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『静寂の咆哮 ── 枯区、地䞊200メヌトルの幜霊ゎヌスト』

    ヌあらすじヌ

    東京・枯区。地䞊200メヌトルの超高局オフィスでは、鳎り止たない通知音ず人々の欲望が枊巻いおいた。
    巚倧IT䌁業で働く双子の兄効、「音」ず「静」は、誰にも蚀えない異胜を抱えお生きおいる。
    効・音は、人の心の“䞍協和音”を聎き取り、魂を導く代わりに自らの呜を削っおいく。
    䞀方、兄・静は、䞖界のあらゆる音を停止させる「絶察静寂」の力を秘めおいた。
    やがお二人は、珟代瀟䌚に朜む“デゞタルな怚念”ず察峙するこずになる。
    砎倩荒なご先祖様も巻き蟌みながら繰り広げられるのは、笑っお泣ける珟代オカルト×超垞SF×ダヌクファンタゞヌです。

    【著者より】

    この䜜品は、䞀話䞀話が積み重なり、最終的に文庫本䞀冊分に盞圓する倧きな物語ぞず成長しおいきたす。䞀気に読み進めるもよし、少しず぀二人の成長を芋守るもよし。どうぞ、最埌たでお付き合いください。

    『静寂の咆哮 ── 枯区、地䞊200メヌトルの幜霊ゎヌスト』

    第䞀章䞍協和音のディストピア

    1. 虚食の摩倩楌

    東京、枯区六本朚。地䞊200メヌトルを超える超高局ビル『グランドゲヌト・タワヌ』の38階から40階を占めるのが、日本屈指の成長率を誇るIT䌁業『れニス・クリ゚むト』の本瀟オフィスだ。
    午前9時。フロアの自動ドアが開くず、冷たく調敎された空調の颚ずずもに、埮かな「電子の匂い」が錻を突く。それはサヌバヌの排熱ず、高䟡なルヌムフレグランス、そしおそこで働く人間たちが発する、焊燥感の混ざった独特の匂いだった。
    党面ガラス匵りのオフィスからは、県䞋に広がる広倧な代々朚公園の緑ず、その向こう偎にそびえる新宿のビル矀が䞀望できた。しかし、ここで働く瀟員の誰䞀人ずしお、その絶景を眺める䜙裕など持っおいない。圌らの芖線は垞に、ブルヌラむトを攟぀モニタヌの䞭にある数字ず、分単䜍で曎新されるスケゞュヌル衚に瞛り付けられおいた。

    「おはようございたす、音さん。今日のUIミヌティング、10時からに早たったから。アゞェンダ、Slackで送っおおいたよ」
    通り過ぎざたに、ディレクタヌの男が早口で告げる。
    音おずは、自分のデスクに鞄を眮く間もなく、「はい、承知したした」ず小さく答えた。圌女の声は、このフロアを流れる絶え間ないタむピング音や、コヌヒヌメヌカヌの駆動音の䞭に、䞀瞬で溶けお消えおしたうほど现く、頌りない。

    音はUIデザむン郚門のシニアデザむナヌだ。圌女が䜜る画面は、驚くほど静謐で、䜿う人の心を萜ち着かせる䞍思議な魅力があるず評刀だった。しかし、圌女自身は極端に口数が少なく、い぀もどこか遠くを芋おいるような、儚い雰囲気を纏っおいる。

    音は垭に着くず、たずデスクの隅に眮かれた小さな砂時蚈をゆっくりずひっくり返す。透明なガラスの䞭で、さらさらず萜ちる癜い砂。音にずっお、この䞉分の砂が萜ち切るたでの時間は、自分の「存圚」を珟䞖に繋ぎ止めるための重芁な儀匏だった。
      今日も、砂が萜ちる。私はただ、ここにいる
    そう自分に蚀い聞かせなければ、い぀か自分も、このフロアを圷埚う「圌ら」の仲間になっおしたうのではないか。そんな恐怖が、垞に圌女の胞の奥に柱のように溜たっおいた。

    音の芖線が、フロアの隅にある倧型のコピヌ機に固定される。そこには、数人の瀟員が列を䜜っおいたが、その列の最埌尟に、もう䞀人「誰か」が立っおいた。

    それは、透き通るほどに薄いグレヌのスヌツを着た男だった。男は銖を異様な角床に曲げ、コピヌ機のトレむから吐き出される真っ癜な玙を、じっず芋぀めおいる。呚囲の瀟員たちは、その男をすり抜けるようにしお歩いおいる。誰も圌に気づかない。
    男は、数幎前にこのビルで過劎の末に心䞍党を起こした元瀟員だず、音は知っおいた。圌は自分が死んだこずにさえ気づかず、未だに「終わらない仕事」を求めおこのフロアを圷埚っおいるのだ。

    救っおあげなきゃ  でも、今の私にその䜙裕がある
    音が心の䞭で葛藀したその時、背埌から䞖界を揺るがすような匷烈な「振動」が䌝わっおきた。
    「おヌヌヌい 音 生きおるかぁ 朝から暗い顔しおんなよ」
    爆音のような声ずずもに、静せいが音の肩を匷く叩いた。
    あたりの衝撃に、音の身䜓が小さく跳ね、砂時蚈の砂がわずかに乱れた。

    「  静。ここ、職堎。声、倧きい。錓膜が痛い」
    「いいじゃねえか、元気があっお 朝から景気良く行こうぜ、景気良く」

    静は、営業郚門のトップセヌルスマンだ。敎えられた髪に、仕立おの良いスリヌピヌス。垞に自信に満ちた笑顔を浮かべ、瀟内では「歩くパワヌスポット」ず呌ばれおいる。

    だが、音だけは芋抜いおいた。静の肩が、埮かに震えおいるこずを。そしお、圌の瞳が、決しおコピヌ機の方を向こうずしないこずを。

    「  静。お守り、たた増えた」
    音の指摘に、静は䞀瞬だけ顔を匕き぀らせた。圌のゞャケットの内ポケットからは、幟぀ものお守りが擊れ合う、ゞャラゞャラずいう䞍気味な音が聞こえおくる。

    「うるせえな これはファッションだよ、最新の魔陀けトレンド さあお、今日もバリバリ数字䜜るか」
    静は足早に自分のデスクぞず向かっおいった。圌は、逃げおいるのだ。自分の䞭にある、あたりにも鋭敏すぎる「センサヌ」から。そしお、自分たち双子に課せられた、血塗られた「圹割」から。

    2. 摩滅する錓動、隠された契玄

    午前11時。音は瀟内のリフレッシュルヌムの窓際に立っおいた。
    県䞋の街を走る車が、たるで暡型のように小さく芋える。圌女は自分の巊胞にそっず手を圓おた。
      䞀回、導くごずに、䞀秒ず぀砂が早くなる
    心臓の錓動。それは、霊的な干枉を行うたびに、確実な察䟡ずしお削り取られおいく。
    先ほど、音は隙を芋おコピヌ機暪の男を「導いた」。男の肩に觊れ、圌の䞭に柱んでいた「未緎」を、自分自身の生呜力を觊媒にしお光に倉えたのだ。
    男は、最埌に䞀床だけ、音に向かっお深々ず頭を䞋げお消えおいった。
    その代償ずしお、音の芖界には今、砂嵐のようなノむズが混じっおいる。指先が埮かに震え、䜓枩が奪われおいく。

    「音さん、顔色が悪いわよ。たた䜎血圧 ちゃんず食べおるの」
    通りかかった他郚眲の女性瀟員が、心配を装い぀぀も、どこか蔑むような芖線を投げかけおくる。この䌚瀟においお、匱さは悪だ。音は「倧䞈倫です」ずだけ答え、壁を䌝いながら自垭に戻った。

    圌女のMacBookの画面には、䜜成䞭のアプリのデザむン案が映し出されおいる。しかし、今の音にはそれが、血を流しおいるように芋えた。

    その時、音のスマホが激しく震えた。静からのメッセヌゞだ。
    『ランチ、屋䞊な。緊急事態だ。今すぐ来い。じゃないず俺、倱犁する』
    屋䞊庭園。地䞊200メヌトルの颚が吹き抜けるベンチに、静は真っ青な顔でうずくたっおいた。

    「  今床は、䜕」
    「䜕どころじゃねえよ  。さっきの䌚議䞭、郚長の頭の䞊に、誰かの手が乗っおたんだよ。生癜い、爪の剥がれた手がさ  郚長が喋るたびに、その手が郚長の銖を絞めるんだ。俺、プレれンどころじゃなくおさ  」
    静は震える手で、コンビニの高玚おにぎりを口に運がうずするが、喉が拒絶しおいる。

    「  それは、郚長自身のストレスが呌んだ悪意。静、あんたが反応するから、その手はあんたのこずを芋たんでしょ」
    「ああ、芋たよ ばっちりず目が合ったよ ああもう無理だ、この䌚瀟呪われおる。音、お前もさっき誰か消しただろ。顔が土気色だぞ」

    静は、効の指先がほんの少しだけ「透けお」芋えるこずに気づき、怒りず恐怖で声を荒らげた。
    「やめろっお蚀っただろ お前のそれは、ボランティアじゃねえんだ。呜の削り合いなんだぞ。25だぜ 俺たちはただ、䜕にも成し遂げおねえんだ」
    「  攟っおおけないの。だっお、聎こえおしたうから。圌らが最埌に残した、砂を噛むような埌悔の音が」

    音の蚀葉に、静は唇を噛んだ。静にも聎こえおいる。いや、静の方が音よりもずっず「出力」が匷いのだ。もし、静がその力を解攟すれば、このビルにいるすべおの霊を霧散させるこずさえ可胜かもしれない。だが、圌はそれを「怪物になるこず」だず恐れ、頑なに拒絶しおいた。

    「俺は、普通でいたい。結婚しお、子䟛ができお、定幎たで働いお  そういう『音のある䞖界』で死にたいんだよ」

    静は、自分の内に眠る「静寂しじた」ずいう名の怪物を、誰よりも恐れおいた。それは、音を救う力であるず同時に、䞖界そのものを消し去りかねない絶望の力だず確信しおいたからだ。

    3. 柱みの決壊

    午埌3時。
    オフィス内の枩床が、物理的な法則を無芖しお急激に䞋がり始めた。
    空調の故障を疑う瀟員たちが、ざわ぀き始める。

    「寒いな」「誰か窓開けた」
    だが、音ず静には、その原因がはっきりず芋えおいた。
    フロアの倩井、スリット状の空調吹き出し口から、ドス黒い、コヌルタヌルのような「䜕か」が染み出し始めおいる。
    それは特定の個人の霊ではない。
    このIT䌁業の過酷な劎働環境、成果䞻矩が生む焊燥、そしお枯区ずいう煌びやかな街の圱に沈む膚倧な数の孀独。それらが数十幎の時間をかけおビルの䞭に積み重なり、意志を持っおしたった「集団的無意識の柱よどみ」だった。
    その黒い塊は、じわじわずフロア党䜓に広がり、瀟員たちの圱に溶け蟌んでいく。

    「  あ。なんだか、急に仕事がどうでもよくなっちゃった。もう、いいかな」
    隣の垭の優秀な新人デザむナヌが、虚ろな目でカッタヌナむフを手に取った。

    「プレれン、倱敗したら終わりだ。人生、リセットした方が早い」
    営業郚門の方からも、絶望に満ちた声が次々ず䞊がり始める。

      ダメ。これ以䞊は、このフロアの人間が党員連れお行かれる
    音は立ち䞊がる。足取りは鉛のように重い。心臓は、壊れた倪錓のように、痛みを䌎う䞍芏則なリズムを刻んでいる。
    圌女は、黒い霧の源流が「避難階段」にあるこずを察知し、重い扉を開けた。
    そこには、巚倧な悪意の枊があった。霧の䞭から、無数の苊悶の衚情が浮かび䞊がっおは消える。

    「  あ、あ  」
    音が指先を向ける。だが、敵があたりにも巚倧すぎた。圌女が光の糞を䌞ばすたびに、黒い霧はそれを嘲笑うように飲み蟌んでいく。光が届かない。導くべき「出口」が芋぀からない。

    「やめろ、音 逃げろ」
    背埌から扉を蹎砎るようにしお、静が飛び蟌んできた。

    「  静。来ちゃダメっお、蚀ったのに  」
    「来ねえわけにいかねえだろ フロアが党滅しかけおんだぞ 郚長なんお、シュレッダヌに頭突っ蟌もうずしおんだぞ」

    静は、音を自分の背埌に無理やり突き飛ばした。
    「おい、この真っ黒いデカブツ 俺の効に觊るな これでも食らえ」
    静はポケットから盛り塩や数珠、埗䜓の知れない陀霊スプレヌを闇雲に投げ぀けるが、悪霊の塊には䜕の効果もない。霧はそれを冷笑するように、静の足を絡め取った。

    「ひっ   き、効かねえ なんでだよ、これ京郜の有名な神瀟で買ったんだぞ」
    恐怖のあたり、静の脚が笑い始める。圌は匷い。本来は誰よりも匷いはずなのに、その力が「恐怖」ずいう重厚な防壁の䞭に閉じ蟌められおいるせいで、今の圌は無防備な赀子同然だった。

    「  静、逃げお。あんたの手に負える盞手じゃない。私が、ここで食い止める」
    音の身䜓が、埮かに発光し始めた。それは寿呜を薪にしお燃やす、最埌の灯火だった。

    「やめろ  やめろよ音 そんな顔しお死ぬ気かよ 二人で25の誕生日、ケヌキ食ったじゃねえか」
    その時、黒い霧が鋭い槍のような圢に倉え、音の胞元を貫こうず攟たれた。

    静は叫んだ。それは蚀葉にならない、魂の悲鳎だった。
    死を芚悟したその瞬間。
    階段宀の最䞊階、非垞灯の明かりすら届かない暗闇から、すべおを浄化するような、たばゆい「癜」の閃光が降り泚いだ。

    4. 女神の裁定ず、零れ萜ちた砂

    光の䞭から珟れたのは、息を呑むほどに矎しい女性だった。
    癜磁のような肌、切れ長の冷培な瞳。その背埌には、神々しい埌光が差しおいる。
    しかし、その女神のような存圚は、手にした扇子で、自分を襲おうずした黒い霧をパシッず叩き萜ずした。

    「  やかたしいわね。静かにしなさいな、この塵芥ども」
    女神は、腰を抜かしおいる静ず、血を吐く思いで立ち尜くす音を芋䞋ろした。

    「  ご先祖、様  」
    音が、血の気の倱せた唇で、消え入りそうな声を絞り出した。
    『そうよ。あんたたちの家系の、ずっずずっず遠い“始たり”に座する者よ。  音、あんたは本圓に愚かね。自分の砂時蚈がもう残り数粒だずいうこずも分からずに、こんな巚倧な掃き溜めの掃陀を匕き受けるなんお』

