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故人の動画が見られない

    風待ち

    動画を撮ったことがない。
    ネットに上がったものの中で、プロのミュージシャンの歌や演奏以外の動画もまず見ない。
    料理のレシピや何かのトラブルの解消法など検索した答えが動画しかなければやむを得ないが、文字で書いてあるものがあればそちらで事足らす。
    写真はOK。

    スマホがない時代も、家庭用のビデオカメラとかはこの世に存在した。
    うちにはなかったけど。
    昔々、私の結婚式のビデオを夫の友人が撮影して、いろいろ編集したものをくれたけれど、一度も再生させないままお蔵入りし、挙句の果てに離婚してしまった。

    ドキュメンタリー番組は好きで、よくテレビで見る。
    どういう動画が平気なのかという境は自分でもよくわからないが、特に苦手なのは、すでに故人となった人が映っている動画だ。

    お正月にテレビドラマ「監察医朝顔」のスペシャル版を見た。
    連ドラの放送開始からずっと見続けている珍しいドラマ。
    最近は「相棒」も見ていない。
    ここに、震災で亡くなった母親が映っている動画がたびたび出てくる。
    共に悼み、偲び続けた父の命もおそらく今回で尽きたのだろうと思われる。

    すでにこの世にいない家族が、動画の中で動いているというシーンが、私には耐えられない。
    だから、ドラマやドキュメンタリーの中でそういう場面に行き会うと、私は目を背けるか席を外してやり過ごす。
    でも、登場人物たちは目を潤ませながらもそれらを見ている。
    そういうシーンを見るたびに、不思議だなぁと思う。

    動画だけでなく、録音された故人の声も苦手だ。
    以前、夫が実家から持参した音楽のカセットテープの中に、家族で開いたカラオケ大会の録音があった。
    祖父母はとうになかったが、父親が亡くなってそう間がない頃。
    夫は、そのカセットを再生し、懐かしそうに聴き入った。
    そして、これは誰ちゃんの声、次は誰さんが歌ったんだよと私に説明してくれた。

    最初は我慢して聴いていたが、父(舅)の番になって耐えられず、お腹が痛いふりを装ってトイレに駆け込んだ。

    私は舅が嫌いだった。
    金の力でもって、私の実家を支配し、奴隷のごとく蔑み罵倒した。
    なのに。
    故人となったその人が、あたかも生きているように歌う明るい声の再生がもたらしたのは、尽きない悲しみだった。

    懐かしさは、死の悲しみを超えられない。
    というのが、昔から今に続く私の実感だ。
    どうして、世間の人は死んでしまった人の動画や音声を懐かしめるんだろう?

    私がおかしいのだろうか。
    これは、関係性に依らない。
    知らない人のニュースやドキュメンタリーでも、その人の大切な人がもう亡くなっているのに、生前の動画の中で動くのを見ると途端に動悸がする。
    だから、私にとって残酷なのは、津波で街が破壊される動画ではなく、それで命を落とした人たちが、それ以前に笑ったりはしゃいだりしている動画だ。
    こんなに明るい子だったんですよ、こんなに平穏で幸せな生活があったんですよ、みたいなやつ。
    その人がもういないという事実に、私はひどく傷ついてしまう。
    知らない人なのに。

    写真に慣れたのも、最近のことだ。
    だから、兄のも母のも、大きな遺影は作らなかった。
    父のは、兄と母が頼んでしまったので、いまはやむなく私の家にあるが、仏壇のある部屋どころかどこにも飾らず、裏を向けて箪笥と壁の隙間につっこんである。
    仏壇には、それぞれの小さなスナップ写真を100均で買ったフレームに入れて並べてある。
    毎日手を合わせて話しかけているから、ここ1年くらいでようやく平気になった。
    それまでは、動かない写真でもしんどかった。
    でも、位牌に話しかけるのはどこか違う気がして、無理に慣れたわけだ。
    動かないから慣れることができたと思っている。

    ずいぶん昔のことで、若い人はなんのこっちゃと思うだろうけれど、アメリカでジョンベネちゃんという幼い女の子が殺害された事件があった。
    当時、その子がコンテストに出てコスプレ姿で踊っている動画が何度も放映された。
    あのときの、悲しみとも嫌悪感ともつかないもの。
    私が親族なら、あれを1度見ただけで心臓が止まるかもしれない。
    年を重ねても、私のああいう感情は、変わらぬまま。

    「朝顔」は良いドラマだけれど、ヒロインが生前の家族の動画を固まったように見続ける場面については、「ありえない」と思ってしまった。
    私だけかもしれない。

    ジョーン・ヒクソン版の「ミスマープル」の「魔術の殺人」のラストで、事件が解決した後、老いた姉妹と共に一族のガーデンパーティーの動画を見るシーンがある。
    大事なラストシーンなので目を背けず見るけれども、何度見ても、私はここで号泣してしまう。

    年をとって家族を看取ってきたからではなくて、若い頃からそう。
    子供や孫がいたら、きっと私がじゃなくても誰かが撮った動画があるだろう。
    死んだ兄や母のもあったかもしれない。
    誰もが容易に動画を撮れる時代じゃなくて良かったと、心から思っている。


     
     
     
    役に立たない文章を書くだけ。 貧困、一家心中、夜逃げ、不登校、ヤングケアラー、バックパッカー、フランス生活、トリプル介護、実家破産、介護離婚、看取り、実家じまい、墓じまいを経ての暮らし。 写真は自前。 ★コメントご容赦くださいm(__)m ★お返しのスキやフォローしてません。

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