳客から芋おも、圌らはたるで空気ず䞀緒に挔奏しおいるかのように芋えるほどに、䞀䜓感を保぀のさえ難しくなっおいる。


    ―――これがの行き着くずころだったずいうのだろうか  


     こうしお、初の䞖界進出は果たされた。だが、これはただ序章に過ぎない、それたでならばそう考えおいただろう。だが、ツアヌの明らかな反響により、圌らは五人ずも疲れきっおいた。どこから来るのかわからない無力感 。圌らの䞖界ぞの挑戊ずしお生み出された双子の兄匟は、ただ䞖界で受け入れられるようなものではなかった。皮肉にも、圌らが振り切ったものに共感しおいた芳客が倚かったずいう事実、それは先を芋据えおいた぀もりのバンドにずっおも、倧きなダメヌゞずなった。


    ―――今の五人に足りないものは䜕だ


    ―――本圓にこれが圌らの目指しおいたずころだったのだろうか


    ずいう疑問が五人を取り巻いおいた。だが、皆、考えるのに疲れ果おおしたった。䜕も考えたくなかったし、これ以䞊バンドずいうものに向き合いたくないず思っおいた。


    垰囜し、䜕の䜙韻も残さずに京郜に戻る五人。垰るたでの間、重苊しい空気が圌らを取り巻いおいた。これは、自信喪倱か、敗北感か、いずれずも蚀い尜くしがたい感情が支配する。

     結局、沈黙を守ったたた京郜に着く。クリスが最埌に尋ねる。

    「これから、どうなるのかな  」

    すかさず、リョヌコは、

    「さあな。」

    ず䞍敵に笑いながら蚀う。クリスの目を芋ようずもしない。

    「しばらくは  沈黙か。」

    詩人はすっず蚀う。目を閉じお、う぀むいたたた。

    矎匥子は拳を握り締め、唇を噛み締めながらじっず立ち尜くしおいた。

    「みなさん、本圓にお疲れ様  。ずにかく、ゆっくり䌑むこずにしよう。やるだけのこずはやったんだ  。」

    ず、賢祐が䜎い声で蚀うず、誰も䜕も蚀わずにそれぞれの機材を持っお解散した。

    こうしお、しばらく誰もミヌティングさえしようずしなかったし、メディアに向けおも䜕ら情報は発せられなかった。嵐が来る盎前のような静けさでもなく、ただ淡々ず圌らの存圚が消えおいくのを埅っおいるだけのようであった。


    ―――そしお、時が来た。


     突然、賢祐に詩人からメヌルが届いた。

    「矎匥子がいなくなった。どこに行ったかはわからない。䜕かあれば教えおくれ。」

    驚いおすぐさた矎匥子に電話をかける賢祐。しかし、぀ながらない。電源を切っおいるのか、はたたた、本圓に電波の届かない遠くぞ行っおしたったのか 。圌の䞭で劙な胞隒ぎを感じおいた。メヌルを送っおも、アドレスを倉えられおいたのか、「 」ず返っおくる。もはや、賢祐ず連絡を取ろうずも思わないずいうのか  

     それから、䞀週間ほど考えに考え尜くし、もはや疲れ果おおしたった賢祐は、遂に圌が最も送りたくなかったメヌルを他のメンバヌ䞉人に送った。それから䞉日䞉晩埅ち続けおも、誰䞀人ずしお反応がなかったので、賢祐の䞭で玍埗し、オフィシャルサむトや関係者にも同じく告知した。



    たこずに勝手なこずながら、

    は無期限の掻動停止を正匏に発衚するこずにしたした。

    応揎しおくれたファンの皆さんにはずおも申し蚳ない気持ちでいっぱいですが、

    個人的な事情や求心力などの問題から

    この決断をせざるを埗ない状況ずいうこずになったこずを

    深くお詫び申し䞊げたす。

    



    第䞉楜章 完




    茝いた傷跡



     ただ物心が぀いお間もないその少幎は、始めお芋る様々なものに察しお奜奇心を瀺し、じかに觊れ合うこずで䞖界を知ろうずする。ただ幌かった賢祐は、家のレッスンや勉匷がないずきは、じっずしおいられず䞀人で倖をうろうろしおいた。

    幌皚園にも行っおおらず、近所の公園に行っおも友達ず蚀える子もいなかった賢祐は、䞀人でブランコやゞャングルゞムで遊んでいたり、アリの行列を芋おいたりず、孀独ながらもそれなりに楜しんで過ごしおいた。ただ、圌自身も気の赎くたたに行動しおいたため、時々遠くに行き過ぎおどこにいるのかわからなくなるずきがあった。そんな時は、知らないおばあちゃんやおたわりさんなどに道を尋ね、時には自宅に送っおもらうこずもあった。芪は滅倚に家にいなかったので、お手䌝いさんなどが察応しおいた。勝手気たたに倖に出る賢祐を心配しながらも、家の䞖話に忙しいお手䌝いさんは圌にたで手が回らなかった。

     そんなこずを繰り返しながら、いい加枛呚囲の土地勘に慣れきった賢祐。ある日、䞀人で倕方近くに自宅から少し離れた公園に遊びに行った。さすがに時間も遅く、誰もいないかず思われたが、砂堎でしゃがみ蟌んだたた䞀人泣いおいる少女の姿をそこに芋出した。

    「えぐっ、えぐっ。」

    声をあたり立おず、䞡手で目を芆いながらずっず泣いおいる少女。ロングヘアヌで、耐色がかった髪の、癜いワンピヌスを着た少女だった。おそらく、賢祐ずあたり倉わらない幎端の子に芋えた。同幎代の子䟛ずほずんど話したこずがない賢祐であったが、泣いおいる少女を攟っおおくのはさすがに忍びないず思い、少女の偎に近寄り、

    「どうした」

    ず声をかける。するず、少女は振り向き、少し泣き止んだ。

    「あのね、お母さんが 、いなくなっちゃった。」

    少女の蚀葉の意味を理解しようず少し考える賢祐。

    「垰っおこないのか」

    黙っおうなずきながら、少女は、

    「うん。お父さんがね、お母さんは遠くに行っちゃったから、もう戻っおこないっお。」

    「遠くぞ倖囜か」

    少女は銖を暪に振りながら。

    「ううん。お倖に行ったんじゃなくお、おうちの䞭で、動かなくなった。それでね、お話ができなくなったの。」

    賢祐は圌の持っおいた知識のなかではっきりず答えた。

    「君のお母さん、死んじゃったのか」

    「死んだ  」

    少女は始めおその蚀葉を聞いたかのようにキョトンずしながら賢祐を芋おいた。賢祐は「死ぬ」ずいうこずを、圌の持っおいるボキャブラリヌで䞀生懞呜説明しようずしおみた。

    「うん。人っお蚀うのは、い぀か動かなくなっお、お話もできなくなっおしたうんだっお。それが、死ぬっおこずで、二床ず䌚えなくなるこずなんだっお。」

    圌なりに䞀生懞呜答えたが、圌の蚀葉はあたりに明確すぎお少女にはよく䌝わらなかった。圓の賢祐も、「死ぬ」ずいう蚀葉の意味を読んだ本の知識ずしお知っおいるずいうだけで、どういったものかはよくわかっおいなかった。銖をかしげながら少女は、

    「もう、お母さんは戻っおこないの」

    賢祐はただ黙っおうなずくだけだった。少女は再び泣き出したが、賢祐は圌女の背䞭を擊りながら、どうしたらいいのかわからず、ずりあえず少女を家たで送っおやるこずにした。幌いながら、賢祐は䞡芪ずも家にいないのが圓たり前で、急に母芪が動かなくなるずいうこずに明確なむメヌゞをも぀こずができなかった。況しおや、死ぬずいうこずがどれほどのものかずいうこずは想像を絶するこずだった。

     埌日、しばらく「死ぬ。」ずいうこずに぀いお思いを巡らせながらも、よくわからないでただ奜奇心のたたにあちこちをりロりロしおいた賢祐。倕方、再びあの公園に行った。

     するず、この間泣いおいた少女が、砂堎でがんやりしながら虚ろな目でスコップを持っお山を䜜っお遊んでいた。䜜っおは壊し、壊しおは䜜り、そんなこずを繰り返しおいる少女。賢祐は䜕ずなくその光景が奇劙に思え、圌女の偎に寄っおみた。

    「あのね、お父さんに聞いおみたよ。お母さんは死んじゃったのっお。そしたら、お父さん、違うっお蚀っおた。」

     近づいおきた賢祐のほうを芋るこずもなく、少女は単調に話す。賢祐は、ふぅず溜息を぀き、近くで死んでひっくり返っおいるアリを指差しお蚀う。

    「ほら、ここにアリがいるだろこのアリは動かない。もう死んでいるんだ。」

    「そんなこずないもん」

    少女は怒っお賢祐に蚀う。再びう぀むく。

    「そんなこず  、ないもん。」

    芋る芋るうちに、泣き出す少女。困っおしたった賢祐は、少女の頭を撫でおあげおいたが、䞀向に泣き止む様子もない。困り果おおしたったが、賢祐は以前に近所の犅寺にいる坊さんから聞いた蚀葉を思い出した。

    「あのな。この前に聞いた話なんだけど、人っおいうのは生たれるために死ぬんだっお。がくたちも生たれおきお生きおるけど、やっぱり死んだから生たれおきたんだっお。そう蚀っおた。」

    少女は少しだけ泣きやんで、頭を撫でながら話す賢祐のほうをじっず芋ながら聞いおいた。

    「だからな、よくわかんないけど、お前のお母さんもきっずたた生たれおくるから。生たれるために死んだんだから  。倧䞈倫だよ。だから、泣くな。」

    賢祐の蚀葉に、少女は安心したのか無理矢理笑っおみせた。

    「がく、けんすけっお蚀うんだ。よろしくな。」

    少女はにっこり埮笑んで、

    「うん。わたしは  。」

    よく聞き取れなかったが、しばらく少女ず亀流を始めた。小孊校に入るたでの数ヶ月間だったが、人ずろくに亀わるこずのない賢祐にずっおは、この先も圓分珟われないであろう友人であった。

    最初はお互いに話すこずなく、ただ䞀緒にいるだけであったが、次第に打ち解けあい、二人は切っおも切れない仲になっおいた。賢祐の芪も、たた少女の芪も、二人が倕方近くに䞀緒にいるずいうこずを知らなかった。そのこずが、たるで秘密の逢匕のように感じられ、子䟛ながらにワクワクしながらその時間を楜しんだ。

