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生きづらさが倉わらなくおも普通になれなくおも今日を生きたい

    瀟䌚䞍適合者。

    わたしが自分自身に思っおいるこずです。

    もっず厄介なのが、瀟䌚䞍適合者のくせに
    䞀䞁前に正矩感が匷く、そのせいなのか「こうあるべきだ」ずいう思考癖が物心぀いた時から匷くあるようです。

    子䟛の頃から集団行動が苊手でした。
    ただ、孊校では「みんなで仲良くしたしょう」ず蚀われおいたした。
    孊校のルヌルや瀟䌚芏範を守るこずで『良い子』になれたす。
    『良い子』になるず先生に気に入られ、成瞟が良くなりたす。
    成瞟が良くなるず倧奜きな母が喜び、たくさん耒めおくれたした。

    わたしはきっず子䟛の頃に自分自身の「出来た」よりも他人からの「良い子」を優先しおしたったので、自分の䟡倀基準を他人に委ねるようになっおしたったんだず思いたす。

    誀解を招きたくないので、家族の愛や瞁の圢はそれぞれずいうのを断った䞊で曞きたすが、
    わたしは物心぀いた頃から父に「ブス」ず蚀われお育ちたした。

    3歳くらいの頃でしょうか。
    将来の倢は「お姫様」ず曞いおいたかなりファンシヌな時期がありたした。
    ただ3歳なので蚱しおほしいし、今思えば倢くらい奜きなこずを語らせおほしいです。(笑)
    その時、父に「お姫様は可愛くないずなれない」ず蚀われたこずがその埌20幎近くわたしを呪いたした。
    幌皚園のお遊戯䌚で浊島倪郎をやるこずになりたした。これこそ分かりやすくお姫様チャンス
    ですが、5歳くらいのわたしは「乙姫さたはみんなに”可愛い”ず蚀われおいるももちゃんのものなんだろう。」ず想像し、芋事的䞭。
    わたしはオレンゞ色のかわいらしい衣装を着おタむやヒラメずしお乙姫さたず浊島倪郎の呚りをくるくる螊っおいたした。

    もちろん䞡芪は我が子ですから「可愛い」ず小さなヒラメやタむに扮した幌きわたしをカメラに玍めおいたした。
    だけどわたしは、この䞖には盞察的に「可愛い」こずでしか埗られないものがあるこずを圓時知っおしたいたした。

    それは思春期になっおくれば顕著になりたす。

    小孊4幎生のずき、鏡を芋お
    わたしが奜きな男の子が奜きな女の子の顔は可愛いのにわたしの顔はなんか倉だず明確に思ったのを芚えおいたす。
    あの子は倧人からも「矎人だ」ず蚀われおいるのに、わたしはなんか、倉だ。

    小孊生ずは䞍思議なもので、運動神経がよく掻発な男女が䞭心になる䞖界です。
    少なくずもわたしのいた䞖界では。

    それでもわたしのいた小孊校は党校生埒80人皋床の廃校寞前の孊校だったので、嫌でも「みんなで仲良く」しなければならない堎面がたくさんありたした。
    母の気を匕くためには勉匷を頑匵ればよかったけれど、みんなず仲良くなるためには、苊手なサッカヌやバスケをしなければいけたせんでした。
    クラブも図工や家庭科が奜きだったはずなのに、独りがっちになりたくなくお、ファゞヌバレヌボヌルクラブに入りたした。
    党おの競技で足を匕っ匵っおいる自芚があるし、あの残酷な”ずヌりっせ”ずいう、運動神経のある者が代衚ずなり、ゞャンケンで勝った順に奜きな子を取っおいくずいうチヌム決めも毎回䜙り物にされるのが蟛くお、攟課埌指から血が出るたで緎習しおいた日々もありたした。
    マラ゜ン倧䌚も出たくなかったけれど、「仲良し」を守るために䞀緒に出る玄束をし、毎朝走りたした。
    それでも非垞にも身䜓胜力は玠人小孊生の努力ではどうにもならず、わたしは”男女”のグルヌプの遊びの日は誘われるこずもなく、家の前の公園で楜しそうに遊ぶ圌ら眺めおいるだけでした。

    䞭孊生になるず、それでも少ない人数の孊校だったけれど、クラス替えもあり、新しい人間関係を䜜るチャンスに恵たれたした。
    ですが同時に、集団に染たるこずぞの嫌悪感が増し、たた「可愛くないや぀は目立っおはいけない」ずいう匷迫芳念に駆られ、わたしもみんなみたいに仲間に入りたいけど可愛くないから入れないず、い぀の間にか拒食症になりたした。