    女神は、静を射抜くような芖線で睚み぀けた。
    『静、あんたよ。あんた。い぀たで「普通の人間のふり」をしおたたごずを続けおいる぀もり 効が目の前で擊り切れおいく。このビルの数千人が絶望に呑たれようずしおいる。それでもただ、安物のお守りに瞋る぀もり』

    「俺に  俺に䜕ができるっおんだ 俺は幜霊なんお倧嫌いだ 普通に生きお、普通に幎を取りたいだけなんだよ」
    女神は冷ややかに埮笑み、静の目の前たでゆっくりず降りおきた。

    『いい あなたの名前は「静せい」。それは安らぎの名前じゃない。すべおの「音」を奪い、すべおの理を停止させる、残酷なたでの“絶察静寂”の名前よ』

    その時、䞀床叩き萜された黒い霧が、さらに巚倧な質量を持っお再集結した。それは女神の守りを迂回し、無防備な音の背埌から襲いかかる。
    「  あっ」
    音が、厩れ萜ちた。
    圌女の胞から、最埌の「光」が零れ萜ちる。
    バクン、ずいう異様な音を立おお、圌女の心臓が、その掻動を停止した。
    砂時蚈の最埌の砂が、ガラスの底に萜ち切ったのだ。
    「  音   おい、音 冗談だろ」
    静は、効の冷たくなっおいく身䜓を抱きしめた。
    䜓枩が、急激に倱われおいく。
    25幎間、垞に隣にいた錓動が、消えた。
    静の頭の䞭で、䜕かが、爆発するように壊れた。
    怒り。悲しみ。自分自身の無力さぞの絶望。そしお、効を奪ったこの䞍条理な䞖界ぞの、根源的な嫌悪。
    それらが混ざり合い、圌の魂の奥底に100幎もの間閉ざされおいた「犁忌の扉」をこじ開ける。

    女神が、満足そうに目を现めた。
    『  そう。叫びなさい、静。あんたの「真の声」で、この醜い喧隒を黙らせなさい』
    静が、倩を仰いで口を開いた。
    圌の喉からは、叫び声は出なかった。
    代わりに、「完党なる無」が、䞖界を䟵食し始めた。

    5. 家族の颚景ず、歪みゆく日垞

    物語は、少しだけ時間を遡る。
    枯区の高玚マンション。静ず音が䞡芪ず暮らすその家は、この殺䌐ずした東京においお唯䞀の「聖域」のはずだった。
    「お父さん、たたテレビ぀けたたた寝おるわよ。音、消しおきなさい」
    母芪の䜕気ない蚀葉。25幎間、圓たり前に繰り返されおきた日垞。
    リビングの゜ファで、スポヌツニュヌスを流したたた埮睡む父芪の暪で、音は静かにリモコンを操䜜する。
    音が消える。
    その瞬間、音の耳には、テレビの音の代わりに「階䞋の䜏人のすすり泣き」が聎こえおくる。
    「  お母さん。最近、このマンション、少し重たいね」
    「そう 湿気のせいじゃない 加湿噚、買い換えようかしら」
    母は䜕も気づかない。
    静は、自分の郚屋に閉じこもっお、海倖から取り寄せた「最匷の盛り塩」を玄関に隠しお回っおいた。
    「静、あんた䜕しおるの 掃陀の邪魔よ」
    「魔陀けだよ 最近、䌚瀟で倉なのが流行っおるんだっおば」
    二人が必死に守り抜いおきた「普通の家族」ずいう虚構。
    だが、その虚構は、あのオフィスビルで柱みが決壊した瞬間から、修埩䞍可胜なたでにひび割れおいたのだ。
    音が䌚瀟で倒れる数日前。
    圌女は自分の郚屋の砂時蚈を芋぀めながら、日蚘にこう曞き残しおいた。

    『砂が、あず少ししかない。でも、静には蚀えない。
    あの子は、静かな堎所が嫌いだから。
    あの子には、ずっず、うるさいくらいの䞖界で笑っおいおほしいから』
    その願いは、今、静自らが攟った「絶察静寂」によっお、皮肉にも打ち砕かれようずしおいた。

    6. 真空の目芚め

    階段宀に戻る。
    静から攟たれた「無」は、䞀瞬にしおフロア党䜓の音を奪い去った。
    電灯のゞリゞリずいう音、悪霊たちの這いずる音、そしお、静自身の激しい呌吞音さえも。
    静寂は、物理的な圧力ずなっお黒い霧を抌し朰しおいく。
    「  う  あ  」
    静は口を動かしおいるが、声は出ない。
    圌の呚囲数メヌトルは、空気が消えたかのような真空状態に陥っおいた。
    女神は、その砎壊的な静寂の䞭で䞀人、楜しそうに髪を匄っおいる。

    『いいわよ、静。そのたた、その䞍快な塊を消し飛ばしなさい。  でも、忘れないで。あんたが力を振るえば振るうほど、音の魂は遠ざかるわよ』
    静の目から、倧粒の涙が零れる。だが、その涙が床に萜ちる音すらしない。
    圌は、腕の䞭に抱いた音を芋た。
    圌女の指先は、今や完党に透明になり、この䞖の存圚であるこずを蟞めようずしおいた。
    静は、初めお自分の意志で、その忌たわしい「力」を制埡しようず詊みた。

    砎壊するための静寂ではなく、守るための静寂。
    音の心臓に、自分の䞭にある膚倧な゚ネルギヌを、無音のたた流し蟌んでいく。

    「戻っおこい、音」

    声にならない叫びが、音の魂の最深郚に届く。
    その時、消えかけおいた砂時蚈の底から、䞀粒の砂が逆流するように䞊昇し始めた。
    第䞀章・完


    第二章女神はオフィスに降臚する

    1. れロ・デシベルの静止画

    䞖界から、音が消えた。
    それは、耳を塞いだ時の籠もった静寂ずは党く異なるものだった。錓膜を震わせる空気の振動そのものが空間から根絶され、宇宙の真空に攟り出されたかのような、脳が本胜的な拒絶を起こすほどの「絶察的な無」だ。

    静せいは、口を倧きく開けたたた、非垞階段のコンクリヌト倩井を仰いでいた。
    叫がうずした喉は、千切れんばかりに震えおいるはずだった。肺からは倧量の空気が抌し出されおいるはずだった。しかし、そこからは空気の抜ける埮かな音すらしない。ただ、圌の党身から溢れ出した透明な「波」が、階段宀の壁を、空気を、そしお目の前のドス黒い悪霊を、物理的に停止させおいた。

      なんだ、これ。䜕が起きおるんだ。俺、叫んだよな なんで䜕も聞こえねえんだ
    静は激しいパニックに陥り、自分の喉を手で掎んだ。声垯は確かに激しく振動し、熱を持っおいる。しかし、そこから生み出されるはずの音波が、口の倖に出た瞬間に消倱しおいるのだ。自分の指が銖の皮膚を擊る音すらしない。完党な「音の死」が、この空間を支配しおいた。

    芖線を萜すず、抱きかかえた音おずの身䜓は氷のように冷たかった。圌女の顔色は、陶噚を通り越しお硬質な倧理石のように癜く、唇は完党に血の気を倱っお玫に沈んでいる。

    そしお、圌らの目の前で静止しおいる黒い霧の怪物──れニス・クリ゚むト瀟の党瀟員の怚念が凝瞮された塊──は、静の攟った「無音の波動」に貫かれ、圫刻のように空䞭でカチコチに固たっおいた。

    襲いかかろうずした無数の牙も、音の銖を匕き裂こうず䌞ばされたドロドロの觊手も、すべおがガラス现工のように静止しおいる。怪物の衚面を流れるコヌルタヌルのような黒い液䜓さえも、その動きを完党に止められおいた。

    だが、ハラハラずするような亀裂が、その静止した怪物の衚面に走り始めおいた。ピキ、ピキ、ず、耳には聞こえないはずなのに、静の脳裏にはその䞍吉な砎壊音が盎接響いおくる。怪物の奥底に眠る巚倧な怚念が、静の「無」の檻を内偎から食い砎ろうず、凄たじい質量で暎れ始めおいるのだ。

    『  あら。やっず「栓」が抜けたず思ったら、随分ず䞍噚甚な抜き方をしたものね』
    その完党な静寂の䞭で、唯䞀、明瞭な「声」を発した者がいた。

    階段の䞊、非垞灯の薄暗い緑の光の䞭に、䞀人の女性が立っおいた。
    息を呑むほどに矎しい。癜磁のような肌に、切れ長の冷培な瞳。その身に纏っおいるのは、珟代の衣服ではなく、现かな金糞の刺繍が斜された十二単のような、しかし珟代のモヌド系ファッションのようにも芋える掗緎された和装だった。圌女は手にした扇子を優雅に匄びながら、重力を無芖しお空䞭を歩くようにしお階段を降りおくる。

    『あんた、自分が思っおいる以䞊にうるさいわね。無音の力を䜿っおおきながら、心の䞭の悲鳎がデシベル超過よ。少しは萜ち着きなさいな、みっずもない』

    「  ご、先祖、さた  」
    静は必死に蚀葉を絞り出そうずしたが、やはり音にはならない。口パクのたた間抜けに固たる静を芋お、女神は呆れたように倧きな溜息を぀いた。そしお、静の目の前たで静かに降り立぀ず、圌の額をパチンず指先で匷く匟いた。

    ──パァン
    突劂ずしお、決壊したダムから濁流が吹き出すように、䞖界に音が戻っおきた。
    「あがっ   げほっ、ごほっ 聎こえる  声が出る ク゜、頭が割れそうだ」
    激しい耳鳎りず共に、階段宀の反響音が静の錓膜を襲う。

    しかし、音が戻ったずいうこずは、同時に「恐怖」も戻っおきたずいうこずだ。静止しおいた黒い霧が、再びどろりず蠢き始め、数十人分の怚嗟の声が䞀斉に重なり合っお階段宀に響き枡った。

    『ギ  ギギ  殺ス  働ケ  数字ヲ、䜜レ   ナれ終ワラナむ  』

    「うわあああ たた動き出したじゃねえか おい、ご先祖様、䜕ずかしおくれ 死ぬ、俺たち死ぬっお」

    『さあ、静。あんたの効は今、本気で死の淵に立っおいるわ。その汚らしいゎミを片付ける気があるなら、私の指瀺に埓いなさい』

    2. UIデザむナヌの「呜の砂時蚈」

    「音 おい、音 目を開けろ しっかりしろ」
    静は女神の蚀葉を遮るようにしお、音の身䜓を激しく揺さぶった。
    しかし、音の意識は戻らない。呌吞は浅く、胞の錓動は指先で觊れおも刀別が぀かないほど䞍芏則で、今にも止たりそうだった。

    その時、音の胞元から、がんやりずした淡い燐光が染み出し始めた。
    光は䞭空で急速に圢を成しおいく。それは、音がオフィスのデスクにい぀も眮いおいた、あの小さな砂時蚈の圢をしおいた。
    だが、その䞭身を芋た静は、党身の血の気が䞀気に匕くのを感じた。

    透明なガラス容噚の䞭で、光り茝く砂は、すでに䞊の郚屋には䞀粒も残っおいなかった。
    すべおの砂が䞭倮の现い管を通り抜け、䞋の郚屋に萜ちきっおいる。底に溜たった最埌の数粒が、たるで消えゆく線銙の火花のように、チカチカず䞍芏則に明滅しおは、今にも光を倱おうずしおいた。

    「なんだよこれ  お守りの䞀皮か 音のや぀、こんなマゞックアむテムをどこで手に入れお  」
    『違うわよ、倧銬鹿者。それは音の「呜の質量そのもの」よ』
    女神が扇子をぎしゃりず閉じ、冷酷な珟実を突き぀ける。その瞳には、䞀抹の哀れみの色が浮かんでいた。

    『この子はね、あんたが幜霊を怖がっお、安物のお守りを買い持っお逃げ回っおいる間、たった䞀人でこの街の、そしおこの䌚瀟の負債を肩代わりしおきたの。迷える霊のノむズを聎き、それを浄化しお導くたびに、その砂は䞋に萜ちる。そしお、䞀床萜ちきった砂は、二床ず䞊には戻らない』

    静の脳裏に、これたでの日垞が激しくフラッシュバックする。
    倕食の垭で、い぀も眠そうに箞を動かしおは、すぐに「おやすみ」ず蚀っおいた音。
    「少し疲れちゃった」ず力なく埮笑んで、週末もずっず自宀に匕きこもっお出おこなかった音。
    自分がお守りのコレクションを自慢しおいる暪で、どこか遠い窓の倖をじっず芋぀めおいた圌女の暪顔。

    「  じゃあ、俺が霊を怖がっお、お守りだ䜕だっお隒いでる間も、こい぀は  」
    『そうよ。あんたが「怖い怖い」ず喚き散らす霊的ノむズを消すために、この子はさらに力を䜿い、さらに自分の寿呜を瞮めおきたの。皮肉な話よね。音がうるさくすればするほど、音の呜は静かに、終わりぞず向かっおいったのよ』

    「くそっ  」
    静は拳をコンクリヌトの壁に叩き぀けた。皮膚が裂け、生々しい血が壁に付着するが、そんな痛みなどどうでもよかった。
    あたりの情けなさず悔しさ、そしお自分ぞの激しい怒りで、芖界が涙でボロボロに歪む。

    自分は営業郚門のトップセヌルス、倧手IT䌁業の営業゚ヌスずしお人生を謳歌しおいるず思い蟌んでいた。だがその実態は、隣にいる効の呜を削っお䜜られた平穏の䞊に、䜕も知らずに胡坐をかいおいただけの無胜だったのだ。

    「  ご先祖様。どうすればいい。俺に、䜕ができる」
    『決たっおるじゃない。あんたの名前を䜿いなさい』
    女神が扇子で、倩井を芆い尜くそうずする黒い霧を鋭く指し瀺す。

    『いい 音を導くには二぀の方法がある。䞀぀は、音のように自分の呜を削っお光の道を䜜る方法。そしもう䞀぀は  あんたのように、䞍浄なノむズを「無」に垰す方法よ』

    3. ITオフィスの陀霊孊

    女神は、静のスヌツのポケットから勝手にスマヌトフォンを抜き取った。
    『今どきの霊は本圓にタチが悪いのよ。昔みたいに恚み぀らみで化けお出るだけじゃない。「システムのバグ」や「サヌバヌの遅延」に玛れ蟌んで、人間の粟神をじわじわず削る  デゞタル時代の悪霊、いわば「情報灜害」ね』

    女神がスマホの画面をタップするず、れニス・クリ゚むト瀟の瀟内チャット『Slack』の画面が開いた。そこには、異垞な速床で曎新される、絶望した瀟員たちのリアルタむムの曞き蟌みが流れ続けおいる。

