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踊る2Eギフテッド⑥ 娘は、最初から娘だった

    娘のことを、ずっと分類しようとしていた。

    ASD。ADHD。DCD。2E。ギフテッド。発達障害。

    どこかに当てはまれば、これから私たちがどうやって生きていけばいいのかが、わかる気がしていた。

    手当たり次第に本を読み、検索し、知識は増えた。けれど、まだ足りない。娘にぴったりと当てはまる言葉がない。

    処理速度が速い。ワーキングメモリとの差が大きい。視覚情報より感覚情報を優先する。見えなくなると、なくなる。強い完結欲求。

    娘の全てが、ADHDとASDとDCDとギフテッドに分類できるような気がした。

    娘にぴったりの言葉がないけれど、分解したらそれぞれにぴったりと当てはまるのではないかと考えた。

    私はずっと、言葉で娘を理解しようとしていた。

    娘を理解するための言葉が増えるたびに、その言葉の輪郭に娘を合わせようとしていた。2Eの型に。ギフテッドの型に。発達障害の型に。

    けれど、娘はやっぱり、どこにもきれいに収まらなかった。

    発達相談に行けば、強く特性が出る子になった。落ち着けず、一言も発さず、ただぐるぐる回る。

    幼稚園では、困っていない子になった。やりたくないことは極力やらずに、やりたいことばかりして楽しんだ。

    発表会ではできる、本番に強い子になった。嫌いなメイクも、タイツの縫い目も我慢できる。

    家では、毎日何かを作り、歌い踊り、マイクラとYouTubeが大好きで、お風呂の前に泣き叫ぶ子だ。

    ここではASDが強い、これはDCDのせいだ、こっちはADHDな気がする…

    細かく分類して、理由を探した。

    2Eなのか、発達障害児なのか。その問いは、私の知識を増やした。けれど、それだけだった。

    分類することに、あまり意味はなかった。


    ある夜、娘がマインクラフトで作ったジェットコースターを見せてくれた。

    トロッコがゆっくり動き出すと、娘は言った。

    「最初はゆっくりなの。その方が本物みたいでしょ」

    まず魚の泳ぐ水の中を走り、高いところで景色が広がる。桜の木や、彼女がこだわって作った、丸いモンスターボールのオブジェが見えた。

    スピードを上げ坂を登り、レールが切れても飛び越える仕組み。トロッコの動きに合わせて、それぞれを楽しそうに早口に説明してくれた。

    終点近くは、それまでの世界観やクォリティからは不思議になるような、ぐるぐる長い不思議な形のレールになっていた。

    「ゴールで止まりにくいから、降りやすいように、ぐるぐるにして、ゆっくり止まれるようにしたの」

    娘はレールの形を説明していたのではなかった。乗る人の体験を説明してくれていた。

    驚いた。6歳が一人でこれを作れるものだろうか。どうやって思いついたの?と聞いてみると、娘は途端に言葉を失った。

    「えっと……」

    さっきまでの饒舌さは、一体どこへいったのだろう。娘は、もどかしそうに口を噤んだ。

    娘の頭の中には、最初から完成した立体映像がある。どうやったわけではない。はじめから、娘の脳内ではジェットコースターが走っていたのだ。

    それを言葉にすることは、3Dの世界を一枚ずつ平面に引き伸ばす作業だ。

    映像を切り取り、並べ替え、説明しなくてはいけない。

    次に口を開いたとき、娘が言ったのは問いの答えではなかった。

    「私、しゃべるの苦手なんだよね」

    私は思わず笑ってしまった。だって、娘は一日中ずっと喋っている。

    食べながら、宿題をしながら、ピアノを弾きながら、喋り、歌い、いつも声を出している。

    何を言っているのだろう?