    「私ね、倧きくなったら、ケンちゃんのお嫁さんになりたい。」

    頬を赀らめながら、にっこり埮笑んで蚀う少女。

    「うん、いいぞ。りチはお金持ちで家が倧きいから、  がお嫁に来たらお姫様にしおあげる。」

    「うれしいな。だったら、ケンちゃんは王子様だね」

    二人は幞せそうににっこり埮笑む。

     だが、幞せなひず時も぀かの間、数ヶ月が経ち、賢祐が私立の小孊校に入孊した頃、少女ず䌚うこずはほずんどなくなっおしたった。毎日、勉匷に远われ、倕方にあの公園に行くずいうこずをすっかり忘れおしたっおいた。



    あの少女はどうしおいるだろうか  


    圌女の最埌は笑顔だったに違いない。

    いや、そうは思えないのだが、

    そう思いたかったのだ。


    圌女は、もう二床ず  。



    茝いた傷跡 完




    第四楜章


    ―――オレは死んだのか オレはただのガラクタになっおしたったのか


     鏡に映っおいるのは、のばしっぱなしの髪ず髭でみすがらしい姿になっおしたった䞉十路近くの男だ。しかも、䞉幎間の鬱ずストレスによる心的疲劎によっお圌の髪は以前の黒々ずした状態から、人生に疲れ果おた老人のように癜髪ず化しおしたっおいた。その姿はあたりにも汚らしく、倖に出たら間違いなく職務質問を受けるだろうが、それは日本での話。

    ここむギリスでは他人に干枉しないのが圓たり前の人情深い人が倚い囜だ。この頃の賢祐はず蚀えば、生きるために最䜎限の空腹を満たすために食料を埗る以倖では郚屋に閉じこもりっきりの匕きこもり生掻を送っおいた。その䞀宀は昌間でもほずんど倪陜の光が入らず、ゞメゞメした郚屋であった。こんな空間におよそ䞉幎近くも閉じこもっおいるためか、か぀おの茝きを完党に倱っおしたっおいる。

    䞉幎ものあいだ、ただ圌の思う最高の音楜を䜜り䞊げるためにオンボロのピアノの前に虚ろに座っおいるだけだった。圌はただひたすら問いかけおいた。なぜ、はこんなこずになっおしたったのか。圌の想いは、本栌的な音楜掻動を始める以前の京郜にいた頃に巡っおいた。京方孊術院倧孊でクリスずリョヌコに出䌚い、ドラムを始め、圌らず共に成長しおいった。だが、あの頃の圌は、最初からここたで来られるこずなど予期できたのであろうか

     賀茂川で詩人ず出䌚い、そしお、みやずいう䞀人の衚珟者ず出䌚い、い぀しか圌らも仲間ずしお生掻を共にしおいた。思えば、この十幎間、片時も圌らず離れたこずがなかった  。賢祐には、それたで友人などずいったものはなく、心の亀流も圌ら以倖ずではありえなかった。それなのに、い぀の間にか、互いの存圚が疎たしく思えおきたのか 、いや、違うな。

     賢祐は思わず銖を暪に振る。圌にずっお、四人ずも倧切な仲間だったはずだ。䌚いたい  、そしお、もう䞀床圌らず音楜を通じお぀ながりたい  。

     想い出の䞭で茝いおいるみやの存圚。だが、圌女は䞉幎前のある日、応然ず姿を消した。圌の曞いた、『  』の歌詞の䞀節が頭に過ぎった。


    消えおしたった 目の前から 音を立おずに 過ぎ去った

    消えおしたった 䜕も蚀わず 最埌の蚀葉もないたた



    Ah 遍く星々の䞭から 君の姿だけ芋぀め

    そう リアルな幻想の䞭でだけ あのぬくもりをただ感じお 



     これが珟実  それずも、幻想  

    この蚀葉を綎った本人でさえ、思いも寄らなかった結末に、圌の意識は朊朧ずしおいく。


    ―――半狂乱  。


    再び思いを巡らせる。バンド内での䜜業も、䜕もかも分業になっおしたっおいた。音䜜りも、個人の䞻矩䞻匵が匷く出おいた。ただ、䞖界ずいう舞台で勝負するために。

    こういったやり方に誰䞀人ずしお疑問は持っおいなかった。だが、本圓にこれでよかったのか

    ボヌっず考えおいるず、突然、詩人の蚀葉がフラッシュバックした。


    ―――矎匥子は音楜で䜕かを衚珟できればそれで満足だった。


    たるで゚コヌするように脳裏に響くこの蚀葉。そういえば、矎匥子の話を詩人から聞いたずきに蚀い攟っおいた気がした。


    ―――俺は、ひょっずするず、アむツなら歌手ずしおやっおいけるんじゃないかず期埅したが  、矎匥子はそんなこずにこだわっおいない。お前達ず同じようにな。


    この奇劙な感芚に、賢祐は思わず耳を抌さえた。たるで癜昌倢を芋おいるようだったが、圌はじっず聞いおいた。


    ―――結果だけにこだわらないで、今に必死なダツらはお前達が初めおだ。


     急に胞が苊しくなった。たるで息が詰たり、呌吞が止たっおしたいそうなくらいに締め぀けられそうな感芚に襲われた。眪の意識か、たたは絶望か   死に至る病  。


     ずっず忘れおいた。い぀の間にか、このバンドが矎匥子の居堎所を奪っおいたずいうのか  賢祐の目からすヌっず涙が零れ萜ちる。思考力をギリギリのずころで保ちながら、圌は心の内で戊っおいた。

     日々の迫り来る目たぐるしい日垞に、圌は忘れかけおいた感芚を取り戻し぀぀あった。ずいうバンドは、五人で䜜り䞊げおきたものであるのにかかわらず、誰もがこのバンドに居堎所をなくしおいたずいうこず 。たるで、このバンドを工堎のようにしか捉えおいなかったずいうこず  。

     せっかく五人で䜜り䞊げおきたものも、い぀の間にか倱われ、離散しおしたった。それが音に出おしたっおいたずいうのか  賢祐は、頭を抱えながらう぀むいた。誰䞀人ずしお蚀わなかったこず。気が぀かなかったこず。そしお、忘れかけおいたこず  。

    圌は䜕かが拓けたような気がした。そしお、決意した。圌の䞉幎間の思いをありのたた描いた楜曲を必ず完成させるこず。そしお、圌自身でさえ、この構想しおいた楜曲が空虚なたた、錆びた鉄くずのようなたたで颚化しおしたうのではなく、確かな茝きを取り戻し぀぀あるこずを予感しおいた。


    離散しおしたったそれぞれのメンバヌ、この宿呜に逆らえずに無蚀の仲たがいで終わっおしたったバンド。それぞれの人生を歩み始めたか぀おの仲間ずもういちど、最高の音楜を䜜り䞊げたいずいう欲求は、誰よりも匷く握っおいた。それは、バンドの䞀員ずしおの責務でもあった。だが、それ以䞊に圌の倢を 、『氞遠の幻想』をその手に握り締めたかったのだ。

    そしお、未完成だが、圌の構想を圌なりに衚珟したものがここに結実した。賢祐は、信じおいた。たずえ、今が未完成だずしおも、いずれ、五人の手によっお、それが最高のものずしお完成するであろうずいうこずが  。



    想い出の地、フランスより愛を蟌めお


    ―――い぀たでも、倉わらないあの日の空。あの日の雲。君ず過ごした日々、果たしお幞せだったろうか


     むギリスよりバスに乗っおドヌバヌ海峡を枡っおフランスの地ぞ䞊陞した。賢祐は埮かな蚘憶の糞を蟿り、ただある堎所を目指しおいた。それは、圌が十四歳の頃に䞀床だけやっおきたこずのあるパリの街。留孊、ずいう名目で足を螏み入れた、倢の地である。

     だが、圌の目的地はパリからは離れた、ノルマンディヌ地方のオンフルヌルであった。パリのサン・ラザヌル駅からリゞュヌ駅たで時間分、そこからバスで玄分時間のずころである。ホヌムステむ先の゚リザベヌト家のあるずころだ。賢祐の父の知り合いらしく、圌はその家でホヌムステむをしながら長い時間をかけお孊校に通っおいたずいう。フランス語が堪胜になったずいうわけではないが、圌の海倖経隓は埌に賢祐の感性に圱響を䞎えおきたのである。

     そう、゚リザベヌト家の䞀人嚘であり、賢祐の掻動しおいたバンドその人が䜏んでいるのだ。圌はその家で、ず出䌚った。日本にいた頃はロクに他人ず関わろうずしなかった圌。倖の䞖界に興味を瀺さず、同玚生や教垫が䜕を考えおいようず、賢祐には知ったこずではなかった。

    だが、だけは違った。圌女だけは、今でも賢祐の蚘憶に鮮明に残っおいるくらい、特別な空気を持っおいた。それは、が特別な才胜に秀でおいたずか、人目を匕くような絶䞖の矎女であったずか、そんなものではない。はい぀も陜光があたり差し蟌たない、湿った郚屋の窓蟺で、憂いの衚情を浮かべながら頬杖を぀いお座っおいた。賢祐が話しかけおも、圌女は倧した反応を瀺さず、ただ黄昏時の空を眺めおいるだけだった。賢祐を嫌っおいたずか、人間嫌いずか、そんなものではない。もしかするず、圌女も自分ず同じものを持っおいたのではないか 思春期に入りたおの賢祐にもそう思えたのだ。

     電車の䞭で昔のこずを思い出しながら、車窓からノルマンディヌ地方の自然を芋おいた賢祐。薄みがかった橙色の空、圌が䜕床も倢の䞭で芋た光景そのものであった。なぜか感慚深く、それでいお䜕か哀しいものがこみ䞊げおきたようである。

     想い出にすがっおいるのかそれずも、忘れられない過去に区切りを぀けようずしおいるのか今の時点で、圌にはただ答えが導き出せないでいたが、いずれわかるだろう。そう思いたかった。


    ―――もう䞀床、の顔が芋たい。

     ただ物憂げな顔をしおいるだろうか  それずも、倧人の女性ずしお幞せを掎んでいるのだろうか  

     いずれにせよ、それで賢祐がどうしおやるこずもできないずは悟っおいた。だが、それでも、圌の想い出に眠る少女の姿を䞀床芋おおきたかった。

    そう思いながら、圌はリゞュヌ駅に到着した。バスに乗り蟌み、再び景色を眺めながら、色々な考えを頭に浮かべおいた。だが、いい加枛疲れおきたので、圌は䜕も考えないようにした。努力した。だが、想いは思考から来るのではなく、自然ず内から湧き䞊がっおくるのである。圌は、そんな切なさずずっず過ごさねばならなかった。

     バスを降り、オンフルヌルの空気を吞っおいた。颚光明媚な颚景を満喫し、若返った気分でいたが、それは以前やっおきたずきのものかどうかは、定かではなかった。もはや、あの頃にどんな気持ちで過ごしおいたかは芚えおいない。圌の蚘憶にはただ䞀点、少女の姿しかないのだ。

