
【エッセイ】ポンコツ扱いされていた盲腸という臓器の名誉を回復させてみる
さっきふと、盲腸のことを調べていました(何かを見聞したわけじゃないのに急に無意味なワードが降ってくることないですか?)
正確には「虫垂」というらしいのですが、私は元看護師としても ずっと「なくても困らない臓器」だと思っていました。
実際、昔はそう考えられていたそうです。誰に聞いたのはは不明ですが、子どもの頃からの盲腸の認識は「不要なものをどうにかしてくれる場所」
添加物とか重金属とか排出されるべき何かのことでは?と なんとなく感じてて、人間の体は「体に良くないもの」をデトックスする機能は元から備わっているから、逆に神経質になって「〜は体に悪いからダメ」を極端にやりすぎていると、役目を失った臓器が「仕事くれー!」って何か症状を出すとかあったりして、、、というのは ただの私の妄想です。なので、なんでも除菌とかせず「共存」を意識した方が病気にならなそうな気がしています。
進化の途中で役目を終えた名残?
あってもなくてもいいもの?
でも最近「必要ないものなんて元から神様は作らないのでは?」と思いました。
調べてみると 最近の研究では、虫垂には大切な役割があることがわかってきたのだとか。
例えば、下痢や抗生物質で腸内細菌が激減した時のための「善玉菌の避難所」。ピロリ菌駆除とかで抗生剤投与をすると、必要な菌まで死んじゃって感染症にかかる人いますよね?ベースに「疲れ」や「ストレス」がある人は特に。
そして腸の免疫機能を支える重要な拠点。

私は思わず「えー!そうだったの?」と声が出ました。
ちなみに一般的に「盲腸になった」と言われる病気は、医学的には盲腸そのものではなく、先端についている虫垂が炎症を起こす「急性虫垂炎」
よく見聞きする言葉でも、よく知らないことってまだまだあるものですね。
もちろん、虫垂を切除しても問題なく生活している人はたくさんいます。でも、だからといって最初から不要だったわけではないはず。
そこにあった理由はちゃんとあったはず
そう考えると、なんだかこれって 全てに言えることなんじゃないか という気がしました。
目立つ人がいる
華やかな人がいる
一方で、特別目立たない人もいる
いてもいなくても気づかれない人もいる
でも誰かにとっては かけがえのない人だったりもする
自分自身についてもそうです
「こんな性格変えたい」
「この部分さえなければ、、」
「これは乗り越えるべき課題だろうか、
にしては繰り返すよね?もう変えなくていいじゃね?」
そう思うこと ありますよね。
でも、本当にそうなんだろうか。
今は役に立っていないように見えるもの。むしろ欠点だと思っているもの。それも欠けてみないと気づけない何かの役割を持っていて どこかで何かを支えているのかもしれません。
虫垂が長い間「不要な臓器」と呼ばれていたように。
私たちは、見えている範囲だけで価値を決めてしまいがちです。けれど宇宙は案外、無駄なくできているのかもしれません。そう、すでに完璧なんだ!
細胞も臓器も人も
欠けて初めて気づく役割があって、それぞれが絶妙なバランスの中に存在している。
星ひとつ欠けても夜空の景色が変わるように、私たちもまた、この世界の景色を作っている一部なのかもしれないですね。