    2歳で「トリックオアトリート!ハッピーハロウィン、おかしをあげますよ」と、ぬいぐるみ相手におままごとをしていた子が、喋るのが苦手なわけがない。

    だから私は、娘は言葉が得意なのだと思っていた。WISC-Ⅴでも、言語理解は高めに出た。けれど、それは私の先入観だった。

    「話したいことを、すぐ忘れちゃうから」

    ハッとした。

    当たり前のことだけれど、娘の方が、娘を理解している。

    娘は、思ったことをそのまま話すことは得意だ。一日を振り返ってみたとき、彼女が話すのは、ほとんどが質問や報告だった。しりとりやダジャレも好きだ。

    けれど、考えながら説明したり、言葉を組み立てて長く話すのは苦手なのだ。

    だから、「どうやって」が出てこなかった。

    長い話を聞くことも難しい。こちらは、2Dの情報を3Dに変換しなくてはいけない。

    「人の話を静止して聞けないので、計画書に入れてみました」

    放デイの面談で言われた。これは、体を動かすことで、彼女なりに情報を整理しようとしていたのか。

    長い話でも、教科書や説明書、なにか視覚情報があれば、途端に聞けるようになる。話せるようにもなる。

    マイクラで、ジェットコースターを饒舌に説明したように。


    娘には、得意なことと苦手なことが混在している。凸を見れば、そこに、必ず凹もある。

    娘はよく踊る。

    まだ歩けない赤ちゃんの頃から、音楽が流れると、座ったまま跳ねたり、体を揺らしたり、手を叩いたりしていた。

    私はそれを、ただ踊るのが好きだからだと思っていた。もちろん、それもある。けれど、それだけではなかった。

    娘はよく回る。倒立もする。ふわふわドームやトランポリンも好きだ。跳びながら、くるくる回りながら、自分の体がどこにあるかを確かめている。

    重心を感じ、傾きを感じ、空間の中に自分を感じる。

    前庭感覚と固有受容覚、赤ちゃんの頃から、娘がずっと求めている刺激だ。

    娘は踊りながら、「今、自分はここにいる」と、確かめ続けているのかもしれない。

    そしてそれは、喜びでもある。

    音楽が流れると、条件反射のように踊る。DAISOで、MrMaxで、ドン・キホーテで…

    音楽のリズムに体を合わせることを、生まれたばかりのころからしている娘にとって、食べる、寝る、と等しく、踊ることは当たり前の欲求なのだと思う。

    娘はなぜ踊るのか、それを考えると、いつもそう思う。彼女が踊るのは本能だ。

    けれど、それだけではない。

    娘が踊り出すとき、1日の終わりや、公園で遊んだあと。

    踊りはじめの娘は激しい。全身で荒々しく動く。それがしばらくすると変わる。両手がゆっくり広がり、動きが優雅になっていく。

    嵐が、静かな凪になるように。

    娘にとって踊りは、ただの遊びではない。

    娘は、毎日たくさんの情報を取り込む。見たもの。聞いたもの。覚えたこと。考えたこと。気になったこと。

    それだけではない。チラリと見た車窓の看板、知らない人たちの会話、誰もが無視する雑音まで、全てが同じ強さになって、娘の中に流れ込んでくる。

    だから娘は、ゆめタウンで暴れ出す。

    娘が言語化してくれるまでは、私達夫婦は途方に暮れていた。もう大きくなったのに、娘はいつまでもイヤイヤ期の小さい子みたいに、床に背中を付けて手足をバタバタとした。

    「頭が熱くておかしくなっちゃったから、サーティワンのアイス食べたい」

    そう言われて、情報が多すぎる場所で娘の脳が悲鳴を上げていたんだとわかった。

    だから、情報がいっぱいになると、娘は踊りだす。

    踊りながら情報を整理しているのだと思う。頭の中に散らばった断片を並べ替え、結びつけ、自分のものにしていく。 

    娘にとって、踊ることは楽しみでもあり、本能でもある。それと同時に、自分の脳の、メモリ開放と最適化をしているのだと思う。

    そうして、熱くなりすぎた脳が暴走するように激しく踊り、やがて落ち着きを取り戻し、正常になる。

    踊っている時、娘は自由に、感じるままに体を動かす。次に何をするのか、どこへ向かうのか、そんなことは何も考えていない。きっと、体が勝手に動いている。

    気の済むまで踊った時、娘はいつも、小さなプリンシパルの顔をしている。


    けれど、外の世界で踊るときにはプログラムが必要になる。

    バレエの発表会の練習で、壁に張られたプログラムを、娘はずっと見ている。

    バレエだけではない。運動会のプログラム、それから小学校の時間割。これから何をするのか、今何が終わったのか、しつこいくらいに確認する。

    頭の中だけでは消えてしまう情報も、紙に書かれていれば消えない。娘は自分の忘れやすさを自覚している。

    お友達のバレエの発表会を見に行った時のことだ。

    娘は何度もプログラムを開いては、「今どこ?」 「次は何?」と聞いた。

    客席は暗く、舞台以外はよく見えない。

    私は「静かにしようね」と小声で答えていたけれど、とうとう近くの人から注意されてしまった。

    あの時は、どうして静かに見られないのか、何度も同じことを言うのかと、イライラした。

    けれど、娘は演目を知りたかったのではなかった。

    暗い客席で、今、自分がどこにいるのかを確かめたかったのだ。

    娘にとってプログラムは、大切な保険だった。

    娘が小学校で安定しているのも、時間割があるからかもしれない。

    娘は、何をしたらいいのかがわからないことが、一番苦手なのだ。運動会や発表会ができるのも、本番に強いわけではなく、全体の流れを把握できているからだったのか。


    踊るのが大好きな娘だけれど、苦手な動きもたくさんある。

    娘はバレエのレッスンでパドブレをしなかった。

    小さく、細かく、連続して動くステップ。処理速度の速い娘にとって、1歩ですむところを何十歩もかけて進むことは苦痛なのだと思う。

    自信のない動きのとき、娘は途中でふざけて逃げてしまう。やりたくないのではない。むしろやりたい。でも身体が追いつかない。

    それが、1ヶ月前頃、娘は突然、意を決したように急にやり始めた。パドブレは発表会のプログラムに入っている。どうしてもしなくてはいけないのだと、納得したのかもしれない。

