
髪を切る時間が楽しくなった
3か月ぶりに美容室へ行った。
そこそこ髪の長さがある割には、あんまり美容室へ行かない。
今回の3か月ぶりという記録は早い方で、大体半年に一回とか、そのくらいのペースで通っている。
ずぼらだというのもあるが、そこに目をつむったって私にとって美容室というもののハードルはなかなか高い。いまだにカウンター式の寿司屋や居酒屋で店員さんに声をかけられなくて、同行している人にそっと耳打ちして注文を伝えてもらうような人見知りだからである。
そんな最大限に人見知りをこじらせた30代にとって、大して親しくもない人に未来のヘアスタイルを託すことにも抵抗があるが、もっと抵抗があるのはおしゃべりをしなくてはいけないという点だ。
一体何を話せばいいのかもわからないし、善意で投げかけられる質問にも「うまく答えなきゃ」だとか余計な気を回してしまう。流行の髪型なんかにも全く興味が無いタイプなので、ちょっとおしゃれな美容室に行こうと思ったら専門用語をインプットしておかないと髪型のリクエストもままならない、恐怖の場所というイメージで生きてきた。なんだよシースルーバングって。たぶんシースルーバングすらもう古いのだろうけれど。
そんな私にも、長らくお世話になっているお気に入りの美容師さんがいる。仮に、美容師さんのことは山田さんとしておこう。山田さんとの出会いは、6年ほど前に一人暮らしで東京に移り住んだ時から始まった。当時住んでいた家から徒歩10分未満という好立地にあるヘアサロンで、店舗の副代表を務めていたのが山田さんだったのだ。
初めていくヘアサロンでは、当然どなたも存じ上げないので指名なしで予約するわけだが、最初から山田さんが担当だった。彼はのほほんとした雰囲気を全身から醸し出す少し年上の男性で、女性客や子供のお客さんもよく相手をするからなのか、たまにオネエさんっぽい口調が飛び出してくる。
変にたくさん話しかけてくるようなこともしないし、なにより小難しい専門用語を使わない人だったことに安心感を覚えた。
「僕ねえ、お客さんに喜んでもらうのが好きで美容師になったんですけど、正直流行とかヘアスタイルとかあんまり興味ないんですよお」と言われたときには思わず笑ってしまった。美容業界にいる人でありながら、メットガラにも「それなあに?」というような人だ。
私は当時から結構気合を入れた幅のツーブロックを好んでいて、さらに言えばその日はコボちゃんみたいに後ろの髪も刈り上げてしまいたいと思っての来店だったため、ファーストコンタクトが「後ろがっつり刈り上げてもらっていいですか」だった。多分私から山田さんへの印象より、山田さんから私への印象の方が強烈な初対面だったかもしれない。
彼は一瞬ためらいはしたものの、私がジョークで言っているわけではないとわかると「女性のお客さんでがっつり刈り上げさせてもらうの2人目ですよ~!きゃー!やっちゃっていいんですか!」とか言いながら大層楽しそうにバリカンで剃ってくれた。
それ以来、山田さんを指名して店に通うようになった。私は髪を切ったり染めたりしたい時は急に「いまだ!」となるもんだから、前日の夜とかに予約を入れるような人間だ。それすら山田さんにとっては面白かったらしく、「出勤したら、おっ、朝霞さん今日くるんだ~!ってなるよお」とうふふと笑っていたことがある。
そんな風にしてお世話になり続けていたら、気付けば5年以上経っていた。現在山田さんは当時副代表を務めていた駅の隣駅にある新店舗で代表を務めていて、私も結婚後からなんとその駅が最寄りである。
いまだに不定期で予約を入れては、ツーブロックをバチバチに決めてもらい、私が適当にしている髪を丁寧に手入れしてもらっている。話題はいつもスーパーでのお買い物だとか、最近見た映画だとか、おおむね主婦同士の会話みたいなものでとても気楽だ。時には3時間以上の施術の間、私が身じろ気ひとつせずに映画を観ているような日もある。
そんなマイナスイオン・山田さんが代表を務めていることもあってか、開店して3年目の店舗は予約サイトの賞を取るほど評判らしい。最近はご新規さんのお客さんがたくさん来てくれるようで、以前のように前日予約を取ることができなくなった。
帰りがけにレジで「最近忙しい?あまり直近で予約がとれなくなりましたね」と聞いたら、急にヒソヒソ声になって「そうなの!賞をもらってから忙しくなっちゃって・・・ありがたいんだけど、最近常連さんが予約取りにくくなってるの・・・良くないっ!」と言っていた。相変わらずチャーミングで商売っ気のない人である。
そうやって常連さんたちを大事にしてくれる山田さんがいるお店だから、私は今後もどんなに予約が先になったって、あのお店に通うのだろう。
久々にツヤツヤになった髪に満足しながら、家路へついた初夏の午後だった。