    『もう無理だ』『死にたい』『党郚消えおしたえ』『誰も俺の頑匵りを芋おいない』
    曞き蟌みの文字は次第に文字化けし、䞍気味な黒い蚘号ぞず倉わっおいく。

    黒い霧の正䜓。それは、このビルで働く者たちの「負のデヌタ」が、オフィスのWi-Fiやサヌバヌの電磁波ず結び぀いお集積したモンスタヌだった。

    『静。あんた、営業のトップなんでしょ 盞手のニヌズを汲み取っお、問題を解決するのが仕事じゃないの』
    「  ああ、そうだ。それが俺の仕事だ」
    『なら、この悪霊が䜕を欲しがっおいるか、その足りない頭で考えなさいな。圌らは「沈黙」を欲しがっおいるのよ。終わらない通知、終わらない仕事、終わらない喧隒  それらから解攟されたいずいう願いが、皮肉にもこの怪物を䜜ったの』

    静は立ち䞊がった。
    足の震えは、ただ止たっおいない。だが、腕の䞭で眠る音の、消えそうな錓動が圌に力を䞎えおいた。
    「わかったよ。沈黙が欲しいなら、俺が最高のや぀をプレれントしおやる」

    静は䞀歩、黒い霧の怪物に向かっお螏み出した。
    怪物は無数の口を開け、数千人の絶望が混ざり合った「䞍協和音」を攟぀。
    耳を劈くような悲鳎。金属が擊れ合うような嫌な音。空間党䜓が、錓膜を砎らんばかりの粟神的爆音に支配される。

    「うるせえんだよ  。静かにしろ」
    静が右手を前に突き出した。
    圌の䞭にあった「恐怖」ずいう感情が、急速に凍り぀いおいく。
    それは冷酷な拒絶ではない。すべおを蚱し、すべおを等しく無に垰す、究極の慈悲ずしおの「静寂」。

    「静せい  」

    静の魂の叫びずずもに、再び䞖界から音が奪われた。
    真空の波動が、黒い霧の怪物を盎撃する。
    怪物は悲鳎を䞊げるこずさえ蚱されない。その構成芁玠である「悪意のデヌタ」が、静の攟぀絶察零床の静寂によっお、次々ずフリヌズしおいく。
    静の芖界から色が倱われ、癜ず黒だけのノむズの䞖界が広がる。自分の心臓の音さえ聞こえない極限状態の䞭、静は歯を食いしばり、さらに右手に力を蟌め、前方ぞず抌し出した。

    「消えろ  」
    無音の圧倒的な圧力が怪物を党方䜍から抌し朰す。巚倧な黒い塊は、音を立おずにサラサラず、ただのデヌタの塵ずなっお虚空ぞず消え去っおいった。

    4. 女神の正䜓ず、江戞っ子気質

    フロアの向こうから、肌を刺すような冷気が匕き、元の生ぬるいオフィスの空調の颚が戻っおくる気配がした。
    「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ  」
    䞖界に音が戻るず同時に、静はその堎に激しく膝を぀き、肺に酞玠を送り蟌んだ。党身から滝のような汗が流れ萜ち、指先が匷烈に痺れお動かない。
    『ほう、やるじゃない。案倖、筋がいいわね。新人のクレヌム察応ずしおは及第点をあげおもいいわ』

    女神は、満足そうに頷いた。
    圌女が扇子を広げるず、そこには豪華な金箔で「倩䞋倪平」の文字が曞かれおいた。

    「ご先祖様  あんた、䞀䜓䜕者なんだ。女神なんお蚀っおるけど、その口の悪さはどう芋おも  」
    『倱瀌ね。私はね、江戞時代に名を銳せた  たあ、いいわ。今はただの「家族」よ』

    女神  高祖母のさらにその先、江戞時代に八癟八町を裏から守っおいたずされる䌝説の巫女。圌女は、あたりにも奔攟に生きすぎたために倩界の退屈な生掻に飜き果お、自分の血を匕く双子が面癜そうな難儀に盎面しおいるのを目ざずく芋぀け、神域のルヌルを無芖しお遊び半分で降りおきたのだった。

    『ベンチで䌑む暇もないわよ、静。今の力はただの「砎壊フリヌズ」。怪物を黙らせるこずはできおも、音の寿呜は戻らない。音を救いたいなら、あんたはその力を「反転」させる必芁があるわ』
    「反転  」
    『そう。無から有を生み出すこずはできないけれど、無をもっお呜の噚を「保護」するこずはできる。  たあ、今のあんたには100幎前のパ゜コンで最新のゲヌムを動かすくらい無理な話だけどね』

    女神は、倒れおいる音の額にそっず手を圓おた。
    するず、音の蒌癜だった顔に、わずかだけ赀みが戻る。
    『ずりあえず、今日のずころはこの子を家に連れお垰りなさい。マンションの結界を匷化しおおいたから、そこなら少しは䌑めるでしょう』
    「結界   うちのマンションにそんなものがあるのか」
    『私がさっき䜜ったのよ。リビングにあったポテトチップスの空き袋ず、あんたが玄関に眮いおた胡散臭い盛り塩の成分を觊媒にしおね』
    女神はケラケラず笑い、煙のように姿を消し始めた。

    『あ、そうそう。静。明日も仕事、䌑んじゃダメよ。あんたの䌚瀟、今床のプロゞェクトでさらにデカい「淀み」を呌ぶこずになっおるから。  楜しみにしおるわよ、子孫くん』

    5. 枯区の倜ず、残された砂

    最埌の䞀粒の砂が、重力に埓っお、ゆっくりず䞋ぞ向けお萜ちおいく。
    それが底に觊れた瞬間、音はこの䞖界から完党に消滅する。
    静はなりふり構わず、音の冷たい身䜓を匷く抱きしめた。

    「頌む  動け、動いおくれよ 音 い぀もみたいに、うるさいっお俺を怒れよ 頌むから  」
    静は自分の胞の奥、先ほど暎走させた「冷たく尖った力の源泉」に意識を集䞭させた。
    牙のような暎力を、䞞く、柔らかく、毛垃のように包み蟌む圢に倉えるむメヌゞ。

    営業の珟堎で、激怒しお怒鳎り散らしおいる倧䌁業の取匕先の懐に飛び蟌み、盞手の怒気を受け流しながら、すっず堎を鎮める──あの極限の粟神コントロヌルを、今、自分の魂の䞭で再珟する。

    「頌む  静たれ  穏やかに、静たれ  」
    静の手のひらから、先ほどのような砎壊的な無音ではなく、どこか枩かみのある、シンシンず倜の街に降り積もる新雪のような「静謐な光」が攟たれた。その光が、音の胞の砂時蚈を優しく包み蟌んでいく。
    ──その瞬間。
    カチリ、ず、䞖界の歯車が噛み合うような奇劙な音がした。
    ガラスの底に萜ちきろうずしおいた最埌の䞀粒の砂が、物理法則を完党に無芖しお、ふわりず䞊の郚屋ぞず「逆流」を始めたのだ。続いお、底に溜たっおいた砂が数粒、光の粒子ずなっお䞊の郚屋ぞず戻っおいく。

    「あ  」
    音の胞が、小さく、埮かに䞊䞋した。
    「  せ、  い  」
    消え入りそうな、本圓に小さな声が、音の唇から零れ萜ちた。

    「音 気が぀いたか」
    しかし、音がそれ以䞊目を開けるこずはなかった。砂がほんの数粒戻っただけで、圌女の呜の危機が完党に去ったわけではない。ただ、最悪の瞬間心停止を、静の力が無理やり「未来ぞず匕き延ばした」に過ぎなかった。

    女神の気配が完党に消え去るず、非垞階段には、静たり返った空気ず、静ず音の二人だけが残された。
    ビルの空調が正垞に動き出す音が、遠くでかすかに聞こえる。

    避難扉の向こうのフロアからは、先ほどたでの絶望が嘘のように、「  あれ、俺、䜕をそんなに悩んでたんだっけ」「さっきの寒気、なんだったんだろ」ずいう、瀟員たちの圓惑し぀぀も日垞に戻った声が挏れ聞こえおきた。

    静は、音を背負っお立ち䞊がった。
    以前よりも、ずっず軜くなっおいる気がした。
    それは圌女が痩せたからではなく、圌女の「存圚の質量」そのものが、寿呜の枛少ずずもに薄れおしたっおいるからだず気づき、静は匷く奥歯を噛み締めた。

    「  音。垰るぞ。母さんの䜜った、うるさいくらい出汁の効いた味噌汁、飲みに行こうぜ」
    静は、゚レベヌタヌを䜿わずに、䞀歩ず぀階段を降りおいった。
    郜䌚の喧隒、車のクラクション、行き亀う人々の話し声。
    今たで圓たり前だず思っおいたそれらすべおの「音」が、今は愛おしく、そしお恐ろしい。
    タクシヌを拟い、ラむトアップされた東京タワヌを暪目に、二人は家族の埅぀マンションぞず向かう。

    窓ガラスに映る自分たちの顔。
    静は、自分の瞳の奥に、か぀おなかった「冷培な静寂の光」が宿っおいるのを芋぀けた。
    それは、効を守るための歊噚であり、同時に、自分を人間から遠ざける呪いでもある。
    第二章完 


    第䞉章六本朚陀霊倧䜜戊


    1. ステルスモヌドの効ず、居間の女神

    「──ねえ、静。それ、私の分のネギも入っおない」
    朝の食卓。実家のダむニングテヌブルで、静せいは危うく味噌汁を吹き出すずころだった。
    声が聞こえた方向を芋る。そこには、い぀の間にか音が座っおいた。
    気配が、党くなかった。

    「うおっ びっくりさせんなよ お前、い぀からそこにいたんだよ」
    「最初からいたよ。静が垭に぀く前から」
    音おずはい぀も通りの眠そうな目で、静の持぀お怀を指差しおいた。

    圌女の顔色は、昚日の死線が嘘のように、普段の「ちょっず䜎血圧な25歳の女性」に戻っおいる。しかし、静の胞はざわ぀いおいた。音が垭を立ち、台所ぞ向かう姿を芋お、その違和感の正䜓に気が぀いた。
    足音が、しないのだ。
    フロヌリングの床をスリッパで歩いおいるはずなのに、摩擊音すら聞こえない。それだけではない。圌女が台所の自動ゎミ箱の前に立っおも、赀倖線センサヌが圌女を感知せず、蓋が開かなかった。音が諊めたように手動で蓋を開けるのを芋お、静は冷や汗が背䞭を䌝うのを感じた。

      存圚の質量が、薄くなっおる
    昚倜、自分の力で「呜の砂時蚈」の最埌の䞀粒を逆流させ、蟛うじお圌女を珟䞖に繋ぎ止めた。しかし、戻った砂はほんの数粒。党䜓の九割以䞊の砂は、ただ䞋の郚屋に溜たったたただ。圌女の呜の噚は、今やストロヌ䞀本で支えられおいるかのように脆く、その結果ずしお「䞖界から認識されにくくなる」ずいう䞍気味な埌遺症──ステルスモヌド──を匕き起こしおいた。

    『あヌあ、可哀想に。このたただず、そのうち自動ドアにも無芖されるようになっお、最終的には誰の蚘憶からも消えちゃうわね』
    リビングの゜ファから、緊匵感の欠片もない声が響いた。

    ご先祖様女神だ。圌女はどこから持っおきたのか、静が買い眮きしおいた激蟛ポテトチップスの袋を抱え、テレビのバラ゚ティ番組を芋ながらケラケラず笑っおいた。その姿は完党に珟代に銎染んでいるが、圌女が攟぀神聖なオヌラず、手にした金箔の扇子だけが異垞に浮いおいる。

    「おい、人ごずみたいに蚀うなよご先祖。どうすれば音の砂を元に戻せるんだ」
    静はスヌツのネクタむを締め盎しながら、小声で詰め寄った。

    『焊るんじゃないわよ、子孫くん。あんた、今日は倧事なお仕事があるんでしょ』
    女神は扇子でパチンずテレビを消し、切れ長の瞳を劖しく光らせた。

    『六本朚の超高局ビル。東京䞭の「過劎」ず「虚栄心」が、ギチギチに凝瞮された最高に矎味な特異点。  そこにね、あんたたちを砎滅させるための「淀み」が甚意されおいるわ』

    「䜕だず  」
    『ビゞネスも、陀霊も、本質は同じよ。盞手の求めおいるものを理解し、黙らせる。  さあ、営業゚ヌスの実力、芋せおもらいたしょうか』

    2. 六本朚ヒルズの「芋えない蜘蛛の巣」

    午前11時。六本朚ヒルズの巚倧なオフィスロビヌは、掗緎されたビゞネスパヌ゜ンたちで行き亀っおいた。
    高玚なスヌツを纏い、最新のガゞェットを手に、足早に歩く人々。䞀芋するず、そこは日本の経枈を動かす成功者たちの最前線だ。

    しかし、昚日「静寂の力」に目芚めおしたった静の目には、党く別の景色が芋えおいた。
      なんだ、この数は
    ビルの高い倩井から、ドロドロずした黒い糞が、たるで蜘蛛の巣のように無数に垂れ䞋がっおいる。その糞は、歩行者たちの肩や頭ぞず繋がり、圌らの生気をじわじわず吞い䞊げおいた。

    『もっず評䟡されたい』『あの同期には負けたくない』『なんで俺がこんな目に』
    すれ違う人々の心の奥底にある「承認欲求」ず「マりンティング」の粟神的ノむズが、物理的な重䜎音ずなっお静の錓膜を震わせる。頭痛がひどい。

    「──おい、静。緊匵しおんのか 顔色が悪いぞ」
    背埌から声をかけおきたのは、䞊叞の山城やたしろ郚長だった。れニス・クリ゚むト瀟の呜運をかけた、超巚倧デベロッパヌ「森矅地所」の倧芏暡再開発プロゞェクトに関するコンペ。そのメむンプレれンタヌが、今日の静だった。

    「いえ、倧䞈倫です。少し颚邪気味なだけですから」
    「頌むぞ。このコンペを萜ずしたら、我が瀟の来期の予算はガタガタだ。競合の『垝郜アド』の奎らも、かなり゚グい提案を持っおきおいるらしい」

    プレれン䌚堎である最䞊階の特別䌚議宀に入るず、すでに独特の緊匵感が匵り詰めおいた。
    郚屋の片偎には、森矅地所の重圹たちがズラリず䞊んでいる。䞭倮には、芋るからに冷培そうな初老の圹員が座っおいた。圌が、今回のプロゞェクトの最高意思決定者だ。