    隣の子とタイミングを合わせ、チョコチョコチョコと進める。

    特別な練習をしたわけではない。娘は、ふざけてやらなかった間も、頭の中ではやっていたのだと思う。

    帰宅後に褒めると、「もう、昨日からやってるよ」と、少し照れくさそうにしていた。

    まず、頭で理解する。だから時間がかかる。お手本の真似をしない。納得してから、自分のやり方でたどり着きたい。

    やらないのではなかった。覚え方が、人と少し違うだけだった。

    今できなくても、大丈夫。そう思えた。


    娘のお友達の作り方も、人と少し違った。

    先月、娘は「まだ小学校にお友達はいない」と言った。

    娘は、自分の遊びたい子を「お友達」ではなく「好きな子」と呼んでいた。「お友達なの?」と聞くと、「ちがう」と言う。

    好きなら友達ではないのか。一緒に遊ぶなら友達ではないのか。私には、その違いがよくわからなかった。

    小学校でも一緒に遊ぶ子はいた。話をする子もいた。それでも娘の中では、お友達ではなかった。

    幼稚園の頃のクラスメイトがお友達なのだという。

    なにが違うのだろう。

    幼稚園で遊ぶとき、娘は何をするかで相手を選んでいた。場所も決まっていた。

    あの遊具ではおままごと。ブランコではお話。決まっていた方が早いから。考えると迷ってしまうからだと思う。

    けれど、お話をする子と、もっと違うお話もしたかった。娘は試しに聞いてみたけれど、幼稚園にブラックホールやアノマロカリスのお話ができる子はいなかった。

    「ブラックホールの話をしても、誰も聞いてくれない」

    寂しそうに、娘がそう言った。

    幼稚園の滑り台は、ロケットみたいだった。娘はそこで、よく宇宙ごっこをした。そのとき、ブラックホールはわからなくても、みんな宇宙についてきてくれた。

    みんなで、それぞれの宇宙を思い描いた。娘はそれが嬉しかった。幼稚園にブラックホールという言葉は要らなかった。

    幼稚園の皆とは、たくさん遊んだ。何が好きで、何をしたら嫌がるか、たくさん試してみた。

    衝突もした。あの子とは遊ばないと言っていたのに、いつの間にかまた仲良くなったりもした。

    ある日、公園で偶然会った幼稚園の子と、娘は遊べなかった。大好きなその子は、娘にとって幼稚園で遊ぶ子だった。だから、遊びたいのに、遊べなかった。

    あの時の娘の悲しそうな目と、相手の不思議そうな顔を、私は忘れられない。

    誰と、どこで、何をするのか。それと娘の世界の地図がつながって、初めて、娘はその相手をお友達と呼ぶのだと思う。

    地図がある場所は、安心できる。だから幼稚園では困らなかった。


    先月はまだ入学したばかりで、小学校の地図が作れていなかった。けれど、今月、娘は言った。

    「小学校にお友達が三人いるよ」

    そのうち二人は、少し前まで娘が「好きな子」と呼んでいた子たちだった。

    一人は、二年生。入学前から知っていて、会えば遊ぶ子なのに、娘はその子を大好きと言いながら、お友達ではないと言った。 

    同じ小学校に通うようになって、休み時間に中庭で、砂場や、鬼ごっこをしていると言っていた。

