生と死の真ん中で生かされているということ
私が
「自分はどうして生まれてきたんだろう?」
「なぜ生きているんだろう?」
そんなことを疑問に思い始めたのは15歳の時でした。
母が交通事故で他界したことをきっかけに
生きるということ
死ぬということ
について思いを馳せるようになりました。
この疑問がこれまでの私を導いてきたと言っても過言ではないと思います。
そのぐらい母の死は突然で、それに伴う感情は経験したことのないもので
当時の私にはどう対峙していいか分からず、今思えば鬱のような状態が続いていました。
さらに当時の私からみた母は、女性として、妻として、母として幸せそうには見えず、どうせ死ぬのに何故人は生きていかないといけないのか、という大きな謎、壁にぶち当たったのでした。

ま、そんな前置きはこのへんにして
ステージ4のガンと診断され、療養所に入っているフランス人の友人の話です。
今年に入ってから彼女の体調は急激に悪くなり、階段の登り降りができなくなり、車の運転もできなくなり、私はたまに洗濯や買い出しを手伝ったりしていました。
ある日、彼女がオンラインで仕事をしていたところ、急激に具合が悪くなり英語が出てこなくなりフランス語を話していたそうです。
多分そのくらいコントロールが効かなくなっていたのでしょう。
コンピューターの画面越しに一緒に仕事をしていた仲間が、その異常な状態に気づき、救急車を呼び、彼女はエマージェンシールームに運ばれ、そこで検査の結果ガンがわかり手術に至ったのだそうです。
もしその時、エマージェンシールームに運ばれず手術をしていなかったら、その日に彼女の魂は肉体を去っていたかもしれません。
何が言いたいかというと、私たちの生というものは、生と死の間で私たちの力を超えた、見えない何か、大いなる力、宇宙の采配によって生かされているのだということ。
そしてきっと、彼女の魂がこの経験を通して会得したい何かがあるから生かされたのだろうということ。
チャンスを与えられたのだろうということ。
正直、洗濯や買い物を頼まれた時、「なんで私?」と思いました。
彼女にはたくさん友人がいるのに。
でも今は彼女の状況や生き方を通して、いろんな気づきを私に与えてくれていることに感謝しかありません。
彼女が彼女の魂の望みを全うすることを祈りながら、今日のノートを締めくくりたいと思います。