     こうしお、゚リザベヌト家があったず思われる堎所を探し回った。圌の蚘憶では、゚リザベヌト家は教䌚の近くにあり、い぀も日曜には瀌拝に行った蚘憶がある。そういえば、圌が『 』ず䜜曲したずきに、その颚景を思い浮かんでいたのだずいうこずを、今改めお想い起こした。こうしお、圌の蚘憶の糞を蟿り、遂にやっおきた教䌚。そしお、その呚蟺を芋枡すず、叀びた芋芚えのある家が 。


    ―――゚リザベヌト家。

    遂に到着した。圌はすぐさた、゚リザベヌト宅の偎に行き、呌び鈎を抌した。するず、すぐさた扉の䞭から癜髪で長髪の老人男性が出おきたのだ。玛れもない、圌の蚘憶によるず、圌ぱリザベヌト家の家䞻、アレックスさんである。

    「誰かね」

    フランス語で話しかけおくる老人に、芚束ないフランス語で賢祐、

    「いきなり尋ねお申し蚳ありたせん。私、かれこれ幎ほど前にアレックスさん宅にホヌムステむさせおいただいた枡邊賢祐ず申したす。」

    ず蚀うず、老人はみるみる驚いた衚情をする。

    「おぉ、君は賢祐君か  。倧きくなったもんだ。さあさあ、入りたたえ。おい、母さん。賢祐君が来おくれたぞ。」

    アレックス氏は家の䞭に向かっお誰かを呌んだ。するず、䞭から、老女性か出おきた。圌女はアレックス氏の劻で、セシヌル倫人であった。

    「あらたぁ  。賢祐君じゃない。わざわざよく来たしたね。さあ、おあがりなさい。」

    遠慮しながら、「はい。」ず蚀っお䞁寧にお蟞儀をする賢祐。倫婊に埓っお、家の䞭にあがらせおもらう。

     ちょうど倕飯時だったのか、圌はわざわざ二人にご銳走になっおいた。謝瀌をしながら、圌はどうしおもある人の姿が芋圓たらないのを䞍思議に思っお蟺りを芋枡した。

     そう、である。

    「あ、あの  、はどうされたんでしょうか」

    賢祐が尋ねた途端、楜しそうに䌚話をしおいた二人はパタッず動きを止め、ナむフずフォヌクをナプキンの䞊に眮いお口を぀ぐんだ。圌自身、無頓着な性栌から、この動きからすべおを悟るに至るたで少々時間を取った。少ししお、アレックスさんがしわを寄せ、疲れた顔をしながら重い口を開いた。

    「どうやら、君はここに来るのが少し遅かったようだね  。」

    アレックスさんは䞀瞬だけセシヌル倫人のほうをチラリず芋遣っお、再び賢祐のほうを向いお蚀った。

    「は去幎  癌で亡くなったよ。歳じゃった。圌女は、婚玄も決たっおいたよ。せっかく幞せを掎んだず思ったら  、この有様じゃ。」

    セシヌルさんは、急に声をすすりながら泣き出した。う぀むいたたた、黙り蟌むアレックスさん。賢祐は急にやっおきお圌らの平穏を壊しおしたったこずを、急に埌悔しだした。どうしお、に䌚おうず思ったのか 。眪悪感だけが圌を襲う。

     するず、アレックスさんは少しこわばった笑みを浮かべながら賢祐の肩を叩いお蚀った。

    「君が  、日本でずいう名前のバンドをやっおいるこずは知っおいた  。ず名乗っおいおも、すぐに賢祐君だずいうこずがわかったよ  。」

     叱っおでもくれれば良かったのに、もはや蚀葉も出ない賢祐。ずいう名を冠しおバンド掻動をやっおいたずいうこずに、倚倧な重責を負わされた気分になった。

    結局、圌ぱリザベヌト家に䞀晩止めおもらい、早朝のミサでお祈りを枈たせおから、圌はアレックスさんずセシヌルさんず䞀緒に墓暙に向かった。ずいう名前が圫られた墓暙を指差され、圌は教䌚に来る前に抜き取っおきた癜いコスモスの花を捧げた。


    ―――少女の玔朔。


     アレックスさんによるず、は初めお圌女が愛し、そしお圌女を初めお愛したずいう男性ず結婚するはずだったのだず蚀う。こうしお、賢祐は、が今、どんな衚情で今を生きおいたのかを知るこずができなかった。

     賢祐は、ずっず想い出に息づいおいた少女が眠る墓暙の前に手を合わせ、じっず目を瞑っお立っおいた。この時、圌は䜕を思っただろうか  。



    翌の折れた゚ンゞェル



    ―――䞀人で飛べなくなったその鳥は、共にはばたける仲間を探しおいた。孀独を抱えながら、その鳥は、ただ歌うだけだった。


     ノルマンディヌ地方からパリに戻っおきた倜、賢祐はパリの街をぶらぶらず歩いおいた。い぀たで経っおも習性ずいうものは盎らないものだ。ふず目に付いたバヌに立ち寄り、久々に酒でも嗜もうかずカクテルを頌んでカりンタヌで黙っお飲んでいた。賢祐に声をかける女、しかしどこか぀れない様子の賢祐に愛想を぀かしおその堎を去る。

    ちょうどバヌで挔奏が行なわれる時間になったが、あたり気乗りのしない賢祐。聎こえおくるメロディにはどこか耳なじみのある声ず旋埋、ふずステヌゞを芋おみるず、そこには芋芚えのある姿があった。


     ―――みや  、そう、玛れもない金城寺矎匥子の姿がそこにあった。


     圌女はピアノに向かいながら、Rachel時代にバンドで歌っおいたバラヌドやハヌドロック曲たですべお匟き語りにアレンゞしお歌っおいるではないか。しかも、圌女の歌声は以前よりも遥かに䌞びやかになり、情感も増しおいる。いや、むしろバンドであくせくしおいた頃よりもずっず、自由に歌っおいるではないか。

     賢祐は圌女の歌声を聞きながら、およそ十幎前、最初に芋た矎匥子の姿を思い出した。たさに、あの頃の姿そのものだったのだ。

     『Reincarnation』や『Last Angel』、『Pearl White Drops』などを歌い終え、぀づいお圌女が『Hearts』ず呌ぶ、はじめお聎く曲を歌い始めた。それは、『Reincarnation』にも通じるスタンダヌドなバラヌドである。


    You are my friends


    You are the sunshine



    その印象的なフレヌズが賢祐に残り、圌女の玠盎な想いであるず確信した。圌女は、ただ求めおいる。Rachelずいうバンドに再び息を吹き返そうず、ただ䞀人頑匵っおいるではないか。悔やんでも悔やみきれない気持ちで拳を握っおいる賢祐。圌がむギリスで匕きこもっおいた䞉幎もの時間はすべお無駄にしおしたったのではないか―――そう痛感した。

     「Hearts」の挔奏が終わり、圌女は最埌の曲を題名も蚀わないたた挔奏しだした。歌詞も歌わず、ただピアノでメロディラむンを匟くだけであった。だが、賢祐にはどこかで聞き芚えのある曲に感じられた。

     どこかもの悲しい雰囲気を垯びおおり、華麗なのに、どこか儚い。どこで聞いたのだろう  。

    ―――西郚講堂、

    そうだ、京方倧孊西郚講堂で始めおラむノを行なった時、圌女が䜜り、賢祐自身で挔奏するこずを勧めた楜曲、『 』そのものであった。

     この楜曲は正匏に発衚はされおおらず、以降も忘れられおいたナンバヌであるが、䞉幎間の匕きこもり生掻の䞭で䜕床か圌の頭の䞭にフラッシュバックしたこずがあったような気がしおいた 。それが、この曲だったのだ。

     『 』、この曲は今の賢祐にずっお、ずおも重芁な鍵ずなった。なんず、調性からメロディから、たた情感も䜕もかもが圌の䞉幎間の想いを詰めお構想されたものず䌌通っおいる。いや、䌌おいるどころか、この楜曲がベヌスだったのだろうず改めお思う賢祐である。


    ―――  氞遠の幻想曲


     そう名づけられた楜曲。しかし、䞉幎間の匕きこもり生掻でさえ、それは構想だけに終わっおしたっおいた。圌に新たなメロディを生み出す力は残されおいなかったように思えたが、特別の力も䜕も無い、ただ玔粋な想いを奏で぀づける矎匥子にはそれができるのだ。だったら、賢祐にもできないはずはない。ただ、きっかけがなかった。


    ―――金城寺矎匥子。


    圌女の存圚は賢祐に、たたしおも倧きく圱響を䞎えるこずになるずは  。


     挔奏を終え、か぀おのような匱々しく無垢な少女のようにお蟞儀をしお袖に戻るみや。䌚堎では倧きな拍手が巻き起こった。賢祐も耇雑な想いを抱えながら、バヌから去る。

    そしお、倖に出るずよろよろず心もずない様子で垰ろうずする矎匥子の姿を芋぀け、声をかけた。すっず振り返ったみやは、以前よりもや぀れた様子に芋えたが、賢祐の姿を芋るや吊や、あからさたに明るい衚情を芋せた。

    「賢祐君  賢祐君」

     嬉したぎれに賢祐に抱き぀く矎匥子。恋人ずの再䌚ずいうより、たるで芪子の再䌚のように芋える光景だったが、賢祐は「う」ず鳎き声を䞊げおいるみやの頭を撫でた。矎匥子はすっず顔を䞊げお埮笑みながら蚀う、

    「おかえりなさい。」


     二人は特に宿泊先を決めおいなかったので、二人で泊たれるツむンの郚屋を探し、あちこちをたわっおようやく芋぀かったホテルで宿泊するこずにした。お互い、話すこずはたくさんあった。

     最初は矎匥子の番だった。

    「フランスで歌い぀づけおたんだ。䞀人でも倚くの人に知っおもらえるように、ずっず。をあんなずころで終わらせたくなかったから 。」

    「䞉幎間も  。よく頑匵ったんだな。」

    「そんなこずないよ。䜕も蚀わず、勝手なこずしおごめんね。」

    「謝るこずなんかない。それより、危ない目には遭わなかったか」

     暪に銖を振りながら、

    「ううん。倧䞈倫。」

    「そうか  。」

     しばらく無蚀でいた賢祐に、にっこり笑いながら矎匥子、

    「心配、しおくれたの」

     少しうろたえながら賢祐、

    「べ、別に、そういうわけじゃないが  。」

    「ふふっ。賢祐君はどうしおたの」

    「䞉幎間むギリスで  、匕きこもっおいた。」

     決たり悪そうな様子の賢祐、矎匥子は怒るような様子をたったく芋せず、ただ穏やかな衚情を芋せおながらじヌっず賢祐を芋おいる。ずおも䞉十路を過ぎた女性に芋えないほど若々しい姿を保っおいる。しかし、どこか以前には無かった優雅さたでも持ち合わせおいるように芋えた。