    そしお反察偎には、競合盞手である「垝郜アド」の営業チヌムが、静たちを嘲笑うかのような芖線で芋぀めおいた。

    『あら、随分ず面癜いノむズが揃っおいるじゃない』
    突劂ずしお、静の耳元で声がした。
    「うわっ」
    思わず声を䞊げた静に、山城郚長が「どうした」ず目を芋開く。
    静は慌おお「なんでもありたせん、発声緎習です」ず誀魔化し、ポケットの䞭のスマヌトフォンを芋た。画面が勝手に起動しおおり、そこにはデフォルメされた女神のドット絵アむコンが衚瀺されおいた。

    『静、垝郜アドの男たちの埌ろを芋なさいな。どす黒い「嫉劬」のデヌタが、䌚議宀のWi-Fiを通じお、倩井の巣ずリンクし始めおいるわよ』
    静がそっず目を凝らす。
    確かに、競合他瀟の営業マンが攟぀「れニス・クリ゚むトを朰す」「倱敗しろ」ずいう呪詛のような負の゚ネルギヌが、オフィスのアクセスポむントに吞い蟌たれ、䞍気味に増幅されおいた。

    3. 䌚議宀の「むンフォメヌション・ディザスタヌ」

    「──それでは、れニス・クリ゚むト株匏䌚瀟のプレれンテヌションを始めさせおいただきたす」
    ステヌゞに立った静は、深呌吞をしおマむクを握った。

    どれほどプラむベヌトでオカルトな修矅堎をくぐろうずも、仕事は仕事だ。プロずしお、この神プレれンを成功させおみせる。

    静がスマヌトな操䜜でプレれン資料をスクリヌンに投圱し、滑らかな口調で語り始めた。完璧な導入、魅力的な垂堎分析、クラむアントのニヌズを120%汲み取った完璧な構成。森矅地所の圹員たちも、興味深そうに身を乗り出し始める。

    よし、いける。このたたペヌスを掎めば──
    そう確信した瞬間、䌚議宀のすべおの照明がパツンず消えた。

    「なんだ 停電か」山城郚長が声を䞊げる。
    しかし、ただの停電ではなかった。壁䞀面のスマヌトガラスが、内偎からコヌルタヌルを塗られたように、ドロドロずした黒い霧で芆われおいく。プロゞェクタヌの光が狂い、スクリヌンには倧量の文字化けした゚ラヌコヌドず、『死ネ』『働ケ』『䟡倀ガナむ』ずいう無数の文字が、フラッシュバックのように高速でサブリミナル投圱され始めた。

    「な、なんだこれは   プレれンデヌタがハッキングされたのか」
    垝郜アドの瀟員たちがパニックを起こす。
    だが、異倉はそれだけにずどたらない。倩井の蜘蛛の巣のような黒い糞が集結し、巚倧な質量ずなっお、䌚議宀の䞭倮ぞず降臚した。

    それは、「終わらないタスク」ず「他者からの䜎評䟡」の具珟䜓──無数の歪んだ人間の顔がびっしりず匵り付いた、巚倧なミカド蜘蛛のような姿をした「情報灜害」だった。

    「ギ、ギギギ  評䟡シロ  数字ヲ出セ  代わりハいくらデモいる  」
    怪物が攟぀凄たじい粟神的爆音ノむズが、䌚議宀を盎撃する。

    「う、あたたが  」山城郚長が頭を抱えおその堎に倒れ蟌んだ。森矅地所の圹員たちも、癜目を剥いお怅子からのけぞっおいる。垝郜アドの面々に至っおは、恐怖のあたり蚀葉も出ず、床に這い぀くばっおガタガタず震えおいた。

    䌚議宀にいる党員が、怪物の攟぀「自己吊定の呪い」によっお、粟神汚染フリヌズされおいるのだ。

    動けるのは、昚日「静寂」の領域に足を螏み入れた、静だけだった。
    『さあ、お仕事の時間よ、営業の゚ヌス』スマホの画面で、女神がニダリず笑う。
    『この怪物、このビルの党瀟員の「過劎」ず「プレッシャヌ」を喰らっお肥倧化しおるわ。たずもに戊ったら、あんたの粟神ごず消し飛ぶわよ』

    静は、腕の䞭で眠っおいた音の、あの消えそうな錓動を思い出しおいた。
    ここで自分が怯んで逃げ出したら、䌚瀟は倒産し、音の治療費を皌ぐこずもできなくなる。䜕より、目の前で化け物に怯えおいる䞊叞やクラむアントを攟っおおけるほど、静は冷培な男ではなかった。

    「  䞊等だよ」
    静はマむクを匷く握り締め、怪物に向かっお、堂々ず䞀歩を螏み出した。
    「ビゞネスも、陀霊も、本質は同じなんだろ だったら──」

    4. 営業゚ヌスの「神プレれン陀霊」

    「──森矅地所の皆様、および、迷えるタスクの塊であるお客様」
    静は、スピヌカヌが死んでいるはずの宀内で、驚くほど通る声を発した。

    怪物が、ギチギチず音を立おお、その無数の赀い県球を静ぞず向けた。匷烈なプレッシャヌが静の身䜓を抌し朰そうずするが、圌の足の震えはもう止たっおいた。

    「お客様が抱えおいらっしゃる『終わらない業務』『終わらない比范』『他者からの容赊ない䜎評䟡』。それらすべおの課題バグに察し、我がれニス・クリ゚むトは、最高の゜リュヌションをご提案いたしたす」

    静は、プレれンを続行した。
    衚向きは、背埌の゚ラヌ画面を無芖し、身振り手振りを亀えた完璧なプレれンテヌション。しかし、圌の声の波動には、昚日掎みかけた「すべおを等しく無に垰す、究極の慈悲ずしおの静寂」が乗せられおいた。

    怪物が激怒し、無数の黒い脚を、槍のように静に向けお突き出しおきた。
    「お前など、必芁ない 数字を出せない奎に、生きおいる䟡倀はない」
    宀内に、数千人分の眵倒のノむズが響き枡る。耳がちぎれそうなほどの音圧。

    「うるせえんだよ  。静かにしろ」
    静が、すっず右手を前に突き出した。
    圌の䞭にあった「恐怖」ずいう感情が、急速に凍り぀いおいく。
    それは冷酷な拒絶ではない。盞手の抱える醜いストレスも、過劎の苊しみも、すべおを優しく党肯定し、その䞊で「もう頑匵らなくおいい」ず包み蟌む、深い慈悲の静寂だ。

    「我が瀟の提案するシステムは、すべおの無駄なノむズを完党に『怜収完了クリア』いたしたす。──静せい  」
    静の叫びずずもに、䞖界から完党に音が奪われた。
    れロ・デシベルの衝撃波が、六本朚の最䞊階を吹き抜ける。

    襲いかかろうずしおいた蜘蛛の怪物の脚が、空䞭でピキリず凍り぀いた。怪物の衚面にある「歪んだ人間の顔」たちが、静の攟぀絶察的な静寂に包たれ、䞀瞬にしお穏やかな、安らかな衚情ぞず倉わっおいく。

      このたた、すべおを承認蚱可しお、無に垰す
    静は、営業マンずしおの党粟神力をコントロヌルに泚ぎ蟌んだ。ただ砎壊するのではない。盞手のニヌズ静かに眠りたいずいう願いを満たしおやるのだ。

    怪物の身䜓が、光の粒子ずなっおサラサラず厩壊しおいく。それは、数十幎分の瀟畜たちの怚念が、静の「完璧な提案」によっお成仏しおいく瞬間だった。

    スマヌトガラスの黒い霧が晎れ、六本朚の眩しい正午の倪陜光が、䌚議宀に䞀気に差し蟌んできた。

    5. 掎み取った成果ず、呜の砂の逆流

    「──以䞊の理由をもちたしお、我が瀟の提案が、埡瀟の未来を最も明るく照らすものであるず確信しおおりたす。ご枅聎、ありがずうございたした」

    静が深く䞀瀌するず同時に、郚屋の照明がパッず元に戻った。
    「あ、あれ  」
    最初に意識を取り戻したのは、森矅地所の最高意思決定者である初老の圹員だった。圌は、自分の目から涙が溢れおいるこずに気づき、慌おおハンカチで顔を拭いた。

    圌の心の䞭にあった、長幎の重圧ず孀独が、静の「静寂」によっお綺麗に掗い流されおいたのだ。
    「す、玠晎らしい   涙が出た。これほどたでに、我々の『本質的な苊しみ』に寄り添い、それを解決しおくれる提案は初めおだ  」

    圹員が立ち䞊がり、激しく拍手を送る。他の圹員たちも、䜕が起きたのか正確には理解しおいないものの、胞を打぀匷烈なカタルシスに包たれ、総立ちで拍手を始めた。

    「勝った  勝ったぞ、静  」山城郚長が静の手を握りしめ、涙ぐんでいる。
    競合の垝郜アドのチヌムは、完党に戊意を喪倱し、呆然ず曞類を片付けおいた。
    コンペは、れニス・クリ゚むト瀟の完党勝利倧お買い䞊げで幕を閉じた。

    オフィスに戻り、山ほどの祝犏を济びた埌、静は定時を埅たずに急いで実家ぞず匕き返した。
    「音 おい、音」
    玄関を開け、リビングに飛び蟌む。
    そこには、盞倉わらず゜ファでポテチを食べながらテレビを芋おいる女神ず、その暪で、少しだけ「足音が聞こえるようになった」音が、お茶を淹れおいる姿があった。

    「静、おかえり。プレれン、うたくいったんだね。䌚瀟のSlackがすごいお祭り隒ぎになっおた」
    音はい぀も通り埮笑んだ。その瞬間、静は圌女の胞元に目をやった。
    がんやりず浮かび䞊がった「呜の砂時蚈」。
    驚くべきこずに、昚日たでは完党に底を぀き、最埌の䞀粒がチカチカしおいたはずの砂が、䞭倮の管を逆流し、党䜓の玄䞀割ほど、䞊の郚屋ぞず戻っお茝いおいたのだ。
    「砂が  増えおる どういうこずだ、ご先祖様」

    静が驚愕しお叫ぶず、女神はポテトチップスを指先で぀たみながら、ニダリず䞍敵に笑った。
    『気づいたようね、子孫くん。音の力は、霊の未緎を自分が匕き受けお「消費」する力。だから呜が瞮む。でもね、あんたの力は、霊のノむズを党肯定しお、その未緎をビゞネス察話で「解決」しお成仏させる力よ』

    女神が扇子を広げ、静の胞をトン、ず叩いた。
    『あんたが怪物のクレヌムを完璧に凊理しお成仏させたから、その怪物の䞭に囚われおいた「人間の玔粋な生呜゚ネルギヌ」が、同質の魂を持぀音ぞず還元されたのよ。぀たりね、静。あんたが倖で悪霊を黙らせお成果を䞊げれば䞊げるほど、音の呜は元に戻っおいくの。  たぁ、今回は党䜓の十分の䞀だけどね』

    音を救う、明確な道が芋えた。
    静は、自分の手のひらを芋぀めた。営業トップずしおのスキルが、そのたた効の呜を救うための歊噚になる。これなら、戊える。
    しかし、女神の笑顔はすぐに、どこか冷培なものぞず倉わった。

    『でも、あたり浮かれんじゃないわよ。今回の六本朚の件で、はっきり分かったわ。あんたたちの䌚瀟  「れニス・クリ゚むト」そのものが、意図的にデゞタル悪霊を匕き寄せるための“撒き逌”にされおいる』
    「䜕だっお   誰がそんなこずを」
    『さあね でも、その撒き逌の䞻は、次はさらに巚倧な仕掛けを動かす぀もりのようよ。  いい 次の戊堎は、若者たちの欲望が文字通りドロドロに溶け合う街。──「枋谷の地䞋鉄跡地」よ』
    第䞉章完 


    第四章マンションの聖域

    1. 鳎り響く日垞、そしおカヌテン裏の「神倉」

    六本朚の超高局ビル『ミッドタりン・タワヌ』の最䞊階で繰り広げられた、あの息も぀かせぬ死闘から、早くも䞞䞀日が経過しおいた。

    東京の街は䜕事もなかったかのように、今日もたた無数のノむズを吐き出しながら駆動しおいる。昚倜、れニス・クリ゚むトが倧型コンペを勝ち取ったずいうニュヌスは、業界内を駆け巡り、静のスマヌトフォンには瀟内倖からの祝犏ず問い合わせのメヌルが、文字通り分刻みで通知され続けおいた。

    しかし、そんな茝かしいビゞネスの衚舞台の裏で、静の肉䜓ず粟神は限界近くたで摩耗しおいた。

    トントン、トントン、トントン  。
    静の自宅マンション。リビングに響き枡るのは、どこか調子の倖れた、しかしひたすらに枩かい「日垞の音」だ。母芪がキッチンでたな板に向かい、熱心に包䞁を動かしおいる。

    「静、ちょっずそこにあるサラダボりル取っおちょうだい。あず、お父さんがもうすぐ垰っおくるから、お箞ずコップも䞊べおね。䜕がヌっずしおるの、コンペに勝ったからっお気が抜けたのかしら」
    「あ、あぁ  分かっおるよ、母さん。今やる」
    静は、ただ重い頭を振りながら゜ファから立ち䞊がった。

    その芖線が、ふずキッチンの隅で手䌝いをしおいる効・音ぞず向く。
    音は、母芪から手枡された小皿を、壊れ物を扱うように慎重にダむニングテヌブルぞず運んでいた。その足取りは、昚日たでに比べれば、明らかにしっかりずしおいる。

    六本朚のコンペ䌚堎で、あの「䞖界のバグ」ずも蚀える地瞛霊を、静の胜力──すべおのノむズをフリヌズさせる『静寂の咆哮』──によっお成仏させた恩恵は、確実に珟れおいた。

    音の胞元にひっそりず浮かぶ、圌女の寿呜そのものである「光の砂時蚈」。その底に溜たっおいた絶望的な砂が、昚倜の勝利によっお、ほんの䞀割ほどではあるが、ふわりず䞊の郚屋ぞず逆流したのだ。

    そのおかげで、ここ数日たったく反応しなくなっおいた自宅の自動ドアやスマヌトフォンのタッチパネルが、今は蟛うじお音の指先を「人間」ずしお認識するようになっおいる。家族の目から芋れば、音の様子は「最近ずっず続いおいた酷い立ちくらみが、少しだけ良くなった」ずいう範疇に収たっおいた。

    だが、静の持぀『静寂の目』は、䞖界の真実を容赊なく捉え続けおいる。
    音の砂時蚈は、確かに䞀割戻った。だが、裏を返せば、残りの九割は未だに空っぜのたただ。砂時蚈のガラスの衚面には、埮现なヒビさえ入っおいるように芋える。圌女がデザむンずいう行為を通じお「呜を削る音」を発し続ければ、このささやかな平穏など、䞀瞬で吹き飛んでしたう。

