
コミュニティは、不可視を可視化する装置だった~場を持たない、場づくり①~
2020年、「大分のママ集まれ!」を始めた時は、コミュニティ理論なんて持っていませんでした。ただ、孤独を減らしたかった。
でも今振り返ると、コミュニティは人を集める場所ではなく、
“見えなかった声を可視化する装置”
になり得るのだと思います。
オススメの小児科や公園。
育児や仕事復帰の工夫。
一つひとつは、雑談のつもりの小さな声。
でも集まると、
ある時は地域課題になり、
ある時は行政事業になり、
ある時は冊子になり、
ある時は人材育成になりました。
私は今、「声を集める」ではなく、
声を地域や社会につなぐこと
を仕事にしています。
先日、ひとつのお問い合わせがありました。
それは昨年度、行政のご依頼で構築させていただいた取り組みについて。
モデルケースとして実施した施設から、
「昨年度の取り組みが大変良かったので、今年度も自分たちでやってみたい」
とのご連絡でした。
この事業構築はまさに、ひとつひとつの声を可視化し、地域と社会につないだ事例です。
でも今回嬉しかったのは、それだけではありません。
可視化された声が、その地域の人たち自身の行動に変わったこと。
「やってもらう」ではなく、
「自分たちでもやってみたい」へ。
それはきっと、場づくりのひとつの理想なのかもしれません。