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䞭途半端でも、䜕かは残るらしい

    䞀生懞呜、たくさんの時間を費やしお物事に取り組めば、すばらしい成果に぀ながる。確かにそうかもしれないが、い぀もそれではくたびれる。

    これは、䞭途半端でもそれなりに身に぀くものがあったなぁ、ずいう経隓談だ。䞭途半端なあなたに読んでほしいこら。


    Web䌚議が終わっお、画面を閉じた。

    議論の3割皋床は英語だった。正盎、8割方聞き取れおいない。3割の8割だから、䌚議の24%は謎のコミュニケヌションだったわけだ。

    ずはいえ、画面の端にリアルタむムの文字起こしが流れおいる。それを芋ながら補完しおいたが、やはりずころどころ远い぀かなくお、文脈で埋めるこずになる。

    それでも、なんずなくわかった。 今日の話は前向きな方向だった。 誰かの声のトヌンが、少し柔らかくなっおいた気がした。

    今の仕事は、海倖ずのやり取りが倚い。䌚話も䌚議もほが日本語だが、たたに英語が飛び亀う堎がある。理解できない郚分がほずんどだ。翻蚳はAIに頌っおいる。過酷な珟堎である。

    残念な事に、孊生時代は英語にたったく興味がなかった。

    「日本人なんやから、日本語だけでええやろ」ず本気で思っおいた。掋楜にも関心がなかった。ビデオは吹き替えで芳た。テストの点数はプラむバシヌなので開瀺しない。

    そんな私だったが、瀟䌚に出お2幎ほど経ったころ、急に「英語喋れたらいいな」ず思い始めた。きっかけはもう思い出せない。

    「楜しそう」ずいうのが正確なずころで、「必芁だ」ずは思っおいなかった。 䞖界が広がるずか、そういう倧げさな話ではなく、ただ「なんか、いいな」皋床の感芚だったず思う。

    流行病を患ったのかもしれない。


    最初にやったのは、英䌚話スクヌルだった。

    駅前留孊ずいうや぀だ。党身ピンクで長い耳、黄色い嘎の぀いたキメラが毎日CMで歌っおいた、あのスクヌルだ。

    䜓隓レッスンに行くず、豊かな口ひげを蓄えたむケメンの倖囜人講垫が担圓しおくれた。圌の名はケビン。

    授業埌のコメントで、「真面目に取り組んでいるから䌞びるず思う」みたいなこずを、通蚳の人を介しお蚀われた。

    本圓かどうかはわからない。でもその瞬間、「あ、自分でもできるかもしれない」ず思うやいなや䌚費を払った。このスピヌド感をビゞネスでも発揮すればいいのにず思う。

    初めおの「絊料の3ヶ月分」は、劻ぞの婚玄指茪ではなく、ピンクのキメラ宛の珟ナマだった。

    10回くらいは通ったが、い぀しか足が遠のき、気が぀くず行かなくなっお、退䌚した。

    英語はほずんど身に぀かなかった。なぜかケビンのこずだけ、30幎以䞊経った今も、ただ芚えおいる。

    楜しかったのだず思う。

    それから数幎しお、CD教材を買った。垰りに曞店で芋かけお、なんずなく手が䌞びた。 通勀䞭に聎けば続くず思った。

    最初の䞀週間は聎いた。むダホンを぀けおホヌムに立぀ず、なんか少し違う人間になった気がした。英語ができる自分みたいなものが、ちらっず芋えた気がした。

    もちろん、気のせいである。

    そしおだんだん聎かなくなった。教材はケヌスに入ったたた䜕幎も棚に残っおいたが、数幎前に棄おた。

    こういうこずを、䜕床か繰り返しおいる。

    スマホ時代になっおアプリに倉わっおも、だいたい同じだった。 アプリを入れた瞬間が、毎回䞀番やる気があった。どのアプリにするか遞んでいるずきに、最も脳を䜿っおいた。

    「たた英語やろうかな」ず思う。䜕かを始める。最初だけ頑匵る。だんだんやらなくなる。

    戻っおきたくせに、毎回ちゃんず挫折する。

    時々患っお、しばらくしお回埩する。やはり流行病なのだろう。

    息子が高校受隓の幎には、TOEICの勉匷を始めた。

    ある倜、リビングの机で息子が問題集を開いおいた。

    受隓勉匷は孀独な闘いだ。勉匷するもしないも本人の自由だが、自己責任だず攟り出すにはただ幌い。だから、「勉匷がんばれ」ず蚀う。

    その蚀葉に盞応の説埗力を持たせるために、机を䞊べお䞀緒に孊ぶ。息子は受隓、私はTOEIC。

    「お父さんも仕事で英語勉匷せなあかんねん。䞀緒に頑匵ろう、英語教えおくれ」ず蚀った。もちろん仕事云々は嘘だ。照れ隠しずもいう。

    問題集を買いに行った。䞊んで机に向かった日があった。お互い黙っお、自分の問題を解いおいた。

    息子は䜕ずか志望校に合栌した。

    私はただTOEICを受隓しおいない。


    党然続かなかった。たるで身に぀いおいないず思っおいた。

    でも今、がんやり感じおいるのは、「れロではなかった」ずいうこずだ。

    英語力が身に぀いたわけではない。「英語できたすか」ず聞かれたら「できたせん」ず答える。胞を匵っお蚀える。でも「たったくわかりたせんか」ず聞かれたら、ちょっずだけ答えに迷う。

    スキルずたでは蚀えない䜕かが、うっすら、残っおいるずは思う。
    抗䜓くらいはできおいるのかもしれない。

    今でも、たたに「たた英語やろうかな」ず思う。思ったからこの蚘事を曞いおいるのだ。

    続かない確率は盞圓高い。䞋銬評は䞉日坊䞻で賭けが成立しないだろう。それでも完党には消えない思いがある。

    「倖囜語が話せるず、少し楜しそう」ずいう感芚が、ずっずどこかに居続けおいる。

    消えかけおは戻っおくる。たた教材を買うかもしれない。たた䞉日で終わるかもしれない。

    それはもう、流行病だから仕方がないのだ。


     
     
    アラフィフで䌚瀟がなくなった。 生き方・お金・日々の出来事。思考を蚀葉にしおいたす。 ずきどき、思考が物語になるこずもありたす。 思考ず感情が、少しず぀圢になっお残っおいく堎所。 刀断に迷ったずきのヒントになるかもしれたせん。

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