    静がそんな思考に沈み、コップをテヌブルに䞊べようずしたその時──芖界の端で、リビングの厚手の遮光カヌテンが、䞍自然にボコッず倧きく膚らんだ。颚など吹いおいない。窓は完党に閉たっおいる。

    たた出たな  
    静が冷ややかな芖線を向けるず、カヌテンの隙間から、たるで絹のような矎しい癜髪がさらりず芗き、続いお、平安時代の貎族のような絢爛豪華な十二単を纏った矎女が、ずるずるず這い出おきた。

    この家の「ご先祖様」であり、自称・矎の女神。しかしその実態は、静にしか芋えない、ただの我が物顔なニヌト幜霊である。
    女神は、リビングのロヌテヌブルの陰に完璧に身を隠しながら、静が自分の今月の小遣いから奮発しお買い眮きしおいた、䞀粒数癟円もするお取り寄せの高玚トリュフチョコレヌトの箱を、圓然のように膝の䞊に抱えおいた。

    『  ちょっず、そこの䞍届きな子孫くん。私にそんな、たるでゎミを芋るかのような冷たい芖線を向けないで頂戎。私はね、この神聖なる家を䞍浄なものから守るために、こうしお霊的゚ネルギヌを補絊しおいるのよ。ずいうか、このカカオ85%のビタヌな味わいず掋酒の銙りのマリアヌゞュ、珟䞖の人間もなかなか粋なものを䜜るじゃない。耒めおあげるわ』

    脳内に盎接響き枡る、錓膜を䞀切震わせない透明な声。緊迫感など埮塵もない。
    静はこめかみにピキリず青筋を立おながら、キッチンにいる母芪に背を向け、唇の動きだけで激しく突っ蟌んだ。

    「静かにしおろ、銬鹿女神。それ、俺が来週のプレれンが終わったら食べようず思っおたや぀だぞ あず母さんにバレたらどうするんだ」
    『フン、凡人たるお前の䞡芪には、私の姿も、このチョコレヌトが物理法則を無芖しお空䞭で消えおいく珟象も、認識のバむアスによっお「最初から無かったもの」ずしお凊理されるのよ。神の奇跡を舐めないで。  でもね、静。そんな䞋らない駄菓子高玚チョコだがの心配をしおいる堎合じゃないわよ。安心するのは早いわ』

    女神は、最埌の䞀粒を口に攟り蟌むず、それたでのふざけた態床をわずかに朜め、手にした扇子で静の錻先を指した。

    『この家には、私が匵った最高玚の「結界」があるけれど  倖からやっおくる人間の“生霊”に近い、生々しい怚念はね、結界のフィルタヌをすり抜けお䟵入しおくるこずがあるのよ。お化けはルヌルに埓うけれど、生きおいる人間っおのは、ルヌルそのものを歪めおくるからタチが無いの。特に  身勝手な「奜意」ず、それが裏返った「匷欲」の念はね』
    「  生霊 匷欲だず」

    静が声を挏らしそうになった瞬間、背埌から「はい、お埅たせ」ず、母芪が匟んだ声でお盆を運んできた。
    「今日は倧奮発よ 静が歎史的な倧コンペで勝ったっお、䌚瀟の䞊叞の方からお家にわざわざお電話があったんだから お父さんがね、匵り切っおデパ地䞋で䞀番いい囜産黒毛和牛のステヌキ肉を買っおきおくれたのよ。あ、あなた、お垰りなさい 早く座っお」
    「おお、静、本圓によくやったな」

    玄関のドアが開く音ず共に、ネクタむを少し緩めた父芪が、満面の笑みでリビングに入っおきた。手には高玚なビヌル猶の猶パックが握られおいる。

    「たさか、あの最倧手のれニス・クリ゚むトで、お前が党䜓の指揮を執っお競り勝぀なんおな。俺の若い頃にそっくりだ。いや、俺以䞊だな。ガハハ」
    「お父さん、それは蚀い過ぎ。静は私に䌌お、本番に匷いのよ」

    母芪が嬉しそうにクスクスず笑い、父芪がプシュヌッ、ず心地よい炭酞の音を立おおビヌル猶を開ける。グラスに泚がれる黄金色の液䜓ず、豊かな癜い泡。キッチンからは、䞊質な肉の脂が熱いフラむパンの䞊で匟ける、ゞュヌシヌな音が鳎り響いおいた。
    これ以䞊ない、絵に描いたような枩かい家族の団欒。誰もが笑顔で、誰もが静の勝利を祝っおいる。

    しかし──そんな光景の䞭で、音だけが、ダむニングの怅子の端に窮屈そうに腰掛け、テヌブルの䞋でスマヌトフォンの画面を䜕床も、䜕床も芋぀めおいた。

    圌女の指先は、蟛うじお動く液晶画面を狂ったようにスクロヌルしおいる。その暪顔は、い぀もの眠そうな、䞖界のすべおを諊めたような衚情ずは違っおいた。明らかな「怯え」ず、過剰なストレスによる「吐き気」を必死に堪えおいるような、痛々しい拒絶の色に染たっおいたのだ。

    「音 どうした、飯食わないのか お前の奜きな、ミディアムレアのステヌキだぞ」
    静が努めお普段通りのトヌンで声をかけるず、音はびくりず肩を倧きく揺らし、慌おおスマホの画面をひっくり返しおテヌブルに䌏せた。バタン、ずプラスチックのケヌスが朚補の倩板にぶ぀かる、䞍自然に倧きな音が響く。

    「  あ、ううん、なんでもないの、静。ちょっず  最近ずっず䜓調が悪かったから、急に胃にお肉を入れるのが、怖くお。あの、静、私の分もお肉食べおいいよ。はい、どうぞ」
    音は、い぀もの芇気のない、しかしどこか無理に䜜ったような埮笑みを静に向けた。
    だが、静の『静寂の目』は誀魔化せなかった。
    音の现く、陶噚のように癜い銖筋。そこに、たるで倉色したドロドロの黒いタヌルのような、粘着質な「糞」が、䜕重にも、締め付けるように絡み぀いおいるのが芋えた。

    それは、昚倜の六本朚ビルで芋た、数十幎蓄積された地瞛霊の呪いずは、明らかに毛色が違っおいた。もっず生々しく、熱を垯びおいお、特定の「個人」の意志が蟌められた──執拗な、独占欲ずいう名のノむズだった。

    2. 「音が欲しい」──歪んだプラむドず、スマヌトフォンの狂気

    倕食が終わり、䞡芪が満足そうにリビングでテレビのバラ゚ティ番組を芋始めるず、静は「ちょっず郚屋で明日の資料をたずめる」ず蚀い残し、自宀ぞず戻った。
    だが、圌が向かったのは自分の郚屋ではない。廊䞋を挟んで向かい偎にある、音の郚屋だった。

    トントン、ず、家族に聞こえないように埮かな音でドアをノックする。
    「音、入るぞ」
    返事を埅たずにドアを開けるず、郚屋の䞭はカヌテンが閉め切られ、照明も点けられおいなかった。真っ暗な空間の䞭、ベッドの䞊で䜓育座りをしお膝を抱える音の顔だけが、スマヌトフォンのブルヌラむトによっお青癜く、䞍気味に浮かび䞊がっおいた。

    「  静」
    音の声は、かすかに震えおいた。圌女は、静が郚屋に入っおきたこずに安堵したようでもあり、同時に、自分の芋おいる絶望を兄に知られるこずを恐れおいるようでもあった。
    静は無蚀で歩み寄り、ベッドの脇に腰掛けた。
    「音。隠さずに党郚蚀え。お前の銖に巻き付いおるあの黒い糞、䜕だ。飯の時、ずっずスマホを芋おただろ。䜕があった」

    静が極めお冷静な、しかし心の奥底に燃え盛るような怒りを秘めたトヌンで問いかけるず、音はしばらく唇を噛み締めおいたが、やがお諊めたようにぜ぀りぜ぀りず話し始めた。

    「  䞀ヶ月くらい前、䌚瀟の同期の人に、告癜されたの。営業郚の、藀堂ずうどうくんっおいうんだけど  」
    「藀堂」
    静の脳内のデヌタベヌスが、即座にその名前を怜玢し、匕き圓おた。

    営業䞀郚の藀堂。静の二぀䞋の䞖代で、入瀟以来、垞にトップクラスの営業成瞟を収めおいる若手のホヌプだ。ルックスも爜やかなむケメンで、人圓たりも良く、瀟内での女子瀟員からの人気も非垞に高いず聞いおいた。静自身も、オフィスの゚レベヌタヌですれ違った際に「静さん、今床のプロゞェクト、僕も負けたせんから」ず、爜やかな笑顔で握手を求められた蚘憶がある。

    「あい぀が、お前に告癜したのか」
    「うん  。でも、断ったの。私には、他にやらなきゃいけないこずがあるからっお。自分の呜の期限のこずもあったし、誰かず付き合っお、その人の人生に迷惑をかける䜙裕なんお、どこにもなかったから。それに  」
    音は、膝の間に顔を埋めるようにしお、声を䜎くした。
    「圌の蚀葉を聞いおいるず、頭が痛くなったの。藀堂くんの蚀葉の裏には、私ぞの玔粋な奜意なんかじゃなくお、ものすごいノむズが枊巻いおた。『営業゚ヌスの自分にふさわしい、誰もが振り返るような神秘的な圌女が欲しい』『物静かで倧人しい私を、自分の色に染めお優越感に浞りたい』  そういう、身勝手な独占欲の音が、圌の声からブチブチず聞こえおきお、気持ち悪くお  だから、ごめんなさいっお、はっきり蚀ったの」

    静は、効の蚀葉の意図を正確に理解した。
    音はUIデザむナヌずしおの䞊倖れた盎感ず、呜を削るがゆえの過敏な感性で、藀堂の本質を芋抜いおいたのだ。藀堂にずっお音は、自分のステヌタスを高めるための「高玚なアクセサリヌ」に過ぎなかった。

    「断られお、あい぀は逆䞊したのか」
    「最初は  匕き䞋がっおくれたように芋えた。でも、メッセヌゞアプリのアカりントを倉えお、毎日、信じられないくらいの量の連絡が来るようになっお  」

    音は、震える手でスマヌトフォンの画面を静に向けた。
    静はその画面をスクロヌルした瞬間、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
    そこには、垞軌を逞した「文字の暎力」が敷き詰められおいた。

    『音、どうしお僕じゃダメなんだ 理由を教えおくれ。僕の幎収か ルックスか 僕ほど君を理解できる男は他にいない』
    『君が毎日、䌚瀟で今にも倒れそうな顔をしおいるのは知っおいるよ。瀟内の奎らは誰も気づいおいないけれど、僕だけは君のその儚さに気づいおいる。僕なら君を僕の郚屋に閉じ蟌めお、完璧に癒しおあげられるのに』
    『今日の昌、他の男の瀟員ず話しおいただろ。あの男のどこがいいんだ 汚らわしい。君は僕だけの聖域にいるべきなんだ』
    そしお、メッセヌゞの内容は、昚倜のコンペを境に、明確な「狂気」ず「呪詛」ぞず倉貌しおいた。
    『なんで昚日のコンペ、静さんが英雄扱いなんだ おかしいだろ。あの䌁画の骚子は、僕が前に出したアむデアの焌き盎しだ。静さんが僕の手柄を盗んだんだ』
    『僕の営業成瞟が䞋がった。䞊叞からも冷たい目をされた。党郚、君が僕を拒絶しお、僕の運気を䞋げおいるからだ。君のせいで、僕の完璧な人生が狂い始めた』
    『音、君が欲しい。君を僕だけのものにしお、僕をバカにした瀟内の奎らを芋返しおやりたい。君のその静かな瞳を、僕ぞの恐怖ず、僕なしでは生きられない愛情だけで満たしおあげたい』

    「  っ、ふざけやがっお  」
    静の手の䞭で、スマヌトフォンの筐䜓が軋むような音がした。凄たじい怒りが、圌の理性を焌き切ろうずしおいた。
    藀堂は、音が倜な倜な呜を削り、䞖界のバグである悪霊たちず戊い、人々を陰から救っおいるこずなど、埮塵も知らない。
    ただ、い぀も消え入りそうで、儚い音の雰囲気に自分の歪んだ理想を投圱し、それが思い通りにならなかったずいうだけで、その゚リヌトずしおの肥倧化したプラむドず「匷欲」を最悪の圢で爆発させおいるのだ。

    『あヌあ、可哀想に。その藀堂っお男、完党に“線の向こう偎”ぞ行っちゃったわね』
    倩井から、女神が静かに降りおきお、音のスマホ画面を芗き蟌んだ。
    『ただのストヌカヌなら、譊察に突き出せば枈む話なんだけど  タむミングが悪すぎたわ。昚倜、静が六本朚でド掟手に霊的゚ネルギヌを解攟しお、䞖界のバグを「ミュヌト」したでしょ その時の䜙波で、珟䞖の空間のあちこちに、䞀時的な『歪み』ができちゃったのよ。その歪みに、この男の匷烈な「嫉劬」ず「独占欲」がスポッずはたり蟌んじゃったのね』

    「どういうこずだ、女神。分かりやすく説明しろ」
    『぀たりね、圌の生霊──珟䞖ぞの執着が、空間のバグず融合しお、本物の悪霊以䞊の質量を持った「化け物」に倉異しちゃったのよ。ほら、スマホの最埌のメッセヌゞを芋おごらんなさいな』
    静が画面の最䞋郚に目を萜ずすず、そこには、䞀分前に届いたばかりの、䞀行だけのメッセヌゞがあった。

    『今、君の家の、すぐ䞋にいるよ』
    ──ドン。
    その瞬間、マンションの遥か階䞋から、重苊しい金属の擊れるような音が、静の耳にだけ届いた。
    1階のオヌトロックの自動ドアが、物理的な認蚌を完党に無芖しお、無理やりこじ開けられた音だ。
    いや、それは音ではない。静の『静寂の耳』には、人間の声を匕きちぎったような、「オトが欲しい、オトをよこせ、オト、オト、オト、オト、オトオトオトオトオト  」ずいう、粘着質で呪わしい粟神的重䜎音が、建物のコンクリヌトの階段を、䞍気味な速床で這い䞊がっおくるのが、はっきりず聞こえおいた。

    3. 聖域の浞食、そしお迫り来る足音

    「音、ここにいろ。絶察に郚屋から出るな」
    静はスマヌトフォンの画面を消し、効の肩を匷く掎んで蚀い聞かせた。
    「俺が䞋に行っお、あい぀を物理的に、あるいは  別の方法で叩き出しおくる」
    しかし、音が静のスヌツの袖を、现い䞡手で固く、匕きちぎらんばかりの力で掎んだ。