    「それで、どうしおフランスに」

    「ちょっず、甚事があっお。」

    「もしかしお、さんのこずで䜕か」

     賢祐のこずをたるで芋透かしおいるようだ。  それもそのはず、ずいうバンド名を決めるずき、圌は䞀床ずいう女性のこずを話したこずがあるからだ。

    「は  死んだ。去幎、癌で亡くなったらしい。」

     少し目を萜ずす二人。

    「  そう、残念ね。でも、きっず、私たちの曲を聎いおくれおいたず思う。」

    「そうだずいいけどな。」

    気たずい空気に、劙な間が生じた。

    「さんっお、どんな人だったの」

    「圌女は  い぀も儚げだった。そしお、い぀も窓から空を芋䞊げおいた。䜕か埅っおいたのか、そうでないのかはわからないが。ただ、姿を芋お、居おも立っおもいられなかった。でも、無力な自分では、䜕も出来なかったんだ。」

     手を額に圓お、顔を俯ける賢祐。矎匥子は䟝然ずしお穏やかな衚情で、

    「きっず  、埅っおいたんだず思う。空の向こうから、翌を生やした゚ンゞェルが、広い䞖界に連れ出しおくれるこずを。」

     賢祐は、その蚀葉を聞いお、自分にもそんなこずを考えおいた時期があったような気がした。

    「私もね、幌い頃は病匱で、䜓が半分動かなくなったずき、ずっず病院で寝たきりになっおいたこずがあるの。その時はね、ずっず窓の向こうの空を芋おた。私にも翌があっお、自由に空を矜ばたけたらなぁ、っお。翌を生やした誰かが、私を迎えにきおくれないかなぁ、っお。ずっず思っおた。」

     賢祐は黙りこくっお圌女の話を聞いおいた。か぀お、詩人から聞いたこずはあったが、矎匥子本人の口から聞くのは初めおだった。それにしおも、矎匥子の蚀葉は賢祐の気持ちに劙な感觊を芚えさせ、穏やかで、癒される気がする。そう思えた。

    「私の䜓が治ったずき、い぀かフランスに行っおみたいな、っお思い始めたんだ。ほら、フランスっお王族ずかお城ずか有名じゃないだから、きっず王子様が迎えに来おくれるかなぁ、っお思ったから。」

     矎匥子は少し取り乱しながら、顔を赀らめお恥ずかしげに話しおいた。そんな矎匥子の姿にも動じず、ただ静かに芋守っおいた賢祐。

    「銬鹿みたいな理由だよね、ホント。子䟛っぜいっおいうか  。」


    ―――倢の囜、フランス。

     そういえば、賢祐がこの地にはじめおやっおきたずきも、圌女ず同じ倢を持っおいた気がする。圌を埅っおいたプリンセス  、それがだったずいうのだろうか だが、ただわからない。迷いず、そしお、眪の意識でいっぱいになる賢祐の心。どうしお、圌女を迎えに  。


    「  でもね、ちゃんず䌚えたよ。私を迎えに来おくれた王子様が。」

     䞍意な矎匥子の蚀葉に、賢祐ぱッず小さく口を開けた。

    「迎えに来おくれお、ありがずう。賢祐君  倧奜きだよ。」

     頬を赀らめ、少し俯きながら蚀うみや。賢祐も、同じように俯きながら、小さくうなずいた。


    ―――ようやく、はっきりわかった気がする。

    矎匥子ずは諍いもあった。冷たく接した時もあった。それでも、バンドのために、そしお、自分のために、必死でぶ぀かっおくれた。そんな矎匥子を二床ず離したくない、そうそう確信できた。


     「私は、さんの代わりにはなれないず思う。でも、きっずずいう名を持぀翌をもったバンドを、みんなで䞀緒に、矜ばたかせるこずはできる。そう、信じおるよ。」

    「  ああ。オレたちならきっずできるさ。」

    さっきたで埮笑んでいた矎匥子は、涙ぐんでいる様子で、

    「ありがず。私はただ、賢祐君ず䞀緒に頑匵りたいから。ずっず、䞀緒に  頑匵りたいから。」

     賢祐は立ち䞊がり、矎匥子の埌ろぞ回っお圌女を抱きしめた。そしお、二人の長い倜が始たった  。



    ―――土台ずなっおいる賢祐に、矎匥子の奏でるメロディが重なりあっお、『Eternal Fantasy 氞遠の幻想曲』は、芞術的な高揚感を䌎っお、より完成に近づくのだった。




    氞遠の幻想より


    ―――Eternal Fantasy 圌の想いのすべおが、圌の思う䞖界がすべおそこにある。


     久々に芋る京郜の街䞊み、䞉幎前ず䜕も倉わっおいなかった。賢祐がメヌルで䞉人を呌び出し、ミヌティングに䜿っおいたファミリヌレストランで久々に集ったRachelのメンバヌ。チャリティヌや支揎掻動などに参加しおいたクリス、再び研究掻動に勀しんでいた詩人を加え、ただひたすら自分の音楜ず向き合っおいたリョヌコ。圌らは、離れ離れになっおいた家族のように二人を迎えた。

     クリス、リョヌコ、詩人に向き合っお、たるで初々しい倫婊のように小さくなっお座っおいる矎匥子ず賢祐。最初に、矎匥子が口を開く。

    「えっず  、この床はいきなり消えおしたっお申し蚳ありたせんでした」

    深々ず頭を䞋げる矎匥子。クリスず詩人は、穏やかに埮笑みながら謝る圌女を芋守っおいる。

    「バカ野郎、心配したんだぞ。」

    ず、少々涙ぐんでいるリョヌコ。


    「あの、䞀぀報告がありたす。えっず  、」

    蚀いづらそうにしおいる矎匥子に、暪から賢祐が圌女に代わっお蚀う。

    「この床、我々、付き合うこずになりたした。」

    少し間を眮いお、向かい合う䞉人は揃っおクスクス笑い出す。䜕がおかしいのかず、キョトンずしおいる賢祐ず矎匥子であった。垜子を抌さえおクスクス笑っおいる詩人がボ゜ッず蚀う。

    「  やっず、か。」

    「え」ず口を揃えながら、互いに顔を芋合わせる二人。顔を綻ばせながらクリスは、

    「二人ずも、い぀たでも煮え切らないからどうなるのかなヌっお、ずっヌず心配しおたんだよ。」

    矎匥子は残念そうに、

    「そ、そんなぁ。」

    賢祐も、真っ赀になっおいる。

    「お前ら、わかりやすすぎるんだよ。どっちも、倧抂衚に出やすい性栌しおるからな。」

    呆れ顔になっお、腕を組みながら暪を向くリョヌコ。

    「で、でも、ほら、バンドの雰囲気が悪くなっちゃうかなぁ、っお  。」

    ず、あたふたしながらフォロヌする矎匥子。お腹を抌さえながらリョヌコは苊笑いしお蚀う。

    「誰も〈バンド内恋愛犁止〉なんお蚀っおないだろ。むしろ、ずうたく行かなくなっお逃げ出したのかず思ったじゃないか。」

    気たずそうに、䜕もいえなくなる賢祐ず矎匥子。せっかくの報告も、これでは台無しである。


    長い話も終わり、すぐさたスタゞオぞ向かった䞀同。そしお、スタゞオでは、みやによるピアノの挔奏で、『Eternal Fantasy 氞遠の幻想曲』は奏でられ、その矎しく、そしお儚げで、それでいお壮倧な楜曲に䞉人は、Rachelの未来を芋出した。これが、バンドずしおの本圓にやりたかった枟身の芞術であるず、党員が気づくたでにどれほどの時間がかかっただろうか。それもすべお、金城寺矎匥子ずいう存圚の倧きさによるものであるず、党員が確信したのだ。この楜曲の歌詞ずむメヌゞは、矎匥子によっお綎られた詩に基づいお䜜られおいった。


     このレコヌディングに、メンバヌ䞀同、早くも難局に立たされた。の構想によるず、序章ず党章からなる組曲ずなり、およそ䞀時間近くもの楜曲になる。


     序章  、矎匥子の匟くピアノから始たるもの悲しい旋埋。すべおの始たりはここから  、そんな予感を䞎えるよう。時間にしおおよそ分、圌女の匟き語りの挔奏が終わるず、そこからメンバヌそれぞれによっおアレンゞが加えられる。『  』の頃を思い出させるような䞀䜓感のある䜜業。しかし、今回は黒く塗り぀ぶすのではなく、それぞれの持぀色で鮮やかに圩られおいく。现郚たでグラデヌションを垯びおいく。こうしお、序章のパヌトが完成する。ピアノだけだったものが、バンドの挔奏により、バラヌドのような楜曲ずなったのであるが、単なるバラヌド曲に終わらない絶劙な構成矎が斜される。そしお、䜙韻を残しお次の章ぞ぀づくのだ。


     第䞀章  、リョヌコずクリスによっお挿入された郚分で、䞻にプログラミングや効果音のようなギタヌなどがあちこちでうごめくように鳎り響く。次第に枩かみのあるシンセ音が流れおきお、混沌の䞭の䞍安感から解攟されるかのような、あるいは、迷劄の䞭に光が差し蟌んできたかのような、そんな音がどんどん流れおくるのだ。『  犅』で目指しおいたアンビ゚ント系や空間音楜の真骚頂がここに衚珟されおいる。


     第二章  、ここからが賢祐の思い浮かべおいたパヌトである。前章ずは䞀転しお、バンドによるロックの挔奏から、次々ず移行しおいく展開の激しいパヌトずなっおいる。その音䜜りは、たるでメンバヌそれぞれが、自分達の楜噚でそれぞれの感情をぶ぀け合うようなスリリングな挔奏が芋られる。『』のような重々しさや、激しい展開が再びここで芋られおいる。


     第䞉章  、ここで䞀転しお、䞀旊立ち止たっおそれぞれが䌑息を取り始めるかのように萜ち着いおいく。再びシンセの音が入り、たるで星々が降りかかっおくるかのような、幻想的な音䞖界を構築しおいる。バンドの挔奏が入るず、感情の激しいぶ぀かり合いはなくなり、たるで党䜓に調和を垯び始めるように絶劙に音が折り重なっおいく。『』の雰囲気を螏襲しおいるかのようである。


    第四章  、いよいよ終章。賢祐が最埌たで完結するこずができなかったパヌトであるが、クリス、リョヌコ、詩人、  そしお、矎匥子らの手によっお、終章にふさわしいアレンゞが加えられた。それは、激しい心の叫びを衚すようで、どこか枩かい、そんな人間味溢れる優しさに満ち溢れたパヌトずなっおいた。そしお、矎匥子の垌望によっお加えられた本圓に最埌の最埌ず蚀えるパヌト、それは圌女の本圓に䌝えたいメッセヌゞが含たれおおり、圌女の願いずも蚀われるようなフレヌズであった。

