メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【あずがき】違和感を信じた先にあったもの実録20回のお芋合い

    私は、䞉幎間で二十回のお芋合いをした。
    そしお十九人を、自分の意思で断った。

    圓時は、玹介者や䞡芪に察しお、申し蚳なさや遠慮を感じながらの日々だった。

    お䌚いした方々は、誰が芋おも「条件の良い人」ばかりだったからだ。

    高収入、高孊歎、安定した職業。

    しかも私は圓時、「寿退職がしたい」ず願っおいた。

    今思えば、自分の望む条件に近い人たちだったのだず思う。

    それでも私は、どうしおも割り切るこずができなかった。

    愛情が湧かないたた、
    「条件が良いから」ずいう理由だけで人生を決めるこずに、私は匷い違和感を芚えおいた。

    その違和感を貫くこずは、正盎しんどかった。

    「もったいない」

    「理想が高い」

    「莅沢だ」

    そんな蚀葉を向けられるたびに、自分でもそうなのかもしれないず思った。

    けれど今なら分かる。

    あの頃の私は、

    「誰かに遞ばれるこず」よりも、

    「自分が玍埗しお生きるこず」を倧切にしたかったのだず思う。

    私は昔から、かなり慎重な人間だった。

    石橋を叩いお、最埌には壊しおしたうような性栌だ。

    もっず噚甚な考え方ができおいたら、条件を優先しお結婚しおいたのかもしれない。

    でも結果ずしお私は、自分の違和感を芋逃さなかった。

    それが、今の人生に぀ながっおいる。

    父は厳しい人だった。

    幌い頃から、

    「䞀人でも生きおいけるように」

    ず育おられおきた。

    銀行、株、䞖の䞭の仕組み。

    時にはナヌザヌ車怜のようなこずたで。

    父は、「生きる力」を身に぀けさせようずしおいたのだず思う。

    䞭孊生の頃、

    「医垫になる気はないか」

    ず聞かれたこずがある。

    その気はないず答えるず、

    「なら、手に職を぀けなさい」

    ず蚀われた。

    その䞭に「看護垫」ずいう遞択肢があった。

    父が調べおくれた囜公立倧孊ぞ進み、私は看護垫になった。

    昭和の厳しい珟堎で揉たれ、苊しい時代も経隓した。

    けれど振り返れば、あの経隓が、人を芋る感芚を育おおいたのだず思う。

    声のトヌン。

    衚情。

    話し方。

    姿勢。

    歩き方。

    ほんの短い䌚話の䞭にも、その人の人生は滲む。

    看護垫ずしお倚くの人ず接しおきた経隓は、婚掻の堎でも自然ず生きおいた。

    だからこそ、最埌たで埋たらなかった違和感にも、私は敏感だったのだず思う。

    特に、第16話から登堎した圌には、今でも少し眪悪感が残っおいる。

    圌に察する違和感は、条件でも誠実さでもなかった。

    最埌たで埋たらなかったのは、「異性ずしお惹かれる感芚」だったのだず思う。

    圌は誠実に向き合っおくれおいた。

    だからこそ、自分の䞭で答えが出きらないたた、「キヌプ」のような状態になっおしたっおいたこずに、今でも申し蚳なさが残っおいる。

    それでも私は、違和感を誀魔化したたた進たなかった。

    あの時、自分の感芚を信じたこずは、間違いではなかったのだず思う。

    そしお私は、最埌に倫ず出䌚った。

    最初は、恋愛感情ずいうより「安心感」に近かった。

    けれど、その安心は少しず぀恋になり、愛情ぞず倉わっおいった。

    今では、いお圓たり前の存圚になっおいる。

    いないず困る人だ。

    そしお結婚しおから、私は䜕床も思った。

    「自分の考えは狭かったのかもしれない」ず。

    人間関係も、

    仕事も、

    高額な買い物も、

    時には100円ショップの物ですら、

    私は倫に話す。

    そのたびに、父ずはたた違う「男性ずしおの芖点」を教えられる。

    「そういう考え方もあるのか」

    ず思うこずが、本圓に増えた。

    父が人生の土台を䜜っおくれた人なら、

    倫は、その人生を䞀緒に歩きながら、䞖界を広げおくれる人なのだず思う。

    私はこのお芋合いの経隓を通しお、男性を芋る目だけではなく、人生そのものの考え方が倉わった。

    誰かの期埅に応えるためではなく、

    自分で遞び、

    自分で玍埗し、

    自分の人生を生きるこず。

    その感芚を、私はようやく手に入れたのだず思う。

    適霢期も、幞せになるタむミングも、人それぞれ違う。

    私は看護垫ずしお、五十代で突然結婚された方々も芋おきた。

    だから今は思う。

    焊っお、誰かの䟡倀芳で人生を決めなくお良かったず。

    自分の違和感を信じ続けお良かったず。

    遠回りだったかもしれない。

    でも、

    あの䞉幎間があったから、

    今の私がいる。

    時折、お芋合いさせおいただいた方々は、今どうされおいるのだろうず思うこずがある。

    きっず、それぞれにご瞁があり、それぞれの幞せを歩たれおいるのだろう。

    そう願っおいる。

    この物語を曞きながら、私は䜕床も過去の自分ず向き合った。

    そしお還暊を迎えた今、ようやく思える。

    あの頃の私ぞ。

    苊しかったね。

    しんどかったね。

    でも、

    自分の感芚を信じ続けおくれおありがずう。

    あの時、

    誰かに遠慮しお、

    自分の違和感を抌し殺さなくお、本圓に良かった。

    だから今、

    私はここにいる。

    最埌たで読んでくださった皆さたぞ。

    このシリヌズに最埌たでお付き合いくださり、本圓にありがずうございたした。

    この物語が、

    誰かが自分の「違和感」を倧切にする、

    そんな小さなきっかけになれたなら嬉しいです。

    本圓にありがずうございたした。

    あさず


    📌 たずめお読む

    「実録20回のお芋合いをした私が、19人を断っお結婚した話」

    https://note.com/asato_writer/m/mae43694542b3

    © 2026 あさず

    ※無断転茉・二次利甚犁止

    #創䜜倧賞2026
    #゚ッセむ郚門

    #婚掻
    #お芋合い
    #婚掻䜓隓談
    #実話

     
     
    実録20回のお芋合い 元䞻任看護垫゚ッセむスト 3幎間で20回のお芋合いを経隓し、19人を断っお結婚。婚掻で感じた違和感ず遞択を綎った実䜓隓゚ッセむ『実録20回のお芋合い』完結。創䜜倧賞2026応募䜜。

    あなたぞのおすすめ