
恋愛小説「君にしか機能しない」最終話【ライト文芸】
「……本日は誠におめでとうございます……ただいまご紹介に預かりました、お二人の友人の、佐々木清良と申します……」
ぶつぶつ繰り返す私を、隣席の彼が笑っている。私が暗記するほど練習していることを彼はよく知っている。それでいて、ガチガチに緊張しているのも分かっている。宥める言葉のひとつくらいくれても良いはずである。茶化すような彼の態度にむくれてみせると、彼は焦りを見せ、控えめに咳払いをした。
「そんなに気負わなくても大丈夫です」
「でも、失敗するわけには……」
「練習は充分すぎるくらい付き合いました。あとはリラックスして臨むだけです」
「……ずっと夢見たことだったから」
友達の結婚式に友人として参列すること──それは友達のいなかった私が、長らく憧れてきた夢。しかも、今日は友人代表のスピーチまで任されている。
彼は、主役を待つ空の高砂を一瞥した。「うーん……」と、歯切れの悪い返答をする。
「……清良さんには、俺の結婚式に初めて参列してもらいたかったんですよね」
ちら、と。彼が伏した目を合わせてきた。不意に耳元へ唇が寄せられる。
「──花嫁として」
耳打ちされ、心臓が跳ねた。「だって、それは」顔を赤くして言い返そうとする私に、彼は言葉を被せた。
「俺のせいで、三上に先を越されました」
悪びれる様子もなく「俺のせいで」などと言い添える意地の悪さに、私は彼を睨み返した。彼は目立たないように、喉の奥を鳴らして笑う。
本来なら、私たちの結婚式はすでに終えているはずだった。延期になった理由は、私がつわりでダウンしたから。彼が「俺のせい」なんて言うのは「俺が機能しすぎたせい」だとでも言いたいのだろう。デリカシーの無さに、ほとほと呆れる。
私が寝込んでいる間に、新藤さんは無事に留学を終え、帰国した。三上氏は新藤さんの帰国を待ってすぐにプロポーズをした。式の準備は三上氏が積極的に準備していたそうで、とんとん拍子で今日に至る。「散々待たされた」と愚痴をこぼしながら追い込みをかけた三上氏の動向は、随時私の知るところであった。あのファミレスの夜以来、私と三上氏はメッセージのやりとりを続ける友人となっていた。
お腹に手を当てる。まだ大きくないものの、不思議と温かみを感じる。
ここに命が宿っているという事実が、私の選択を肯定してくれる。私が彼を愛したのは必然であったと、そう教えてくれるみたいだ。
隣に座る彼もまた、私のお腹に視線を落とした。慈しむような視線を注ぎ、にこにこと微笑みを浮かべている。彼は私と違って考えが態度に出やすい。きっと今、心の中で愛の言葉を何百と浮かべているのだろう。その中の一つでも口にしてくれたら嬉しいのに。
「孝太郎さん、初めて会った日のことを覚えていますか?」
言い終えた時、披露宴会場の照明が消えた。会場の入り口が照らされる。アナウンス。音楽。開いた扉の奥に、ウエディングドレスを纏う新藤さんとタキシード姿の三上氏が現れる。歓声が上がり、割れんばかりの拍手が起こる。来場者は競って写真を撮りたがった。二人は、綺麗だった。
主役の入場を皮切りに、披露宴は進んだ。主賓の挨拶。乾杯の音頭。二人の馴れ初めを紹介する映像には孝太郎さんがしきりに見切れていた。可笑しくて笑っていると、彼は三上氏の悪ふざけだとバツが悪そうにした。
「さっきの話ですが」
彼は言いにくそうに切り出した。
「今思うと、最悪なプロポーズをしました」
彼は顎を上げて鼻から息を漏らした。やらかした過去をどうにか受け止めているらしい。その顔が可笑しくて、私はふっと噴き出した。
「私、胸ばかり見てくる人が大嫌いだったんです。だから初対面の印象は最悪で……」
ちらりと見やった彼は、すっかり青ざめていた。私は慌てて「でもね」と付け足した。
「孝太郎さんが好きになってくれたから、私は私のコンプレックスを好きになれたんです。今、夢を叶えられるのは、あなたのおかげです。……ありがとう、孝太郎さん」
お腹を撫でた。嫌いだった自分の体が、新しい命を育てている。自分を認められるのも、今の仕事があるのも、新しい命を迎えられるのも。あなたがあの日、私を望んでくれたから。
彼はわざとらしく顔をそむけた。目を潤ませている。最近の彼は涙もろい。子どもができてからは特に。「孝太郎さん?」控えめに呼びかけると「それは違います」と、彼は否定した。
「あなたはあなたの意志で選んできたんです。誰かのおかげではありません」
低く落とした声音だが、語気が強い。彼の悪い癖だ。自身に見合う賞賛を、拒んでばかりいる。
隣にいる彼の手を取る。冷たくて乾燥した肌と、体温を共有する。
「あなたが私を選んでくれたから、私はあなたを選べたんです」
目が合った。彼は控えめに微笑んだ。私も笑顔で返す。
この瞬間の幸せは、彼としか感じえない。
私はバッグからスピーチ用の手紙を取り出した。手が少し震えている。花柄の封筒を握り込んでしまいそうなので、皺がつかないように撫でつけた。
司会者に呼ばれる。ゆっくりと立ち上がる。心配そうな顔で見上げる彼を、何よりも愛おしく思う。
「いってきます」
fin.