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Photo byrosy_dunlin3498

満月の夜話(35) - 光、満ちる -


    太陽を直接見つめると白く潰れて見えるように、人の目は強すぎる光の中で物の輪郭を正確には捉えられない。

    僕の彼女は特殊な体質の持ち主だ。
    彼女の目はわずかな光でも過剰に反応してしまう。陽光はもちろん、蛍光灯や電灯、スマホやテレビの光、蝋燭の火であっても視界は白く潰れ、その光が彼女の目に激しい痛みを与えてしまうのだ。

    そのため、窓は季節や昼夜を問わず暗幕のようなカーテンで閉ざされている。部屋は暗闇、僕には彼女の顔を見ることができない。
    暗闇の中で、彼女の明るい声が聞こえる。決して溌剌な声ではないが、静かなのに強く、張りはなくとも声には豊かな表情が滲んでいた。

    彼女の側はいつも温度が少し低く感じる。そして、少しみずみずしい。まるで初夏の夜に深い山奥の沢辺にいるような。彼女の纏う静謐で清涼な空気、そして暗闇。僕の恋人の空気。

    僕は彼女を見たくなって、彼女の顔のある方へと手を伸ばす。
    髪に触れる、彼女がびくりとした。僕は彼女の長い髪を指で漉いた。
    流れのままに彼女の顔を両手で包む。頬に触れ、彼女の輪郭を指で確かめていく。滑らかな頬、細い首、繊細で高い鼻筋、薄い唇へと辿っていく。少しだけ開いた唇、その奥の歯先が僕の指先に触れたとき、彼女は小さく息を呑んだ。僕は彼女が微笑んでいることに気付く。
    彼女が身体をひねり、静かな暗闇に衣擦れの音が立った。
    僕は手を引いた。何度触れても、それでは満ち足りなかったから。



    満月は、彼女を傷つけない唯一の光。
    彼女に世界を見せてくれる夜。

    僕は真っ暗な部屋の中で彼女を求め、彼女の薄い声がする方へ泳ぐように手を伸ばした。指が彼女の身体のどこかに触れた。僕はそれを辿り、ようやく彼女の手を見つける。彼女も僕の手を握り返した。手はわずかに震えていた。

    僕は内緒話をするように囁いた。
    「目を閉じて」
    彼女は指先で小さく返事をした。僕はスマホを取り出し、その薄い光が作った足元の道をゆっくり進む。ベッドに躓かないように、リビングの家具に当たらないように、そっと彼女をベランダへ誘ってゆく。

    ベランダに続く窓に掛かる重々しいカーテンを開ける。一斉に満月の青白い光が部屋に流れ込んだ。ベランダへの鍵を開け、僕は彼女に囁く。

    彼女の目が開いた。
    僕は薄明りに浮かんだ美しいその横顔を見た。彼女の瞳は光に満ち、まるで揺れる湖面のように輝いていた。

    一ヶ月ぶりの夜風は、彼女の顔を長い髪で隠そうとする。
    僕は彼女に向き合い、顔に掛かる髪をかき分け、満月が描き出した彼女の輪郭を正面から見つめた。
    僕はいつの間にか微笑んでいた。
    やがて、彼女は恥ずかしそうに唇を動かした。

    「顔、見えた?」
    「うん。一ヶ月ぶりだね」
    「恥ずかしいな」
    「僕は、嬉しいよ」
    「どう?私、変な顔してない?」
    「全然。可愛いし、すごく綺麗だ」
    「本当?」
    「うん。だけど……」
    「だけど?」
    「いや、老けたなぁって」

    途端、彼女は目を見開き、目尻に刻まれた皺が伸び上がって消えた。
    一拍の後、彼女は破顔し、笑いをこらえるような声で答えた。

    「お互い様でしょ、老けたのは」
    「そうかな?」

    互いの顔を見つめ合い、やがて彼女は僕の唇へ手を伸ばした。
    「私だって、見たかったんだから」



    (了)


    お読みいただきありがとうございました。
    内容はもちろんフィクションです。
    次回の満月は、7月29日(水)らしいです。



     
     
    日常に感じるバカっぽい疑問を膨らませて文章にするのが好きです。 誰かに読んでもらえるような文章が書ければ素敵だなと思います♪ 書いていることは、ほぼフィクションです☆

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