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難考䞍楜 【ショヌトショヌト】

     分厚いファむルが、䌚議宀のテヌブルに鈍い音を立おお眮かれた。
     衚玙には「新芏顧客開拓における、倚角的なリスク評䟡ず、段階的アプロヌチに関する提蚀」ず印字されおいる。
     152ペヌゞに及ぶその䌁画曞は、ありずあらゆる法的瑕疵、事業的懞念、競合の動向から地政孊的な圱響に至るたで、緻密な論理の石垣を積み䞊げた、たさに劎䜜だった。

    ​ しかし、圹員たちの反応は芳しくなかった。
     眉間に皺を寄せ、ペヌゞをめくる手は重い。
     数分の沈黙の埌、䌁画開発郚長がため息ずずもに口を開いた。

    「君の懞念はよくわかった。実に现かく調べ䞊げおいる。だが、これでは雁字搊がんじがらめだ。リスクを恐れおいおは商機を逃すばかりだぞ」

    ​ たたしおも、华䞋である。

    ​ 自垭に戻り、こめかみを揉みほぐしおいるず、隣のデスクから軜快なキヌボヌドの音が聞こえおきた。
     入瀟䞉幎目の埌茩である。
     圌の画面を盗み芋るず、箇条曞きが䞉぀ほど䞊んだだけの、䞭身のないペラペラな文曞デヌタが開かれおいた。

    ​ 数時間埌、䌚議宀に出向いおいた埌茩が錻歌亀じりに戻っおくる。
     その手には、あっさりず承認印が抌された、先ほどの箇条曞きの玙切れが握られおいた。

    ​「通りたしたよ、新商品のプロモヌション案」

    ​ 屈蚗のない笑顔で報告しおくる埌茩に、目眩を芚えた。

    ​「法務郚のチェックは枈たせたのか。起甚したむンフル゚ンサヌが䞍適切発蚀をした堎合のガむドラむンは甚意しおいるのか。そもそも、費甚察効果のシミュレヌションはどうなっおいる」

    ​「いやあ、ずりあえず面癜そうなのでやっおみたしょうっお熱匁したら、瀟長が『いいね、若々しくお勢いがある』っお蚀っお、そのたたハンコをくれたしたよ」

    ​ 脱力するしかなかった。
     䞍思議なこずに、圌は盎感ずノリだけで次々ず結果を出しおいる。
     緻密な蚈算など埮塵もないはずなのに。

    ​「面癜そうだずか、浅はかな真䌌はよせ。ビゞネスは決しお博打ではない。あらゆる事態を想定する深謀しんがう遠慮えんりょこそが重芁なんだ」

    ​ 先茩ずしおの矜持から絞り出した忠告だったが、埌茩はきょずんずした顔で銖を傟げた。

    ​「難しく考えお、䜕かうたくいきたしたか」

    ​ その䞀蚀は、鋭い刃ずなっお自尊心をえぐった。

    ​ 家に垰り、安物のりィスキヌをあおりながら、思考の沌に沈む。
     なぜ自分の䌁画は通らず、あの薄っぺらな玙切れが評䟡されるのか。

    ​ 芳察ず分析の末、これだろうずいう結論に達した。
     圹員たちは、分厚い䌁画曞を読むのに疲れおいるのだ。
     事现かにリスクを列挙されるず、決断の責任を負うのが怖くなる。
     圌らが求めおいるのは、難しい理屈ではなく、なんずなくいけそうな気にさせる魔法の蚀葉ず、わかりやすいビゞョンなのだ。

    ​ そこから、壮倧な自己改造蚈画が始たった。

    ​「劂䜕にしお思考を浅く芋せ、楜芳的に装うか」

    ​ ただの阿呆になるこずではない。
     極めお高床な停装工䜜である。
     膚倧な垂堎デヌタ、過去の成功事䟋、行動心理孊、さらには圹員それぞれの趣味嗜奜からその日の䜓調たでを培底的にむンプットし、逆算しおポップでキャッチヌな案を抜出する䜜業。
     氎面䞋に巚倧な氷塊を隠しながら、氎面䞊で愛らしいペンギンを遊ばせるようなものだ。

    ​ 倜を培しお緎り䞊げられたその䌁画曞のタむトルは、
     ただ䞀蚀「わくわく倧䜜戊」であった。

    ​ フォントは気の抜けたポップ䜓を䜿い、呚りにカラフルな星や音笊のアむコンを散りばめた。
     内容は「話題になりたす」「みんな笑顔になりたす」「売䞊がぐんず䌞びたす」ずいった、意図的に具䜓性を欠いたポゞティブなフレヌズ。
     しかし、裏には粟緻なマヌケティング理論ず、䞇が䞀の事態に備えた別冊の裏マニュアルが自垭の奥に控えおいる。

    ​
     来たる圹員䌚議の日。
    ​ 䟋の䌁画曞をモニタヌに映し出すず、䌚議宀の空気が明癜に倉わった。

    ​ はじめは怪蚝な様子の圹員たちだったが、短く明るい蚀葉でプレれンを進めるに぀れ、圌らの衚情が面癜いように和らいでいくのがわかった。
     ぀たらない数字を䞊べるのをやめ、身振り手振りを亀えお「ずりあえず、楜しそうじゃないですか」ず満面の笑みで蚀い攟぀。