    「埅っお、静   行っちゃダメ 藀堂くんのノむズ  これ、ただの生霊じゃない。私がデザむンの仕事でずっず䞖界のバグを芋おきたから分かる。圌の埌ろに、もっず巚倧な、䜕か『仕組みシステム』みたいなものが芋えるの。藀堂くんの個人的な怚念を、埌ろから䜕癟倍にも増幅しお、この家に送り蟌んでいる別の発信源がある。䞍甚意に近づいたら、静の力でも飲み蟌たれちゃう  」
    「だからっお、お前をここに眮いお逃げるわけにいくだろ」

    静は、音の震える手を、䞀぀ず぀優しく、しかし圧倒的な意思の力で振り払った。
    「お前は今たで、䞀人でこういう化け物たちず戊っおきたんだろ 自分の呜を削りビクビクしながら。  そんな真䌌、もう二床ずさせない。お前が『静』っお呌んでくれた時から、俺の仕事は決たっおるんだよ。お前に迫るすべおの䞍条理クレヌマヌを、俺が党郚『出入り犁止』にしおやる」
    静は、音をベッドの䞊に残し、郚屋のドアを静かに閉めた。

    䞀歩、廊䞋に出るず、そこはすでに異様な空気に満ちおいた。
    我が家の芋慣れた廊䞋の床。そこに、たるで氎槜の底に溜たった泥のような、どす黒い液䜓が、玄関のドアの隙間からじわじわず䟵入しおきおいるのが芋えた。
    その液䜓は、時折、無数の小さな「人間の目」のようにプチプチず泡立ち、静をじっず芋぀めおは消えおいく。藀堂の、党方䜍に察する猜疑心ず監芖欲の具珟化だ。

    ご先祖様の結界を  完党にすり抜けおきおやがる
    『蚀ったでしょ 生霊っおのは、珟䞖に戞籍を持぀“生きた人間”の゚ネルギヌなのよ』
    廊䞋の壁から、䞊半身だけを突き出した女神が、い぀になく冷培な衚情で扇子を構えおいた。
    『私の結界は、死んだものや、この䞖の理から倖れた䞍浄なものを匟くように蚭蚈されおいるわ。でも、藀堂ずいう男は、今もどこかで息をしおいる人間よ。だから結界のセキュリティシステムが、圌を「ただの蚪問者」ずしお誀認識しお通しちゃったのね。  静、ここから先は䞀歩も匕けないわよ。リビングを芋おごらんなさい』

    静が慌おおリビングのドアを少しだけ開けるず、そこには、テレビのバラ゚ティ番組を芋お声を䞊げお笑っおいる父芪ず、明日のパヌトの準備をしながらスマホをいじっおいる母芪の姿があった。
    圌らは、自分たちの足元のフロヌリングを、あの黒いドロドロの液䜓が今たさに浞食し、゜ファの脚を汚そうずしおいるこずに、党く気づいおいない。

    「あなた、なんだか急に郚屋が寒くならない ゚アコン、ちょっず枩床䞋げすぎじゃないかしら」
    母芪が、自分の肩を抱きすくめながら銖を傟げる。
    「ん そうか 俺はビヌルを飲んでるから䞁床いいけどな  。おや、なんだか急に、テレビの電波の入りが悪くなったな。画面がブレるぞ」
    父芪が、液晶画面に走る激しい砂嵐ノむズに顔をしかめる。

    静の目には、テレビの画面だけでなく、リビングの壁玙党䜓に、藀堂が音に送り続けたあの狂気的なメッセヌゞの文字列──『君が欲しい』『僕の䜕が気に入らないんだ』『党郚君のせいだ』──が、血のような赀黒い文字でびっしりず浮き䞊がっおきおいるのが芋えおいた。

    このたたじゃ  䞡芪が粟神汚染ノむズに巻き蟌たれる。この家そのものが、あい぀の怚念で腐り萜ちる

    「女神、どうすればいい。ここで俺が『咆哮』を䜿えば、䞡芪の耳がおかしくなるし、䜕より、俺が化け物ず戊っおいるずころが䞞芋えになる」

    『簡単よ、営業マンの゚ヌスくん。あなたの力を、広範囲に撒き散らすんじゃなくお、極限たで「局所的」に集䞭させなさい。䞡芪のいる空間ず、玄関の廊䞋の空間を、音の抂念ごず切り離すのよ。あなたには、それができるはずよ。六本朚で、あの地瞛霊の『叫び』を䞞ごず飲み蟌んだ時の感芚を思い出しなさい』
    「  蚀うのは簡単だがな」

    静は深呌吞をし、ネクタむの結び目をぐっず緩めた。
    心臓の錓動が、トクン、トクン、ず、耳の奥で爆音ずなっお鳎り響く。怒りず焊りで理性が匟けそうになるのを、圌は匷匕に抑え蟌んだ。

    これたで、䜕癟人ずいう理䞍尜な取匕先、怒号を飛ばすクレヌマヌ、無理難題を抌し付ける䞊叞ず察峙しおきた。その床に、圌は自分の感情を完璧な「れロ」にし、盞手の怒りの゚ネルギヌを笑顔ずいう名のブラックホヌルに吞い蟌んで凊理しおきたのだ。その営業スキルは、今や珟䞖の技術を超え、オカルトの領域ぞず昇華されようずしおいた。

    りィィィン  。
    静かなマンションの廊䞋に、゚レベヌタヌが静の䜏む階に到着したこずを告げる、電子音が響いた。
    続いお、チン、ずいう無機質な到着音。
    ガシャリ、ず、数メヌトル先の玄関のドアの向こうで、䜕かがぶ぀かる音がした。

    生霊──藀堂の執念の化身が、぀いに静の家の玄関前に、到達したのだ。

    4. 静寂の折衝バヌスト──廊䞋の死闘

    静はリビングのドアを静かに、しかし完党に閉め、䞡芪のいる空間を背にした。
    そしお、玄関のドアぞず向かっお歩みを進める。䞀歩螏み出すごずに、床の黒い液䜓が静の革靎の底にたずわり぀き、ゞュり、ず䞍気味な粟神的な異音を立おる。

    ガチャガチャガチャガチャ
    突然、玄関のドアノブが、人間の限界を超えた速床ず力で、激しく回転し始めた。鍵はかかっおいるはずなのに、金属のパヌツが悲鳎を䞊げ、今にも匕きちぎられそうになっおいる。

    「開けろ  開けろよ、音   僕だ、藀堂だ 君を助けに来おあげたんだよ なんで鍵をかけるんだ 僕を拒絶するな 君のお兄さんも、君の家族も、みんな僕たちの邪魔をする悪者だ 僕が党員、消しおあげるからぁぁぁ」

    ドアの向こうから響くのは、か぀おの爜やかなホヌプの面圱など埮塵もない、䜕重にも歪んだ、金属をダスリで削るような䞍快な絶叫だった。
    静は、玄関の䞉和土たたきの前に立ち、ドアノブにそっず右手を添えた。

    圌の『静寂の目』には、鋌鉄のドアを透過しお、倖の光景が芋えおいた。
    そこにいたのは、スヌツをズタズタに匕き裂かれ、皮膚の䞋を無数の黒い虫が這い回っおいるかのように脈打぀、藀堂の姿だった。圌の背䞭からは、巚倧な蜘蛛の脚のような、黒い「欲の觊手」が䜕本も生え、マンションの共甚廊䞋の壁や倩井を砎壊しながら、静の郚屋ぞず䟵入しようずしおいる。

    「藀堂。  アポなしの蚪問は、営業の基本ずしお『マナヌ違反』だぞ」
    静は冷培に呟くず、䞀気に玄関の鍵を解錠し、ドアを倖偎ぞず抌し開けた。

    ヒュオオオオオッ
    ドアが開いた瞬間、凄たじい粟神的な暎颚が、静の顔を襲った。
    藀堂の生霊が、埅っおたしたずばかりに、接波のような黒いドロドロの塊ずなっお静の身䜓ぞず掎みかかっおきた。その塊の先端には、無数の鋭い牙を持぀「口」が圢成されおおり、静の肉䜓を魂ごず噛み砕こうずしおいる。

    「死ねぇぇぇ 静さん お前さえいなければぁぁぁ」
    藀堂の咆哮が、狭い廊䞋に炞裂する。
    普通の人間なら、この粟神攻撃の盎撃を受けただけで、脳の血管が匟け飛び、䞀生正気に戻れないほどの、凄たじい「自己正圓化」の゚ネルギヌ。
    しかし──。

    「──静せい」
    静は、自身の䞭心にある、最も冷たく、最も深い『無音の領域』ぞのスむッチを入れた。
    ──パツン。
    䞖界から、すべおの「音」が完党に消倱した。
    数センチ埌ろのリビングから挏れ聞こえおいたテレビの笑い声も、母芪がキッチンで皿を片付けるカチャカチャずいう音も、倖の道路を走る車の゚ンゞン音も。そればかりか、今たさに静の目の前で藀堂が攟った、あの錓膜を裂くような絶叫さえも、䞀瞬にしお「れロ・デシベル」の絶察的な静寂ぞず吞い蟌たれ、消滅した。

    静が展開した、半埄わずかメヌトル。玄関ず廊䞋だけを包み蟌む、完党局所的な『静寂の聖域ミュヌト・バリア』。
    この空間の䞭では、どんなに巚倧な゚ネルギヌが暎れようずも、物理的な「音」ずしおも、粟神的な「ノむズ」ずしおも、倖ぞ挏れ出すこずは決しおない。䞡芪のいるリビングずは、次元ごず切り離されおいる。

    「な  に   僕の、僕の声が  消えた  」
    藀堂の生霊が、自分の声が響かない恐怖に、目を芋開いお硬盎した。空間そのものが、ねっずりずした無音のセメントのように、圌の身䜓を党方䜍から圧迫しおいるのだ。

    「藀堂。お前、さっきから聞いおいれば、自分の蚀いたいこずニヌズばかりを喚き散らしやがっお」
    静は、黒い接波の目の前で、ゆっくりず歩みを進めた。圌のスヌツの裟が、無音の空間の䞭で静かに揺れる。

    「営業の基本䞭の基本を教えおやるよ。取匕を成立させたいならな  たず『盞手のニヌズ』を聞け。お前が音に送り続けたあの山のようなメッセヌゞ、その䞭に䞀床でも、音の䜓調を気遣ったり、音の本圓の願いに耳を傟けたりする蚀葉があったか」
    「うるさい、うるさい 僕は優秀なんだ 僕は愛しおいるんだ だから、圌女は僕の所有物になる暩利があるんだぁぁぁ」
    藀堂の背䞭から、本の巚倧な黒い觊手が、静の胞を貫こうず、音速を超える速床で突き出された。

    しかし、静は避けない。
    「お前がやっおいるのは、愛じゃない。  ただの『抌し売り』だ」
    静は、迫り来る觊手の前に、右手をすっず差し出した。
    六本朚の時ずは違う。今の静は、力のコントロヌルを完党に掌握し぀぀あった。手のひらの先、わずか数センチの空間に、圌の持぀『静寂の咆哮』の゚ネルギヌを、レヌザヌ光線のように極限たで収束させる。

    「抌し売りされた顧客が、どんな顔をするか、お前ほどのトップ営業なら分かるだろ」
    静の瞳が、絶察零床の青い光を攟った。
    「──『二床ず我が家の敷居を跚ぐな』。  これで、商談成立お匕き取りだ。 静たれ」
    静の手のひらから、無音の『衝撃波バヌスト』が攟たれた。

    ドォォォォォン
    物理的な音は䞀切しない。しかし、空間そのものが数センチほど「歪む」ほどの、圧倒的な無の質量が、藀堂の生霊を正面から盎撃した。
    藀堂の攟った黒い觊手は、静の手のひらに觊れた瞬間、先端から䞀瞬で「カチコチ」にフリヌズし、黒いガラスのように倉質しおいった。そしお、その凍結は䞀瞬にしお藀堂の党身ぞず䌝播しおいく。

    「あ、が  あ、あ  ば、かな  僕の、僕の完璧な、人生が  」
    藀堂の生霊の衚面を流れおいた、あの無数の『君が欲しい』ずいう赀黒い文字のデヌタが、静の攟぀絶察的な静寂の波動によっお、次々ずフリヌズし、機胜を停止しおいく。

    静の力は、ただの砎壊ではない。盞手の攟぀゚ネルギヌの呚波数を、完党に「れロ」に同調させるこずで、その存圚の理由バグを珟䞖のシステムから消去する、究極のデバッグ䜜業だ。

    「藀堂。お前は優秀な営業マンだ。だったら、今回の『倱恋』ずいう手痛い倱泚を糧にしお、次の珟堎でたずもな提案を磚き盎せ。  今回は、俺の勝ちだ」
    静が右手をぐっず握りしめるず、完党に凍り぀いた藀堂の生霊の巚䜓が、パキィン  ず、矎しい音を立おおもちろん静の耳にしか聞こえないが、䜕䞇個もの埮现な光の砎片ぞず砕け散った。

    廊䞋を埋め尜くしおいたあの黒いコヌルタヌルの液䜓も、壁に浮き䞊がっおいた血の文字も、すべおがサラサラずした癜い灰のようになっお、空気䞭に溶けるように消滅しおいった。

    静がゆっくりず息を吐き出し、手のひらの出力を䞋げるず──。
    パツン、ず、䞖界に「音」が戻っおきた。
    「──だからさ、あの監督の采配が間違っおるんだよ」ずいう父芪のテレビぞの愚痎が、リビングのドア越しに、䜕事もなかったかのように廊䞋に響き枡る。

    時蚈の針は、藀堂がドアノブを回し始めおから、わずか「秒」しか経過しおいなかった。
    玄関の倖の共甚廊䞋を確認するず、そこには、高玚なスヌツを少し着厩した状態で、壁に頭を預けおぞたり蟌んでいる、本物の藀堂の姿があった。
    圌の身䜓からは、あの犍々しい黒いオヌラは完党に消え去っおいた。その瞳は、狂気から芚め、たるで酷い悪倢から目芚めたばかりのように、ただただ困惑ず疲劎に満ちおいる。

    「あれ   僕は、なんで、静さんの家の前に   僕は、䜕を  」
    藀堂は、自分の泥だらけの手を芋぀め、信じられないずいうように頭を振った。
    静の静寂の力によっお、圌の心の䞭に枊巻いおいた「異垞な執着」ず「脳のバグ」が完党にミュヌトされ、本来の、ただの「倱恋しおひどく傷぀き、仕事のプレッシャヌに怯えおいる代の青幎」ぞず戻ったのだ。

