
「月は欠損」だとしても、ある程度満たす必要がある
占星術界の大御所マドモアゼル愛先生の「月は欠損」論は有名です。
愛先生の「月は欠損」論を少し書いておきます。
月が与える7歳までの能力とは、子どもが大人のまねをしたものであり、自身で考え、判断した能力とは違い、本物ではない。
月は示す能力とはすなわち、その人に欠損している部分ということ。
月のイメージに従った行動はそのほとんどが失敗に終わる。
月は私たちのエネルギーを奪うように働く。
月は幻想の星である。
月を通して感じる自分は、本当の自分ではない。
月の影響で行うことは、ほとんど現実にならない。
などなど、月をボロクソに言う愛先生。
愛先生の「月は欠損」論によって、月なんて必要ない、って極端に思ってしまう人もいます。
愛先生の「月は欠損」論は正しいとは思うのだけど、月はいらない、とまでいってしまうとヤバい。
人間は神様ではない。
神様だったら、月はなしで太陽だけで生きられるだろう。
しかし、人間は、月というものを与えられて生まれてくる。
月という不足感を抱えて生きるのが人間。
「月は欠損」なのかもしれないが、理不尽かもしれないけど、その欠損をある程度は埋めないと生きていけない。
月を無視した場合、不安感に包まれ、幸福感が失われていきます。
大金持ちだけど、なんか不幸そうな人って、きっと、月を無視してたり、月のアスペクトがハードで月を満たしてないような人なのでしょう。
月はある程度満たす必要がある。
ただ、愛先生が言うように、月ばかりやってると、人間おかしくなっていく。
月の欠損を埋めることばかりやってると、太陽がおろそかになって、ロクな人生にならないことは確か。
バランスが大切。
仕事では太陽を輝かす。
プライベートでは月を満たす。
天体はそれぞれの活用がある。
愛先生の「月は欠損」論から、月は必要ない、っていう極端な結論に至らないようにお気をつけください。