    ​ 結果は、満堎䞀臎での承認だった。

    ​ それどころか「久々に君から仕事ぞの熱意を感じた」ず瀟長盎々に劎いの蚀葉をかけられ、瀟運を賭けた倧芏暡プロゞェクトのリヌダヌを任されおしたったのだ。

    ​ 䌚議宀を出おすぐ、呚囲の目を盗んで小さくガッツポヌズを䜜った。
     䜜戊は成功した。
     案の定、重芖されるのは正論よりも空気感。
     蚈算によっお䜜られた浅さが、芋事に組織の意思決定を誘導したのだ。

     プロゞェクトのサブリヌダヌに任呜された埌茩が、背埌から早足で近寄っおくる。

    「先茩すごいですね。倱瀌な蚀い方ですけども、芋違えたしたよ」

    「なあに。ただ、シンプルこそが成功を匕き寄せるベストな方法だず気付いただけだ。お前も、無駄で䜙蚈な物はどんどん切り捚おおいけよ」

     埌茩は珍しく尊敬を蟌めた県差しを向け、倧きな声でうなずいた。

    ​
     だが、歓喜の時間も長くは続かなかった。

    ​ プロゞェクトが始動しお䞀ヶ月。
     順調に進んでいるように思えた矢先、提携先の海倖工堎が突然のストラむキに突入し、䞻力郚品の䟛絊がストップするずいう事態が発生。
     远い蚎ちをかけるように、予想倖の法改正が斜行され、申請手続きに倧幅な遅れが生じるこずが刀明した。

    ​ フロアが隒然ずする䞭、サブリヌダヌに任呜されおいた埌茩が、息を切らしお駆け寄っおきた。

    ​「た、倧倉です。たった今、工堎が止たりたした。おたけに認可も䞋りたせん。このたたじゃ玍期に間に合いたせんよ」

    ​ いよいよ呚囲のざわめきは倧きくなり、チヌムはパニックに陥りかける。

    ​ しかし、己の内心は埅っおたしたずばかりだった。
     自然ず口角が䞊がるのを抑えられない。

    ​ そう、こんなこずもあろうかず、あらゆる事態を想定しお䜜った分厚い危機管理マニュアルがあるのだ。
     ストラむキぞの察応策も、代替工堎のリストアップも、法改正の猶予期間を利甚した抜け道も、党おその䞭に網矅されおいる。

    ​「慌おるな。党お想定内だ」

    ​ 埌茩に蚀い聞かせるように、䜎く、力匷い声で告げた。

    ​「俺のデスクの右、䞀番䞋の匕き出しを開けろ。そこに黒いファむルがある。別冊の危機管理マニュアルだ。その第䞃項に蚘されおいるプランず、第十二項の法制察応をすぐに実行するんだ」

    ​ 淀みなく指瀺を飛ばし、安堵の息を吐く。
     やはり、最埌には深謀遠慮がモノを蚀うのだ。

    ​ だが、埌茩はデスクに向かっお走ろうずもせず、その堎に立ち尜くしおいた。
    ​ 䞍思議そうな、困ったような、苊楜が混ざったような顔をしお、こちらを芋おいる。

    ​「黒いファむルですか」

    ​「ああ、そうだ。早く持っおこい」

    ​ 埌茩は頭を掻きながら蚀った。

    「あの『わくわく倧䜜戊』の䞀枚以倖は、邪魔になるだけだず思っお、昚日たずめおシュレッダヌにかけちゃいたしたよ」

    ​ すんず、時間が止たった。
    ​ 空調の䜎いモヌタヌ音だけが、耳の䞭でやけに倧きく響く。

    ​「なんだっお」

    ​「だっお、先茩蚀っおたじゃないですか。シンプルむズベスト。䜙蚈なものは捚おろっお。だから、プロゞェクトには身軜で臚もうず思っお、倧掃陀の぀いでに凊分しおおきたした」

    ​ 悪びれる様子もなく、枅々しい笑顔すら浮かべおいる。

    ​ 癟時間はかけお構築した、幟重ものセヌフティネットが、無残にも现長い玙屑ずなっお、業者に匕き枡された光景が頭に浮かぶ。
     そうなるず、手元に残されたものは、ポップ䜓で「みんな笑顔になりたす」ず曞かれたペラペラの玙切れのみ。
    ​ 目前には、億単䜍の損倱を生み出しかねない巚倧なトラブル。

    ​ 膝から厩れ萜ちそうになる䜓を、必死にデスクにすがっお支えた。
     芖界が明滅し、胃の腑から冷たいものがせり䞊がっおくる。

    ​「たあ、難しく考えず」

    ​ 絶望の淵に沈む腕を、埌茩が匕っ匵った。

    ​「䞀緒に先方ぞ頭を䞋げに行きたしょう。ずりあえず、高いメロンでも手土産にしお誠意を芋せおおけば、案倖なんずかなるもんですよ」

    ​ 明るく前向きな蚀葉に文句を぀ける気力は、もう残されおいなかった。
     熟考を重ねお匕き寄せた絶望的な事態を、結局は、隣で無邪気に笑う無責任な楜芳䞻矩に頌っお乗り切るほかないらしい。
     この重たい頭を䞋げるだけで楜になれるなら、今回ばかりはバカになっおみおもいいだろうか。

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