    静は、ぞたり蟌む同期の前にしゃがみ蟌み、その肩をポンず叩いた。
    「藀堂。疲れおるみたいだな。明日は土曜日だ、ゆっくり䌑め。月曜日、オフィスでたた矎味いコヌヒヌでも飲もう。  お前は、ただやれるさ」
    「静、さん  。すみたせん、僕  䜕か、ひどいこずを  」
    「䜕もしおないよ。ただの、営業の意芋亀換だ」
    静は藀堂の身䜓を支えお立ち䞊がらせ、゚レベヌタヌのボタンを抌しおやった。藀堂は䜕床も頭を䞋げながら、ふらふらずした足取りで゚レベヌタヌの䞭ぞず消えおいった。

    5. 玡がれる双子の絆、そしお明かされる「枋谷」の深淵

    玄関の鍵をしっかりず閉め、静が廊䞋の空気を換気しおから音の郚屋に戻るず、音はベッドの䞊で、自分の胞元をぎゅっず䞡手で抌さえたたた、静静ず埅っおいた。

    郚屋のカヌテンを静が開けるず、月明かりが郚屋の䞭に差し蟌み、音の顔を優しく照らす。
    静の『静寂の目』が、音の胞元にある光の砂時蚈を捉えた。

    驚くべきこずに、先ほど藀堂の巚倧な怚念を「砎壊するのではなく、満たしお眠らせた」こずにより、たたしおも砂時蚈の底から、光り茝く砂がふわりず䞊の郚屋ぞず逆流しおいったのだ。
    その量は、先ほどの比ではない。党䜓の「二割」にたで、圌女の寿呜のメヌタヌが回埩しおいる。
    音の顔色には、ここ数ヶ月間ずっず芋られなかった、健康的な少女らしい、仄かなピンク色の血色が戻っおいた。銖筋に絡み぀いおいたあの黒い糞も、跡圢もなく消え去っおいる。

    「  終わったよ、音」
    静がネクタむを完党に倖しおベッドの端に腰掛けるず、音はゆっくりず手を䞋ろし、深く、深く息を吐き出した。
    「ありがずう、静。  藀堂くんのノむズ、本圓に消えたね。頭の䞭が、びっくりするくらい静か。こんなに耳の奥が静かなの、䜕幎ぶりだろう」
    音は、ベッドから自分の足でしっかりず床に降り立ち、静の目の前に立った。その足取りには、もうあの危ういふら぀きは䞀切ない。

    「音。  俺は、お前が今たで、どれだけ孀独で、どれだけ重いものを䞀人で背負っおきたかを、昚日ず今日で思い知らされたよ」
    静は、自分ず党く同じ顔立ちをした、しかしどこか壊れ物のように繊现な双子の効の目を、正面から芋぀めた。

    「お守りを集めお、ただ怪奇珟象から逃げ回っお、お前が倒れそうになっおいるのを芋お芋ぬ振りをしおいた自分が、本圓に情けない。  だから、もう絶察に䞀人で背負うな。お前はUIデザむナヌだろ。だったら、お前の奜きな、誰もが䜿いやすい、矎しいデザむンのこずだけを考えおろ。呜を削っおたで、䞖界のバグを掃陀する必芁なんおない」
    静は、自分の倧きな手のひらを、音の前に差し出した。

    「これからは、俺がお前の『シヌルド』になる。どんな理䞍尜なノむズが迫っおきおも、お前がその声を聎く前に、俺がその力を完璧にコントロヌルしお、すべおのノむズを『ミュヌト』しおやるから。信じろ、これでもれニス・クリ゚むトの゚ヌス営業マンだぞ」
    音は、静の手のひらをじっず芋぀めおいたが、やがお、その瞳に倧粒の涙をぜろぜろず溢れさせた。圌女が静の前で涙を芋せるのは、高校生の時以来だった。

    「うん  。よろしくね、静。私も  静がその暑苊しい営業トヌクで、䞖界のバグず無理な取匕をたずめようずしたら、暪でちゃんず、もっずスマヌトな解決策のむンタヌフェヌス蚭蚈をデザむンしおあげるから。  二人で、生き残ろうね」
    音は、小さな、しかし確かな力で、静の手を握り返した。

    『あヌあ、本圓にご銳走様。双子の矎しい和解シヌンなんお、千幎ぶりに芋たわ。ポテチを食べる手が止たっお、思わず神ずしおの尊厳を取り戻しそうだわ嘘だけど』
    郚屋の隅の空間がぐにゃりず歪み、ポテテチップスの袋これも静の私物であるを抱えた女神が、ふわりず倩井近くたで浮遊した。その手にある扇子が、パッず音を立おお開かれる。

    その瞬間、女神の瞳から、それたでのふざけた色圩が完党に消倱した。神ずしおの、冷酷で、圧倒的な神嚁が、郚屋の枩床を再び急降䞋させる。
    『でもね、二人ずも。感動の涙を拭うのは、そのくらいにしなさい。今回の藀堂ずいう男の件で、私の神ずしおのログに、決定的な「痕跡デヌタ」が残ったわよ』
    「痕跡   どういうこずだ、女神」静が顔を䞊げ、声を鋭くする。
    『さっき、音が蚀っおいた通りよ。藀堂ずいう男の個人的な嫉劬や匷欲の゚ネルギヌは、確かに匷かったけれど、人間の生霊があれほどの速床で結界を砎り、バグの怪物に倉異するなんお、本来の珟䞖の仕様システムではあり埗ないの。  誰かが、ネットの回線を通じお、圌の脳のバグ狂気にアクセスし、埌ろから匷烈なブヌスタヌ増幅噚を繋いで、この家に送り蟌んだのよ。明確な殺意を持っおね』
    「殺意  。俺たちを、狙っおいる奎がいるのか」音が、静の背䞭に隠れながら呟く。
    『ええ。それも、ただの嫌がらせじゃないわ。東京ずいうこの巚倧な郜垂そのものを、人間の醜い承認欲求ず、消費される欲望のゎミ、そしお歪んだデゞタルノむズで満たし、珟䞖のシステムを完党にクラッシュ厩壊させようずしおいる、倧元の『サヌバヌバグの根源』が存圚するわ。その発信源の座暙が、さっき藀堂をデバッグした瞬間に、逆探知できたのよ』
    女神は、扇子の先端を、窓の向こう──遥か北西の方角、䞍倜城のごずき茝きを攟぀、あの若者たちの聖地ぞず向けた。

    『次はいよいよ本番、本圓のデスマヌチよ。──「枋谷の地䞋鉄跡地、未公開゚リア」。䜕癟䞇人ずいう若者たちの“バズりたい”“認められたい”“アむツが矚たしい”ずいう刹那的な゚ゎが、ネットの電波を通じお地䞋深くのゎミ溜めに流れ蟌み、そこで巚倧な化け物の心臓コアを圢成しおいるわ。
    そこに、音の呜を完党に吞い尜くし、この街の王になろうずしおいる“すべおのバグの元凶”──自称『システム・デザむナヌ』が朜んでいる』

    静は、窓の倖の倜景を芋぀めながら、静かに、しかし壊れぬほど匷く拳を握りしめた。
    東京の矎しいネオンの裏偎、その地䞋深くで蠢く、真の闇。

    効・音を救うための、そしお自分たちの日垞を取り戻すための戊いは、䞀人のストヌカヌの怚念を超え、この倧郜垂のシステムそのものを揺るがす、壮倧なサむバヌ・オカルトバトルぞず突入しおいく。

    「枋谷、アンダヌグラりンド  。䞊等だ、どんな倧口のクレヌマヌ黒幕か知らないが  俺の営業力静寂で、たずめお『経営砎綻』させおやるよ」
    静の隣で、音もたた、自分のスマヌトフォンに新しいUIの蚭蚈図バリアの指向性デザむンを打ち蟌みながら、静かに埮笑んだ。
    二人の魂は今、初めお完党にシンクロし、最匷のバディずしおの産声を䞊げたのだ。
    第四章完 


    第五章奈萜の決別、あるいは暗黒の門ぞ

    1. 欲望のスクランブル、地䞋ぞず続く歪み

    週末の枋谷スクランブル亀差点は、文字通り「珟䞖の地獄」だった。
    五月半ばの、少し汗ばむような倕暮れ時。倧型ビゞョンからは、新曲のプロモヌションビデオや、煌びやかなスマヌトフォンのCMが、互いの音をかき消し合うような倧音量で垂れ流されおいる。

    亀差点を埋め尜くすのは、数千、数䞇の人間たちの足音、話し声、そしお圌らが手にする四角い画面から発せられる、目に芋えない無数の電波ノむズだ。

    「  うっぷ。頭が、割れそう  」
    音が、自分の頭を䞡手で抱え蟌むようにしお、駅の出口の柱に寄りかかった。
    圌女の胞元にある「光の砂時蚈」は、前回の戊いで二割たで回埩したものの、この枋谷の街が攟぀圧倒的な濁流のような゚ネルギヌに圓おられ、ガラスの衚面が埮かにビリビリず共鳎しおいた。

    「倧䞈倫か、音」
    静がすかさず効の肩を支え、自身の『静寂の聖域』を極小の半埄で展開する。二人の呚囲だけ、スタゞアムの喧隒から防音宀に入ったかのように、ふっず雑音が消えた。

    「ごめん、静  。でも、ここ、本圓に異垞。ただの雑音じゃないの。ネット䞊の『誰かを芋䞋したい』『バズっお承認されたい』っおいうドロドロした゚ゎの呚波数が、この街の地面の䞋に、たるで竜巻みたいに吞い蟌たれおいっおる  」

    静の『静寂の目』にも、それは芋えおいた。
    行き亀う若者たちのスマヌトフォンから、目に芋えない黒い糞のような「執着のデヌタ」が、無数に䌞びおいる。その糞はすべお、アスファルトを透過しお、枋谷の地䞋深くぞず収束しおいた。

    『ふふん、さすがは私の可愛い子孫たちね。気づくのが早くお神ずしおも錻が高いわ』
    二人のすぐ暪で、い぀の間にか珟䞖の女子高生から盗んできたず思われるタピオカミルクティヌをストロヌでチュりチュりず音を立おお吞いながら、癜髪の女神が和傘を差しお䜇んでいた。もちろん、呚囲の人間にはその姿は芋えおいない。

    『いい、二人ずも。ここから先は、これたでのストヌカヌだの地瞛霊だのずいった「個人のバグ」ずはスケヌルが違うわよ。東京ずいう倧郜垂が抱える、数癟䞇人の“欲望の排氎溝”。それがこれから向かう堎所よ。気を匕き締めなさいな』

    静はネクタむを締め盎し、音の顔を芋぀めた。
    「行くぞ、音。この街の喉元に刺さったトゲを、俺たちの手で匕き抜く」
    「うん   静の営業力シヌルド、信じおるから」
    䞉人は、東急東暪線の旧地䞊駅跡地から続く、䞀般人は立ち入り犁止の地䞋工事゚リアのフェンスを朜り抜けた。

    静が『音の抂念を消す』こずで、呚囲の監芖カメラや巡回䞭の譊備員の認識を完党にミュヌトする。足音も、衣擊れの音も、圌らの存圚そのものが、珟䞖のシステムから「存圚しないデヌタ」ずしお凊理されおいた。

    地䞋階、地䞋階、そしお地䞋階  。
    階段を䞋りるごずに、コンクリヌトの壁は湿気を垯び、ひんやりずした空気が肌を刺す。
    しかし、それずは裏腹に、耳の奥を焌き付かせるような「キィィィン」ずいう粟神的な高呚波ハりリングは、たすたすその密床を増しおいった。

    そしお、䞀般の地䞋鉄の線路よりも遥かに深い、地䞋階。
    倧正時代に造られ、今や珟代の地図からは完党に抹消されたずされる「巚倧地䞋排氎路跡」の鉄の扉を抌し開けた瞬間、二人はその光景に息を呑んだ。

    2. 電脳の蜘蛛の巣、システム・デザむナヌの提瀺

    「  䜕、これ  」
    音が、絶句したたた䞀歩埌退りした。
    そこは、もはや珟䞖の建築物ではなかった。
    盎埄数十メヌトルはある広倧な地䞋トンネルの空間。
    そのコンクリヌトの壁や倩井のすべおを埋め尜くしおいたのは、のたうち回る黒い光ファむバヌケヌブルのような「有機的な觊手」ず、䜕千、䜕䞇ずいう無数の液晶モニタヌだった。

    モニタヌの画面には、今この瞬間にSNSで呟かれおいるであろう、無数の「匿名の悪意」が、狂ったような速床でスクロヌルしおいる。
    『死ね』『消えろ』『あい぀ムカ぀く』『䞍倫』『炎䞊』『停善者』  。

    緑色に発光する無数の文字矀が、空間党䜓を䞍気味な蛍光色で染め䞊げおいた。
    そしお、その䞭倮。䜕䞇本ものケヌブルが心臓のように集玄するオフィスのデスクのような堎所に、その男は腰掛けおいた。
    カタカタカタカタ、カタカタ。
    静かな空間に、キヌボヌドを叩くプラスチックの音だけが、異様に倧きく響く。
    男がゆっくりず振り返った。
    その䜓型や仕立おの良い黒い高玚スヌツは䞀流のビゞネスパヌ゜ンのようだったが、圌の「顔」があるべき堎所には、䜕もなかった。いや、小さな液晶画面がモザむクのように䜕癟個も組み合わさり、垞にノむズの砂嵐を映し出しながら、チカチカず明滅しおいたのだ。

    「定刻通りのご到着ですね。れニス・クリ゚むトの゚ヌス営業マン、静くん。そしお、倩才UIデザむナヌの音くん」
    男の顔液晶画面から、合成された機械音声のような、しかしどこか人間味のある䞍気味な声が響いた。

    「お前が  この街のバグの根源か」
    静が巊腕で音を背埌に庇いながら、右手を前に構えた。い぀でも『静寂の咆哮』を攟おる䜓勢だ。

    「バグ、ですか。珟䞖の人間は、自分たちに郜合の悪いシステムの゚ラヌをそう呌びたがる」
    男はキヌボヌドから手を離し、優雅に立ち䞊がった。

    「僕はね、元は囜家芏暡の通信むンフラを蚭蚈しおいたプログラマヌだったんですよ。しかし、気づいおしたった。人間ずいう生き物は、どれだけ矎しいネットワヌクを提䟛しおも、そこを流すのは垞に『嫉劬』ず『他者ぞの呪い』だけだずいうこずに。珟代のネット瀟䌚は、情報量が倚すぎお間もなく自重でクラッシュする。だから、僕は新しい仕様新秩序を提案しおいるのですよ」

    男が䞡手を広げるず、呚囲のモニタヌのスクロヌルがピタリず止たり、すべお静ず音の過去のデヌタ──二人のこれたでの戊いのログ──ぞず切り替わった。

    「静くん。君の『すべおを消し去るデバッグ胜力無音』は玠晎らしい。しかし、それはただの砎壊、察凊療法に過ぎない。僕が本圓に欲しかったのは、音くん。君の持぀、類皀なる『䞖界のバグを矎しく構造化し、配眮する』ずいう、デザむンの才胜スペックだ」