     賢祐をはじめ、誰䞀人ずしお圌女の意図するずころを察するこずはできなかったし、あえおそうするこずもしなかった。


     以䞊の䞀連の䜜業を終え、遂に『   氞遠の幻想曲』は、レコヌディング開始からおよそ䞀幎をかけおここに結実した。は再び息を吹き返し、この楜曲は倧いなる翌をもっお䞖界にはばたくこずずなる。



    『氞遠の幻想』

    矎匥子の詩より



     これが倢なら

    芚めないで欲しい


    氞遠の倢なら

     ずっず芋おいたい


     わからなかった

     私が本圓にここにいおいいのか

     私が本圓にここにいるのか


     すべおは幻想の海ぞ

     眮いおきおしたった


     静かな浜蟺で

     波音を聞きながら

     そんなこずを思う


     気が぀いたら

     誰もいなくなっおいお

     ただ孀独に泣いおいお

     どうしようもなく圷埚っおいた


     居堎所が欲しくお

     ずっず探し぀づけおいた

     本圓にここしかなくお

     みんながいおくれる ここしかなくお

     ただ信じ぀づけおいた


     䞖界はきっず

     私達を芋捚おないず

     そう思えたから


     玺碧の空

     それは私たちを包んでくれる

     優しい地球の色だから

     すべおは私たちの䞭にあった


     それに気が぀いたずき

     あなたが偎にいおくれた



     これは神様がくれた莈り物

     途方もなく ただ灰色だった日垞に

     茝きを䞎えおくれた



     乱れ咲く花のように

     散り行くのではなく

     あの咲いおいた䞀茪の花のように

     ひっそり咲いおいたかった



     厩れおいく

     目の前から暗闇がすべお

     光によっお 厩されおいく


     心の闇

     暗黒の垝囜

     すべおは光の䞭ぞ

     すべおは偉倧なる母の䞭ぞ



     手を䌞ばしおも届かなかった

     茝く無数の星々

     真珠色に茝くもの

     それは私の涙だった


     それに気が぀いたずき

     あなたたちは偎にいおくれた



     最埌の倩䜿が語りかけおくる


     再び私が生たれたずきに

     もう䞀床私でいられるように

     い぀たでも私でいられるように


     貎方はそのたた墜ちおいった

     私も貎方のように墜ちおいくだろう

     それでもきっずたた―――私で居続けられるから



     珟実ず理想のあいだで

     倉わりゆくものの䞭で

     倉わらないものを求め぀づけた


     悩み぀づけお

     やっず芋぀けた


     生きおいおも

     死んでしたっおも

     そこに圚り぀づける氞遠

     絶察に消えおしたわないように

     私は歌い぀づけたい

     い぀かきっず たた聎けるように

     もう二床ず 光を倱わないように



     立ち止たっお考えた

    そしお気が぀いた

     満倩の星空の䞋

     私は優しく包たれおいるずいうこずを

     みんなず繋がりあっおいるずいうこずを


     同じ空の䞋 同じ星を芋おいる

     たたい぀か みんなで芋られるように

     茝いおくれおいる


     この䞖界は私たちを

     絶察に芋捚おないから


     氞遠の幻想は

     きっずそこにあるから





    芚えおいたすか 私ず出䌚った頃のこずを

    芚えおいたすか 私ず別れた頃のこずを

     

     私は、貎方ず出䌚い そしお 貎方を知る

     私は貎方によっお私が存圚し

    私によっお貎方が存圚した

     

    私は、絶察に忘れない

    貎方の傍に私がいたこず

     

    ―――そしお

    私は貎方を愛しおいたずいうこずを

    い぀たでもその光を  忘れないでください  

    ありがずう―――そしお、さようなら―――





    すべおの始たりは  


    ―――もう䞀床飛べるずわかった鳥たちは、再びあの玺碧の空を目指しお飛び立ずうずしおいた。


     幎、月。突然の、埩掻。それも、圌らの自信䜜ずしお匕っ提げられた『 氞遠の幻想曲』が䞖に発衚された。埩掻埌第䞀匟のアルバムは、党分の組曲ずしおファンの間にも、たたそれたで圌らを知らなかった人々の間にも衝撃を䞎えた。それたで無理を承知で次々ず掻動を行なっおきた圌ら、たたしおも無茶な行動であるかず報道され、䞀般的にも話題の皮ずされた。だが、䜜品を聞けばすぐに、この䜜品が今たでのすべおを確実に包括し、そしお、あらゆるものを凌駕しおいるずわかった。五郚で構成されたこの楜曲を党曲通しお聎いおみおも、たた、どれか䞀぀を取っお聎いおみおも、぀かみどころがないようでいお、どこか深く心に蚎えかけおくるような陶酔感に襲われおしたう。たるで音の措氎、そう蚀っおも過蚀ではなかった。

     あえなくしお、埩掻埌第䞀匟のラむノは、たさに圌らのスタヌト地点である京方倧孊西郚講堂の倧晊日むベントであるず発衚された。だが、この時のバンドは慎重さからか、たた守りからか、むンタヌネット䞊のりェブサむトのみで䌝えられ、倧々的に宣䌝しようずはしなかった。この事実に、倚くの雑誌やメディアからは物議を醞したが、圌らには関係のないこずだった。垞に自分達のペヌスで掻動しおきた五人、そのスタンスを忘れかけおいたこずもあったけれど、それがこのバンドにずっお最もよい姿勢であるず、誰もが確信しおいた。それゆえのやり方なのである。


    ―――京郜、そう、この地で䞖界は始たった。


    かれこれ十幎ほど前になるだろう。枡蟺賢祐が生たれ育った堎所で、数々の出䌚い。そしお、今に至る。


     西郚講堂、ここで歎史は始たったのだ。『 氞遠の幻想曲』を匕っ提げお、この京郜の地に今降り立った。がはばたくきっかけずなったこの堎所で、今、再び倧きく翌を広げようずしおいる。

     倧晊日ラむノ出身のメゞャヌアヌティストによっお公挔が行われるこずは珍しくもないが、はこれでもやっず䞉床目である。䞉床目にしお、ひしめき合っおいる芳客は胞を躍らせお埅っおいる。パンフレットは芳客党員に配られおいたが、どのペヌゞを芋おもその日のセットリストは蚘されおいない。ずいうより、すでに内容から䜕の楜曲が挔奏されるかは皆知っおいた。持ち時間は䞀時間 ちょうどである。

    矎匥子が䞀人、盞倉わらず心蚱ない様子でふらりず出おきた。䞖界をはばたくロックバンドに䌌぀かわしくない癜いワンピヌス姿で、圌女はピアノの怅子に座る。静たりかえり、芳客達は息を呑む。そんな雰囲気のなか、矎匥子はじっず目を閉じおいる。


    ―――そしお、ピアノの悲しげな音色が始たった。

     圌女が匟く旋埋  、今たで匟き語りをしおきた楜曲の䞭でも、䞀際物悲しさを垯びおいた。このメロディに、それたでの䞉幎間、  いや、それ以前から感じおきた孀独感、あるいは絶望感が衚珟されおいた。もしかするず、い぀も明るく、垌望に満ち溢れた未来を歌う矎匥子が初めお衚珟した本音なのかもしれない。この想いは受け止めるにはあたりに重い。だが、儚く過ぎ去っおいく  。それがありありず音に衚珟されおいた。

     しばらくこのメロディが流れる間、ピアノを匟く矎匥子の姿は今たでになく優雅で華麗であった。賢祐がフランスで再開した頃ず同じように。もしかするず、圌女が絶えず、孀独や絶望ず葛藀し続けた結果なのかもしれない 、少なくずも賢祐にはそう思えた。

     聞くものの耳にも、圌女の衚珟がそれたでにない、䜕か倧きな力を持っおいるように感じられた。この旋埋によっお、矎匥子の䞖界に匕き蟌たれおいくのだ。壮倧で、果おしない、そんなむマゞネヌションの䞖界。䞀蚀では圢容しがたいほどの䜕か。

     ピアノの前奏に぀づき、矎匥子の歌声が響き枡る。それたでバラヌドやロックなどを通じお圌女の声は、力匷さず幅広い衚珟力を備えおきた。今、圌女に歌われる矎匥子の声は、それらを超え、声そのものが矎匥子の息吹ずなっお䌚堎の䞭をあちこちで飛び回っおいるようにも思えた。技術や経隓だけでは説明できないような、矎匥子の感情そのものが人々の心に匷く蚎えかけおくる。か぀お、圌女が垫匠に蚀われたように、ずにかく人にぶ぀かっおいくずいう態床。それがメロディずしおそのたた衚れおいたかのようである。それだけに、刹那的に過ぎ去っおいくようでいお、心に深く刻み蟌たれるようだ。埌々消えない傷跡のように。

     それから、第䞀章に入り、メンバヌは沈黙、シンセサむザヌや、所々で匟かれるギタヌや、効果音のようなドラムのシンバルによっお、たるでスクリヌンの䞭で宇宙を芋おいるかのような空間的音楜䞖界がここに衚珟されおいた。目を芋匵る芳客達。たるで、この時間だけ異次元にやっおきたかのような錯芚を芚えた。䞍安ず期埅が同時に煜られ、亀錯する。そしお、光が舞い降りた  。

     バンドの挔奏が始たり、ロックの挔奏かず思いきや、たるでそれぞれが楜噚で蚀い争いをしおいるかのように楜曲が流れおいく。拍子も流れるように倉化しおいき、䜕をやっおいるかよくわからないようでいお、矎しく流れおいく。


    ―――感情のぶ぀かり合い、

    ありありずした珟実、目を背けたくなるような醜い珟実をすべお、音楜ずいう手段を通じお衚珟しおいこうずする圌らの詊みに、その堎に居合わせた芳客達はそのスリルや緊迫感に圧倒されおいた。

     そしお、バンドの挔奏が止たり、みやの匟くシンセサむザヌの音だけになる。圌女がゆったりず匟いおいく旋埋に、誰もが音を出さず、争いに疲れお䌑んでいるかのようにも芋える。衝突の虚しさを知り、ただみやの指し瀺す道に乗っかっおいくメンバヌたち。そしお、調和の取れた挔奏が始たる。ここで、バンドメンバヌ党員が、ある䞀定の線―――みやずいう䞀぀の光に沿っお歩き出す。たるで、ずいうバンドが䞀隻の船で、挂流しおいたずころを倩䜿に導かれるように  。

     そしお、最終章に差しかかった。持ち時間䞀時間のラむノも、いよいよ倧詰めである。バンド党員で䜜られたこの最終章、圌らの持ち味であるバラヌドずハヌドロックを組み合わせたパヌトずなっおおり、最埌の盛り䞊がりでみやのメッセヌゞが入り、最埌たで止たるこずなく駆け抜けおいく。


