
母の日に、受けた愛情について書いてみた。
私が10歳頃の話。
ある日、両親に、自宅のある神奈川県鎌倉市から、東京都渋谷区にある矯正歯科へと連行されました。この歯科は、父の知人のご紹介で知った医院だった様です。院長室で面談をし、それから、通院することに決まりました。
帰り道、電車内で母に訊ねると、私の受け口と歯列を矯正する、とのことでした。受け口とは、上下の前歯の噛み合わせが通常と逆になり、下の前歯が上の前歯より前に出ている噛み合わせの異常のことです。見た目だけでなく、噛みにくさや発音のしにくさ、将来の歯や顎関節への負担増加などの問題につながることがあるそう。これを、両親はどうしても治したいと思ってくれたのです。
二回目の診療日、医院の待合室で待っている時、母が、
『私も昔、受け口を矯正したかったけれど、出来なかった。あんたは、矯正できるんだから、恵まれてるのよ。しっかり頑張んなさい。』
と言った。
それを聞いた時、思わず即座に生じた疑問を口にした。
『お母さんは、矯正しないの?』
と。今からでもすれば良いじゃないか、という意味を込めて。
すると、微笑みながら、
『お母さんは、もう、いいのよ。でも、みつはこれからの人だから』
と、言ってくれた。
後から知ったが、当時、受け口と歯列の矯正には100万円以上のお金が必要だった。一般家庭の我が家では、私と妹の分でぎりぎりだった。
その頃、私は小学5年生で、初めての反抗期を迎えていた。心もギスギスしていたし、荒れていた。親に対し生意気な口もきいていたと思う。
けど、母のその言葉を聞いた時、
『自分よりも、俺を大切に想ってくれるのか』
という事実に驚き、心が温まるのを感じた。
氷が溶けていくように、胸の中にあるささくれが消えていった。
その時の母の横顔は、凛としていて綺麗だった。
それ以降、反抗期が終わった、とかそんなことは全くない。
けれど、その頃から、自分の心が護られていると感じるようになった。
愛を、言葉ではないもので、伝えてもらった。
今、私の中に在る温かさや優しさ、情熱、愛情、慈しみといった情緒は、自分一人で形成したものではない。両親をはじめ、愛で包んでくれた方々のお蔭様である。
人は、独りでは生きていけない。
いつか、母が言ったことがある。
『恩は返さなくてもいい。恩送りで良いのよ。もし大切なものを受け取ったと感じたのなら、あなたの大切な人に与えてあげなさい。』
そんな人になりたい。ありがと。