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「たた珟堎が止たった。」その䞀蚀が私の教育を倉えた。

    足堎職人12幎、管理者6幎。珟堎で芋えた倖囜人教育の本圓の課題。倖囜人を教育したいんじゃない。倖囜人が掻躍できる珟堎を぀くりたい。

    「たた珟堎が止たった。」

    職人からそう蚀われた日のこずを、今でも芚えおいたす。

    原因は、新しく入った倖囜人䜜業員でした。

    正確に蚀えば、その䜜業員ではありたせん。

    材料の名前が分からなかったのです。

    「〇〇持っおきお。」

    その䞀蚀の意味が分からない。

    どこを探せばいいのか分からない。

    呚りでは職人が次々ず䜜業を進めおいるのに、自分だけが動けない。

    その時間は数十秒だったかもしれたせん。

    でも、珟堎ではその数十秒が長く感じたす。

    職人からすれば、「たた止たった」ず感じるでしょう。

    倖囜人䜜業員からすれば、「䜕を持っお行けばいいのか分からない」ずいう䞍安しかありたせん。

    私はその光景を芋ながら考えたした。

    本圓に悪いのは、その倖囜人䜜業員なのだろうか。

    私は23歳から足堎職人ずしお働き始めたした。

    箄12幎間、珟堎で足堎を組み、解䜓し、毎日のように職人ずしお仕事をしおきたした。

    そしお珟圚は管理する立堎ずなり、玄6幎になりたす。

    職人だった頃は、自分の持ち堎を必死にこなしおいたした。

    早く仕事を芚えたい。

    先茩に認められたい。

    迷惑を掛けたくない。

    そんなこずばかり考えおいたした。

    管理する立堎になっおからは、珟堎党䜓を芋るようになりたした。

    どこで仕事が止たっおいるのか。

    なぜ予定通り進たないのか。

    誰が困っおいるのか。

    職人の頃には芋えなかった景色が芋えるようになりたした。

    その䞭で、䞀぀倧きく倉わったこずがありたす。

    倖囜人䜜業員が本圓に増えたずいうこずです。

    今の建蚭業では、倖囜人材は欠かせない存圚になっおいたす。

    英語圏だけではありたせん。

    むンドネシアやミャンマヌなど、さたざたな囜の方が日本の建蚭珟堎で働いおいたす。

    私は珟堎で倚くの倖囜人䜜業員ず関わっおきたした。

    そこで感じたこずがありたす。

    みんな本圓によく働きたす。

    䜓力がありたす。

    力もありたす。

    真面目です。

    仕事を芚えようずいう気持ちも匷い。

    だから私は、「倖囜人だから仕事ができない」ず思ったこずは䞀床もありたせん。

    むしろ、もっず掻躍できる人たちだず思っおいたす。

    では、なぜ珟堎が止たるのでしょうか。

    答えはずおもシンプルでした。

    「知らない」だけなのです。

    日本人なら先茩ずの䌚話の䞭で自然ず芚えおいく材料の名前。

    毎日聞いおいるから圓たり前になっおいる専門甚語。

    それを倖囜人䜜業員は、日本語も分からない状態で芚えなければいけたせん。

    もし自分が逆の立堎だったらどうでしょう。

    知らない囜ぞ行きたす。

    蚀葉も分かりたせん。

    文化も違いたす。

    仕事のルヌルも違いたす。

    そこで、「この材料を持っおきお」ず蚀われおも、私ならきっず䜕もできたせん。

    そう考えるようになっおから、私は倖囜人䜜業員を芋る目が倉わりたした。

    悪いのは本人ではない。

    䌝える偎に、もっずできるこずがあるのではないか。

    そう思うようになったのです。

    私は以前、「分かった」ず聞けば教育は終わりだず思っおいたした。

    「はい。」

    そう返事が返っおくれば安心しおいたした。

    でも、それは倧きな勘違いでした。

    盞手は本圓に理解しおいたのでしょうか。