    娘の地図に、二年生、中庭、砂場、鬼ごっこと書き加えられたのだろう。

    もう一人は、入学早々大好きと言っていた、支援学級のクラスメイトの六年生だ。

    彼は最初から地図にはいた。教室にいる六年生。けれど、何をするかが、明確ではなかった。だからきっと、教室で何か、彼を登録することになる出来事があったのだと思う。


    もう一人の子は、よくわからない。クラスも違う。

    中庭、砂場、教室。娘の小学校での行動範囲はまだ広くない。けれど、それぞれの場所で、お友達を見つけた。

    「今日は、教室で魚屋さんごっこをしたの」

    楽しかったと笑いながら、娘はまた、私の知らない子たちの名前を出した。

    小学校。放デイ。私が見ていない場所。連絡帳だけでしか知らない時間。

    そんな場所が少しずつ増えてきた。

    娘はこれからも、自分で選んで、自分で地図を広げていく。行動範囲も、人間関係も。

    私はもう、その地図の全部を見ることはできない。

    それは少し淋しいけれど、頼もしくもある。彼女は、自分で生きていける。


    去年、娘が発達障害だと言われた日、私は何もわからなかった。

    診断名も、特性も、どこに相談すればいいのかも。ただ途方に暮れながら、娘を見ていた。

    知識が増えるにつれ、私はそれを何とかしてあげなくてはと思った。ASDもADHDもDCDも、ギフテッドの生き辛さも…

    娘が生きやすくなるように、困難が減るように…

    けれど、娘は自分でわかっていた。

    忘れやすいからプログラムを見る。頭の中の情報が、まだ消えていないことを確かめるために。

    安心できるように地図を作る。人も場所も出来事も、立体で把握しておけるように。

    頭が混乱したら、体を動かす。脳が熱くなりすぎて暴走する前に。

    これまでも、これからも…

    何かを困難だと思えば、自分で乗り越えようとできる。

    この1年と少し。足掻いた時間は無意味ではなかった。けれど、たどり着いたのは、あの日、発達障害だと言われる前と変わっていない。

    踊る娘を、ただ、微笑んで見ている私の姿だ。娘が赤ちゃんの頃から、変わらない。

    私も娘も、あのままでいい。

    少し、遠回りをしてしまった。娘はずっと、あのままだったのに。

    今も、娘はよく踊る。

    嵐が凪になる、あの瞬間が来る。

    両手がゆっくり広がると、その場所はもう、娘の世界になる。

    私にできるのは、ただ観客でいることだけだ。

    それで、十分だった。

    娘の世界は、私の知らない場所へと広がり続ける。地図やプログラムを頼りに、どこまでも。

    ときどき見せてくれる新しい景色と、イキイキとその話をする娘の顔を、楽しみにしていたい。


    #創作大賞2026
    #エッセイ部門

     
     
    処理速度凸✕DCD 少し個性的な娘の観察日記を書いています 娘はASDとADHDとDCDだそうです WISCで高IQがわかりました たぶん処理凸の2E ギフテッドだと思います アラフォー主婦 趣味はガーデニングです 夫もたぶんASDです