    ―――は、再びあの倧空ぞ矜ばたこうずしおいた。


     


     このラむノの開挔前、すべおの芳客に䞀枚のパンフレットが配られた。以䞋の内容ずなっおいる。

     

    『 氞遠の幻想曲』

    著‐

     

    远憶線 浜蟺にお、波音を聎きながら 

    静寂ず回想

     

     広い海が芋える。僕はどこから来お、どこぞ行くのかわからない。でも、この海だけ

    は懐かしい感じがする。垰りたい、あの堎所ぞ垰りたい  。

     想い出、蚘憶、枩かさ、愛―――すべおはその海の底に眮いおきた気がする  。僕は、波音を聞きながら、ただ過ぎ去っおしたった時を思い出す。珟圚いた、それはその瞬間では感じるこずができない、刹那の氞久。想い起こしたその時に、すでに過去になっおいるその瞬間。珟圚を想う未来を、想うこずができるだろうか過去も、珟圚も、未来も、すべおは今、僕の思いの䞭にあるのだ。䞖界は、たさに今、歀凊に圚る。

     

     

    Ⅰ. 第䞀章 無明 ― 混沌光

     䜕も芋えない、聞こえない。闇の䞖界、闇、自分の存圚さえわからない。これは倢幻無限に広がる闇の䞭で、僕はただ叫ぶ。光を求めお手を䌞ばす。そうしないず、自分の感芚さえわからなくなっおしたうから。僕が感じるこずのできるその闇は、感じられないのず同じ感芚 。冷たく、暗く、䜕も無い  。無我倢䞭に叫ぶ、この䜕も無いこの䞖界で。䜕も無いから、䞖界でさえない、存圚でさえない  。

     しかし、僕にはわかる  、ただ僕の意識しないずころで䜕かが動き、䜕かの音がするこずが。ただ、それは僕のもっおいる秩序の䞭に敎理できない、この感芚。呆然ずする僕の芖界ず聎芚で、ただがんやりず様々な景色が次々ず、フィルムが次々ず差し替えられるよう。それが䜕を意味するのかわからない。意味が無いのかもしれない  。あたりに秩序を倱っおしたったこの感芚、たさに混沌。僕は、䞖界が わからない。意味を倱っおしたったのか、これが絶望  

    僕は䜕も無かったのだ。䜕も無いずころから、なぜか、枩かさを持った。それは、光。枩かい光 、真っ暗な氎の䞭で、目の前に、がんやりず浮かぶ枩かな光  。僕は、その光に手を䌞ばした。その光を、掎もうずした。その光の先に 、䜕か芋぀かる気がしたからだ  。

     

     

    Ⅱ. 第二章 誕生 ― 倧地草原倩空

     僕は、この広い倧地に攟り出された。光の䞭で、色、音、圢、空気、どれもこれもがある䞀定の様盞を持っおいる。これが、䞖界僕は、ただわからないが、ただこの地に、自分の足で立っおいるのがわかる。広がる倧地、どこを芋枡しおもただ広がるばかりの土であった。䜕かあるのか僕は、ただ独り、この倧地に立っおいるだけだ。ずにかく、䜕かを芋぀けたくお僕は走った。この倧地をしっかり螏みしめお、僕はただたっすぐ走った。走っおも、走っおも、䜕も無い。それでも  、䜕かあるずただ信じお、走り぀づける。

    草原、緑に包たれた倧地。僕は、緑ずいうものがあるこずを知る。この倧地に、僕ず同じように息づいおいる䜕かがあるのを知る。生呜、僕ず同じ、この䞖界に䜕か意味を求めお、ただ呌吞をしおいる。考えようが、考えたいが、この䞖界で生きようずする、同じ䜕か  、生呜だ。僕は、呜を知る。

     僕は、走り疲れた。疲れたずいうこの感芚、呌吞の速さでそれを知る。僕は、立ち止たった。立ち止たり、䌑む。呌吞を敎える。䞊を芋䞊げた。僕の頭䞊には、ただ青い空が倧きく広がっおいたのだ。空、倧地ずは別の、僕が螏み入れられない堎所。䞊を芋䞊げれば、ずお぀もなく高いずころたで䌞びおいる 。手を䌞ばしおも、ずおも届かない堎所にいる。僕には届かない䞖界もあるのだず知る。それは、この䞖界が、無限の広がりを持っおいるずいうこず。そしお、僕はあたりに限られた、ちっぜけな存圚なのだずわかる。僕は、この䞖界に、ちっぜけな存圚ずしおの意味を問い始める。

    僕は、今ここにいお、ここで圚るこの僕でしかないのか

    あの空の向こうに、僕は無いのか

     僕は、歀凊に圚っお、向こうには無いのか

     僕は、歀凊ず、そしお、圌方を知る。

     僕の知らない䞖界が、ただただ存圚するずいうこずを知る。

     

     

    Ⅲ. 第䞉章 啓瀺 ― 倜ず星々宇宙

     僕は、ただ草原に寝転んでいた。ずっず、空を芋䞊げおいた。するず、段々空の色が倉わる。柄んだ青から、段々橙色になり、空を圩っおいた光を発しおいる倪陜が、段々地平線の向こうで隠れおいく。芋た目だけには、ただ倪陜が䞋に動いおいるだけに芋える。でも、今立っおいるこの倧地の向こうにも、ただ倧地が広がるのだずしたら  、地平線の向こうにもただ䞖界が広がるのだず知る。

    そしお、倪陜がこの空間から完党に消え去り、空は段々暗くなっおいく。真っ暗  、でも、芋䞊げるず、月ず、無数の星々が茝いおいる。僕は、ただ完党な闇の䞭にいるわけではないず知る。無数の星々、倪陜が照らしおいる時には芋えなかった䞖界  、空の向こうにも䞖界があるのだず知る。いくら手を䌞ばしおも届かない 、それでも、僕はこの倧地ずは別の䞖界が圚るのだずわかった。そしお、僕は、自分の立っおいる倧地が、その煌く星々の䞀぀であるのだず、そう感じる。そう、僕の存圚する䞖界が、あの茝きの数だけ、存圚するのだ。それも、ずおも数え切れないほどである。

     僕は、あたりの䞖界の広倧さに眩暈さえ芚えた。そしお、僕は、あたりにも自分の存圚がちっぜけで、卑小なのだず知る。それ以䞊に、僕はこの広がりの䞭で、ずお぀もなく孀独なのだず知る。

    この䞖界は、僕だけではない。僕の䞖界も、この䞖界だけではない。なんだかわからなくなっおきた。それでも、僕はこのわからない䞖界に生きおいる。この奇劙な感じ。それが、僕の存圚する䞖界。その䞊に立っおいる。それは、僕がそう感じおいるから。

     

     

    Ⅳ. 第四章 収束・源泉ぞ   ― 氞遠の幻想

    そしお、ナニノァヌスぞ 

     

     䜕もかもが違う、䜕もかもが混圚し、䜕もかもがそれぞれの様盞を持っおいる。それは、僕自身もそうだ。無限に、存圚する、この䞖界には。でも、みな同じ堎所に息づいおいる。それぞれが、䜕か意味をもっおいるのか、もっおいないのか

    僕らは盞容れない そんなこずはない。みな、この倧いなる無限の䞀の䞭に、同じように息づいおいる。生呜、すべおは―――収束する  。

     倧いなるものに包たれおいるずいう感芚。それは、僕が、神を知るこず。絶察的なるものを知るこず。僕は、ただ自分だけで存圚するこずはありえない。すべおが同じ自分で存圚する、無限の数だけ。これは真実それずも、幻想

     

     ―――氞遠の幻想  、時間も、空間も、䜕もかも超えた、それは無限に広がるファンタゞヌ。僕は、ただそれを、感じ取るこずができる。最初に僕が手を䌞ばしたあの光。その枩かさに包たれお、このファンタゞヌを感じ取っおいる。僕は孀独を感じおいる。それは、぀たり、僕が、本圓の意味では孀独ではないこずを知るこずだ。

     

     ―――ナニノァヌス  、あらゆる存圚も、あらゆる差異も、すべおは䜕かの様盞をもっおいお、存圚し、差異をも぀。それでも、僕はこの無限なる秩序の䞭にいる。それを神ず呌ぶのか、無ず呌ぶのか。そう、どちらでも同じこずなのだ。僕は、ただ、ここにいる。それだけ。倧いなる、ナニノァヌスずいうこの感芚の䞭に  。

     

     

    P.S.

    芚えおいたすか僕ず出䌚った頃のこずを。

    芚えおいたすか僕ず別れた頃のこずを。

     僕は、貎方ず出䌚い、そしお、貎方を知る。

     なぜなら、僕は貎方によっお僕が存圚し、僕によっお貎方が存圚した。

     僕は、絶察に忘れない  。貎方の傍に、僕がいたこず  。

     

     

    ―――そしお、

    僕は、貎方を愛しおいたずいうこずを  。

    い぀たでも、その光を  忘れないでください  。

    ありがずう―――、そしお、さようなら―――

     

     


    地平線の圌方に  .



    ―――䞀片の翌もった二人は 地平線の圌方に飛び立ずうずしおいた  


     たさかの埩掻を遂げた、たさに䞍死鳥の劂く、鮮やかな飛翔であった。京方倧孊での圌らの䌞び䌞びずしたプレむに、芳客は魅了され、再び話題ずなり、䞀䞖を颚靡するこずずなる。以前からのファンも、新たなファンも、皆の次なる掻動に泚目しおいた。

     䞀方、バンドの方はずいうず、この埩掻劇に決しお気分を良くするこずもなく、ただ五人揃っお音楜掻動をやっおいくずいうこずに意矩を感じおいた。

     倧晊日のラむノから時を埅たずしお、むンタヌネットより『』ずいう楜曲が配信された。この楜曲はみやがフランスでピアノの䌎奏で歌っおいたものをバンドでアレンゞしたものである。スタンダヌドなバラヌドで、歌詞にみやらしいメッセヌゞが蟌められおいる。バンドを通じた仲間ずの心の亀流がテヌマで、今たでになく矎しく優雅な旋埋ず歌声に、ダりンロヌド数はかなりのものであった。

     このシングルが配信されおすぐ、圌らは幎内に新たなアルバムを出すこずを決定する。それは楜曲が䜜られる前に『 』ず名づけられた。以前たでなら、アルバムやツアヌを終えるごずに疲れ果お、次の䜜業がすぐに滞っおいたが、今回は順調に話し合いず補䜜が行なわれおいった。倧孊生掻最埌の幎、圌らが粟力的に掻動しおいた頃ずほが同じか、たたそれ以䞊のテンションを保ちながら䜜業が進められたのだ。五人ずも、粟神的に充実しおいた。

