
三女と一緒に卒園した日
登園最後の朝、玄関を出る前に三女を抱きしめた。
「今まで、一緒に歩いてくれてありがとう」
言い終わるより先に、涙が出た。
自分でも驚いた。まだ家を出る前だった。明日の卒園式はどうなるのだろうと思った。感情が抑えられない気がして、少し怖かった。
三女は不思議そうな顔をしながらも、特に深くは気にしていなかった。いつもの朝と同じように靴を履き、園バッグを持って、早く行こうというように扉の方を見ている。自分だけが立ち止まっていた。
ここ数日は、朝になると三女が自分で一階まで下りてくるようになっていた。少し前までなら、まだ眠そうな体を抱きかかえて、ベッドからソファーまで運んでいたのに、それももうないのだと思った。
長女と次女の方が出発は早い。毎朝、家の前で二人の写真を撮るのがいつの間にか習慣になっていた。きちんとした服を着た長女と次女の横で、三女だけがまだ眠たそうな顔のまま、パジャマ姿で写ることもある。そんな朝の写真も、もう最後なのだと思った。次に三人を並べて撮るとしたら、きっとランドセルを背負った姿になるのだろう。
三女の朝の準備も、いつの間にかほとんど手がかからなくなっていた。年少のころは、朝ご飯も制服も、ひとつずつ一緒に進めていたはずなのに、今では自分でどんどん支度をしていく。その様子を見ながら、頼もしいような、少しさみしいような気持ちになった。
出発前、三女はいつものように妻に「いってきまーす」のキスをした。私もその横で同じようにする。それも何度も繰り返してきた朝の形だった。
外に出ると、空気はいつもと変わらなかった。
見慣れた通園路だった。曲がり角も、坂道も、歩道橋も、全部知っている。何度も同じ景色を見てきたはずなのに、その朝はなぜか、一つひとつを確かめるように目で追っていた。
三女は、いつもの調子で歩いていた。
何か話して、少し笑って、道の端を歩きたがって、石を拾って、またこちらを見る。こちらもいつものように相づちを打ち、歩幅を合わせる。つないだ手には、たぶんいつもより力が入っていた。
もちろん、毎朝がこんなにすんなり進んだわけではない。
「歩きたくない」と言われた日もある。年少さんのころは、おやつを食べながら歩いた朝もあった。こちらの都合で急がせてしまった日もあったけれど、それでも最後まで一緒に歩いてくれた。
そうしているうちに、ふと、これが最後なのだと思った。
最後だからといって、何か特別なことが起きるわけではなかった。
途中で写真を撮るのも、動画を回すのも、縁石や白線から落ちないように歩く遊びをするのも、いつもの通りだった。特別な日ほど、かえっていつも通りの形をしているのかもしれなかった。
園の近くで、三女のいちばん仲のいい友達と、そのお母さんに会った。
「おはよう」
それも何度も繰り返してきた朝の言葉だった。いつからか、そのお母さんとは敬語を使わずに話せるようになっていた。
「今日で普通の登園は最後だね」
そう言われて、ああ本当にそうなんだ、と思った。
お母さんと手をつないでいる年少さんの妹の姿を見ていると、まだ続いていく朝がそこにあるようだった。
少し前までは、こういう朝がいつまででも続くような気がしていた。
この道を、長女とも歩いた。
次女とも歩いた。
大変なことはたくさんあったはずなのに、振り返って残るのは、苦労そのものではなく、朝の光とか、子どもの声とか、途中で立ち止まったこととか、そういう細かいことばかりだった。
子どもは成長することも、一緒にいられる時間には限りがあることも、何度も耳にしてきた。分かっていたつもりだった。けれど、分かっていることと、終わりが本当に来ることは、全然違った。
園の門が見えてきた。
三女は親友と手をつないで少し先を歩き、振り返った。早くおいで、と言いたげな顔だった。ここまで連れてきたのはこちらなのに、ここまで連れてこられたのもまた自分だったのかもしれないと思った。
二人は顔を見合わせ、いたずらっ子のような顔をしたと思ったら、そのまま走り出した。あっという間に門をくぐり、玄関の方へ向かっていく。まだ自分の手には三女の荷物がある。慌てて追いかける。最後まで慌ただしいのも、なんだかこの子らしかった。
幼稚園に通うのは子どもの方なのに、いつの間にか自分もこの世界の中にいた。
知らない保護者と挨拶を交わし、先生の顔を覚え、季節ごとの空気を覚え、朝の支度に追われる。ただ送り届けるだけのはずだった毎日に、こちらの生活も心も、いつの間にか深く入り込んでいた。
そして、その世界が今日で終わる。
玄関では、二人が楽しそうに話しながら上履きを履いていた。隣では、その子の妹が少しゆっくり支度をしている。三女が先に中へ入ってしまえば、本当なら私はもう一人で園を出るだけだったのかもしれない。でも、いつの間にか、その妹の支度が終わるのをそのお母さんと一緒に待って、並んで園を出るのが朝の流れになっていた。
二人は先に履き終えて、園長先生とタッチして、こちらを振り返った。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
手をつないで走っていく姿は、いつもと同じだったのに、その日は妙に遠く感じられた。
少しして、妹も上履きを履き終えた。
楽しそうに教室へ走っていくその姿が、二年前の三女と重なった。
そのお母さんと顔を見合わせ、いつものように園を出た。時間にすれば数十秒だった。