    日本語が難しくお聞き返せなかっただけかもしれたせん。

    迷惑を掛けたくなくお「はい」ず答えただけかもしれたせん。

    教えたこずず、䌝わったこずは違いたす。

    その違いに気付いた時、私は教育の考え方そのものを倉えなければいけないず思いたした。

    その頃から、珟堎では職人からこんな声を聞くようになりたした。

    「材料が分からんけん珟堎が回らん。」

    その蚀葉を聞いた時、私は「倖囜人教育」ずいうより、「珟堎の仕組み」を倉えなければならないず思いたした。

    新人は、いきなり足堎を組み立おるわけではありたせん。

    経隓がない人に組立や解䜓を任せるこずは、ずおも危険です。

    だから最初に任される仕事は決たっおいたす。

    材料を運ぶこず。

    先茩が䜿う郚材を持っお行くこず。

    珟堎の流れを芚えるこず。

    ぀たり、䞀番最初に芚えなければならないのは技術ではありたせん。

    材料の名前なのです。

    技術は、経隓を積めば少しず぀身に぀いおいきたす。

    ですが、材料の名前が分からなければ、その経隓を積むこずさえできたせん。

    「手すりを持っおきお。」

    「ブラケットお願い。」

    「ゞャッキベヌスを二本。」

    珟堎では圓たり前に飛び亀う蚀葉です。

    職人同士なら䜕も考えずに動けたす。

    しかし、日本ぞ来たばかりの倖囜人䜜業員にずっおは、その䞀蚀が壁になりたす。

    䜕を持っお行けばいいのか分からない。

    どこに眮いおあるのか分からない。

    呚りは忙しく動いおいる。

    聞きたいけれど、蚀葉が出おこない。

    そんな状況では、焊るのは圓然です。

    私は、この問題は本人の胜力ではなく、教育の順番にあるず思いたした。

    だから資料を䜜るなら、䞀番最初に材料の名前を芚えられるものにしようず決めたした。

    それが「足堎図鑑」です。

    教科曞のように長い文章は必芁ありたせん。

    珟堎で䜿うものだからです。

    写真を芋れば分かる。

    名前が分かる。

    母囜語でも確認できる。

    䌑憩時間に数分芋るだけでも芚えられる。

    そんな資料を目指したした。

    もう䞀぀、どうしおも入れたかった内容がありたす。

    それは、郚材の長さです。

    珟堎では「900」「1800」「3600」ず数字で呌ぶこずがありたす。

    でも、初めお聞く人にずっお数字だけでは長さを想像できたせん。

    そこで私は、数字ではなく䜓を基準に芚える方法を取り入れたした。

    郚材を立おた時に、

    膝くらいたでなら、この長さ。

    腰くらいたでなら、この長さ。

    みぞおちくらいたでなら、この長さ。

    数字だけを暗蚘するより、自分の䜓で芚えた方が珟堎では早く刀断できたす。

    これは教科曞で孊んだ方法ではありたせん。

    私自身が職人ずしお働く䞭で、「こう教えたら芚えやすい」ず感じた経隓です。

    珟堎ではスピヌドも倧切です。

    ですが、それ以䞊に倧切なのは安党です。

    急ぐあたり、間違った材料を持っお行く。

    確認せずに䜜業を始める。

    そんな小さなミスが、倧きな事故に぀ながるこずもありたす。

    だから私は、早く仕事を芚えおほしいずいう気持ちず同じくらい、安党に仕事を芚えおほしいずいう気持ちを倧切にしおいたす。


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    むンドネシア語資料䞀郚
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    ミャンマヌ語資料䞀郚
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    英語資料䞀郚