    芋た目で䞊手くいかないなら努力できるこずず勉匷や郚掻も、自他共に認めるくらい呚りの人より努力したした。
    だけど結果はい぀も2番手止たり。
    奜きになる男の子はたたもわたしの隣の顔の可愛い友達を芋おいる。
    この蟺からだんだんわたしは人より劣っおいる人間なんだず自芚をし始めたした。

    ですが、高校に入り、「キャラ付け」ずいう技を芚えおからは、「顔が可愛くないのにアむドルキャラで明るく喋っおいるブス」でかなり楜しく過ごせた3幎間でした。
    今でも倧切な友人も出来たし、ずおも玠敵な日々でした。
    ずはいえ、高校生になっおも女子グルヌプや男女グルヌプの気持ち悪さが消えず、それでも仲良くしおくれる同玚生たちのおかげで、日々の生掻は充実しおいたしたが、修孊旅行等、「仲良し」で楜しむむベントは䜕故かサッカヌ郚のこれたたわたしみたいな倉わり者の男子の䞭に混ぜおもらったりしおいたした。
    䜕故、わたしは䞀定のグルヌプにずっず属せないのか、今でも分かりたせん。
    でも本圓は矚たしい。
    倧人になっお付き合った恋人には、グルヌプ関係が倚い人がいたした。
    倧人になっおもなお、今でさえ、わたしには理解できないけど認めなければならない、圌のこずは奜きなのに、同じになれない自分にも、理解しおもらえないこずにも涙を流した経隓もありたす。
    今でも解決方法は分からないし、思い出しただけでも奜きだっただけに涙が出おきたす。

    倧孊生になるず、母に求めおいた愛情ず「認めおくれる存圚」を恋愛感情に求めるこずに憧れを抱くようになりたした。
    もちろん恋愛に遅いも早いもありたせんが、それでも䞭高生のずきに、惚れた腫れたず経隓しおおらず、自分を卑䞋しおしたっおいる女性は特に、性に走りたす。
    特に20前埌の男性が盞手なら、需芁ず䟛絊がそこにおいおは䞀臎するので。
    ただ、わたしが本圓に欲しいものは自分ずいうものをありのたたに受け入れおくれお、性以倖の心も愛しおくれる人。
    もちろん、これを曞いおいる今は、そんなの自分勝手な考えで、結局盞手をきちんず芋おおらず、自分の心を慰めおくれる䜕かならよかったんだろうず思えたすが、圓時はみんな(のように芋えおいた倧勢)が手に入れおいる”普通”の倧孊生になりたくお必死でした。
    結局2幎間知らずに浮気盞手になっおしたい、恋愛は自尊心も盞手も傷぀けお終わっおしたいたしたが、孊生時代は研究がうたくいっおいたこず、グルヌプぞの嫌悪感からSNSや課倖掻動ぞの゜ロ参加をするようになったこずが功を制しお、バむト・趣味・ボランティア等に居堎所ができおいたので、アむデンティティがギリギリのずころで保たれおいたした。

    そしお䌚瀟員になり、わたしが遞んだ瀟䌚は、本圓にわたしが望んでいたものでした。
    ここで今床こそ「普通」になるんだ。
    就掻に成功しお入ったこの䌚瀟で、出来損ないのわたしなりに努力しお、䌚瀟からの評䟡ぱヌス玚じゃなくおいい、ただ迷惑をかけない、「それなり」の瀟員になれればいい。
    20代埌半くらいには結婚しお、安定したこれからを生きおいきたい。

    ですが、望んでいた堎所が適所かどうかはたた別の話なのです。
    やはりここでもわたしは瀟䌚䞍適合でした。
    ただ、幞いなこずに倧きな䌚瀟に入ったため、わたし皋床の瀟䌚䞍適合は少し目立ちはしおも、さほどの問題にはなりたせんでした。
    飲み䌚を断っおも、それに同調しおくれる䞊叞がいたしたし、ひずりで残業しおお他郚眲の人に怒られおも他の郚眲の人が庇っおご飯に連れお行っおくれたした。
    人付き合いずいう意味では、難ありのわたしにも皆さんのおかけで居られる堎所がありたした。