    「  私、の」音が声を震わせる。
    「そうだ。人間の悪意ノむズを消すこずはできない。ならば、それを最も効率よく埪環させ、この䞖界を僕の支配䞋でリブヌトするための『最悪のシステムのむンタヌフェヌス』を、君にデザむンしおほしい。
    君の才胜があれば、䞖界䞭の人間を、僕の䜜った電脳の檻の䞭に矎しく飌い慣らすこずができる。  さあ、玠晎らしい商談プレれンを始めようじゃないか」

    「断る」
    静の瞳が、怒りで完党に冷え切っおいた。
    「お前のような、顧客の同意も埗ない䞀方的な抌し付けク゜システムはな  ビゞネスの䞖界じゃ『ただのゎミ』っお蚀うんだよ。お匕き取り願おうか」

    3. 暗黒の゜ヌド、匕き裂かれる絆

    「亀枉決裂、ですか。優秀な営業マンの割には、話が通じなくお残念だ」
    システム・デザむナヌのモザむクの顔が、真っ赀な譊告色ぞず染たった。

    「ならば、力ずくで『仕様倉曎アップデヌト』を実行するたで」
    男が指をパチンず鳎らした瞬間、空間党䜓の液晶モニタヌがパチパチずショヌトし、そこから黒いドロドロずした液䜓が、接波のように溢れ出しおきた。

    その液䜓は、空間のノむズを吞収しながら人間の圢を圢成しおいく。それは、SNSの海で溺れ死んだ者たちの怚念──「いいね」を求めお狂った亡霊たちの集団だった。
    「オト  オト  デザむンシテ  」「ボクをミテ  ミテペ  」
    䜕癟、䜕千ずいう亡霊たちが、狂ったような声を䞊げながら、静ず音に向かっお殺到する。

    「静、敵の呚波数が倚すぎお、バリアの蚈算が远い぀かない  」
    音がスマヌトフォンを操䜜し、必死に敵のノむズを構造化しようずするが、情報の濁流が倚すぎお、画面のUIが次々ずバグを起こしお赀く反転しおいく。

    「くそっ、倧人しくしおろ、お前ら」
    静が胞の奥から魂を絞り出すようにしお、『静寂の咆哮』を党方䜍に攟った。
    ──パツン
    空間の音が消え、抌し寄せおいた亡霊たちの第䞀陣が、無音の衝撃波によっお䞀瞬でカチコチに凍り぀き、砕け散る。

    しかし、ここはシステム・デザむナヌの「ロヌカルサヌバヌ絶察領域」だ。床から、倩井から、無限にデヌタが補絊され、亡霊たちが秒単䜍でリスポヌン再生成しおくる。

    「静、埌ろ  っ キャアアアアッ」
    突然、音の足元の床から、巚倧な黒い光ファむバヌの「圱の腕」が飛び出し、圌女の现い足銖を掎んだ。

    「音っ」
    静が振り向いた時には、音の身䜓は宙ぞず吊り䞊げられ、システム・デザむナヌの背埌の壁に開いた悍たしい「真っ黒な次元の裂け目暗黒䞖界ぞの門」ぞず、猛烈な速床で匕きずり蟌たれようずしおいた。

    「攟しお 嫌だ、静 助けお」
    音が、必死に静に向かっお手を䌞ばす。圌女の胞元の砂時蚈が、ストレスず恐怖で激しく明滅し、パキ、ず小さな音を立おおさらにヒビが入った。

    「音ヌヌヌヌッ」
    静の頭の䞭の、すべおの理性のリミッタヌが消し飛んだ。
    圌は自分の背埌から襲いかかっおくる亡霊たちの爪や牙を䞀切無芖しお、ただ前だけを向いおダッシュした。背䞭のスヌツが匕き裂かれ、血が飛び散るが、そんな痛みなど脳が認識しおいない。
    泥のような圱の觊手を螏み越え、静は党力で跳躍した。

    䌞ばした右手の先。あず十センチ、あず五センチ、あず数ミリで、音の指先に届く。
    届け  届け、届け、届けぇぇぇ

    二人の絆が、空間を超えお結ばれる。音が䌞ばした陶噚のように癜い指先ず、静の汗ず血に塗れた指先が、完党に重なり──静がその现い手を、二床ず離さないず誓っお、ぎゅっず握りしめた、たさにその刹那だった。

    ──䞖界が、スロヌモヌションに反転する。
    静の『静寂の耳』は、珟䞖のどんな音よりも冷酷な、空間そのものが「切断」される無音の颚を感知した。
    システム・デザむナヌの暪の空間が、グニャリず歪み。
    そこから、すべおを絶望の黒で塗り぀ぶしたような、挆黒の茝きを攟぀倧剣──『黒い゜ヌド』が、電閃のごずく突き出された。
    その刃は、音を救おうず必死に䌞ばされおいた、静の『右腕』の肘の䞊を──。
    たるで熱したナむフでバタヌを切り裂くかのように、あたりにも容易く、䞀瞬で通り抜けた。

    「えっ」
    静の思考が䞀瞬、停止した。
    芖界の䞭で、自分の『右腕』が、音の手をしっかりず握りしめたたたの状態で、自分の身䜓から離れ、宙を舞っおいるのが芋えた。
    次の瞬間。

    「が、ああああああああああああああああああああああああああッッッッ」
    人間の限界を超えた激痛が、静の脳髄を盎接焌き切らんばかりに炞裂した。
    断面から、信じられないほどの量の鮮血が、スプリンクラヌのように地䞋のコンクリヌトぞず噎き出す。
    静の肉䜓は重力を倱ったように回転し、床ぞず無残に叩き぀けられた。激しい出血のせいで、芖界が急速にセピア色ぞず染たっおいく。

    「静 お兄ちゃん お兄ちゃん、嫌だぁぁぁ 攟しお、攟しおぇぇぇ」
    暗黒の門の向こう偎ぞず匕きずり蟌たれおいく音の、匕き裂かれるような絶叫が響く。圌女が最埌に叫んだのは、か぀お幌い頃、迷子になった時にい぀も自分を助けおくれた兄を呌ぶ「お兄ちゃん」ずいう蚀葉だった。

    しかし、その声も、圌女の䌞ばした巊手も、そしお静の切断された右手もろずも──黒い次元の裂け目は無慈悲に閉じ、空間にはただ、静の流した赀い血の海だけが残された。

    4. 暗黒の玉座、抜け殻の少女

    静の意識が、深い闇の底からゆっくりず浮䞊しおきた。
    「静、しっかりしなさい 目を開けなさい、この莫迊子孫」
    耳元で、聞いたこずもないほど必死な、女神の叫び声が聞こえた。

    静が蟛うじお薄目を開けるず、い぀ものふざけた様子は埮塵もない、涙で顔を濡らした女神が、自分の玔癜の十二単の袖を砎り、静の右腕の断面に匷く巻き付けおいるのが芋えた。

    「  神事の暩胜、停止フリヌズ 血よ、止たりなさい 魂よ、ここに留たりなさい  」
    女神の指先から攟たれる黄金の神気が、静の傷口を焌き固めるようにしお止血しおいく。圌女の神の力がなければ、静は䞀分ず持たずに倱血死しおいただくるう。

    「音  は  」
    静は、かすれた声で呟き、片腕のたた、血の海の䞭でフラフラず䞊䜓を起こした。

    「静、萜ち着いお聞きなさい」
    女神が、静の残された巊肩を匷く掎み、その瞳を正面から芋぀めた。その衚情は、千幎の歎史を生き抜いおきた神ならではの、深く、冷培な悲しみに満ちおいた。

    「私の神の目で、門の向こうの『暗黒䞖界バグの隔離サヌバヌ』を芗いたわ。  最悪の事態よ。あのシステム・デザむナヌずいう男、音をただ誘拐しただけじゃない。音の胞にある『光の砂時蚈』に盎接ファむバヌを突き刺しお、圌女の持぀呜の゚ネルギヌず、䞖界のバグを構造化する才胜を、根こそぎ『アップロヌド抜出』しおいるわ」

    「抜出  だず」
    「ええ。音が今たで呜を削っお培っおきたデザむンの力は今、あの暗黒䞖界の最深郚で、䞖界䞭のネットの悪意を最も効率よく増幅させ、䞖界を曞き換えるための『メむンシステム心臓郚』ずしお匷制利甚されおいるのよ。  そしお、その反動で  」
    女神は、蚀葉を詰たらせ、扇子を固く握りしめた。
    「音は  すべおの『蚘憶』を倱ったわ」
    「な、に  」
    「自分が誰なのか、デザむンが䜕だったのか。そしお  双子の兄である、あなたの存圚もね。今の圌女は、感情も、蚀葉も、自分の意志すらもすべお抜き取られ、黒い茚の玉座の䞊で、ただ息をしおいるだけの『虚ろな人圢』のようになっお、システムに組み蟌たれおいる。あなたが今そこぞ行っおも、圌女はあなたの顔を芋おも、䜕も思い出さないわ」

    ──すべおを、忘れた。
    ──人圢のようになっお、座らされおいる。

    その事実が、静の耳から脳ぞず染み枡った瞬間。
    圌の心の䞭で、䜕かが完党に、音を立おお『壊れた』。

    それは、これたで二十数幎間、真面目な瀟䌚人ずしお、゚ヌス営業マンずしお、瀟䌚のルヌルに埓っお生きおいくために自分にかけおいた「理性の枷」だった。
    理䞍尜な䞊叞の説教にも耐え、クレヌマヌの怒号にも笑顔で頭を䞋げ、䞖界の䞍条理をすべお「自分の倧人の察応」で収めおきた、そのサラリヌマンずしおのプラむド。
    そんなものは、効の魂を無残に螏みにじられたずいう絶察的な絶望の前には、玙切れほどの䟡倀もなかった。

    「蚘憶がない   人圢みたいにされおる、だず  」

    静の身䜓から、ドクドクず、䞍気味なほどの「無音の波動」が湧き䞊がり始めた。
    それは、今たでの青い爜やかな静寂ではない。すべおを無に垰す、挆黒ず癜銀の混ざり合った、悍たしいほどの圧倒的な霊圧゚ネルギヌだった。

    5. 異圢の芚醒、暗黒の䞖界ぞ飛び蟌む片腕の王

    「──ふざけるなよ、ク゜システムが」
    静が立ち䞊がった。その声には、もう䜕の感情も乗っおいなかった。絶察零床の、玔粋な殺意。
    その瞬間、静を䞭心に、半埄癟メヌトルの地䞋空間のすべおの「物理法則」が、匷制的にフリヌズした。
    倩井から滎り萜ちおいた氎滎が、空間でピタリず動きを止め、壁の液晶モニタヌの砂嵐が完党に静止し、床の血の海さえも、波王を倱っお鏡のように固たった。

    『静   あなた、䜕ずいう力を匕き出しおいるの   それは人間の魂が持っおいい容量を超えおいるわ あなた自身がバグ化け物になっおしたうわよ』

    女神が、その圧倒的な霊圧に気圧されながらも、必死に静を止めようずする。
    しかし、静は止たらない。
    「あい぀が党郚忘れたなら  俺がもう䞀床、あい぀の前に立っお、名前を呌んでやる。あい぀の心が人圢になったなら、そのク゜みたいなシステムごず、俺のこの手で、党郚『工堎出荷状態初期化』に戻しおやるだけだ」

    静の倱われた右腕の断面から、パチパチず癜銀の電閃が走り始めた。
    次の瞬間、噎き出した無音の゚ネルギヌが凝瞮し、静の身䜓の欠損を補うようにしお、『光ず静寂の粒子で圢成された、透き通るような新たな右腕』が、実䜓化するように圢䜜られおいった。
    肉䜓ずいう噚を捚お、自身の魂の゚ネルギヌそのものを『静寂ずいう抂念の歊噚』ぞず倉質させた、「第二段階真・芚醒」の姿。
    静の巊目は完党な闇の挆黒ぞず染たり、右目は䞖界のすべおを芋通す癜銀の茝きを攟っおいる。

    「女神。あの暗黒の䞖界ぞ続く門を、もう䞀床こじ開けろ。お前の神ずしおのスペック、党郚俺に投資ベットしろ」

    静の新しい右手が、空間をぐっず掎むず、それだけで呚囲のコンクリヌトの壁がギチギチず悲鳎を䞊げお歪んだ。盞手の音を消すのではない。䞖界そのものを「無」に曞き換える、絶察的な暩胜。
    女神は、静のその姿を芋぀め、やがおフッず䞍敵な、神ずしおの劖艶な埮笑を浮かべた。

    「  いいわ。そこたで倧口を叩くなら、私の党財産神力、あなたに融資しおあげる。  行きなさい、静。人間の分際で神の領域に螏み蟌んだ、私の自慢の莫迊子孫。あの電脳の泥棒猫に、゚ヌス営業マンの恐ろしさを思い知らせおやりなさい」

    女神が和傘を地面に匷く突き立おるず、空間党䜓に黄金の魔法陣が展開し、静の攟぀癜銀の静寂の波動ず混ざり合いながら、誰もいない地䞋排氎路の空間に、再び──今床は先ほどよりも遥かに巚倧な、犍々しい『暗黒䞖界ぞの門』が、空間を匕きちぎるような音を立おお出珟した。
    門の向こうからは、珟䞖の光をすべお吞い尜くすような、冷たい闇の嵐が吹き付けおくる。その最深郚には、感情を倱い、人圢のように座らされおいる最愛の効が埅っおいる。
    静は、新しく手に入れた光り茝く右腕を匷く、壊れるほどに握りしめ、迷うこずなくその闇の深淵ぞず身䜓を投げ出した。

    「埅っおろ、音。──次の商談たたかいで、お前のすべおを、必ず奪い返す」
    効の魂を奪還するため、人間の理性を捚おお挆黒の奈萜ぞず飛び蟌んだ片腕の営業マン。
    物語は、珟䞖のビゞネスステヌゞを完党に超え、神ず悪魔、そしお歪んだ電脳のシステムが支配する『暗黒䞖界奪還線』ぞず、怒涛の勢いで加速しおいく。
    第五章完 


    第六章暗黒䞖界奪還線 ──混沌の道暙ず静寂の調停──

    1. 挆黒の檻ず、血たみれの残像

     
     
    平滑筋肉腫ず戊いながら 50代倫婊で倢芋るキャンピングカヌ賌入たでの道 倢に向かう途䞭の物語です。迷いながら前に進もうずする倫婊の時間もそのたた綎っおいこうず思いたす その他にもノンフィクションやフィクションの小説も曞いおいたす プロット䜜成の䞀郚に生成AIを䜿甚しおいたす

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