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私の1番古い記憶

    鮮明に覚えているシーンがある。
    ごく一部だけで、前後の視覚イメージは残っていないが、話の成り行きも覚えている。

    これは私がニ歳半ごろ、兄弟の名付けに関する記憶だ。

    もうそろそろ生まれてくる兄弟の名前の候補を母から教えてもらい、私が最終決定するという日だった。三〜四つの候補の中から「絶対にこれ!」と私なりに思う名前があり、実際にそれが生まれてくる子に名付けられた。

    名前の候補が書いてある紙を見せられ、「どれがいい?」と聞かれた。二歳半の子が読めるはずもないと思うのだが、何となく紙を見て「これ」と指さしたのは覚えている。実際、私は三歳の時点でひらがなの絵本を読めていたので、もしかしたらこの時すでに多少のひらがなは読めたのかもしれない。

    「じゃあこれをパパに伝えてきて」と母に言われ、私は急いで二階にいる父の元に向かった。私の脳に鮮烈に残っているのは、この後のワンシーンだ。

    私は四つん這いで階段を登る。階段の一階に近い方は少し暗く、登るにつれて段々と窓からの光が差し、明るくなっていく。ゴールの光を見上げながら「パパー!」と呼びかけ、私は進む。二歳半の私にとって、二階までの階段は崖を登るようなものだ。途中息が上がり、まさにその姿は一生懸命そのものだっただろう。「パパー!名前決めたー!」と何度も言いながら登っていく。
    這うように登っているので、階段の上の埃が間近に見える。猫を三匹飼っていたので、その子たちの毛だろう。登れば登るほど視界は明るくなり、空気中の小さな埃が舞っているのも見える。ちらちらと光を反射して、私はそれを綺麗だと思っている。

    登りきった!

    視覚による記憶はここまでで、この後の部分は「選んだ名前を二階の自室にいた父に伝えに行った」というエピソードのみ記憶している。

    名付けられた兄弟はその名前を大層気に入っている。私も気に入っている。他の候補の名前は、一風変わった(キラキラネームに近い)ものだったので、三十年近く「二歳の私に感謝しろ」と恩を着せ続けている。

    私の中で一番古い「視覚の記憶」はこれだ、と断言できるが、そもそも私の意思や記憶の始まりというもの自体、ここにあるのかもしれない。

    これ以前の記憶やエピソードは私の中には残っておらず、まさにこの瞬間から「私」というものが「私」の中に始まったような感覚がある。兄弟の名付けという思い出深い、特別な儀式のような出来事は、記憶として残りやすかったのかもしれない。

    私にはさらに下にもう1人兄弟がいるが、その名付けも覚えている。当時住んでいた家(私は今までで11回引っ越している)のリビングのテーブルで、私と先ほどの兄弟(兄弟1)の前に名前の候補が書かれた紙が置かれる。A4の紙になぜか縦書きで十個ほど候補が書かれており、一つの漢字から展開したような名前が大半を占めている。

    この時、名前の最終決定をしたのもやはり私で、兄弟1は隣で「まぁそれでいいんじゃない?」というような顔で頬杖をついていて、同意したのかしていないのかは定かでない。

    十個ほどの候補の中から、唯一毛色の違う名前を選んだが、兄弟2はこの名前を気に入っている。私は兄弟2にも「私に感謝しろ」と恩を着せ続けている。

    幼い頃の記憶は他にもいくつか覚えている。しかし映画のワンシーンのように、鮮烈な視覚イメージを伴って覚えている記憶はそこまで多くない。「名付け」というのは、私の中でそれほど大事な記憶なのだろう。

    兄弟1,2の名前の候補は両親(主に母であると思う)が考えていたが、私が選んだ名前は二つとも「まぁ念のため候補に入れておくか」という名前であったように思う。他の候補の方が凝っていたし、同じ漢字を含んで展開していて数も多かった。私が選んだ名前たちはどちらも紙の端っこの方に書かれていて、「ピンときた」というような野生の勘にも近い、幼いながらの直感で選ばれたものだが、今考えても候補の中で1番良い名前であったと思う。

    また、「名前を選ぶ」という使命を与えられたというのも、幼い私にとっては勇者に選ばれたのと同じくらい名誉あることだったのかもしれない。その使命感は、私に「一人の人間」としての意思を芽生えさせるほどに大きなものだったのだろう。



    ⭐︎「覚えている中で1番古い記憶」というテーマを選んで書きました。

    皆さんの「1番古い記憶」もぜひ教えてくださいね☺️

     
     
    ※現在コメント返信とても遅いですすみません🙇‍♀️ 自分を少しずつ書き留める。 デザインとブランディングの視点から、複雑な混線を解くお手伝いをしています。

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