「明日の卒園式、なんとか雨は大丈夫そうだね」
「ね。ちょっと寒そうだけど」
話したのは、いつも通りの世間話だった。
相手は上り道、私は会社へ向かう下り道。最後なのに、最後だからこそ、いつも通りに振る舞いたかった。
「またあした」
言ってから、それがもうない明日だと気づく。
別れ際、そのお母さんはいつものようにやさしく言った。
「いってらっしゃーい」
私はいつものように返す。
「いってきまーす」
その当たり前のやり取りが、本当に最後の朝の挨拶になった。
坂を下って会社へ向かう。
いつもは振り返らない坂道を、その日だけ振り返って写真に撮った。下った先には、よく遊んだ神社の公園がある。そこでも一枚撮った。気づけば、いつもよりずっと多くの写真と動画を残していた。記憶から消えるのが怖かったのだと思う。朝のわずかな時間さえ、もう取り戻せない気がしていた。
昼休みには、朝の写真と動画を妻に送った。
それも、もう何年も続いてきた習慣だった。その日はいつもよりずっと多かった。朝の三十分にも満たない時間を、忘れないように、ずっと撮っていた。
翌朝は、少し曇っていて肌寒かった。
卒園式の日だった。
門の前には、もう並んでいる人がいた。女の子たちはみんな髪型に気合が入っていて、いつもより少しおしゃれをしていた。その光景だけで、今日は特別な日なのだと分かる。
教室まで送り届け、ホールの席に着く。
いよいよ最後の行事が始まる。
園児が一人ずつ担任の先生に名前を呼ばれ、壇上へ上がり、園長先生から卒園証書を受け取っていく。まだ三女の組ではなかったけれど、年少のときにお世話になった先生の声を聞いているだけで、もう涙がこみ上げてきた。言葉をつまらせながら、一人ひとり丁寧に名前を呼ぶその姿が、まっすぐ胸にきた。
やがて三女の組になった。
名前を呼ばれて、元気に返事をする。卒園証書を受け取る姿を見ながら、何日か前にした会話を思い出した。
「おじぎして、こっちの手から出して、こうやってもらうの」
「それで、こうやってしまって、あるくんだ」
そんな話をしていた。
ちゃんとできるかな、なんて思っていたのに、三女は上手に受け取り、しっかり歩いていた。練習したんだな、と思った。
そして、式の最後に卒園児たちの歌が始まった。
私は次女の卒園式を経験していたから、ここが危ないことは分かっていた。だから覚悟していたし、できるだけ泣かずに、三女の姿を焼き付けようと思っていた。十分にシミュレーションもしてきた。大丈夫なはずだった。
でも、ワンフレーズも持たなかった。
歌が始まった瞬間に涙があふれて、三女の姿が見えなくなった。左手のハンカチで両目を押さえ、右手のスマホで動画を撮る。まともに見れば、声まで出して泣いてしまいそうだった。
声を抑えるのに必死だった。目を伏せても、卒園児たちの元気な歌声が耳に入ってくる。長女や次女、そして三女とのこの園での時間が、まとまりもなく次々に浮かんできた。涙は止まらなかった。いつの間にか一番が終わっていて、私はまだ三女をちゃんと見られていなかった。
直接見ることもできず、スマホ越しで追うのがやっとだった。どうにか最後を目に焼き付けたくて、少しだけ落ち着いて、ようやく直接見られるようになったころには、もう三番に入っていた。あと少しで終わってしまう。
そのとき、三女が右手で目元を拭っているのが見えた。
泣いている。
その瞬間、はっとした。まわりに泣いている子は、ほとんどいなかった。まさか三女が涙を流すとは思っていなかった。この子にも、ちゃんと終わりが来ているのだと思った。
歌が終わるころには、もう顔がぐちゃぐちゃだった。次女の卒園式以来、三年ぶりにこんなに泣いてしまった。涙で目を押さえすぎて、片方のコンタクトまで外れていた。隣で妻がこちらを見て、一瞬だけ言葉を失った。よほどひどい顔をしていたのだと思う。私は自分の感情を持て余したまま、なんとか式の終わりまで座っていた。
閉式のあと、教室に戻る。
本当に最後の、ゆり組での時間だった。
先生から改めて卒園証書を受け取り、みんなで集合写真を撮る。先生の言葉は、あたたかくて、やさしかった。教室を出るとき、三女は先生にいつものようにハグをした。最後だからなのか、そのまま先生のほっぺにキスまでした。先生も驚いていたけれど、私はなぜかそれがとてもうれしかった。
園庭には、教室での挨拶を終えた卒園児と保護者が次々に出てきて、最後の写真を撮っていた。みんな笑っていて、でもどこか名残惜しそうで、同じ気持ちなのだろうと思った。
最後の門をくぐる前に、振り返って園庭と園舎をぐるりと見渡した。
もうここへ来ることはないのだと、自分に言い聞かせるように見ていた。
幼稚園に通うのは子どもだった。
でも、終わってみると、通っていたのは私でもあったのだと思う。
毎朝の支度、通園路、先生や保護者たちとの挨拶、季節の空気。そういう細かいものが、いつの間にか生活の一部になっていた。特別なことではない。ただ繰り返していただけの毎日だった。けれど、終わると分かった途端、それがどれほど大きなものだったのかを思い知らされた。
最後の朝、三女に言った。
「今まで、一緒に歩いてくれてありがとう」
あの通園路は、私が続けると決めた時間だった。
そこでたくさんのものをもらっていたのは、きっと私の方だった。
だから、最後の朝にどうしても「ありがとう」と言いたかった。