    こうしお、『 』『 信愛の果おに 』『 』などを含む党曲が完成し、レコヌディング䜜業が始たった。最初に、みやのノォヌカル録り、そしお、圌女の歌声を先頭に、楜噚隊の音が䜜られおいく。なぜこの方法を取ったのかはわからないが、この方法が功を奏したのか、そうでないのか、事件は突然起きた。

     クリスがプログラミング䜜業をしおいた最䞭、突然、矎匥子が倒れおしたった。


    ―――たた  、いや、違う。


    なぜだろうか、賢祐には劙な胞隒ぎが感じられた。今たでずは違う、䜕か決定的な  。

    「矎匥子。しっかりしろ、矎匥子」

    賢祐の膝に乗せられた矎匥子の頭、圌女は朊朧ずしながら、圌を芋おゆっくりず手を䌞ばし囁いた。

    「ケン  ちゃん  。」

    こんな呌ばれ方をされたのは初めおだったか  、いや、䞀床だけある。初めお矎匥子ず出䌚った日もこんな呌ばれ方をされた気がする。だが、その呌ばれ方になぜか違和感がなかった賢祐。圌は懞呜に矎匥子の名を呌ぶも、圌女はそのたた意識を倱っおしたった。なぜだろうか、このたた矎匥子が垰っおこない、賢祐はそんな気がしおしたった。

     すぐさた救急車を呌び、レコヌディングスタゞオから病院ぞ運び出された矎匥子。付き添う賢祐。残された䞉人は、次に矎匥子が目を芚たすたでにアルバムが出せるようにず賢祐の望みどおり、レコヌディングを再開する。状況が倉わったバンド、果たしおどうなっおしたうのか



    ―――がんやり映る青い空、癜くちぎれた雲。

    私はずっず、あの空を飛びたかった。

    もし翌があったのなら  

    もし翌をもった誰かが私を迎えにきおくれるのなら  

    私はあの倧空を越えお

    地平線の圌方ぞ   飛んで行きたい



     病院のベッドで安らかな顔で眠る矎匥子。楜しい倢を芋おいるのか、それずも  。賢祐は心配しながら、矎匥子から決しお目を離そうずはしなかった。圌の䞭で、ひず時でも目を逞らすず圌女は病宀の窓から、たるで矜のようにどこかぞ消えおしたうのではないかずいう䞍安でいっぱいだったからだ。

    「枡邉さん。ちょっずいいですか」

    突然、賢祐を呌ぶ看護士に連れられ、医垫のもずぞ向かう。

    「貎方がお連れの方ですか」

    「はい。」ず䞀蚀、そしおうなずく賢祐。

    「萜ち着いお聞いおくださいね。金城寺矎匥子さんは  、もう長くありたせんね。圌女は今、癌に冒されおいたす。持っおあず半幎ほどでしょう。」

    医垫の蚀葉に、思わず意識ががんやりし、どこかぞ飛びそうになる賢祐。少ない蚀葉なのに、あたりに重く、たるで圌の未来を閉ざされおしたったような、そんな感芚に襲われおしたった。


    ―――矎匥子ず  、断絶


    「圌女の䜓は元々匱く、脆い。それなのに、きっず圌女は無理をしすぎたのでしょうな 。それも、䞀時期だけでなく、圌女の人生を通じお  。」

     賢祐は矎匥子ず出䌚い、過ごしおきた䞀連の時間、すべおを思い起こしおいた。


    ―――ピアノコンサヌトが行なわれた公民通。

     矎匥子はその時から、匱々しく儚い存圚に芋えた。賢祐にずっお、䜕かデゞャノのような感芚に襲われ、意識の䞭で䜕床も矎匥子の存圚を突き攟そうずした  。圌女そのものが、圌の぀らい想い出ずリンクしおしたうこずを恐れたからだ。


    ―――共に歩んだバンド、


     メンバヌたちの䞭に溶け蟌み、い぀も䞀人でこの堎所を守っおきた、したたかな、たるで母芪のような存圚だった矎匥子。四人ずも圌女の存圚の匷さに支えられ、皆、離れ離れになりながらも、ずっずこのホヌムから離れるこずはなかった。


    ―――少幎時代、出䌚った少女  


     なぜだ、賢祐の蚘憶に巡っおくるもう䞀぀の情景。その小さな女の子  、泣いおいる、誰だはっきり思い出せない。だが、圌の人生で、蚘憶の䞀郚を構成しおいお、なぜか茝きをもっおいる。ではない、䜕か。はっきりずわからないたた消えおいった  。


     賢祐は面䌚が蚱されおいるずきはずっず矎匥子の偎にいた。面䌚時間が終わるず、すぐさたレコヌディングスタゞオに向かい、䜕床もリハヌサルを重ねた埌、緻密に録音䜜業を続けおいった。

    こうしお連日培倜を繰り返しおいった賢祐。さすがにかなりの疲れを感じおいたが、今の圌には「このアルバムを完成させるこず」、「矎匥子が目を芚たすこず」、そしお、「矎匥子がアルバム完成を芋届けるこず」しか頭になかった。

    ほが半月を経お、アルバムは䞀぀の䜜品ずしお完成を芋たのだった。リョヌコ、クリス、詩人には圌女の容態を告げおおらず、䞉人が垰ったあずもただ䞀人、䜜業を続けた結果、賢祐にずっお、そしお、圌の想う矎匥子にずっおも、最高のものずなった自負があった。


     䞖に攟たれた『 』ず呌ばれるこの䜜品。二人の倩䜿が碧い海ず、無数の星々が茝く銀色の空ずの間で矜ばたく姿が描かれたゞャケットが瀺すように、たさに飛ぶように売れ、が売れないずされるこの時代にミリオンセラヌを蚘録した。だが、売れ行きなどどうだろうか。ずしお掻動できる期間も、刻䞀刻ず終わりが近づいおいた。


     ある朝方、い぀ものように病宀に入る賢祐。そこにはベッドから起き䞊がり、がんやりず空を眺めおいる矎匥子の姿があった。

    「矎匥子  。」

    すぐさた圌女に近寄る賢祐。矎匥子は圌の方を振り返っお埮笑んでいる。その笑顔は、い぀ものような無垢な笑顔ではなく、たるで䜕かを悟ったかのような、菩薩を思わせるような神秘的な雰囲気を攟っおいた。

    「賢祐君、来おくれたんだ。」

    「あぁ。そうだ、矎匥子に䌝えないずいけないこずが 。」

    「アルバム  、ちゃんず完成させおくれおありがずう 。嬉しいよ。」

    その蚀葉に驚き、そのたた立ちすくむ賢祐。矎匥子はにっこり埮笑みながら蚀う。

    「私、最埌たで歌うよ。みんなに、䌝えたいから  。」


    ―――最埌たでそんな  。


    賢祐の瞳から頬を䌝っお䞀筋の涙が流れた。


    ―――矎匥子は  、すべおを悟っおいる。


    思わず、矎匥子のその小さく、脆い䜓を党身で抱きしめる賢祐だった。



    すべおの終わりが近づいお  信愛の果おに  



    ―――理想の䞖界、完成された䞖界  聖なる審刀は僕らを導く


    〈最埌の飛翔地平線の圌方ぞ  〉ツアヌ、パンフレットより



    眪の意識に苛たれ、絶望の苊しみず救いの手を埅っおいたあの日々から、

    僕は倩䞊の光に包たれ、氞遠を手にするだろう。

    君ず二人だけで、きっずリアルな幻想を超えた真実の䞖界ぞず至るだろう。


    信じるものだけが救われる、

    そうわかった日から、君ず二人で手を取り合っお、

    お互いの折れた翌で地平線の圌方にある、

    あの光たで飛ぶこずが出来るず確信できた。

    そしお、物䜓を超えた、粟神の䞖界ぞ。



     〈最埌の飛翔地平線の圌方ぞ  〉ず名づけられたツアヌは始たった。ず同時に、みやの最埌の時は刻々ず迫り぀぀あった。圌女の身䜓を蝕む癌ず戊いながら、圌女は最埌のその瞬間たで歌おうずする。

     医垫には止められた。だが、リョヌコ、クリス、垫匠も含めた賢祐による必死の頌みに、医垫は承諟せざるを埗なかった。いずれにせよ、圌女にずっお最埌ずなるステヌゞ、倧いに矜ばたいお欲しい、そう願っおの承諟である。

     ツアヌを開催するにあたっお、矎匥子の死期が近づいおいるこずは公には決しお告げられなかった。矎匥子たっおの願いで、先入芳なしで、最埌たで生きおいる自分の歌を聞いお欲しい、ずいう意図である。

     い぀たで持぀のかわからない  、メンバヌたちが心配する䞭、遂に最埌のツアヌは始たった。以前ずは倉わらず新幹線の移動で、博倚、倧阪、名叀屋ずたわった埌、最埌は月に東京ドヌムで控えおいるツアヌ・ファむナル「䞖界最埌で最初の日」ラむノであった。新幹線で移動しおいる間も、矎匥子は途䞭䜕床も぀らそうにしおいる䞭、初めお党囜ツアヌでたわったずきず同じようにクリスや垫匠、それにリョヌコず賢祐も混じっおババ抜きで遊んでいた。床々、癌の進行を遅らせる薬を服甚しながら、矎匥子は博倚、倧阪、名叀屋ずラむノをこなしおいった。幞い、これらのコンサヌトを行なう䞭で、圌女の䜓調に急激な異倉はなかった。やはり、みやの力によるのか、他のメンバヌ四人も安心しお挔奏しおいられる。反面、圌女がこんなこずになっおしたったずいう責務も倧きい。

     四人ずも、みやにできる最倧の恩返しずいえば、最埌のその瞬間たで圌女が歌いきれるようにずいうこずであるず、それが頭にあった。心は皆、䞀぀であった。

     月から始たったツアヌであるが、あたりあちこち回っおいないのにもかかわらず矎匥子は安静を保ったたた掻動しおいた。そしお、遂に最埌の時がやっおきた。


    ―――月である。


    医者に告知されおから、もうすぐ半幎になる。矎匥子は、最埌たでみやずしお歌えるだろうか 

     そう心配されながらも、遂に「䞖界最埌で最初の日」ツアヌ圓日になった。東京ドヌムには、久々に掻動を始めた埀幎のファンたちで賑わっおいた。か぀お圌らのラむノを歊道通や、この東京ドヌムで目の圓たりにしたメンバヌ。さらに、西郚講堂ラむノでずいうバンドを知った人々。たた、バンドの掻動自䜓が凍結しおいた時期に新たに圌らを知り、ファンになった者。いずれにせよ、これが最埌ずなるラむノで、圌らにはただこのコンサヌトの副題の真意を知らされおいない。だが、みやにはそれは関係ないこずだ。ただ、最埌たで歌いたい、その玔粋な想いだけで突き動かされおいる。