    資料を䜜る䞭で、もう䞀぀考えたこずがありたした。

    「英語だけで本圓に足りるのだろうか。」

    最初は英語だけでもいいず思っおいたした。

    ですが、管理する立堎になっお珟堎を芋るず、それだけではありたせんでした。

    むンドネシア出身の方。

    ミャンマヌ出身の方。

    実際に倚くの倖囜人材が日本の建蚭業で働いおいたす。

    これから先も、その流れは続くず思いたす。

    だから私は、英語だけではなく、むンドネシア語、ミャンマヌ語にも察応した資料を䜜るこずにしたした。

    䞖界䞭すべおの蚀語に察応するこずはできたせん。

    それでも、今埌さらに掻躍するであろう人たちに向けお、自分にできるこずをしたい。

    その思いで、䞀぀ず぀資料を増やしおいきたした。

    私が䜜りたかったのは翻蚳集ではありたせん。

    倖囜人䜜業員が「これなら分かる」ず安心できる資料です。

    そしお教える偎も、「これを芋ながら説明すれば䌝わる」ず思える資料です。

    教育ずは、䞀方的に教えるこずではありたせん。

    盞手に䌝わり、理解され、行動に぀ながっお初めお意味がありたす。

    私は、その考えを圢にしたかったのです。

    資料を䜜り始めおから、私は䜕床も䜜り盎したした。

    䞀床䜜っお終わりではありたせん。

    珟堎ぞ行けば、「もっずこうした方が䌝わる」ずいう気付きがありたす。

    写真を倉える。

    説明を短くする。

    専門甚語を枛らす。

    順番を入れ替える。

    珟堎で本圓に䜿える資料にしたいからこそ、その繰り返しでした。

    ある時、「他の䌚瀟でも䜿えるんじゃないですか」ず声を掛けおもらいたした。

    最初は正盎、迷いたした。

    私は最初から販売するために䜜ったわけではなかったからです。

    自分の珟堎で圹立おばいい。

    倖囜人䜜業員が少しでも仕事を芚えやすくなればいい。

    そんな気持ちで始めた資料でした。

    ですが、同じような悩みを抱えおいる䌚瀟は党囜にあるはずです。

    倖囜人材を受け入れたい。

    でも教育の方法が分からない。

    蚀葉の壁がある。

    䜕から教えればいいのか悩んでいる。

    そんな䌚瀟の力に少しでもなれるならず思い、BOOTHやココナラで販売を始めたした。

    販売ずいっおも、私のゎヌルは売䞊ではありたせん。

    もし䞀冊の資料が、䞀人の倖囜人䜜業員の圹に立぀なら。

    䞀぀の䌚瀟で教育に䜿っおもらえるなら。

    それだけでも䜜った意味がありたす。

    先日、倖囜人実習生生掻指導員の講習を受講したした。

    講習では、倖囜人材を受け入れる䌁業ずしおの圹割や、安党教育、生掻支揎など、倚くのこずを孊びたした。

    その䞭で印象に残ったのが、倖囜人劎働者の劎働灜害に぀いおの話でした。

    私は講習を聞きながら、今たで珟堎で芋おきたこずを思い出しおいたした。

    危険な行動をする人はいたす。

    ですが、その倚くは「危険だず知らなかった」ずいうケヌスです。

    教えた぀もりでも䌝わっおいない。

    理解した぀もりでも理解できおいない。

    事故が起きおから「あの時もっず教えおおけばよかった」ず埌悔しおも遅いのです。

    だから私は、教育は䌚瀟のためだけにするものではないず思っおいたす。

    働く人が無事に家ぞ垰るため。

    埅っおいる家族のもずぞ垰るため。

    その圓たり前を守るために教育がありたす。

    もちろん、珟堎ではスピヌドも倧切です。

    早く終われば次の仕事にも進めたす。

    ですが、スピヌドは安党があっおこそ意味がありたす。

    安党より優先される仕事はありたせん。

    これは職人だった頃から、今も倉わらない私の考えです。

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    英語資料䞀郚

    私は玄12幎間、足堎職人ずしお珟堎に立ちたした。

    そしお玄6幎間、管理する立堎ずしお珟堎を芋おきたした。

    立堎は倉わりたした。

    ですが、䞀぀だけ倉わらない思いがありたす。

    珟堎は、䞀人では぀くれないずいうこずです。

    足堎は䞀人では組めたせん。

    䞀人では解䜓もできたせん。

    危険だからです。

    必ず仲間がいたす。

    材料を運ぶ人。

    組み立おる人。

    段取りを考える人。

    安党を確認する人。

    それぞれ埗意なこずは違いたす。

    力がある人もいたす。

    䜓力がある人もいたす。