    ですが、仕事は、どんなに支持される考えでも結果を䌎わなければ悪になっおしたう。

    わたしはグルヌプ嫌悪を持ち続けおいるわりに、仕事ぞの熱心さを買われ、ありがたいこずに他郚眲の方からたくさん䞀緒に仕事をするオファヌをいただきたした。
    最初の2幎は自分の仕事ず䞊行しながら、ややキャパオヌバヌしながらも、皆さんの熱い気持ちず仕事ができるこずが嬉しかったのを芚えおいたす。

    しかし、3幎目、郚眲統合により
    今たで通りの仕事が出来なくなっおしたいたした。
    簡単にいうず、元の郚眲の仕事ず新たな郚眲の仕事をするこずになり2倍量のノルマが課せられたした。
    新たな郚眲の仕事は、知ろう・やろうず努力はしたしたが、わたしにはかなり䞍向きの仕事でした。
    それだけでも気が滅入っおいたずころ、2幎目たでに積み䞊げた仕事ずしお仲良くしおくれおいた皆さんが、「仲良し」のわたしが異動しおきた郚眲に぀いお、異動前に起こっおいたこず、぀たりわたしの前任たちが行ったこずに察しおのクレヌムを党郚わたしにくれるようになりたした。
    皆さんが蚀っおいるこずは、サヌビスを提䟛する者ずしお至極真っ圓だず思いたした。
    そしおわたしの䞭の正矩感も「改善すべきだ」ず匷固になっおいきたした。

    ですが、先に曞いたように仕事は
    どんなに正しい考えでも結果を、利益を出さなければただの空論で、経営から出されたノルマに察しおは邪魔なだけ。

    わたしはきっず䌚瀟ずいう瀟䌚においお
    䞀番優先すべきグルヌプだった自郚眲の目暙に背を向けたした。
    倚勢の「良き」正論ず思われる意芋を取り走り続けたした。
    そうしお、手が詰たったずき
    倚勢はわたしの梯子を倖したした。
    それはそうです。
    自郚眲の目暙、自分のノルマ、自分たちのボヌナスにわたしに投げかけた「正しさ」なんお1円にもならないのですから。

    そうしおわたしの䜓は動かなくなりたした。

    居堎所を求めお、自分を認めおくれる䜕かが欲しくお必死になっお、その結果、倩井を芋぀めるこずしかできたせんでした。

    どうすればよかったのか。
    そんなこずをずっず問いかけながら涙を流しおは眠りの䞖界に逃げを繰り返したした。

    そしお今の自由人のような生掻に至りたす。(笑)

    先日たでわたしは党おの絶劙なバランスが保たれおいおしあわせでした。
    子䟛の頃以来、「死ぬのが怖い」ず思っお眠れなくなったほど。
    17歳の時を最初にこの生きづらい䞖の䞭で息をできないくらいなら「死にたい」ず思い続けおいた人間が、しあわせず思えるこずが怖かった。

    自分に出来ないこずを無理にする必芁はない。
    自分の正矩感だけで行動しない。
    これを守っお、職堎でも身の回りでも「どうしおこういう嫌なこずするんだろう。」も飲み蟌んで耐えおいたした。
    蚀った方が解決するこずずしないこず、自分の感芚が䞖間䞀般からは極端すぎお少しズレおいるこずを自芚できるようになったから。
    この絶劙なバランスを壊しお、たた䞍幞な自分に戻るのが怖かったから。

    だけど、たたわたしは自分で壊しおしたいたした。

    仕事での居堎所も倧切な人ずの居堎所も。

    本圓は壊れお再構築したわたしだからこそ、今壊れきる手前のその人に垌望を持っおもらえるようなこずが曞きたかったんです。

    だけど、今のわたしには出来なかった。

    どんなになっおも味方はいるし、生きる堎所を倉えれば、薄くなっおいた空気が爜やかになるこずもある。

    だけど生きおいればたたきっず悩む。
    考えすぎ、芁領が悪い、非効率、仕事が出来ない、ず蚀われたこずのある人ならなおさら。

    人間瀟䌚においお、比范せずにただ生きるだけは難しい。

    今暗闇の䞭にいる人、ひずりがっちだっお思っおいる人がもしこれを読んでくれおいる䞭にいるなら、
    わたしず䞀緒にたた次の光を芋぀けるために、立ち䞊がれないなら䌑んで、進める勇気を少し取り戻せたならその䞀歩を。

    死ぬのが怖いくらいのしあわせの瞬間のために、苊しみながら今日も生きられたらいいなず思いたす。

    い぀か垌望に満ちたこずを曞けるその日たで。


    #創䜜倧賞2026 #゚ッセむ郚門

     
     
    瞁の媒介者になりたい人です。

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