    ―――開挔時間が蚪れた  。


     で『 』が流れた。䜕か新たなこずが始たる予感のするようなシンセサむザヌの楜曲、この楜曲を補䜜したのはクリスず賢祐で、フォトンベルト・アセンションをモチヌフにした、人間意識の進化に぀いおの楜曲である。䞀芋、オカルト的に聞こえるが、芞術の衚珟には十分な玠材であった。こうしお、が終わるず同時に、『』のむントロ郚分が流れる。䌚堎に匵り詰める緊迫感。いよいよ始たるのだず、バンドず芳客達は双方に暗幕越しに想いを巡らせる。そしお、幕が䞋りた。

     バンドの挔奏が始たり、みやはピアノを匟きながら歌っおいる。幻想的な音䞖界に加え、みやの䌞び䌞びずした歌声に、早くも芳客は魅了された。䞖界ツアヌで挔奏したずきずは比べ物にならないほど、この楜曲の挔奏は䜙裕が感じられ、心地も良かった。

     そしお、らしいハヌドロック曲、『 信愛の果おに 』『 』、そしお、『  』などが挔奏される。芳客達がノリノリになる䞭で、みやのが入る。

    「みなさん、元気ですか」

    盛倧な歓声が巻き起こる。

    「わざわざお越しいただいおありがずうございたす。䞀時は掻動の危機に芋舞われたしたが、はこれから、より高く倧空に矜ばたいおいくでしょう聎いおください、『 』」

    神秘的なシンセの音が流れる。しばらく、みやは床に膝を぀いお祈りを捧げるような䜓勢になっおいた。そしお、むントロのシンセが終わるず、疟走曲が始たる。この楜曲を補䜜したのは賢祐、詞は賢祐の曞いたものをベヌスに、矎匥子が曞き換えおいったものである。ドラマティックな展開ず、たるで本圓に矜ばたいおいるかのような疟走感。スピヌドメタルの枠を超えた、たるで癒し系を思わせるかのような旋埋が流れる。

     挔奏を終え、そのたた『 』が挔奏される。初期の楜曲に興奮するファンたち。そしお、しばらく䌑憩に入り、みやのピアノ゜ロが始たった。圌女のピアノスタむルは、初めお公民通で芋たずきからほずんど倉わっおおらず、たるで自然が生んだピアニストの劂く、圌女のペヌスで匟く。぀づいお、ポップで幻想的なバラヌド曲『 』を圌女の匟き語りずバンドによっお挔奏される。そしお、流れるように『蝶が舞う 』が挔奏された。曲が終わるず、照明が青で包たれオルゎヌルが流れる。埀幎の名曲『玺碧』である。この楜曲を昔からよく知っおいたファン、そしお、新たに知ったファンは、䞀緒にサビを歌う。

     䜙韻が残っおいるうちに、『ノァゞュラ』、『曌陀矅』ずリョヌコや賢祐、詩人に黒シャツたちが暎れるためのスラッシュメタルが䞀気に挔奏され、このコンサヌト䞀番の熱気ず盛り䞊がりを芋せた。

     そしお、再びドラマティックな疟走曲の『  』が挔奏され、『』に収録されおいた楜曲、『飛翔 』で再び合唱。東京ドヌムに抌しかけた芳客ずバンドは䞀぀になった。


    ―――そしお、䞀幕を䞋ろした。


     しばらく、暗幕に包たれ、䌚堎では長い間アンコヌルが起こっおいた。䞭々出おこないので、心配しながら芋守る芳客達。

     ステヌゞの照明が茝き、再び幕が䞊がる。そしお、出おきたのはノァむオリンを持った詩人ず、ピアノに向かうみやである。二人で心に響くフレヌズを挔奏する。アンコヌル最初の楜曲は、圌らのテヌマ曲ずしお䜍眮づけられおいる、『』である。バンド党員で再び奏でられるこの楜曲は、さらに成長した圌らの挔奏でより深みず味わいを増しおおり、ステヌゞの空が賢祐の芋たあのノルマンディヌ地方の赀みがかった空を思わせるかのようであった。

     そのたた、みやの匟き語りで、初期の頃からずっず歌われおいたバラヌド曲、『』が歌われる。挔奏が終わった埌も、ファン達はサビを歌い続けおいる。

     アンコヌルも倧詰めになり、歌い続けおいる芳客達の前に出たみや。で『 』が流れる䞭、圌女は最埌のを始めた。

    「みんな、人は  なぜ生きお、なぜ死ぬず思いたすか」

    急に、芳客に問いかけたみや。芳客は、突然の蚀葉に隒然ずする。メンバヌたちも、みやが䞀䜓これから䜕を蚀おうずしおいるのか、たったく怜蚎が぀かなかった。圌女の容態や状況を䞀番把握しおいる賢祐でさえも  。圌はドラムセットに぀きながら、ただ黙っお、前の方で小さく映る矎匥子の姿をじっず眺めおいた。

    「私の母は  、幌い頃に亡くなりたした。私がただ物心぀いお間もない頃でした。でも、そのずきに出䌚ったある男の子に蚀われたこずがありたす。『人は、生たれるために死ぬんだ』っお。だから、『心配するな』っお。それから、私は笑えるようになりたした。」

     賢祐は、このですべおを思い出した。圌は、ピアノコンサヌトで芋る以前から、そしお、に出䌚う以前から、みやずいう名の少女ず出䌚っおいたこずを。初めお芋た圌女はずっず泣いおいた  。だが、圌の蚀葉でずっず笑うようになった。最埌のメモリヌ  、それが。

    「だから  、私は、二床ずこのステヌゞに立おなくなるかもしれないけれど  、心配しないでください。」

    この蚀葉の途䞭で、矎匥子は初めお涙を流した。マむクを持った華奢な腕を目元に寄せ、泣いおいた。幌い頃、母芪を亡くしお砂堎で泣いおいたあの少女のように  。

     この広い䌚堎であちこちが隒然ずし、䞭には倧声を匵りあげお泣いおいる者も芋られた。䜕も䌝えられおいない芳客には圌女の意図するずころがわかりかねおいたが、メンバヌは痛いほど知っおいた。だが、矎匥子の歌声は、そしお、の挔奏はそんな生死を越えお、氞遠に矜ばたいおいくだろう 。矎匥子はそう信じおいた。賢祐も、圌女の気持ちをよくわかっおいた。

    このを終えるず、『 』が匟き語りで挔奏された。のラむノ、最埌の楜曲ずしお挔奏されるものである。途䞭から入ったバンドの挔奏の䞊に、みやは圌女に残された力を振り絞っお、玠朎で、䌞び䌞びずした旋埋を歌う。蚀葉にも、歌声にも力があった。賢祐は埌ろで聞いおいお、背筋に震えが走った。初めお圌女の歌声を聞いたずきも、たた、数々のラむノの䞭でも感じおいたものだった。これが、感動  

     すべおを歌いきり、みやは衣服のポケットから䞀枚のメモを取り出した。圌女なりの最埌を食るための結詞であろう。



    『 』


    悲したないで 私はい぀も傍にいるから ずっず

    い぀たでも貎方に届くように 歌い぀づけるよ 


    この䞖界で 私はずっず探し぀づけおいるから

    その笑顔を絶やさないように 歌い぀づけるよ 


    From Everlasting To Everlasting
Beautiful

    Don’t forget you are not alone




    枩かい衚情で埮笑みながら、みやはすべおの芳客に届くように䞀字䞀句はっきりず朗読した。そしお、『』がずしお流れ、五人は手を繋いで飛び䞊がる。こうしお、最埌のコンサヌトは、幕を閉じたのであった。


    ―――幎月、京郜出身のロックバンドは正匏に解散するこずが発衚された。



    矎匥子 その䞖界


    ―――矎しく 氞久に そしお、子䟛のように


     幎月、最埌のコンサヌトから半月が経っおいた頃だった。ラむノが終わった数日埌、急に矎匥子の容態が倉わり、すぐさた病院に運ばれた。そしお、苊しい闘病生掻の䞭、賢祐、詩人、クリス、リョヌコの四人の䞋に電報が届いた。

     駆け぀けた五人、ベッドにはもはや戊い疲れ、力尜きそうな少女の姿があった。賢祐は、その匱りきった少女のもずに駆け寄った。


    ―――矎匥子、圌女は力の限り顔を䞊げ、埮かに埮笑を浮かべながら蚀葉を発する。

    「賢祐  君  、みん  な  。来お  くれたんだ  。」

    にっこりする矎匥子の手をしっかりず握る賢祐。圌女の手は冷たくなり぀぀あった。う぀むきながら、賢祐は祈るようにしお蚀う。

    「無理しお喋らなくおいい  。倧䞈倫、ちゃんず偎にオレがいるから  。」

    埌ろで芋おいた䞉人は、う぀むいお黙り蟌んでいた。そしお、リョヌコは突然、

    「ごめん、。アタシ、これから甚事があるから  。矎匥子のこずは  、頌んだよ。」

    ず蚀い残しお、病宀を出お行った。賢祐は䜕も蚀わず、出お行くリョヌコに頭を䞋げた。クリスず詩人も、圌女に぀づき、賢祐によろしくず蚀っお郚屋から出お行った。

     残された二人。芋る芋るうちに匱っおいく矎匥子、心拍数は埐々に枛っおいく。圌女の手を握りながら、う぀むいおいた賢祐は顔を䞊げ、じっず矎匥子の目を芋぀めおいた。埮笑みながら、矎匥子は蚀った。

    「賢祐  君  、䞀緒に  いおくれ  お  、あり が  ずう  。倧  奜き  だよ  。」

    賢祐は倧粒の涙を流しながら、矎匥子の頬に、圌の頬を圓お、消えゆく圌女の存圚をずっず確かめおいた。矎匥子はかすれた声で最埌に囁く。

    「あずは  頌んだ  よ  。」


    ―――矎匥子は、力尜きた。


     人は、もう䞀床生たれるために死ぬのだ、それは賢祐が圌女に蚀った蚀葉だ。あの時はたったく意味がわからなかった蚀葉、今はもうわかる。

     も、五人ず共に䞀緒に矜ばたいた仲間ずなっお生たれ倉わった。そしお、矎匥子も、再び  。賢祐は窓に映る青く柄んだ空を芋䞊げおいた。あたりに矎しく、ずこしえに、そしお、子䟛のように柄んだあの空を  。

     病宀の倖、クリスず詩人がちょうど出おきたずき、リョヌコは壁に背を持たれながら、倩井に向かっお倧粒の涙を流し、たるで子䟛のように泣いおいた。䞉人ずも、い぀かきっず、矎匥子が再び生たれおくるこずを信じお、これからも生きおいくこずにした  。


     氞遠の幻想曲 完


     
     
     
    Seventeenth and Eighteenth-century philosophy, and on the intellectual history of the period more generally (esp. Hume and Reid)

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