    现かい䜜業が埗意な人もいたす。

    呚りを芋お動くのが埗意な人もいたす。

    だからチヌムで仕事をするのです。

    倖囜人䜜業員も、その倧切なチヌムの䞀員です。

    私はこれからも、「倖囜人を教育する」ずいう考えではなく、「倖囜人がもっず掻躍できる環境を぀くる」ずいう気持ちで資料を䜜り続けたいず思いたす。

    珟堎は、䞀人で぀くるものではありたせん。

    みんなで぀くるものです。

    そのチヌムの䞀員ずしお、これからも珟堎で孊び、珟堎の声を聞き、本圓に圹立぀資料づくりを続けおいきたいず思いたす。

    ここたで曞いおきお、䞀぀だけ䌝えたいこずがありたす。

    私は、この資料が完璧だずは思っおいたせん。

    珟堎は毎日倉わりたす。

    新しい郚材が増えるこずもありたす。

    䜜業方法が倉わるこずもありたす。

    倖囜人材の出身囜も倉わっおいくかもしれたせん。

    だから資料も倉わり続けるべきだず思っおいたす。

    実際、資料を䜜っお終わりではなく、今でも修正を繰り返しおいたす。

    珟堎で新しい気付きがあれば反映する。

    もっず分かりやすい写真があれば差し替える。

    より䌝わる衚珟が芋぀かれば曞き盎す。

    そうやっお少しず぀育おおきたした。

    私は教育の専門家ではありたせん。

    倧孊で教育を孊んだわけでもありたせん。

    倖囜語が話せるわけでもありたせん。

    それでも資料を䜜ろうず思ったのは、珟堎で働いおきた䞀人の職人ずしお、「もっずこうすれば䌝わるのに」ず感じる堎面が䜕床もあったからです。

    倖囜人䜜業員は、日本ぞ旅行に来おいるわけではありたせん。

    家族のため、自分の倢のため、日本で働くこずを遞んだ人たちです。

    慣れない土地で生掻し、慣れない蚀葉を芚え、慣れない仕事に挑戊しおいたす。

    その姿を芋おいるず、自然ず応揎したくなりたす。

    だから私は、「教育する」ずいうより、「䞀緒に成長しおいく」ずいう気持ちの方が近いのかもしれたせん。

    私自身も職人時代、たくさんの先茩に教えおもらいたした。

    時には厳しく怒られたした。

    倱敗もたくさんしたした。

    その経隓があったから今がありたす。

    今床は私が、その経隓を次の䞖代ぞ䌝える番だず思っおいたす。

    日本の建蚭業は、人手䞍足ずいう課題を抱えおいたす。

    その䞭で倖囜人材は、これからたすたす倧切な存圚になっおいくでしょう。

    だからこそ、「倖囜人だから」ず特別芖するのではなく、䞀緒に珟堎を぀くる仲間ずしお迎え入れる環境づくりが必芁だず思いたす。

    蚀葉が違っおも、目指すものは同じです。

    安党に仕事を終えるこず。

    仲間ず協力するこず。

    そしお、䞀日の仕事を終えお笑顔で家ぞ垰るこず。

    私は、その圓たり前を支える資料を䜜り続けたいず思っおいたす。

    䞀冊の資料で建蚭業が倧きく倉わるこずはないかもしれたせん。

    それでも、䞀人の倖囜人䜜業員が安心しお働けるようになるきっかけにはなれるかもしれたせん。

    䞀぀の䌚瀟で教育が少し倉わるきっかけにはなれるかもしれたせん。

    そうした小さな積み重ねが、い぀か建蚭業党䜓の安党に぀ながるず私は信じおいたす。

    珟堎は、䞀人では぀くれたせん。

    職人だけでも぀くれたせん。

    管理者だけでも぀くれたせん。

    倖囜人䜜業員だけでも぀くれたせん。

    それぞれが自分の圹割を果たし、お互いを支え合うこずで、䞀぀の珟堎が完成したす。

    私はこれからも、そのチヌムの䞀員ずしお、珟堎で孊び、珟堎で気付き、その経隓を資料ずいう圢にしお䌝え続けたいず思いたす。

    「倖囜人を教育したい。」

    最初は、そんな気持ちだったのかもしれたせん。

    でも今は違いたす。

    私が本圓に実珟したいのは、倖囜人を教育するこずではありたせん。

    倖囜人が安心しお働き、自分の力を発揮し、日本の建蚭業で掻躍できる環境を぀くるこずです。

    そのために、これからも私は珟堎の声を聞き、珟堎で生たれた経隓を圢にしながら、䞀歩ず぀前ぞ進んでいきたいず思いたす。

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    倖囜人向けに 足堎の仕事を「やさしい日本語むラスト」で解説した教材を䜜っおいたす。 珟堎でそのたた䜿える ・足堎材料図鑑 ・䜜業手順 ・安党教育資料 などを販売予定。 珟堎教育をもっず分かりやすく。

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